10 カレンの過去と旅の魔法使い
町に昼を告げる鐘が遠くで鳴った。
昔は教会や町の権力者しかなかった時計。それを、より正確にしたのが魔法ギルド、それを広めたのが冒険者ギルドであった。
今では、一日五回。各所で同時に鐘を鳴らし町全体に時間を教えていた。
昼食を食べおえ、再びカレンの力を見極めるために庭に出た三人。
ロキとナナリーは庭に置いた椅子でカレンを眺めている。
カレンは一人で魔法使いの杖を両手で握り締め、先ほどから気合の声だけを発していた。
疲れたのだろう、肩を落として、遠くから「師匠ー……。魔法球がでませんっ」と叫んでいた。
それでも教わった事を練習し再び杖を握っては、目を閉じ、気合の声を出している。
一緒に練習をしていた時は出ていた、魔力の球もいざ一人になると、まったく出ない。
ロキ自身は、小さい頃から魔力を出していたし、独学で魔法も操れた。それゆえにカレンのように魔法が出ないという人間を教えるのは、難しいのだろう。両腕を組んで考えて込んでいる。
「確かに、カレンの中に魔力もあったのに、何故だろう」
「ロキ様が触れていた時は綺麗な魔力でしたね。魔力は魂の色とも言われてますし。思わず、うっとりしたほどです。アレじゃないですかね、いえ何でもありませんわ」
思い当たる節があったのか、途中で言葉を止めるナナリー。ロキは振り向き、その答えを問い質す。
「ナナリー。君の意見を聞きたい」
「あら、わたくしは彼女の師匠ではありませんので……。でも、ロキ様が言うのであれば、わたくしの考えを一つ。トラウマでは無いでしょうか、わたくしの娘のミナトも、小さい頃は精霊召還を出来なかったんですのよ。火を司る低級精霊のサラマンダー。アレが苦手だったらしくて」
エルフにも沢山の種類がおり、自然と共に暮らすエルフは火は大敵の象徴だった。しかし、人間社会に溶け込むと、一部のエルフ達は変ってきた、考え方は違うが、火も使い肉も食べる割合が多くなってきている。
それでも、本能的に火を怖がるエルフは多く、火の精霊を召還するエルフのほうが珍しい。
「トラウマか……。迂闊には聞けないかな」
「あら。聞いてしまえばいいじゃないですか、わたくしはミナトに三日三晩問い質して薄情させましたよ」
「生憎。人間は、それやると逆効果なんだよ……」
「相変わらず人間は、面白いですね。ロキ様にはトラウマなんて不要でしょうけれど」
黒髪を掻きながら、口を開く。
「僕にも、沢山のトラウマはあるよ。さて、慰めてくるか」
「あら。わたくしも慰めて欲しいですわね」
ナナリーの言葉に一度立ち止まる。聞かなかった振りをして、そのままカレンの場所まで歩いていく。
「少し休憩しよう。カレンの魔力が合ったと解っただけでも、成果はあった」
「ふええ、でも師匠。魔法の打てない魔法使いって、魔法使いじゃないですよね」
「まぁ……。うん」
思わず素直に返事をするロキにカレンはより一層落ち込んだ顔をした。「もう一度、休憩にしよう」と、言うと、とカレン食堂へと誘った。
先ほどまで座っていたナナリーも、自身と同じぐらいの高さの椅子を持っては、ヨチヨチと歩き家へ運んでいた。
歩きながらロキはカレンの質問に答える。
「まぁ、でも。城にはそういう魔法使いが沢山いたから」」
「えっ。そうなんですかっ」
ロキはかつて在籍していた王宮の話をする。天才魔法使いとして王に仕える事になったが、何をするのにも、周りの自称魔法使いに反対された。
彼らは、魔法を決してロキに見せなかった。
本来魔法使いは、魔法を自慢する事は余り無い。対抗策を取られ易いからでもある。
最初は、自らの弱点を隠しているのかと思ったロキであったが、ゆくゆく調べると、半数の人間が魔法が使えないのに魔法使いと名乗っていたのだ。
