02 ファーストコンタクト
町から離れた森の中にロキの家があった。
小さな家とロキが一人で暮らしていけるほどの家庭菜園がある畑。家から出ているロキは緑色の野菜をもぎ取ると、一口食べる。
「うーん。苦いっと」
その苦さに嬉しそうなロキは、振り返り自分の家を眺めた。
マリオンとの小さな同窓会から既に三日は立っている。弟子が来るとしたら数日中だろう。この日の為に小さな家を掃除しておいた。
使っていない部屋を一つ使い、弟子用の寝室を作り、現在ロキの家は寝室二に居間と台所がくっ付いた小さな部屋が一つの作りになっている。
師一人、弟子一人、合計男二人で暮らすには十分な広さであった。
戸締りをし、山道を下り始める。腰につけているポーチには、ゴールドや宝石が入っている。訓練に使う杖、食料や教本を買いに町までの買出しだある。
ロキが住んでいるのは町から東か側の山、下っていくと石壁が町を守っている。この辺は凶悪な魔物ももう少なく平和な物だ。
山道から、街道にでると東門へと付く。兵士が一人しか居ない詰め所、ロキが挨拶すると兵士も軽く会釈してカーメルの町へ入る。
魔法の事なら魔法ギルド、そういう謳い文句があるぐらい魔法アイテムを扱うギルドへ足を向ける。
東門からは徒歩で数十分程度で付く、ロキがギルド前に着くと看板を凝視する女性が居た。
ロキよりも背が高いのは直ぐに解った。ロキが手を伸ばして届くほどの吊るされた黒猫の看板、その部分と顔が同じ高さにあるかだ。
そして、女性と解ったのは冒険者のローブを着ているが、女性と認識される大きな胸やお尻をシルエットを映し出していたからだ。その他にも、長い茶色の髪を頭の部分で一まとめしたポニーテール。
ロキを見つけて振り返ると、オレンジ色の瞳がまっすぐに絡み合う。顔つきは女性というよりは少女であった。
「すみませーんっ! えーっと……。おじさんっ冒険者ギルドは何所に行けば……」
「こっちは、魔法ギルドだね。冒険者ギルドのほうは西側、一度中央噴水に戻って西に行くと解りやすい」
「ありがとうございますっ。南門でギルドの道教わったらこっちに来ちゃって……。じゃっ、戻ります!」
少女は、腰を折りお辞儀をすると走っていく。道の角で急に止まると「おじさんありがとー」と大きく手を振った。思わず苦笑するロキは小さく手を振る。
納得したのか、角を曲がって消えていく。
暫く立ち尽くした後に、魔法ギルドの扉を開けた。
狭いフロアにカウンターが一つ。その奥には暇そうな耳が長い銀髪エルフのミナトが座っており、背後には魔法道具が陳列されていた。
「ロキおじさん。いらっしゃい」
エルフであるミナトは、その種族通り長寿である。若い姿でいるがロキの数倍も長生きしている。そんな彼女から、おじさんと、呼ばれるとロキは思わず苦笑した。
「外の声が聞こえていたかい?」
「これでもエルフなので」
長い耳を小刻み動かすと、「ご用件は?」と、言ってきた。
「一応、ナナリーにも伝えておいたんだけど教材一式の取り寄せ」
「少しお待ちください、ロキさん」
普段の話し方に戻ったミナトが、カウンターから立ち上がると奥の部屋へと消えていく。
直ぐに魔法使いの杖と幾つかの教本を手に持って来た。
「奥に保管してました、此方ですね。魔石を宝珠にした杖、材質はドルイドの加護を受けた木ですね、壊れにくく丈夫です。その分お値段も張りますけど……」
無職のロキに払えるのか、という無言の視線である。
ロキは金貨袋からコインと宝石を幾つかカウンターに出す。カウンターに置いてある小さな片眼鏡を眼に挟むと一つ一つ鑑定する。
「全て本物です。では合計千二百ゴールド分という事で」
「うん。少し試しても良いかな?」
「通常でしたら、店内で魔法は禁止なのですけど、ロキさんなら」
ロキは「ありがとう」と言うと。杖を片手に精神を集中させる、杖の先から青白い光がもれ始める、空中に氷の球体が出来上がると直ぐに四散した。その結果に満足し杖を丁寧に布で包んでいる。
「ロキさんが弟子を取ると母から聞きましたけど、嬉しそうですね」
ミナトが尋ねると、ロキは苦笑をする。
「なんだかんだと言って、僕にとっては初めての弟子だからね。さて、ナナリーが帰って来ない内に帰るとするよ」
「会っていかないんですか? 母はロキさんの事が好きですのに」
「会うと話が長い、冗談は置いておいて、なぜ僕みたいな人間を好きになるんだ……」
「それはやはり、命を救ったからでないでしょうか?」
ロキは、ミナトの母親であるエルフのナナリーを救った事がある。それは一歩間違えればロキも死ぬ事であったが、何も言わずに成功させた。
