41 依頼主
冒険者ギルド前、カレンは二人の依頼主に挨拶をする。
男性はマキシムと言い、女性の方はルナと紹介された。どちらも見た目は若く、マキシムは短い金髪で手足が細く、とてもじゃないが剣など持ったことなさそうな感じである、顔はイケメンであるが目つきが少し鋭いのを感じられた。
ルナのほうはマキシムよりも背が低く、赤毛を首の後ろで結んで居るのがフードを取った頭から確認できた。こちらはおっとりとした顔付きである。
ルナのほうがおそるおそる、カレンへと声をかけた。
「あの……、お強いんですね」
「えっ? さっきの訓練かな……。ママに鍛えられたってのがあるからかも」
「お母様も、お強い冒険者なのですか?」
「うん。強いかはわからないけど、一応教わったかな」
「それでも凄いです……自分から見たら、とても強い冒険者です」
「なんかてれるなー。でも、私コレじゃなくて、こっちを目指しているんだけど」
カレンは腰につけた剣を叩くと、次に布に巻かれ背中に背負った杖を見せる。
「あっ、魔法使いさんなんですかっ!」
「まだ、見習いっ」
「剣だけではなく魔法も……」
「いや、魔法っても火を出すのに二時間ぐらい掛かるから、ほんっと全然たいしたことないよ。ゆくゆくは師匠を超える魔法使いにってのが夢かな」
ルナはどこか悲しげな表情をしながら褒める。
「夢があるんですね……」
「ルナさんは夢は――」
カレンが言い終わる前にマキシムがルナの腕を掴む。
驚くカレンを無視してマキシムが大声をだす。
「あの、俺達は直ぐにでも出発したいんですっ」
「とっと、ごめん。そうだよね、えーっと、ちょっと魔法ギルド寄っていいかな」
「ダメです。直ぐに出発しましょう」
「いや、でも……私も出発前に連絡を入れておきたいし……」
「俺達は金を払っているんですよっ! 真っ先に仕事を優先させるのか先じゃないかっ!」
「そうなんだけど」
「それとも、魔法ギルドに寄ったせいで両親が死んでいたら貴方は責任が持てるんですかっ!?」
「えーっと。その……」
カレンの背後で、冒険者ギルドの扉が開くとフォーゲンが顔を出してくる。
「何をしてるんだ……、ギルド前で。騒がしいのが聞こえるぞ」
「あ、ギルドマスター。この人が俺らの依頼を受けたのに、勝手に魔法ギルドに行くって言うからですね」
マキシムが、フォーゲンへ苦情を言い出す。カレンも何か言おうとするが、マキシムの喋りが中々終わらず口を挟む暇が無い。
フォーゲンは、手でマキシムの意見を押さえ込むと、頭を掻き始める。
「あー。あのなぁ、兄ちゃん。金を払えば何でも許されるって事は無いんだ」
「しかし、俺らは客で――」
「うるせえっ!」
フォーゲンが怒鳴ると、マキシムが口を閉ざす。その目は睨み付ける様にフォーゲンを見ている。
睨まれているのをわかっているフォーゲンは、涼しい顔をして視線を受け流す。
「えーっと、嬢ちゃん」
フォーゲンが呼ぶので、カレンとルナが同時に返事をする。
「ああ、すまん。カレンのほうだ。あれだろ? ロキに知らせて置きたいんだろ」
「はい……」
「俺の方から知らせて置いてやるよ」
「本当ですかっ!」
「ああ。だから気にせず行って来い。これでいいだろ、店先で怒鳴りあいになると注目され評判が下がる。これで良いか?」
「別に俺達は、直ぐに出発できれば……」
カレンは元気良く返事をすると頭を大きく下げる。フォーゲンは不精髭をさすると満足そうに微笑んだ。
マキシムを先頭に、ルナ、カレンと歩き出すと、不意にフォーゲンがカレンを呼び止める。
全員が一度止まったが、カレンにだけ用があると言い、他の二人は先に歩く。
フォーゲンがカレンへ、一言注意をする。
