05 新しい杖とエルフの子
フォーゲンから貰った地図に書かれていた住所は町の北東。噴水広場から戻るか町の北側から行くか話し合った結果、噴水広場を経由して行こうという形になった。
ロキは地図を見て歩いてる、その背後に白い布を巻いた杖を大事そうに持っているカレン。
二人の前に、いかにも柄の悪そうな二人組みが行く手を拒む。ロキは立ち止まり、二人の男女を見た。
一人は短めの金髪の青年、目つきは鋭く、袖から出ている細い腕にはドラゴンの刺青が彫られている。
もう一人は長いピンク色の髪をした女性、ヘラヘラと笑っており香水の臭いを振りまいていた。思わずカレンが鼻を摘むと、露骨に嫌そうな顔をする。
「すみません。これ落としましたよ?」
見た目とは裏腹に男の方が優しい声を出し小さな箱を二人に見せる。
その態度から、警戒が取れたロキとカレン、二人は小さい箱を覗き込んだ。
手の平に乗る小さい木製の箱、長い紐が出ており男がその紐を握っているのを確認出来た。
ロキは直ぐにカレンへと叫んだ。
「カレン、眼と口を閉じてっ!」
ロキの耳に男の舌打ちが聞こえた。男は紐を引っ張ると辺りに白い煙が箱から音を立てて噴出した。
元は対大型魔物用に作られた煙幕装置、魔法ギルドの商品でありそこそこの値段がする。
カレンの声と女の声が白煙の中で聞こえた。鈍い音が聞こえると、カレンの悲鳴が聞こえる。
煙が収まった場所には、氷の壁がロキとカレンを守っていた。
他には人は居なくカレンは、尻餅を付いている。
「カレンっ! 大丈夫っ!?」
「師匠……これって」
カレンは目の前の氷の壁をツンツンと突っつく。
「氷の障壁、緊急だったから高さは簡便して」
カレンとロキの前の障壁は半円形になっており、刃物すら通さない厚さになっていた。
「で、怪我は?」
尻餅を付いているカレンへ声をかけると、カレンは「あーーーーっ!」と叫ぶ。ロキもその叫ぶ理由が直ぐにわかった。魔石が付いた杖、その半分上が綺麗さっぱり折れて無くなっていたからだ。
「なるほど、あの二人組みは元からこれ目的か……」
「師匠っ! 杖がっ!」
「折れてるね。盗賊の一種だよ。相手は此方が魔法使いだったのも知っていた。まぁ杖を大事そうに持っているからわかるか……。杖の先についている魔石狙いだろう、単体でもそこそこ高い」
「そんな淡々と説明してもっ。悔しく無いんですかっ!」
「悔しいからって、何か変る訳でもないよ。僕も金貨袋を一つ取られた。それよりも怪我は……、無いみたいだね良かった。杖は買えば良いけど、怪我になると大変だ」
「師匠……。杖より私を、心配してくれて」
ロキは悲しんだり怒ったり照れたりと忙しいカレンを見て、手を貸し立たせた。その頃には氷の障壁も音を立てて崩れて行く。冒険者ギルドのほうから直ぐに人が走ってくる。ロキ達をみて、何があったのかを確認し始めるギルド員、盗賊とわかって申し訳なさそうな顔をして安心した顔になった。
これ以上、事件性が無いとわかって離れていくギルド員にカレンは怒り始めた。
「何アレっ!」
「仕方が無い、普通のと言ったら語弊はあるが、ただの物取りにあっただけ、怪我もしてないし取られた金額も、杖と財布合わせても千五百ゴールドぐらいだ。犯人は既に逃げてるし、彼らが兵士に連絡して終わり。僕らにはもうどうしようもない」
「でも、こっちは被害者ですよっ!」
「それを言うのであれば、ギルド員も被害者だよ。彼らはこの付近の治安維持も任されているからね」
「彼らが仕事していれば被害にはあわないんですけどー」
ロキは苦笑する。それを言い出すと元も子もないし、不可能だ。
