25 代償と決別
カレンは落ち込んだ顔をしていた。ナナリーから、顔でも洗ってきなさい。と言われ、今は建物の外に居る。
建物の窓を見ては、何度も溜息を付く。
ファルマが言った事実。それはナディの魔法使いとしての才能を奪う事だった。
本来は拡散するはずの毒。それが留まったのは、ナディの魔力にあった、即ち魔力が豊富にあったから。
それのおかげで、拡散はしなかった物の、ナディ一人が即座に瀕死になった。一命を取り留めたが代償は大きく。バジリスクの毒が魔力を食い荒らしたと説明をした。
それは休息をすれば戻るような簡単な事ではなく、完全に治るまでには定期的に治療を受けないといけない。
どう考えても、ロキ達と一緒に帰って魔法の練習をするような事ではないのだ。
何度も顔を洗い涙を落とすと、自らの顔を両手て叩き気合を入れるカレン。直ぐに魔法ギルドの中へ戻っていった。
ナディはまだ安らかな寝息を立てていた。その奥の部屋に入ると心配そうなナナリーの顔がある。
「少しはさっぱりしました?」
「うん……」
「気休めかもしれませんが、カレンさんの責任でもないですよ」
座っていたロキもナナリーの言葉に同調し、静かに喋る。
「少なくともカレン、君の責任ではない。もっとも、僕の責任だろう」
「師匠……」
「あの場所から物を持ち出す、それを注意しなかった僕の責任だ」
「それだったら、後を追いかけた私の責任ですっ!」
「カレンさん、そうなると旅の同行を許可させたわたくしの責任でもあります」
誰も何も喋らない数秒間。
診察を終えたファルマが部屋へと入ってくる。
「その理論で行くと、バジリスクの毒を振りまいたわたしの責任もあるわね」
「ファルマさんっ! ナディ君の様子は」
「今は落ち着いているよ」
「あの、別にファルマさんの責任ではなくて……」
「ありがとう。可愛い魔法使いさん。でも、君の言っている事はそういう事なのよ」
カレンが椅子に戻り口を塞ぐ。
ロキがその様子をみて溜息を付いた。
「余りウチの弟子を困らせないでくれ」
「先生……」
「ナディ君っ!」
ファルマの後ろからナディが暗い顔で現れる。
「様態が安定して彼が目を覚ましたわよ。と伝えに来たのよ」」
「嘘ですよね。魔力が無くなったって……」
カレンが、ナディに声をかけようとする。ロキはカレンの肩に手を置き喋るのを止めさせた。
代わりにロキが口を開く。
「嘘は言わない」
「そ、そうだ。先生っ寝れば、寝れば直るんですよねっ!」
「適切な治療を受け、それでも魔力が戻る。それはわからない」
「そ……」
「ナディ、君の気持ちが楽になるなら、どんな罵りも受けよう」
ナディは大きく口を開き、再び閉じた。
そして小さな声で喋りだす。
「いいです、先生は悪くありません。僕が勝手に行動した罰です。帰ってください。すみません、……一人にさせて下さい。そしてさようなら」
カレンが直ぐに椅子から立ち上がり、ナディを追おうとしたが、ナナリーに止められる。
ナナリーは黙って首を振るとカレンが悲しそうな顔をする。
ナディが消えて行った部屋の扉が閉められた。内側から鍵をかけたのだろう金属音が響く。
「あらあら。そこ、わたしの寝室なのに」
「師匠……」
「ファルマ、後は任せてもいいかな、勿論代金は払う」
「どちらにしても、ある程度治るまではギルドから出しませんけど、今のままなら三日も持たずに死ぬでしょうし」
「ええっ! そんなに重いんですがっ。定期的に治療とはいってましたけど」
「うんうん、町ひとつ滅ぼす毒だからね」
良くも悪くも話がまとまったと見たロキは、カレンとナナリーにギルドを出よう。と、提案した。
表向きは、人間が五人も寝泊りするスペースは無く。この場に居ても邪魔になるからだ、と言っているが、ロキを一人にさせたいのだろう。
ナナリーも、確かに遅くなりすぎると宿も取れないですわね、と相槌を打つ。
カレンは離れたくないと思っていても、どうしようもないのだ。
ファルマに一時的に別れを告げ、宿に向かう三人。
カレンは暗い顔でロキに尋ねる。
「私達が、押しかけた事って迷惑だったんですかね……」
ポツリという言葉に、ロキは前を向いて喋り始める。
「君が迷惑だと思うなら、僕が何を言っても迷惑だろう。しかし、あえて言うのであれば」
ロキは言葉を区切って、カレンに振り向く。
「驚きはしたけど、其処まで迷惑とは思わなかった。ようは気の持ちよう。ナディは……不運としか言いようが無い。命あるだけでもよかったと思わないと」
「ええ。迷惑じゃなかったんですかっ!」
「消して嬉しいわけではないからね、勘違いしないように」
「はい……」
カレンが驚き、歩いていた足を止めた。自然にロキとナナリーの足も止まる。
「まぁまぁ、ロキ様も、そんなにきつくいう事ではありませんわ。そうですわね。わたくし個人としても、迷惑だなんておもってませんし。それよりも何所に泊まりましょうか」
「私、部屋を取ってきますっ! 依然、師匠達が泊まった宿ですっ」
カレンが勢いをつけて走っていくのを二人は見送る。ロキは呆然とし、カレンは穏やかな顔をしている。
「えっと。カレンは何を慌てて……」
「あら、ロキ様わかりませんでしたの? あの子はロキ様に褒められて照れたのですよ」
「照れか……。僕も誰かに褒められたいもんだよ。たまに責任で押しつぶされそうになる」
「あら、それでしたら、わたくしが毎晩ベッドの上で褒めますわよ」
ナナリーが、ロキの腕に自身の腕を絡みつかせる。
ロキはナナリーをちらりと見て、溜息を付く。
「…………遠慮しとくよ」
「つれないですわねー」
ほどく気力もないのか。ロキは黙って歩きだした。




