14 追いかけよう
食堂にはカレン、ナディ、そして魔法ギルド店員でエルフのミナトの三人である。
テーブルにはカレンが淹れた紅茶が三つ出ている。
「で。師匠達が旅なのは解りましたけど……。私達はどうしましょう」
「はい、その間はわたしが変わりに、教える事に成っています」
「ええっ! 出来るんですかっ」
カレンは大声を出すと、直ぐに謝る。
「ご、ごめんなさい。びっくりして、別に、ミナトさんが嫌とかじゃなく」
「ボクは嫌だっ!」
直ぐ横にいるナディが不満な声をだす。
「考えてもみろ、ボクは先生に。ロキさんに魔法を教わりに来たのに、なんでエルフに教わらなければ成らないっ」
「でも、師匠は帰ってこないんだし。その間遊んでいる訳にもいかないんじゃない?」
「はい、そのためのわたしです」
ミナトが返事すると、ナディは、ますます機嫌が悪くなる。
「しょうがないじゃないの」
「……ける……」
「はい?」
「追いかけるっ。なんだ簡単な答えじゃないかっ!」
ナディは突然立ち上がる。決定事項のように、追いかけると宣言した。
カレンは溜息をし、首を振る。
「馬鹿ね、それが許されるなら師匠だって全員で行くわよ、ね、ミナトさん」
「別に追いかけて来るな。とは聞かされてませんけど」
「ほら、ミナトさんだって……。はい?」
「わたしへの伝言は明日からの代わりの先生ですし、追いかけたいのであれば追いかけるのが、よろしいかと」
カレンとミナトの間に静かに沈黙が流れる。ナディは急に大声を上げて椅子から立ち上がる。
「行くぞっ!」
「行くって……」
「先生の所に決まってるだろう。なんなら、お前は留守番でもしていればいい、ボクは一人でも行くっ!」
食堂から、ナディが飛び出していくと、カレンはその背中に声をかける。
「ちょっと、行き先しらないんだけどっ!」
静かに紅茶を飲むミナト。彼女がカップを置くと、中央ホールから足音が近付きナディが食堂へ駆け込んできた。
「おい。行き先を教えろっ!」
ナディはテーブルに両手をたたき付けた、その拍子にカレンのカップと、ナディのカップから紅茶がこぼれる。
カレンは慌てて拭く物を探し、ミナトは静かにカップをテーブルへと置いた。
「ただでですか?」
短い言葉をナディにぶつける。
むっとした、顔のナディは「直ぐ戻るっ!」と、言い残して食堂を出て行った。
カレンは何となく、口を挟みづらくミナトの顔を黙ってみている。
気付いたミナトは、何事も無いかのように、カレンへ微笑む。
「噂どおり、とお思いですか?」
「えっ、いやあの」
噂とは、エルフは金に汚いと、世間一般で言われているからだ。長寿なエルフ達は義理も人情もなく、金さえだせば違法な事もすると噂されているからだ。
もっとも、何故かというと。魔法ギルドなどに売っている商品が高いからである。魔法を使う物にとっては適正価格であるが、魔法を知らない物にとっては高級品である。
「ファルマ砂丘ですよ」
「えっ?」
「ロキさん達の向かった場所です」
「えーっと、あの、良いんですか喋って。それにお金も払ってませんけど……」
「あれは、彼が私達をどう思っているか、からかっただけです。元からお金は受け取る積もりもありません。ですけど黙って行かせるつもりもないですけどね」
「あの……どういう――」
カレンが最後まで喋る前にナディが戻ってきた。無言でテーブルの上に金貨や宝石を無造作に置いた。
「全部で数万ゴールドはあるっ!」
「これで情報を売れと?」
「エルフは金を積めば何でも売るだろう」
「なるほど。でも、よーく考えて下さい。わたしが顧客の情報を売った事ありましたか?」
カレンが手をポンっと叩くと頷く。
「たしかに、昨日は朝から晩まで粘ったのに、師匠の事一切しゃべらなかったんですもんね」
「だったら……。どうしたら教えてくれるんだっ!」
ナディは涙声をだしながらミナトに食って掛かる。
「それでは……。手合わせをしましよう」
「て、あわせ?」
