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5 昼と”夜”

 

 

 

 昼間っからドンパチやるのは、趣味じゃねぇ。

 マル暴に入って既に何十年か。上の考えてることと現場が一致していないせいで、俺たちは割を食わせられたんだ。


 ん? そんな話を聞きたくないって? 嗚呼、そこは諦めてくれや。俺も自分の身に起きたことを整理したいんだ。


 で、だ。今日もまた、ここ未曾木の山にある倉庫で取引が行われるとあっちゃ、向かわざるを得なかった。

 

 もともと、俺たちが向かう組の相手もまた、本来は俺たちの手を出せない連中だった。

 だが奴らの中に居たOBが居なくなり、こちらに対する負担も大きくなり、また奴らも落ちぶれ始めたとあっちゃ、うまいこと転がされてしまう訳だ。


 要するに、首を切りにかかったということに近い。


 こちとら今の職についてから、ひたすらに犯罪に対する感覚が麻痺してきている。よくある絵本に書かれているお巡りさんみたいなのは、ごくごく少数だ。組織だって大きく動けば動くほど、人間はロクなことをしねぇ。


 要するにバランスだ。

 バイク上がりの連中に始まり、新興勢力が台頭してくるのも面倒ということもあるが。


 世の中、それなりにうまいことできてやがる。


 明けない夜、というのはこういう世界のことだろうか。

 

 

 

 ともかく、俺たちは倉庫で、奴らの取引現場を張っている。現行犯が出ればそのまま乱入するため、念のため全員完全装備だ。

 チャカもきっちり構えている。

 

 そして小声で連絡を交わし、いざ突撃となった瞬間。それこそ映画で見る以上に、現場の銃撃戦はひどい。血が飛び、打ち所によっては内臓が飛び、何より血と臓物の匂いがひどい。


 防護服のお陰で俺たちもそこまで被害を受けはしないが、それでも全てを護れる訳ではない。以前同僚が、そのせいで首から左目にかけての筋肉に麻痺が残った。


 だが、言うなれば奴らとこちらの暴力は量が違った。文字通り。


 配置されていた人員、応援の人員、武器の残弾数。逃げ切れる位置でもないというのも大きく、次第に着々と追い詰められていった。


 既に無傷で残るは二人か三人。

 

 

 

 だが、そんな折である。

 一人の野郎が、日本刀を取り出して襲い掛かってきやがった。


 決して重要な相手じゃないから、俺も顔と名前を覚えてはいなかった。


 防刃装備は腕を中心につけていたため、奴のそれは所詮は無駄な抵抗と、俺たちはタカをくくって普通に腕や足を狙撃した。


 それが、無駄だった。

 

 銃弾は、なぜか奴の体に直接ブチ当たらず、金属音のような跳ね返りを起こして、周囲に兆弾した。

 

 困惑する俺たちをあざ笑うかのように、奴は斬りかかる。年はまだ若そうだ。が表情に余裕がなかった。血走った目で振りかぶり、下ろす。標的はとりあえず、近くに居た一人に絞ったらしい。


 当然だが、普通は無駄だ。頭のヘルメットにはじかれて、そのまま取り押さえられて御用だ。

 だが――奴のそれは、そいつの、俺の同僚の体を脳天から、真っ二つに引き裂いた。

 

 呆けた声が漏れた。思わず自分の口をふさぐ。


 まるで趣味の悪い映画のように、血しぶきを上げて肉体は真っ二つに、左右それぞれに倒れた。断面図の、特に心臓部分から猛烈な勢いで血が噴出す。

 見たくもない臓器やら脳みそやらの色に、俺は血の気が引いた。事故的にわずかに見えた、とかならいざ知らず、こんな訳のわからない形で見せ付けられたそれは、仕事中じゃなきゃ吐き出していたかもしれない。


 野郎は自分の手元のそれを一度見て、そして斬り殺した目の前の相手を見て――そして俺たちを見た。


 その表情は、笑っていた。

 

「俺は今度こそ――勝ってやる!」


 そう叫びながら斬りかかる男。俺たちは、反射的にその場から後退した。

 後方で狙撃していた奴が、別な男の腕を撃とうとしたそれでさえ、野郎は刀を使ってはじく。もはや映画か漫画か、といったところだ。


 明らかに異常な光景だった。

 明らかに異常な状態だった。


 一人は首を撥ねられた。一人は銃自体を真っ二つにされた。一人は足を切られた後、胴体を滅多刺しにされた。 


 馬鹿みたいな話だって思うだろ? 俺でも思うよ。でも現に、こうして俺も、腕一本あの場で無くしてる。


 真っ二つに斬られた奴なんか、今週には子供が生まれたばっかりなんだぜ? 俺は、そんなのを作り話なんかで誤魔化せるような精神構造しちゃいねぇよ。


 結果としちゃ、俺もこのとおり殺されかけた訳だ。

 