「ふええ。魔法使いって本来そういう者が多いんですか?」
「多いと言えば多い。だから、魔法使いは嘘つきだ。って周りから言われる。カレンは少し勉強もしたほうがいいな……」
「えーっ。あの、知識とかですよね。本当にしないとダメですか」
「少なくとも、僕の弟子と名乗るなら」
「うー……善処します」
食堂へ入るとナナリーが紅茶の準備をしている。今朝来る時に持ってきていたのか甘いスポンジケーキを切り分けていた。甘い匂いが食堂へと漂っている。
「お疲れ様ですわ」
「ありがとうございます。ナナリーさん」
「どういたしまして。綺麗な物を見せてもらったお代とても、思ってもらえれば、所でカレンさんはどうして魔法使いに」
ナナリーはさり気なく、カレンのトラウマを聞き出そうと模索していた。ロキは直ぐに気付いたが、黙って紅茶を飲む。
「あら、別に話したく無いなら宜しいですよ。無理にとは言いませんし。聞いた手前アレなんですけど。わたくしは聞かないほうが良さそうですかね」
「いえ、大丈夫です。別に凄い話でも無いんですけど。えーっとですね――」
冒険者を両親に持つ家庭に生まれたカレン。
小さい頃から背が大きく冒険者である両親の手伝いをしていた、あるとき近所の子供が行方不明になり大捜索が成された。
外の天候は嵐、もちろんカレンも子供であるが、大人達に混じり捜索を続けていた。
町から近い場所にある川、そこから少し先に進んだ場所にある洞窟。そこが怪しいと思い単独探しにいく。
カレンの感は辺り、洞窟内で寝ている子供三人の姿があった。彼らを起して戻ろうとすると川が氾濫して戻れなくなっている。雨足が速くなり一度洞窟へ戻ろうと戻った時、そいつは居た。
そこからはロキも聞いた事のある話が混ざった。子供達を守ろうとしたカレン、ワイバーンに吹き飛ばされる体。
子供が食べられるそう思った時にカレンの意識は無くなっていた。
気付くと、ワイバーンはバラバラになっており、黒いローブを着た女性がカレンを覗き込んでいた。
彼女は旅の魔法使い、ギルドの依頼で子供達を捜していたというと、洞窟とワイバーンを発見したといわれた。
助けたてもらった事にお礼を言うと、旅の魔法使いは、貴方がやった事よ。と教えてくれたのだ。そこからは魔法使い通じて話を聞いた両親と身の振り方を相談し、魔法の才能があるなら魔法使いに。と、言う流れであった。
カレンの瞳が、夢見る少女のソレになっていく。ナナリーが横でカレンへ「その魔法使いの女性は理想の人ですのね」と言うと、カレンは慌てて手を振って否定する。しかしその顔はほんのりと赤い。
ロキは少し憮然とした態度でカレンへと言う。
「その、魔法使いに教えて貰えば良かったのに……、きっと僕より旨く教えれるはずだ」
「あれ、師匠ちょっと怒ってます? 魔法使いさんは、ワイバーンを追って来たらしいのです。町の人達が駆けつけた時にも、報酬とワイバーンの死体の一部を貰って帰りました」
「別に怒っては居ないさ、なるほど……。僕もあって見たいものだな、その魔法使いに、才能を見だす事が出来たのはすごい」
「私の過去で思い出しましたけど、師匠の過去の話ってどうなりましたっ!?」
「あら、何の話ですの?」
ナナリーが身を乗り出して聞いてきた。カレンは「それがですねー」と、夢の中での約束事をナナリーに教えた。
それは、夢の中で会話したロキの過去を聞かせてくれる事。確かに夢世界から出てきたらと、話した。
ロキは真顔になりカレンへと向き直る。
「夢の中の約束は現実じゃないからね。よって約束じゃない」
「…………。ひっどーいっ!」
「だから、魔法使いは嘘つきだって言われますのに……」