「別に目的地を教えるのは、今回は禁止されていませんし。でも、貴方達二人が旅をするには実力が無いと困りますし」
「はいはいはいー。貴方達って私も入っているんですかっ!?」
カレンが手を上げると「もちろん」と、ミナトは喋る。
「それとも、棄権しますか? その場合、ナディさんの実力しかはかりませんし、仮にナディさんが打ち勝ったとしても。旅を許可するのはナディさん一人だけになりますけど」
「ボクは一人でもやるぞっ!」
カレンは黙ってミナトを見る、そして腕を組んで考え込む。
ここで戦わないと、頭の中では一人残って勉強するイメージが、そしてロキ達が帰ってきたら何となくある疎外感。
「やりますっ!」
「それこそ、ロキさんの弟子です」
微笑むと、優雅に紅茶をテーブルに置いた。
ミナトの提案で裏庭でる三人。ミナトの頭には肩まで届く鉢巻が巻かれていた。
「ルールは簡単です。範囲はこの中庭内。わたしの鉢巻を取る……。いえ触れば勝ちとしましょう」
「え。そんな簡単なルールで良いんですかっ!」
「馬鹿、お前は変な事を言うな難しくなったら困るだろっ!」
ミナトは二人の質問に微笑むと、追加で喋る。
「ええ。その代わりスタートは両端に付いてからですよ。何でも使って結構ですから」
カレンは改めて周りを見る。
端から端までは中々に広い。腰まである高さの石塀で囲まれた中庭、走ろうと思えば馬で小回りできるほど長方形に広かった。
しかし、横に広いだけで縦はそうでもなかった。カレンが即効で走れば、片手鍋でお湯を沸かすより早い。
お互いに石壁まで離れる。大声で叫べば声だって届く。
ミナトは一つの石を手に持つとカレンとナディに大きく手を振って見せた。
「なるほど、あの石が落ちたらスタートって事だ。準備はいいかっ」
「もち、ナディ君が風を飛ばして眼くらまし、その間に私がダッシュで鉢巻を触る」
「解っているならいい。僕の杖が……」
「二番目の魔石が光ったらでしょ。さっきききましたー」
こちらの作戦を一切知らないミナト。笑顔のまま石を高くほうりなげる。
三人が見ている中、石は地面に音を立てて落ちた。
ナディの杖が既に一つ目の魔石が光っている、次に二つ目。
カレンは目視し、一気に走った。カレンの横を風が音を立てて素通りしていく。
勝ったっ! カレンはそう確信しミナトの鉢巻を触る、いや奪い取るつもりだった。
カレンの前には暴風の中笑顔を絶やさないミナトがいた。
指をパチンと鳴らすと風が一瞬で消える、カレンは驚くもスピードを止めないで鉢巻を奪いに行く。
カレンとミナトの間に突然土壁が出来ると、カレンを弾き飛ばした。
中庭の中央に大の字になったカレン、空を眺めて居た。
あまりの事に思考が追いつかず起き上がると、ミナトの右手には緑色の長剣、左手には濃い茶色の四角い盾が浮いている。
「卑怯だぞっ!」
声のあるほう、ミナトと反対側をみると。ナディが怒り文句を言っている。
「精霊を召還するだなんて聞いてないぞっ!」
「何でもありと言ったはずですけど」
カレンはナディのそばまでいくと服に付いた泥を叩き落とす。
「うう、吹き飛ばされて、体のあちこちが痛い……。で、精霊って、あのミナトさんがもっているやつ?」
「剣は風の精霊。盾は土の精霊の変化。だからエルフは嫌いなんだっ。僕らが修行して魔法を使うのにあっさりとああやって召還してみせる。人間がエルフに頭が上がらない一つの力だっ!」
憎たらしげに喋ると、杖を持ち魔法を使うナディ。先ほどよりも強い風、隣にいるカレンの眼にも見えるほどの粉塵がナディの周りをグルグルと回っている。
両手を前に出すと、ナディの周りの風が一瞬で消えた。
その瞬間両手の先から飛び出し、ミナトへと襲い掛かる。
地面をえぐり相手へと襲い掛かるナディの風魔法。ミナトの持つ楯が巨人の形になった。巨人は土の壁になり何故かミナトの背後に回る。
それと同時に風の剣を一振りすると、ナディ渾身の魔法は分断され、ミナトの両脇へど飛んで行く。周りの壁はその衝撃を回りに飛ばさない為の壁だった。
