19 ギルド長ミリアと追いつく二人
町を出てから数日が過ぎている。
馬に荷物を載せ、カレンは手綱を握り街道を歩いていた。
馬を中心にして反対側のナディが、何度目かの文句を言い始める。
「これじゃ。馬を貰った意味もないな」
「乗れないからねぇ。でも荷物だけでも載せている分移動は楽よ」
カレンが、適当に返事をしながら馬の首をさする。馬は嬉しそうにカレンのほうを向くと再び前を向き歩き出す。
「さて、もう直ぐ日が、落ちるし次の休憩所で休みかな。ジョンさんの話だと簡単な小屋があるらしいから」
「判った」
「思ったんだけど、やけに素直よね」
村での依頼や、その後の数日。ナディは素直にカレンの指示に従っていた。最初は何も思わなかったカレンであるが、こう何日も素直になっていると理由も知りたくなる。
「馬鹿野郎。ボクはこんな貧乏臭い旅はした事無いからな。足手まといにならないようにだなっ。それに一角ネズミに襲われたのはボクが先に行こうって言ったからだし……」
「あー。そうだったんだ、ありがと」
「ばっ…………」
カレンの素直なお礼に、小さな声で返事をしたナディ。カレンの耳には届いていないが、雰囲気から照れているのか判る。
暫くは無言で歩くと粗末な小屋が見えてきた。
小屋といっても腰まである壁に、小屋の中心から伸びる一本の柱、柱の上には傘の用に大きな屋根があり変わった作りである。
「変わった作りだな」
「そうね。元から誰か住むわけじゃなく休憩所としてだからなのかな。ともあれ屋根と床があるだけマシよ」
「それにいたっては同感だ。体があちこち痛い」
小屋に着き簡単な食事を済ませ休憩に入る。
急いではいるが急ぎすぎても良くはない、日は落ちて直ぐである、就寝するのにも早く暇な時間にはいる。
カレンは小屋の中にランタンを付け、杖を取り出し始める。
「魔物でもいるのか?」
「え。いないと思うよ、この辺は治安もいいってジョンさんいってたし」
「じゃぁ、なんで杖を」
「あっ。これ? せめて練習しようかと思って」
杖を持ち、外に出て行く。
ナディの眼からカレンをみると、杖の回りに魔力が集まるのが感じられた。
ありえない、と、呟く。ナディは自称天才魔法使いだ。基礎である魔法球は目を閉じていても作れるし、風の高位魔法も使えたりもする。勿論魔力も感じる事ができるが、それは杖をもち集中して判る事だ。
今カレンの周りの魔力は、遠めでも判るほど魔力が集まっている。
カレンは瞳を閉じ杖を正眼に構えている。魔法球が出来る事は無くカレンの周りには魔力が渦を巻いていくのが感じられた。
「おいっ!」
「ふぇっ!?」
突然ナディが叫ぶと、カレンは眼を開けてナディを見る。その拍子に魔力は辺りに散り、何事も無かったようになっていた。
「あー、もう。折角集中してたのにっ」
「ボクも手伝う」
「え、別に良いわよ。魔法球ぐらい自分ひとりで出きるようになりたいし。これって基礎なんでしょ?」
「たくっ。出来てないから手伝うというんだ。杖を貸せっ」
ナディはカレンから杖を奪うと簡単に魔法球を作り出す。
「杖を握れっ」
「う、うん」
カレンは言われたとおりに杖を握る。
「いいか、これからボクは、この魔法球を拡大させる、お前はボクの魔法球を抑えるように意識をすればいい」
説明すると、ナディは自信の魔力を感じ取り魔法球を大きくし始める。杖を握っているカレンが慌てているが無視をする。
今まではカレンの魔法球をナディかロキ。どちらかが押さえ込む練習であったが今回はその逆だ。
ナディの魔法球を押さえ込むイメージをさせカレンの魔法球を作る練習。
「ちょ、大きいって。まってって」
「待たないっ! 先に言っておくが、何度も出きるわけじゃない」
暗に、巨大な魔法球を作る、それだけでも魔力の消費が激しいと言っている。
意味が解ったのだろう、カレンは慌てて真面目な顔つきになる。片手で掴んでいた杖を両手で掴む。
何時ものようにナディを後ろから抱くような体勢になると、ナディの頭の上に胸が乗っかる。
半透明な緑色の魔法球の上にカレンの魔力が被さる。白く透明な魔力がナディの魔法球を包み込み始めた。
大きな魔法球はその形を小さくしていく。
「やればできるじゃないか」
「そ、そう?」
