11 天才魔法使い見習いナディ
カレンが魔法使いになりたい理由は解ったが、結局トラウマとなる部分は解らず仕舞いだった。魔法使いになれないのでは、と暗い顔をする。
「そんな顔をしない。旅の魔法使いじゃないけど、君には素質はある」
「本当ですかっ! 魔法使いになれますかね?」
「今日、明日に魔法使いと名乗れるほどには遠いだろうね」
「あら、名乗るだけなら今からだって名乗れますわ。魔法球、あれだって作り出す人間は中々いませんわよ」
ロキの言葉に、ナナリーが横槍を入れてくる。「それはそうなんだけど」と、ロキは言うと少しだけ真面目な顔になる。
「初期魔法すら使えない魔法使い。これが何か戦いの時に役に立つと思うかい?」
「思いませんっ!」
「と、いう事。確かに、魔法使いとしての下も無ければ上もない。終わりが無いからね。僕だって極めたとは言えないし、いうつもりも無い。出来れば――」
ロキは、言葉の後に右手を輝かせた。魔法球からの青い球体、姿形を変えてカレンの身長よりも高い、氷の槍を作り出す。
それをそのまま、カレンへと手渡すと、カレンは驚いた顔で槍を観察し始めた。
「すごい……。材質は氷ですか?」
「空気中の魔力を、冷やし固めた。ちょっとやそっとじゃ壊れない」
「でも、材質は氷ですよね、試してみて良いですかっ!?」
カレンは嬉しそうに喋ると、ロキを見る。
「短時間とは言え、僕が魔力を込めて作った槍だ。折れたら好きな物を買って上げるよ」
カレンは、その言葉を聞いて嬉しそうになり槍を触る。
根元と先端に近い部分を持つと力を入れ始めた。ロキからは一瞬カレンの手が黒く光った気がした。見間違いかと思った瞬間、氷の槍がベキッと二つに折れた。
「折れましたわね……」
そういうのはナナリーである。みると、本当に折れるとは思わなかったのだろうカレンも申し訳なさそうにロキを見て困り顔をしていた。
謎の沈黙が食堂を支配すると、ロキが咳払いをした。
「いや、急だったから折れやすかったかな……。約束は約束だ、夕食の買出しも含めて町に行こうか」
「師匠、これはどうしましょう」
「魔法で作った氷の槍だし、庭にでも置いておけば自然に溶ける」
「はーい。では用意してきます」
カレンが食堂から出ようとした時にロキは呼び止める。
「用意って、そのままじゃダメなの? ローブ着るんだろうし」
「ロキ様、女性はいかなる時もオシャレするんですわよ」
「師匠、もしかしてその格好でいくんですか」
ロキは前日と同じダボダボになった布の服とズボン。髭は前日よりも濃い髭が生え、もちろん髪もボサボサである。
「まさかとは思うんでけど、師匠はそのまま行くんですか?」
「そのつもりだけど?」
「せめて髭ぐらいは剃りましょうよ……」
「王様に謁見するわけでもあるまいし」
否定的なロキに、ナナリーが手を叩き提案する。
「そうですわね。折角の男前なんですから、わたくしが剃りましょう、カレンさん、ロキ様を押さえつけてくださいな」
「まった、押さえつけられるなら自分で剃る」
文句を言いつつ、席を立つロキ。自然と解散となりナナリー以外はそれぞれ支度をするのに食堂から出ていった。
先にカレンが食堂に戻る、さほど変わっていないようにも見えるが髪をまとめたリボンが赤になっていたりと小さいオシャレをしていた。魔法使いの杖を腰に付けると冒険者のローブをてロキの来るのを待つ。
ロキも直ぐに食堂に戻ってきた。髭だけは剃られたが他はさほど変わっていない。こちらも冒険者のローブを着て二人を見た。
「用意できたなら、出かけよう」
「さてさて、送り狼に期待ですわね」
「ええ、この辺、狼がでるんですかっ」
ナナリーの冗談に、カレンが本気で答える。ロキは、「出ないよ」と、だけ言うと先に家を出た。
道中で意味の解ってないカレンに、ナナリーが送り狼の意味を教えている。招いた女性の後に付いて行き、襲う男性の事を言うのですよ。と耳打ちされた。
「ロキ様、折角ならギルドで食事をどうですか?」
「僕はどちらでも、カレンはどうする?」
「私に振るんですかっ!? 師匠に意見できるほど偉くはないですしー……。師匠にまかせますっ」
