30 男二人の密室作戦会議
部屋の中に、日差しが入る。
ロキは欠伸をすると、周りをみた。
粗末なベッドに寝ている。扉にはナナリーが入ってこないように、紐で結んであったあとがあったが、今はその紐は外されている。
それもそのはず、昨夜のうちにナナリーが忍び込んだからだ、ロキが気付いた時には既に上半身は裸にされていた。
一瞬の隙を付いてロキはナナリーをシーツで縛ると部屋の隅へ転がして直ぐに寝たのである。
扉が大きく開く音が寝室に響く。
カレンが厚い生地の寝巻きのままロキが寝ていた部屋へ飛び込んだ。
「師匠っ! ナナリーさんがいま……すね?」
恐らくは、いませんっ! と言いたかったのだろう、部屋の隅で縛られ寝ているナナリーと上半身が裸のロキを交互に見る。
「す、すみません。ごゆっくりどうぞっ!」
カレンは慌てて扉を閉める。自身の部屋に戻るのに何かに躓いて転ぶ音なとがロキの耳に届いた。
額に手をあて、溜息を付くロキは、昨晩無理やり脱がされたシャツを着ると、カレンの後を追う。
「カレン。何か変な誤解をしているよ――」
「べ、べつに、私は期にしてないで――」
扉が閉められると居間の音が遮断された。
何時から起きていたのか、一人シーツで縛られたナナリーが、「あの。わたくしは何時までこのままなのでしょうか」と小さく呟いた。
結局三人が揃って朝食に付いたのは起床からたっぷり二時間後であった。
きわどいネグリジェから普段着に着替えたナナリーに、ロキ、そして此方も寝巻きから着替えたカレンがパンとスープを食べていた。
「カレンさん、先ほどから何か怒ってらっしゃいますか?」
「えっ。そ、そんな事無いですよっ」
カレンはナナリーの質問に、声が高くなる。
「それは良かった。てっきりわたくし一人でロキ様の部屋に偲び込んだのを怒ってらっしゃるのかと」
「べ、べつに。ナナリーさんが師匠好きなのは知ってますし、私には関係ないですけど、その私も一緒に暮らしているんだし、そいう事は、なんていうか――」
カレンの長い、とても長い返事が永遠と続く。
ロキはというと、黙ってパンとスープを飲食している。
経験上こういう時に口を挟むとロクな事が無いと判っているからだ。周りの会話を聞かずに今後の事を考えようとする。
ロキの考えを遮るようにナナリーが手を大きく叩く。
その行動により、食卓に一瞬の間が出来た。
「わかりましたわ、今度ロキ様の所に夜這いを行く時は、カレンさんも一緒に行きましょう」
「え? えーっと……。ダメダメダメダメっ!」
「良い考えと思いますわよ。わたくし一人で行くのがダメというのなら一緒に行くのが一番です。それにカレンさんだってロキ様の事はお好きと思うんですけど」
「そりゃ、嫌いじゃないですけど。その、冴えないですし――」
「君たちね。本人の前で、なんでそういう会話が出きるかな?」
収拾が付かなくなりそうなので、強引に話を終わらすロキ。
カレンが申し訳なさそうに、すみませんと、誤る。
「別に其処まで怒っては居ない。僕らが現在置かれている状況が状況だからね」
「それではロキ様、今日はどうするんです」
「僕としては、犯人を見つけたくは無い。でも、このまま里にいる訳にも行かないんだよね」
「見つけたくないって」
「言葉の通りだよ。カレン、君も冒険者ギルドに所属してたよね」
「はぁ、はい」
「ギルド内でトラブルがあった場合どうなる?」
「どうなるってそりゃ……」
ギルド内のトラブルは基本ギルド内で処理する。
新人イジメや小競り合い、仲間の荷物を奪ったり奪われたり、大小様々ではあるがトラブルは無いわけではない。
そしてそれは、極力表には出さない事になっている。
「ギルド内で治めますね」
「だろ、それじゃ。ギルド内で犯人不明の殺人が起きたらどうする?」
ロキの質問に、カレンは腕を組み考え始める。