開放されている地域に冒険者ギルドがあり、様々な人間が出入りする。むしろ殺人事件が無いだけマシと言えよう。完全に犯罪を抑えるならいっそ立ち入り禁止にするか、一人一人に見張りをつけないといけない。
カレンは膨れっ面のまま、壊れた杖を握っている。ロキは、「魔法ギルドに寄ろう」と、提案した。
意味が解らないカレンはロキに聞き返すと、「新しい杖を買わないとね」と、提案してくれる。
「本当ですかっ!」
「杖が無いと練習もままならないからね。だから膨れっ面は辞めたほういい」
「はーいっ」
中央広場から東に向かい歩き出す。
小さな黒猫の形をした看板、魔法ギルドである。
扉を開けると扉についているベルが店内に鳴り響く、店内は薄っすらと明るくなっており幻想的な空間をかもし出していた。
「あら、ロキさんいらっしゃいませ、買い忘れですか?」
魔法書を閉じたミナトがロキへ挨拶をする。
「いや、なんというか。新しい杖を」
「今朝お売りした杖よりも良い杖となると、お時間が掛かりますよ」
ロキは、ミナトにカレンを紹介した後に、先ほどの一連を説明した。
「なるほど、そうでしたか……、わたしはエルフのミナト。魔法ギルド『猫のしっぽ亭』の店長代理をしています。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
カレンがお辞儀をすると、カウンターの後ろにある扉が自然に開く。声と共に小さい子供が現れた。
「あらあら、可愛らしい子です事」
「やぁ、ナナリー……」
「こんばんわですわ、ロキ様。そちらが、ロキ様の弟子となる女性ですわね。店長のナナリーと言いますわ、ロキ様の愛人です」
優雅にスカートのすそを掴むと軽く会釈をするナナリー。金髪のツインテールをし子供にしか見えない姿であるが、その耳は細長くエルフなのがわかる。
「かわ、かわいいっ!」
カレンはミナトへと指を差す。
「あれでいても、エルフだよ。僕らよりも年上で、ミナトの母親だ」
「ええっ! とてもそうは見えないですけど……。じゃぁ愛人ってのも冗談じゃなくて」
「ええ、本当ですわっ」
「違うっ!」
異なる声がギルドに響く、ナナリーは「つれませんわねー」と、喋り。ロキは「簡便してくれ」と、喋っている。
ピョコピョコと歩くと、カウンターにある杖を調べるナナリー。「見事に折られましたね」と杖を調べ始めた。
カレンはナナリーの背後に立つと何かを我慢している。そして、とうとう背後からその頬を、ぷにぷにとつつき始める。
「カレンっ!」
「あら、いいじゃありまんかロキ様。可愛いは正義です、触りたい気持ちも解ります。カレンさんも可愛いですよ」
「可愛いっだなんてっ。周りから巨人やオークってからかわれてますし、人の五倍は働かせられますし……。肌もこんなにプニプニしてませんし……」
「毎晩ロキ様に抱かれても言いように手入れは怠ってませんわ」
きわどい発言に、げんなりするロキ。カレンは白い眼でロキを見始める。
「師匠って幼女好きだったんですがっ……」
「好きとか、嫌いとかじゃなくて、ナナリーは古い友人の一人だよ。何故か僕に好意を持っている」
「あら。エルフに好意ももたれている事は誇りに思ってくださいな、毎晩寝室の鍵は開けていますのに、一向に来る気配は無いんです物、わたくしは寂しいです」
ナナリーの話を「はいはい」と、流すロキ。
「で、新しい代替の杖はあるかい?」
「そうですわねぇ。ミナト、棚のしたに一本ありましたわよね」
「型落ちした杖ですね。来週廃棄する杖ですけど……」