その時は、それで別れたロキであるが、彼が一線から引退した後、ロキの住んでいる町を探し出し、この町に魔法ギルドまで開設し追っかけて来た。それからは付かず離れずにロキにアタックを仕掛けてくる。
「余り言いたくは無いが、僕は普通の人間さ、君達にとっては一瞬で居なくなる何が良いんだが」
「それ、母に言ったんですか?」
「言ったよ。そしたら「だから何なんですの?」って言われたよ」
「そうでしょうね、私も母の意見と同じです。種族の壁など些細な物です、しかも人間とエルフ、確立は低い物も子供だって作れます」
真面目な顔で喋ると、場の空気が冷たくなった気がした。
「一つの意見として受け止めておくよ」
さらりと視線を避けるロキ。ミナトも聞こえるように溜息を吐くと「そうですね」と何時もの笑顔に戻った。ロキが「荷物も受け取ったし帰るよ」と、言うと店内に透き通るような声で挨拶を言う。
「はい、『魔法ギルド猫の尻尾』は羽振りのいい人を優先します。またのお越しを」
ロキは魔法ギルドから出ると、一度中央噴水前まで進んだ。昼過ぎの鐘が街に鳴り響く。
噴水前では、食べ物を売る屋台が二台ほど並んでいた。親子連れが手を引いて屋台へと並ぶ。直ぐに買い終えたらしく手にはチーズたっぷりのパンが握られていた。
アルコールはたまに飲むが、体に悪いからと煙草も吸わないロキ、何か趣味を見つけないとなと、一人事を言うと、ロキも屋台へと向かった。
ロキは近くのベンチに座り一人昼食を食べている、ぼーっと噴水を眺めていると、先ほどの少女の姿がはっきりと見えた。
大きな背で遠くからでも解りやすい少女は、ロキを見つけると大きな手を振り走ってきた。
「あ、おじさん。さっきはありがとう」
「どういたしまして。ギルドには着けたかい?」
「はいっ!」
元気良く返事をする少女は、ロキの手元をジーっと見ていた。ロキは黙って視線の先を確認すると、チーズたっぷり載せたパンを見ている。それと同時に少女のお腹が元気良く鳴った。
二人の間に沈黙が流れると、近くにいる子供の声と噴水の音が静かに聞こえた。
ロキは半分にパンを千切ると少女へ差し出す。
「良かったら食べるかい?」
「ええっ! でも、そんな、悪い……。良いんですかっ!」
元気良すぎる少女に苦笑して頷く。直ぐに食べ終えたので、もう半分も手渡す。最初は断る少女であったが、ロキが良いからと言うと直ぐに、頂きますと、パンを持って行った。
「すみません、今朝ここに来たばっかりでまだ昼ごはんを食べてない物でして、私、カレンって言いますっ。今日の用事が終わればお礼に行きますっ! 是非お名前をっ!」
元気いっぱいに喋るカレン。口元にはまだチーズが付いている。
ロキは自分の名前を言おうとしたが首を振った。
「気にしなくていい、僕も昔は冒険者だった事があるんだけど、いちいち恩を感じてお礼をしていたら返すだけで一生終えるよ」
「ええ。冒険者だったんですかっ!」
「ああ、驚く所そこっ……」
「すみません。だって、貧弱そうで……、ご、ごめんなさい」
ロキは自らの腕を見る、使い込まれたローブから出る腕は確かに細い。背中には鞄を背負っており杖と教本が入っている、剣などは持っていない。しかも健康ではあるが髭も剃っておらず髪はボサボサだ。
一方カレンのほうを改めてみる、まだ新しいローブを着ており、外に見えている腕は女性ながらもロキよりも太い。健康的な顔に良く見ると腰に小さいナイフを携帯していた。旅をして来たといっても身だしなみはしっかりしている。
「ま、この格好じゃしょうがない、さて、年寄りのなんちゃらって言ってね。話に付き合う事はない。僕は行くから君も気をつけて」
「あ、はいっ! ありがとうございますっ!」
ロキがベンチから立ち先に歩く。ロキの耳に少し離れて足音が聞こえた、角を曲がる時にちらりと後ろを向くとカレンが、後を付いてくる。
ロキは口には出さないが、まいったなと、思った。
道案内をした後に手を振り別れる、その後に途中まで目的地が一緒なほど気まずい物はない。現に後ろを歩くカレンでさえ歩調を抑えて一定の距離を保っている。
東の門兵へ挨拶して外にでる、後ろにいるカレンも門兵に挨拶をして後に続いた。
ロキは鳴るべく後ろを振り向かないようにして自宅への道を進んだ。
人が横に二人ほどしか通れない山道へと入る。ロキがクネクネと曲がった山道を登り始める。最初の角で傾斜を見下ろすとカレンも山道へと入ってくるのが見えた。
この先には、ロキの自宅と地底湖へ繋がる洞窟しかない。
「ギルドの仕事か――」
