45 二人の決意
重苦しい空気の中、ロキがカレンへ問いかける。
「もう一人の男性は?」
「あっ。そうだ師匠、手伝って下さいっ! マキシムさんが熱を出してっ」
カレンはロキの手を引っ張り、唸っているマキシムのほうへ連れて行く。
その勢いで転びそうになりながらもロキはマキシムの枕元に座り込む。
一度小さく溜息を着くと、マキシムの熱を測ったり首筋を触ったり症状を調べていた。
「先に言っておくが僕は医者でも神官でもないよ」
「知ってますよ。ただの熱なのか病気なのか、呪い……、あっ! もしかしたらゾンビに何か移されたのかもっ!? 師匠聞いて下さい、先ほどゾンビドッグに襲われたんですけどその体液がマキシムさんの口に入ったのかも!?」
ロキは熱のせいで歯をくいしばっいている口を指で強引に開き確認する、直ぐに振り返りカレンへと返答をした。
「見た感じただの熱だよ。急な山越えで緊張してたのかもしれないし、その糸が切れたのかも。どのみちここに置いて行くよりは町まで行って適切な処理をしたほうが良い」
「なるほど……。じゃぁ、マキシムさんは私が背負うので、師匠とナナリーさん、ルナさんも直ぐに出発しましょう」
「はい?」
「はい、って師匠。このままマキシムさんを放置するわけに行かないですよね。だったら直ぐにでも町へ行かないと……」
「ああ……。うん、そうか、そうだね」
曖昧な返事をするロキに対して、カレンはテキパキと動き始める。
残ったルナがロキへ視線を送るとロキは軽く息を吐く。
「しょうがない……」
「え、師匠何か言いました?」
「いや、なんでもない、荷物は僕が持とう」
「いや、良いですよ。私の依頼ですし」
奪われた魔王の球を、ロキが自然に預かるという形で言った言葉であるがカレンには届いていない。
提案を却下し、病人のマキシムと一緒に荷物も抱えるカレン。
ロキはちらりとナナリーを見た後にルナを見る。
「カレンさん」
「はい? ルナさんどうしたの?」
「依頼はここまでで結構です。このお二人が屋敷からの追手でしょう」
「追手……、さっき言ってた奴かな?」
「はい。私達は屋敷から領主の大切な物を持って逃げました。彼らはその追っ手で間違いないと思います」
ルナの声が終わると沈黙が支配する。
焚火の音と、マキシムの唸り声だけが辺りに響いた。
ルナが再び声を出す。
「お二人は私達を始末しに来たのだと思います。なのでカレンさんの依頼はここまでという事で、短いですが有難うございました。これ依頼達成のメダルです、ギルドに持っていけば残りのお金も貰えると思います」
ルナはカレンへメダルを手渡すと、ペコリと小さなお辞儀をする。
再びロキのほうへ向き直った。
「あの、できれば楽に殺してくれると助かります。こう見えて痛いのは嫌なんですよ」
一人混乱するカレンが辺りを見回し声を出した。
「え。えっ? 師匠……?」
「はー……。参ったね」
「あの、参ったって、えっ。あの本当に師匠が追手なんですか? それに追手って事は、二人を捕まえるんですよね……」
「カレンさん、捕まえるのでなく殺す事と思います。なので、先ほども言いましたが、これ以上わたし達の依頼をする必要が無いのです」
カレンがロキとナナリーから少し距離を取る。
「黙っている積もりだったけど、依頼を受けたのは本当だ」
「ちょっ。ロキ様っ!」
「いや、ナナリー黙っていてもしょうがない、そうなってる」
「断ります!」
はっきりとした口調でロキを拒絶する。
マキシムを背負ったまま、ルナを背後に庇うように前に立った。
「先ずは座って、僕も別に行き成り殺そうとかは思ってない」
凶悪な人間に対しては最初から殺す積もりだったとは言わないロキ。この発言もカレンが二人を庇うので発した言葉である。
「ほ、本当ですかっ……」
「別にどう思おうが好きにしたらいい」
突き放すようなしゃべりに、カレンはルナを見る。
ルナはカレンを見た後でロキへと向き直る。
「わたしは、どちらでもいいです。ここで死ぬのであればそれも受け入れます」
「駄目っ! ぜーったいに駄目っ!」
「何故でしょう?」
「生きていれば楽しい事とか――」
「あると思いますか?」
カレンの説得に冷たい声で答えるルナ。
思わず声が小さくなって行く。
「う、うん」
「昼も夜も夜伽を命じられ、お客に奉公をさせられ、それを他の使用人が……マキシムが見ている。そんな生活が楽しいと思いますか?」