「だめか……」
ナディは荒い息をしながら座り込む。先ほどの魔法に魔力を使ったのだろう立つ気力もなさそうだ。
「もう、終わりですか?」
遠くからミナトの声が聞こえると、ナディは下を向いたままだ。
「はいはいはーいっ! ミナトさん、ちょっとお待ちをっ!」
カレンの明るい声にナディは思わず顔を上げた。
「お前は馬鹿か……。みただろ、あの実力差、勝てるわけが無いっ」
「別に、コテンパンにする事じゃないんだし。まぁいいや、ナディ君は休んでいてっ」
「あ、おいっ!」
カレンは、ミナトへ向かって突進していく。ミナトが左手をかざすと、地面から幾つもの土壁が盛り上がっている。
勢いをつけて右足を壁につけると、そのまま壁をよじ登る。
第二第三と壁をけりあがると、ミナトの顔まであと少しの所まで来た。
壁から着地したカレン。体を起して鉢巻を取る予定だった。
カレンの足元が音を立てて崩れて行く。
「わっ。ちょっと何で落とし穴がっ」
落とし穴に落ちたカレンを、ミナトはしゃがみこんで微笑む。
「どうします? 明日から勉強付けにしますか?」
土ぼこりで咳き込みながらカレンは上を向く。ミナトの微笑が段々と腹が立ってきたのだろう、顔を赤くし始める。
「いーえっ! もう一回お願いしますっ!」
「わかりました。取り合えず出たほうがいいですね」
これも土の精霊の力なのだろう、落とし穴の地面がせり上がりカレンが地上へとでる。もちろん既にミナトは離れている。
ナディの場所まで戻るカレン。体力が回復したナディが嫌味を言ってくる。
「落とし穴から出て突進すればよかったじゃないか」
「あー……。でも、それは何かインチキな気がして」
「あれほどの力を使うほうがインチキだっ! 次はボクも参加する」
日が傾きかけ、ボロボロに成りながらもカレンとナディはミナトへと挑戦していった。
二人とも息を切らしているのに、ミナトは息一つ切らしていない。毎回「降参しますか?」と聞いて来る。
二人とも半端意地になっているのが決して降参しなかった。
何度目かの挑戦中、とうとうナディが力尽きた。先ほどから魔法使いの杖を、杖代わりにして立っていたが、それも辛くなったのだろう。
カレンが慌ててナディへと駆け寄る。
「ば、かか……。今のうちに、鉢巻きをとりにっ……」
「わ、わかっ。うわっ!」
カレンが振り向いたら、直ぐ側にミナトが立っているからだ。
例によって、「諦めますか?」と、尋ねてくる、
「絶対に、あきらめ……ないっ」
「わ、私もっ」
「そうですか……」
ミナトは頭についている鉢巻を外すと、カレンへと手渡してくる。
黙って見つめる、カレンとナディ。
「あの、何ですかこれは……?」
「何って、鉢巻です。それだけ欲しがっていた物なんですし、もう少し嬉しそうにして貰いたいですね」
「え、いや、えーっと……」
カレンが言いよどんでいると、少し体力が回復したのだろうナディが寝たままであるが叫ぶ。
「馬鹿にしてるのかっ……」
「元から。貴方達二人がどれほど頑張るかの訓練です。諦めない姿勢を見極めたので、鉢巻をお譲りしたまでですけど」
「えーっと……。そしたら、最初に鉢巻を取っていたらどうなったんです?」
「次の難題を押し付けましたけど」
ミナトは、それがどうしたの? と言いたそうな顔で喋る。体の力が一気に抜けたカレンはその場で尻餅を着くとナディの手を握る。
「で、ミナトさん。渡してくれるって事は合格ですよねっ」
「はい。二人とも、もう日が落ち始めています。明日の朝一番で魔法ギルドへ来てください」
ミナトは、いう事だけ言い残すと、中庭からさっさと出て行った。
残ったカレンは何故か笑い出す。
「馬鹿、何笑っているんだっ」
「いや、なんか可笑しくて、そういうナディ君だって顔が笑っているけど」
「こ、これは違うっ。痛み、痛みだっ」
痛みというが、カレンの笑い声にナディの顔も笑顔になっていく。何はともあれ最初の試練は突破した。