カレンが驚くと、ロキは白い眼をして喋る。
「この二日の付き合いでわかったけど、君。あんまり僕の事尊敬してないよね?」
「そ、そんな事ないですよ。やだなー……」
「どうだか……。それじゃ好意に甘えよう、良いかなナナリー」
「ええ。せひにですわ」
魔法ギルドに着くと「お茶でも出しますわねと」と、ナナリーに店内に案内された。
狭い部屋に一人の少年が、ミナト会話しているのが見えた。ミナトはナナリーや、ロキ達に気付くと微笑み直す。
「お母様、お帰りなさい。それに……。カレンさん達もいらっしゃいませ」
「ただいま、ミナト。何かお変わりはないですの?」
「それが……」
ロキ達を見て、何故かロキの名前じゃなくカレンの名前を先にだしたミナト。それだけでも、変った事がある証拠でもあった。
言いよどむミナト。カウンターに居た少年が椅子から立ち振り返る。
ロキよりも低く、ナナリーと余り変らない背。透き通るような耳まで隠れる銀髪、褐色した肌、青い瞳。女の子っぽい少年だった。
「貴方が店長のナナリーさんですねっ。ボクは、天才魔法使いであるナディっ! ぜひにロキさんの居場所を教えてほしいっ!」
「いきなり教えろと言われても……。紹介状はもってますの?」
「ないっ!」
「では、お引取りを」
ナナリーは、小さい身長ながらもきぜんとした態度で出入り口を指差す。少しだけ涙めになるナディ。一歩も引かないで食って掛かった。
「だからエルフは融通聞かないんだ……。ボクは態々ロキさんの弟子になるべく、こんな田舎町まで来たんだ。会わせろって言ってるわけじゃない。居場所を教えろと言っているんだっ!」
「ですから、紹介状の無い人を教えるわけには……」
「おい、そこの女っ、杖を持っているって事は魔法使いだろ? ロキさんの居場所しらないかっ!? そっちの冴えない男でもいいっ!」
ナディは、カレンとロキを交互に指を差して尋ねる。カレンはロキを見ると小さく首を振っている。
「えーっと……、私は知らないなぁ」
「残念だけど、僕も知らない」
ロキもさらっと嘘を付いた。
ミナトが喋りだす。
「今朝からロキさんの場所を教えろと、わたしが教えられないと言うと、店長を出せと言いまして」
「それでわたくしが帰ってくるまで居たのですね。お疲れ様ミナト。そもそも彼は弟子なんか取りませんわ」
「嘘だっ! 弟子を取ったと話を聞いたっ。ボクはその弟子よりも出来がいい、きっとロキさんもボクのほうを弟子にして良かったと言うに決まっているっ!」
カレンが口を開けて関心する。隣にいるロキに「凄い自身ですね、師……。えーっと何て呼べば……」と、小さく喋る。
咳払いをするロキは、ナディに一つ質問をした。
「ナディ君といったかな。なんで弟子になりたいんだい? 魔法使いは、これから廃れていく職業だよ」
「おっさんには関係ないっ!」
おっさんと呼ばれ、即答される答えに、カレン、ナナリーが噴出しそうになる。
「まぁ、関係ないと言えば関係ないんだけど。それに彼だって人間だし、いきなり弟子ってわけにもダメだろう」
「これだから貧乏人は、これを見ろっ!」
ナディは無造作にポケットから石の塊を二つ出した。カウンターにたたき付けるように置くと勝ち誇った顔をしている。
ミナトがその一つを「少しお借りします」と、言って鑑定する。
「お母様、バジリスクの魔眼です。それも、ここまで大きいのは中々……」
ミナトの言葉に、ナナリーとロキが慌ててカウンターに集まる、カレンも少し遅れてその石を眺めている。
「こら、なんだっ。ボクのだぞっ! おい、よってたかって触るなっ」
ナディの忠告は誰一人聞いていなく、最後にナナリーが静かにカウンターに置いた。
「ナディさんと言いましたわね、この魔眼。十万ゴールドで買い取らせて貰えないでしょうか」
「ええええっ! 十万ゴールドっ!」
あまりの金額の大きさにカレンが叫ぶ。近くで叫ばれた物だからナディは耳を塞ぐとカレンを睨む。
「断る。これはロキさんに渡す手土産だし――」
「わかりましたわ、三十万ゴールドだします。それでも足りないと言うのであればこのお店を付けましょう」
「な……」