地底湖には万年氷があり、冒険者ギルドでは、その氷の状態を調べたり切り崩し売ったりしている。駆け出しの冒険者が良くやる仕事であった。
自分に用があった訳じゃないと解るとほっと息を付くロキ。逆にカレンを怖がらせたかなと、呟くと足早に歩く。
自分の姿が見えなくなればカレンも落ち着くだろうと考えての行動だ。山の中で知らない男性と二人っきり、消して良い物ではないだろう。
もっとも、普通に考えれば体格差でロキが負ける。
途中で道は二股になる、右がロキの自宅、左が地底湖の洞窟である。
もちろん、先に進むロキは自宅のある右へ進む。自宅が見え始めた頃にロキは立ち止まる、背後の足音が近づいて来てるからだ。
カレンの追いつくのを待つと、カレンがロキを見て驚きの顔を見せる。
「えーっと。君、この先に何が用事あるの? 地底湖は左だよ」
「はぁ……、用があるから、こっちの道なんですけど。おじさんもこっちの道でちょっと驚いてます」
「だろうね、僕も驚いている」
思った事を口にする少女なのだろうが、ロキは怒りを覚える前に苦笑する。ついつい昔の仲間、マリオンを思い出したからだ。彼女もよく、こうしてトラブルを持ってきたもんだ。
「この先には。家しかないよ」
「知っています。魔法使いの家ですよね」
魔法使いというか、ロキの自宅しかない。二人の間に変な空気が流れる。極まれにロキを頼って難問を持ってくる人物がいるが、面倒そうな依頼は断っている。断れなかったのは今回の弟子取りの話ぐらいだ。
カレンはロキが背負っているカバンから出ている布に巻かれた杖を指差した。
「あ。おじさん、その背後の包みって魔法使いの杖ですよね」
「そうだね。初心者用の杖」
弟子用の杖とは言わないしいう事でもない、とロキは返事をする。
「贈り物ですか?」
「えっ? うん、贈り物と言えば贈り物か……」
カレンの言う贈り物は、大魔法使いに贈呈する贈り物の意味である。ロキの贈り物と言うのは、弟子に贈るための杖で贈り物である。
何か納得したカレンは世間話をする。
「この先に住む大魔法使いに用事なんですね」
「……。えーっと君は?」
自分がそうだと言わずにカレンの目的を聞き出そうする。
「私も、この先の魔法使いさんに用事があるんですよっ」
「へ、へえ。僕が知っている限り、この上に住んでいる魔法使いは面倒な用事は引き受けないよ」
「大丈夫です。今回はギルドの推薦状持ってますっ!」
元気良く答えるカレン。ロキの顔がますます曇る。
ギルドの推薦状と言えば面倒な仕事に間違い無いからである。
「それ、見せてもらえるかな」
「やですよ」
即答されるロキ。先ほどまでと違い、カレンが少し警戒しているのが解る。
「もしかして君、その推薦状は、見ず知らずの人に見せたくないと」
カレンは大きく頷くと、小さな声で「胡散臭そうですし」と、付け足した。
ロキは黒髪をポリポリと掻くと少し考えて、溜息を吐く。その動き一つ一つを見逃さないようにカレンが警戒しているのがロキにも伝わった。
「そんな身構え無くてもいい。こっちは別の仕事が入るもんで、余り面倒な仕事はしたくないんだけど……」
ロキは腰につけているポーチから一枚の黒いコインを取り出す。カレンへ手渡すと「文字を読んで」と、急かす。
「えーっと……ですね。ロキ・ヴァンヘルム……」
カレンはコインの裏を見る、王国の象徴である一頭のライオンが彫られていた。
コインとロキを交互に見るカレン。何度か繰り返すと指を差す。
「えっ、ええっ!!」
「僕が、ロキ。で、ギルドの依頼書ってなんなのか知りたい、推薦状見せてもらえる?」
カレンは慌ててローブの内側から筒を取り出した。ロキは受け取ると筒の蓋を取る。
辺りにポンと気持ちい音が鳴ると、上質な羊皮紙が出てきた。
何時も冒険者ギルドが使うような何度も使い古された物ではなく新品な紙に文字が書いてある。ロキは小さな声を出して書面を読み上げる。
「ロキ・ヴァンヘルム殿、契約によりこの書面を持っておる者を弟子とし、育てる事を此処に決定します。王妃アリシア・ミシアムの町ギルド長マリオン・カーメルの町ギルド長フォーゲン」
ロキは読み上げた後にカレンの顔を見る。何処からどう見ても女性、しかも少女であるのがわかる。先ほどとは違う意味で緊張し始めるカレン、大きく息を吸うと突然喋る。
「あのっ! よろしくお願いしますっ!…………」
深々とお辞儀すると、顔を下に向けたまま「男性とは知らなくて……」と、小さな声で付け足した。
それは僕もだよ、弟子が女性とは一切聞いてない。そう喋ったか喋らないかロキ自身は解らなかった。