「え。騒ぎが大きくなればギルド内だけじゃ無理かな……」
「今の状況がまさにそれ、犯人はギルド内にいる。僕らは国から派遣された兵士であり解決するまでは帰れない。しかしギルドメンバーは仲間がやったと信じられず。いや仲間がやったからこそ――」
「庇いあうですか……」
「それもあるけど、見つけた後の事を考えると問題が山積みだよ」
「師匠もしかして、面倒になってません?」
「それも無いわけじゃないけど、危険なんだよ。それに、こういうのは里に悪影響を及ぼす」
「悪影響、師匠。すでに殺人が起きてます」
ロキは答える前に、一応ナナリーに周りに誰か居ないか確認させた。
ナナリーは長い耳を使い周囲の音を聴いている。
「大丈夫なようですわよ」
小さい声で話し始めるロキ。
「仮に犯人が捕まえたとしよう。皆の憎悪を何所に行くと思う?」
「そりゃ、犯人じゃないですか」
「それが、そうでもないんだ。犯人は極刑で殺された後、残った被害者の憎悪は犯人の身内に行く、さらには犯人と仲か良かった人から差別を受ける。そうすると、差別を受けた人が第二の犯行に。って事があるんだよ」
「あー……。たしかに」
「魔法使いも、それに近いのがあるから、交流関係と犯罪は気をつけてね」
ロキが確認のために、カレンに言うと。元気な声で、はい。と、返事をした。
ナナリーが、誰か来た様ですわよ。と、喋ると、ロキは話を打ち切る。
直ぐにノックの音が聞こえ扉が開かれた。
「朝でござる」
青い体毛が立派な人狼、サブロウが刀を腰につけて挨拶に来た。
それぞれが挨拶をすると、扉の前で黙って立つサブロウ。
「あの、何をしているです?」
「犯人を捜すのに協力するでござるが?」
お茶目な語尾とは裏腹に、赤い目を細くして牙を出す。
捕食者、いや復讐者としての顔だ。
「とはいえ、黙っているわけにも行かないか……」
ロキは喋ると、椅子から立ち上がる。
「サブロウ、少し二人で話したい事がある」
「あら、ロキ様。人狼といえと男性と一緒に寝室だなんて……」
「そこ、変な話はしないように」
「師匠。私達にも話せないんですか?」
「別に話しても……。いや、カレン君は思った事を直ぐに口するから」
「うわ、酷くないですかそれっ!」
カレンは喋った後に口を押さえる。ナナリーが白い眼で、カレンさん……と、呟くと、ロキが微笑む。
「そういう所。まぁ後でちゃんと話すから」
サブロウが部屋に入るとロキは人差し指を口に当てる。
使い古された羊皮紙とペンを指差すと、サブロウも静かに頷いた。
ロキはこれからサブロウに頼む事を文字として書き写す。
人狼は耳が良い。用心をしての話し合いである。
ここにカレンが居れば、いらぬ声を喋られても困るからだ。
最後にロキは羊皮紙をランプの火で焼いて証拠を消した。
サブロウが帰るために、ロキは扉を開ける、扉と一緒にカレンとナナリーがドアから離れて行った。
「……。なにしてるの」
「ロキ様が、人を離れた道に行ったら大変と思いまして」
「えっ! いや、わたしは師匠を信じてましたよっ」
照れ隠しで笑うカレン。
サブロウは、そんな二人を無視して、ロキに頷くと黙って外に出た。
「あら、あの駄犬、挨拶もなしでいきましたわ」
「ナナリーっ」
嫌味ある言葉にロキが注意する。ナナリはー小さな舌を出してロキに謝る。
「っと、良い過ぎましたわね。所で何の話をしていたんですか」
「今後の事を少しね。さて、今日はもう家に居よう。出来る事は全て手配した」
ロキの言葉を受けて、カレンが大きな声を上げる。
「ええっ! まだ朝ですよっ」
「朝でも、夜でもかわらないよ。そうだ、少し君の、カレンの魔法を訓練しようか。サボっていた分、少しは師匠らしくしないとね」
「本当ですかっ! 直ぐに用意します」
よっぽど嬉しいのか、驚いた顔が笑顔になっていくカレン。