「そこまでの魔力でなんで魔法が使えないんだ……」
ナディはこっそり自らの魔法球の威力を上げ始めた。先ほどより魔法球が大きくなるとカレンが背後で慌てた声を出す。
「わっ。私の魔法球が」
「ふん。集中しないからだ」
「むー」
カレンが再び集中し始め魔力を重ねる。大きくなり始めた魔法球がさらに小さくなっていった。
ナディも何も言わずに魔法球を大きくしようと反発する。いうなれば魔力と魔力の力比べでもあった。
その事を知らないカレンは、必死にナディの魔法球上から魔法球を完成させようとしていた。カレンの魔力が大きくなり、魔法球が小さくなって行く。
ナディの耳にはカレンが、小さく小さくと、喋っているのが聞こえる。
次の瞬間二人の体に魔力の突風が襲った。
「とっととっー!」
「うっ!」
カレンは意味の成さない悲鳴のまま地面に転がる、胸の中にはナディを押さえていた。
「だ、大丈夫!?」
「ああ。にしても……。ボクは、ボクの魔法球を押さえ込み魔法球を作れといったはずだぞ。ボクの魔法球まで消滅させてどうする……」
「ごめーん。次はうまくやるからっ!」
ナディは軽く舌をだすカレンを見て溜息を付く。
「次はない」
「え。ちょっと、そんなに怒らなくても……」
「はぁ、勘違いするなボクの魔力がもう無いんだ」
「ええーっ! 私まだまだ元気だよっ!」
「お前なぁ……。明日、いや。明後日にでもまた付き合うから、そんな顔するな」
体から土ぼこりを叩き小屋へと戻っていく。
カレンも続けて戻るとお開きとなった。
結局一日休んで練習と交互に繰り返し目的の町が見えてきた。
砂漠の町ルーカス。
砂漠の町といっても砂漠の中にあるわけではない、ファルマ砂丘から少し離れた場所にある湖。そこに出来た町である。
気候がよく、木製の建物があちらこちらに建っている。門というのにはお粗末な作り、その横にある詰め所から軽装の兵士が此方をみている。兵士とわかるのはそれでも腰に剣をつけているからだ。
兵士に身分証を見せ、兵士は特殊な魔法石で二人のギルドカードをチェックする。特に問題が無いのだろう直ぐに返却をしてくれた。カレンはギルドの依頼を伝えるとギルドまでの場所を教えてくれた。
馬を連れてギルド前に付く、解放的なギルドで、今の時間は冒険者が少なかった。
「お邪魔しますー」
「おい、誰も居ないぞ?」
ナディが文句を言うと、依頼掲示板を見ていた若い冒険者が、声をかけてくる。
「ギルマスなら、奥にいるよ。おーいギルマス」
「あいよー」
低い声の女性の声が奥から聞こえた。声をかけてくれた冒険者は、仕事をしてくるからと言い。店の外へ出て行った。
奥からお腹の大きな小太りの中年女性が出てくる。肌は黒く健康的に日にやけている。
「はいはい、何かいい依頼でもあったかいー。おや、あんた達見ない顔だね」
「えーっと、この近くの村にあるギルドから手紙を預かって来たんですけど」
カレンは書類を縛った布袋を手渡す。ギルドマスターである中年女性は封を切ると中身を確認し、眉を潜める。
「なんだいこれは。提出期限も切れてるのあるじゃないかっ。ああ、こっちはまだ大丈夫だね、うわ、これも切れてるよ……。ご苦労だったね。どれ今、成功報酬金を渡すから待っておくれ」
「えっ。別に依頼を受けたわけじゃ……」
「馬鹿だねーアンタ。ジョンに何言われたか知らないけど、立派な仕事だよ。どうせジョンのほうから何も貰ってないんだろ? ウチはちゃんと出すから安心しな」
カレンはカウンターに出された羊皮紙に名前を書く、ギルドマスターはその名前と、先に出された冒険者カードを見てカレン達を見た。
「あんた、もしかしてカレンちゃんかいっ」
「へ? あっはい。カレンですけど……」
「いやー、大きくなったねぇ。親そっくりじゃないか……、あら。隣の小さい子は弟のヤンかい? 何処となく似てるねぇ」
「えーっと……」
「おや、そうかそうか、まだ小さかったもんね。あたしゃ、お前さんの両親の知り合いで、ギルド長のミリア。コレでも昔はダンサーだったんだよ」
今じゃ見る影もなく太った腹をくねらせ自己紹介をするミリア。
カレンは此処に来た目的を話そうするが、ミリアの話が終わらない。
「あんたのオシメだって取り替えた事があるんだからっ。それより今日は、どうしたんだい」