「…………」
「いえ、中には快楽に溺れ楽しいと思う使用人も居ました。今回の逃走も、わたしが命を絶とうとした時に彼の発案で逃げる事になったのです。なので出来れば彼の命は助けてあげて下さい」
淡々と喋るルナに、カレンは言葉を失った。
見た目はカレンと同じぐらいの年齢、その彼女の不幸とも思える体験談にかける言葉が出ない。
「わかった」
ロキが短く言うと、右手を前に出した。その瞬間空中から氷の槍が現れルナの心臓目掛けて真っ直ぐに伸びた。
カレンの体が自然に動いた、マキシムを地面へ降ろすと同時にルナを庇い前に立つ。
迫ってきた氷の槍を素手で防いだ。
氷の槍の先端がカレンの手の中で粉々に砕ける、一瞬の沈黙の後、ナナリーの悲鳴が上がった。
「カ、カレンさんっ!」
「馬鹿っ。カレン、君はっ何をっ」
「あの、カレンさん……」
「だー。いっぺんに喋らないでよ。痛い、師匠ー痛いですっ!」
「当たり前だっ。ナナリー!」
ナナリーは直ぐにカレンへ駆け寄ると、持っていた水筒からカレンの手へと水をかけた。
傷口を洗い流し、症状を見るためである。
痛みをこらえて手の平をあけると、カレン、ルナ、ロキ、ナナリー。四人の言葉が一斉に止まった。
少しの沈黙の後ナナリーがその症状を言う。
「傷ないですわね……」
「ああ、無いね」
手の平はまっさらであり、傷口ない。カレンの横にいたルナがロキへと上目使いに質問した。
「途中で加減したんですか」
「そんな器用な事は出来ない。僕は君の願いをかなえる為に適切に動いた」
「じゃぁ……」
じゃぁなんで。その言葉を言う前に、カレンが大きな声を出す。
「と、とにかく。駄目! ぜーったいに駄目。ルナさんも、そのこれから良いことがあるかもしれないじゃないっ! そもそも、師匠もなんで行き成り殺そうとするんですかっ! 間違ってます。ええ、凄い間違いと思いますっ!」
「カレン、君が思っているほど世の中は――」
「知ってますっ! でも、それでも。こんな幕切れは駄目っ! ルナさんも、マキシムさんが自分の命を出してまで逃げようって言ってくれてるのになんで死のうとしてるんですかっ! おかしいですよ」
「それは、彼がやりたい様にわたしが動いただけです」
「だったら、マキシムさんの望みはルナさんが死ぬ事じゃないですよねっ! 一緒に逃げ出そうとしたんですから、それなのにマキシムさんを残して死のうだなんて何考えているんですかっ!」
カレンは火の付いたように叫ぶ。
カレンの背後から人があわられた。
「ルナを殺すのなら、俺も殺してくれ……」
「マキシムさん……」
「どの道、俺達は死ぬ覚悟は出来ている」
ロキは黙ってマキシムの前に歩く、途中でカレンが呼び止めるもその言葉は無視する。
手頃な氷を空中で出すと、マキシムへ手渡した。
「とりあえず、君は熱を下げなさい。その氷使っていいから。それと……カレンっ!」
「は、はいっ」
「君は、これからこの二人が、更なる不幸が訪れても生きていた方がいいと思うのかい」
「も、もちろんですっ!」
「わかった」
ロキは小さい声でマキシムへ何かを話す。
マキシムは頷き、自らの荷物から宝石箱を出すとロキへ手渡した。
次にマキシムは袖をめくり、腕の付け根を見せた。
そこには特殊なタトゥーが入っており、それを確認したロキはマキシムの腕を瞬時に切り落とした。
マキシムは歯を食いしばり悲鳴を上げない。
ロキは傷口を直ぐに氷で固めた。
切り落とした腕も全体を氷で閉じ込めるとカレンのほうに向き直る。
「カレン。直ぐに彼を次の町へ、教会にいるベルファランという人に彼を見てもらって、ナナリー、君はルナの髪を切ってくれ」
「わかりましたわ」
ナナリーはあっけに取られているルナの背後に行き、失礼しますねと、いいながら赤毛を半分以上切り落とす。
「ルナさん。これが彼の答えだ、それでもまだ君は死にたいと思うのか?」
「……わかりません……」
「だったら、わかるまで彼に付き添って欲しい、それでも死にたいと思うなら僕に依頼してくれ、今度は必ず殺す。僕らは、この奪われた物と二つをもって依頼を終わらせる」
「カレン、君は急いでっ町へ!」
「は、はいっ!」
片腕の無くなったマキシムを背負い、走るカレン。
ルナは一度だけロキとナナリーに深いお辞儀をした後にカレンの後へ付いていった。