「そう、それだしてもらえる?」
カウンターの上に杖が並べられた。三本の細い木が絡まり宝玉が入る場所は空洞になっていた。
別の棚から魔石を取り出すと、その杖にはめ込んだ。
ナナリーが、小さく何かを呟く。彼女の手から赤い光がもれだすと、魔石へと流れていく。
小さい声でカレンがその姿を見て呟く。
「綺麗……」
「ああやって、杖に魔石に力を溜めているんだ。良く見ておいたほうがいい、珍しい事だから」
「そうなんですか?」
「本来魔石は魔力を引き出す為の石。魔石の中に入る石に魔力を注ぎ込むんだけどこれが難しいんだ」
手の光が収まるナナリー、「ふう」と、溜息を吐くと顔の汗を手で拭う。直ぐにミナトが白い布を取り出すと、受け取ったミナトは顔から腕、服の中まで腕を入れて汗を吹き出す。
「久々にやると緊張しますわね……。さて次はロキ様の版ですわよ」
「はい?」
ロキは、マジマジとナナリーを見る、カウンターの前を開ける。さぁどうぞと言わんばかりに手を広げ、ロキが魔力を込めるのを期待している。
「えーっと、なんで?」
「あら、弟子の杖なんですから師が魔力を込めるのは普通と思いますけど」
ナナリーの眼は笑っている。カレンの方を振り向くと、魔力入れてくれないんですか? と、いわんばかりの眼をしてロキを見ている。ミナトのほうを見ると、嵌められたロキを見て口元かピクピクと動いている。
「わかったよ……。ナナリーっ! 魔力はどれぐらい」
「おこりんぼさんなんですねロキ様は、わたくしの魔力は半分って所です」
「それじゃ最初から全力じゃないほうがいいな」
ロキは魔石の部分へ手を置くと、静かに目を閉じる。ロキの体が青白く光る。壁にかけられた魔法のランタンがチカチカと光ると消えていった。
部屋の照明がロキだけとなる。青白い光が魔石へと流れているのが見えた。
「うわー、師匠のも綺麗」
「それはそうでしょう。なんだってロキ様なんですから」
答えになっていない答え。
カレンから見るとロキは無精ひげがある、自分よりも小さい冴えない男性に見える。
その男性が今は少し頼もしくも見えた。
荒い息を口から吐くとロキの体から光が消えていく、同時に部屋の照明が元通りに光り始めた。
「終わったよ」
どこか投げやりな言葉と共に、「お疲れ様でした」とナナリーはハンカチを手渡そうとする。白い目のロキが注意し始めた。
「それ、さっきナナリーが使っていた奴だよね」
「ええ。たっぷり胸の内側まで使った奴です」
「……。ミナト、新しいタオルくれるかな」
新しいタオルを貰い汗を拭くロキ。出来上がった杖を見て満足そうに頷く。
「で。結局この杖は売ってくれるんだろうね」
「勿論ですわ。今回は原価代だけで結構です、空の魔石と処分用の杖でしたので合わせて三十ゴールドで結構ですわ」
「最初からこうすればよかった……」
「そうですね、ロキさんは今日だけで千二百三十ゴールド使ってますもんね」
ロキは盗られたとは違う別財布を取り出すとぴったりと三十ゴールドカウンターに置いた。杖を手に取ると、そのままカレンへと手渡した。
カレンは嬉しさのあまり杖に頬ずりする。
「嬉しそうですね。そうですわ、カレンさんポーズを決めてください」
「良いんですかっ!」
「ポーズだけですよ」
「ではっ!」
カレンは右手を伸ばしてポーズを決めた。その拍子に杖が手から飛んでいった。杖は元気よく弧を描いて壁にぶつかる。
その拍子に鈍い音が聞こえると、先端にはめ込んだ魔石が音を立てて二つに割れた。
全員が沈黙するなか、ミナトが新しい魔石と杖をカウンターに置いた。