あまりの事に声が出ないナディ、カレンがそっとロキに耳打ちする。
「このお店事ってそんなに高価な物なんですか?」
「彼女にとってはね、むしろ金で納まるなら喜んでお店を受け渡すだろう」
「でも、家が無くなったら……」
「その時は、僕が手助けしよう」
様々な魔法アイテムを眺めて、バジリスクの魔眼と交互に見るナディ。震える声で条件を言う。
「へ、へんっ! そんな大事ならロキさんの住所を言うんだなっ。いや、ロキさんに会わせろっ。そしたら教えてやるっ!」
「…………。残念ですが、魔法ギルドは顧客の情報は売りませんわ。それ以外の事でしたら、どうでしょう。わたくしを好きにすると言う条件では、勿論寝室までお供しますよ」
ナディは、ナナリーの頭から爪先までみた。そして首を振る。
「ボクは、子供には興味ないんだっ!」
「子供っぽい体系であって子供ではないんですっ。どちらかと言えば貴方のほうが……」
「ボクはもう十三才だっ。とにかくっ! ロキさんに会えるまでこの魔眼は売らないっ」
「そこを何とかって……」
ロキが二人の間に入ると魔眼を二つ手に取る。
「ちょっと、おっさんっ。話聞いてた?」
「ああ、聞いてたよ。ナナリーも、別にそこまで守らなくてもいいよ。これは僕の物になったって事で、はいこれ」
ロキは腰から一枚のメダルをナディに手たわした。文句を良いながらその刻まれている文字を見ている。
「ボクはロキさんに会うまでは……って、何これ、ロキ・ヴァンヘルム……。えっ!? えっ??」
「そりゃそうよね。私もそうだったし……」
カレンが、ナディに、彼は本物のロキと教えても、今だ事情が読み込めてない顔で辺りを見回した。
「だ、だましたな……」
「別に、騙しては居ない。本当の事を言わなかっただけで」
「師匠、世間ではそれをだましたというんですけど……」
「って、事はお前がロキさんの弟子かっ!」
「私? まぁそうなるのかなー……」
下を向くナディに、ロキが容赦ない一言を付け加えていく。
「あ、因みに僕はもう弟子増やす予定はないから」
「いやだ……」
「泣かれても僕は困る、そもそも天才だったら僕に弟子入りしなくても大丈夫だ」
ナディの肩にポンっと手を置くロキ。それまで我慢していた物が壊れたのだろう、ナディは泣き始めると自らの周りに風を作り出す。
その風はムチのように動きカレンを包み込んでいった。魔法使いのローブが風に舞い、上半身の布の服が風で煽られ、胸の部分が見えそうになる。
「ちょ、ちょっとっ! やめっ。とめてーっ!」
「ロキ様」
「っと、見てる場合じゃなかった。ナディっ! 風を止めろっ」
「そうだ、あの弟子が死んだらボクが弟子にできますよね」
焦点の合わない眼でロキをみる、眼からは涙が出ており鼻水も出していた。そして事が切れたように床に倒れた。
小さい爆風はまだカレンを襲っており、風により息苦しくなっているのか顔が青くなっていく。
「暴走ですわ……」
「ちっ! カレン、聞こえるかっ!」
カレンはロキの声に辛うじて頷く。服を抑える気力もなくなってきたのか胸が見えそうな所まで来ていた。
「君の周りを全て凍らす。息を止めて、自分の中に魔法球を作り出すイメージをするんだ。いくよっ!」
ロキはカレンの正面に立つと指を三本出す、その指を折り曲げゼロになった所でカレンの周りを全て凍らせた。
暴風は止み、氷付けになるカレン。
今度は急いで氷を溶かさないといけない、酸欠状態でカレンが死んでしまうからだ。しかし魔力が篭った氷であり溶かすのは通常では難しい。
ロキの考えでは別の氷を作り相殺させる予定であった。
氷付けになっているカレンの手の部分、そこから光がもれだすと魔法球が出来上がった。
次に魔法球が濁っていく、ロキ達が見ている前で、割れにくいはずの氷に黒いヒビが入っていく。
次の瞬間全ての氷が空気中に消えていった。
「し、師匠たすか――」
最後まで良い終える前にカレンは気絶した。
「今のは……」
「ロキ様、今はカレンさんが使った魔法ではなく。今後の事を考えませんと……」
「そうか、そうだね。とりあえず、不本意ながらこの子は僕が預かろう。どこかで見た事ある顔なんだよね」