「あの――」
「ああ、そうか、あんたも冒険者になる年齢かい。月日が立つのは早くてねー」
「いえ――」
「そうそう。あんたの冒険者ランクはいくつだい? あたしが、アンタぐらいの時には既にBだったよ。あの頃はきつくてねぇ」
「ちょっ――」
「所で、二人は元気かい。元気だけが取りえだからねぇ。あたしゃ常日頃から――」
話をまったく聞かないミリアに、カレンの隣に居たナディが大声で注意をする。
「いい加減にしろっ。用があるから来てるんだっ!」
「おや、弟のヤンかい? ヤンとははじめましてだねぇ。そうそう――」
「違うっ! 魔法使いナディっ! 話を聞けっ!」
顔を赤くしている横で、カレンが申し訳ない顔をする。
荷物から筒を取り出すとカウンターの上へと置いた。
「ごめんなさい。えーっと、ミリアさん。人探しに此処に来てるの」
「おや、二人とも、そういう事は早く言わないと」
「ファルマ砂丘にいくらしく、序にミリアさんが何か知らないかなと」
書類を読み終えて二人に向きなうと、力強く頷いた。
「あー。ファルマ砂丘かい。手前はいいけど、あんまり奥まで行くんじゃないよ」
ミリアが忠告すると、ナディが聞き返す。
「何かあるのか?」
「もちろん、死霊さ。数百年前にフォルマに殺された霊が今でも、奥底に、さまよっているのさ。もちろん噂だけどね」
「死霊……」
「もっとも、大きな入り口は、ウチのほうで閉めているけどね。なんせ規模がでかいだろう。まだまだ未調査の部分が多いんだ。ああ、そうだ。あそこで取れる砂トカゲの尻尾だったらウチで買い取るよ。トカゲと言えば――」
話終わる事のないミリア。帰るタイミングを失った二人は拘束された。
開放されたのは昼の鐘がなったのと、別の冒険者が依頼を受けに来た時であった。
服を小さく引っ張るナディにカレンも大きく頷く。
「ミリアさん。私達はちょっと用事があるのでこの辺で」
「あら、そうかい。くれぐれも危険な事はしないでくれよ。その知り合いにあったら、よーく、伝えておくよ」
心配してくれたミリア。
二人はギルドを出ると、今後の事を話し合う。
勢いで、此処まで来たのはいいが、ロキとナナリーの足取りがまったく掴めない。砂丘に行くのはいいが、会えるとも限らない。
疲れがピークになった二人は、もう宿を取ろうと安そうな宿へ入る。
二階が宿で一階が飯屋の店に入る。
ピークが終わったのだろう、飯屋の部分には客が居なく、カウンターで暇そうな男性が座っていた。
カレン達に気付くと姿勢を正す。
「いらっしゃい。飯と泊まりどっちだい?」
「すみません。部屋は空いていますか?」
「了解。確認してみる。おーい、メルー」
メルと呼ばれた、女性が厨房から顔を出すと、店主に、なんのよう? と聞き返した。
「部屋空いてたか?」
「昨日までは満室。でも、丁度良かったね。さっきエルフと、おっさんが止まっていたけど。さっき出て行ったから空いてるよ」
「だそうだ、一泊二人で二十二ゴールド」
厨房に居たメルという女性の言葉を聞いた二人。
店主を無視して、詰め寄った。
「すみません。その、おっさんって黒髪がボサボサ冴えなくて、疲れているような顔付きで体が細くて……、あとあと……。エルフってのは髪が金髪で可愛い顔してませんでしたかっ!」
「まぁ、視方によっては……」
「お前酷いな……」
「的確に伝えたつもりだけど」
ナディの突っ込みをよそに、若干、引いているメルがそうだと、答えるとカレンは興奮した声で話す。
「すみませんっ。探していた人だったんでっ」
「なんだ、それだったら、此処をでて右に曲がったよ。砂丘観光でもするんじゃないかなっ」
「おいっ」
「うん。まだ間に合うっ。すみません、宿は取れなくなったのでっ、行くよナディ君」
ナディの手を引っ張り走りだすカレン。
台風のように去った二人を見送ったメルは、店主に向って笑い出す。
店主のほうは、あっけに取られた顔をしてメルへと向き直った。
「何笑っているだ。お客が減ったんだぞ」
「いやだってさ。恋する乙女だよあれは……」
「乙女? あんなに大きい身長なのにか?」
「恋に身長は関係ないさ。私は結婚した今でもアンタに恋をしてるんだけどね」
「なっ。馬鹿な事言わないで、さっさとオレの昼飯つくりやがれっ」