「何も無いとは思うが、気をつけていけよ。あの男のほう何所かで見た記憶があるんだが記憶に出なくてよ。何となく怪しい。それとこれもってけ」
「えーと、皮袋。お金ですか?」
「無いとは思うが、山賊が出たらソレを渡せっ」
「え、いやでも……」
山賊に会ったら戦闘になる。お金を出して見逃せと言っているか、そんなお金を出していたらギルド的にもマイナスになるし、護衛の意味がない。
それに少量の金を渡して山賊が満足するとは思えない。
フォーゲンは説明するのが面倒なのか早口でまくし立てた。
「その中に入っているのは金だけじゃねえ。兎に角渡せば問題無い時もある。それを渡してダメなら好きなようにしろ。いくら護衛任務だからって命までかける事はない。ほらっ、あいつら見えなくなるぞっ。いけっ!」
「は、はいっ! 良く解らないけどありがとうございますっ!」
カレンは足早に二人の後を追った。
健康的なカレンは直ぐに追いつく事が出来、ルナの横で歩くとその横顔をみる。
「あの、なんでしょうか……」
「ああ。ごめんっ。可愛い顔だなっておもって」
本当は、フォーゲンが言っていた怪しそうな人物、その確認していただけであるが口に出さないカレン。少し頬を染めたルナは申し訳なさそうに謝る。
「そんな、全然ですよ。カレンさんのほうがカッコいいです」
「あははっ。ありがとう」
二人の会話に一度だけ振り向くマキシムは、キツイ目でルナを睨むと前を向く。
「ご、ごめんなさい」
ルナは再度謝り小さくなる。カレンはマキシムの態度が気に入らなくなり声をかけようとした所でルナに腕を捕まれた。
ルナは黙って首を振る、そしてカレンだけに聞こえるように、ごめんなさいと、喋った。
大きく鼻から息をだすと、深呼吸するカレン。黙ってマキシムの後を付いていく。
町の外れまで来ると、いよいよ人通りが少なくなってくる。ゴツゴツした地面が出始めるとフードを被ったルナの息が少し荒くなってきた。
カレンは前を歩くマキシムに声をかける。
「ねー。マキシム……さん。少し休まない? 結構な速さで歩いているんだけど」
実際に冒険をした事があるカレンが驚くほどの早足で歩いている。カレンは兎も角、小さな体のルナには負担に違いない。
振り返るマキシム。彼の顔にも汗が吹き出しており疲れているのが明白である。
「まだだ。まだ山にすら入っていない」
「でも――」
カレンは、横目でルナを見た後、マキシムを見る。
「私も疲れちゃったなーって。それにルナさんなんか倒れそうだし……」
「だ、大丈夫ですっ。まだ歩けますっ!」
焦点が合っていないかの目で喋るルナ。誰か見てもフラフラである。
「そりゃ、お父さんには会いたいだろうけど、途中で倒れたらって、ちょっとマキシムさんっ!」
マキシムは、話を聞かずに既に歩いている。カレンの横にいた青い顔のルナもゆっくりであるが、再び歩き出す。
「ああ、もうっ!」
カレンは一人叫ぶと、旅道具の詰まった鞄を前に背負う。直ぐにルナの前立ちしゃがみこむ。
「っ……。あのカレンさん……?」
「見てられないし、私まだ疲れてないし背負うよ」
「背負うって……」
「だから、ルナさんを背負う」
「そこまで迷惑をかけるわけには」
「ああ、ほら、マキシムさんに置いていかれるよ。私は二人の護衛なんだからバラバラになると困るの。仕事、そう仕事だからっ」
無理やり納得させると、ルナはおそるおそるカレンの背中に体重を乗せた。
背中にルナの重さが加わる。
「あの、重くありませんか?」
「むしろ、軽すぎるぐらい……。じゃぁ、私の肩に掛かっているリュックの紐を握ってね」
「は、はい」
小さく、返事をするルナは身をカレンに任す。カレンは立ち上がると小走りにマキシムの後ろへ走っていった。
 