 奴は刀を振り上げて、ごくごく自然に殺そうとしてきやがった。

 

 

 そんな時だったかなぁ。周囲の景色が、突然真っ暗になったのは。

 

 

『――ヤクザが魔術に力を借りるようになったら、末法だな』


 そんなことを言いながら、あの低い声をした、妙に身長の高いナニかは現れた。人間じゃないのかって? まあ影は人間だったよ。なんでか燕尾服っぽいのを着て、マントを身にまとって、頭に角のある甲冑もつけてたし。

 その中が、空洞なんじゃないかってくらい何も見えなかったことを除いてな。

 

 悪魔だ。最初に見た時、なんとなくそれを連想した。

 

 現れたと同時に、奴は俺に振り下ろされかかっていた刀を、変な靴で蹴り飛ばした。


 その時、やっぱり俺は我を疑ったね。あの若い野郎さん、刀を持っていた男の全身が、何故か鎧武者みたいな姿になっていたんだから。

 その鎧武者、顔はちゃんとあの、あるだろ? 武将の鎧とかで鼻とか口とか覆う奴。あれで隠れててよくはわからなかったが、息遣いのたびに火花みたいなもんが散っていたな。


 気がつくと、辺りは夜みたいに真っ暗になっていやがって。悪魔と鎧武者の姿だけが、光ってもいないのにぼんやりと浮かんで見えた。


『何者だ、お前』

『バロンだ。覚える必要はない』


 そう言いながら、悪魔は拳銃を取り出して、鎧武者を狙撃した。

 打ち出された弾丸を、やはり刀で叩き落す武者だったが、今回はちょっと違った。弾丸がかすった箇所から、白い煙のようなものが昇っていたんだ。


『……? 何だこれは、俺は、もう誰にも負けないはずなのに』

『その様子だと、なんで自分が”夜”に入り込んだかさえ理解していないようだな』

 

 悪魔はそう言いながら、ライターを取り出した。銀色のそれに灯る火は、碧。

 数秒とたたず、ライターの火は刀みたいに変化した。


 その刀を構えて、悪魔は鎧武者に切りかかった。

 

 マントを翻しながら、回転するように斬りつける。動きとしちゃ、どこか踊ってるようにも見えなくもなかった。


 突然の攻撃に対しても、奴は刀で応戦する。明らかに悪魔が優勢だった。とても武術らしい動きをしていた訳でもなかったが、でも悪魔の攻撃は、奴の刀にダメージを与えていたんだろう。何度目か斬りつけて、上段回し蹴りした瞬間に刀がぱっきり折れた。


『――! おのれ、バロン!

 もっと、もっと力をよこせええええええええ!』


 鎧武者が叫んだ瞬間、奴の周囲に火の玉みたなもんが集まり始めた。


『いちいちセリフがわざとらしい。魔人なら魔人らしく振舞いたまえよ、君』


 悪魔はそれを、何もせずただ見ていた。

 集まった火の玉は、ごうごうと燃え盛り、姿を変え、奴の全身にまとわりついた。


 気がつくと、奴の全身は無数の、人間の顔が寄り集まったような鎧に変化していた。一つ一つがわずかにでも動くと悲鳴を上げ、きしんでいる。


「痛ぇよ」「あのヤロー只じゃおかねぇ」「何だこれ」「頭痛い」「なんでだよ! 俺、娘生まれるんだよ!」「死にたくない」「死にたくない」「お前ら全員殺ス」「死にたくない」「殺す」「殺す」「殺す」「殺ス――」


 段々と、聞こえる声が「殺す」だけに変化していく。

 そのうめき声と共に、奴はどこからともなく刀を二本取り出した。


『なるほど。一種の「魔窟」のようなものになっているのか。染みつくのは武器だろうが日本家屋だろうが、怨霊は怨霊と』

『俺は、俺の親父を馬鹿にした奴ら全員を殺す! そして、勝つ!』

『事情は知らないが、道を誤ったな。……まあ、私がそれを正してやることも出来んか』


 奴は再び拳銃を取り出すと、リボルバーの弾装を展開して、それを自分の顔に近づけた。


 横から見ていたからはっきりわかった――奴の顔のあたりの位置から、黒い、炎が吐き出されていた。それがリボルバーの内部に入っていくのが、はっきりと見えた。


『まぁ構わん。せいぜい良いカルマとなってくれ』


 すぐさま弾装を戻すと、いつの間にか戻っていたライターの火をともして、リボルバーの先端に近づけて構えた。胸の前のあたりで、拳銃を上に向け、その先端に火を近づけていた。 

 鎧武者は、絶叫しながら斬りかかった。

 悪魔は、先端が碧く燃えた拳銃を構えて、引き金を引いた。


 振り下ろされた二つの刀に対して、拳銃の先端からはひどい色の炎が噴出していた。よく見ると、拳銃の口のあたりに、何かの文字のようなものが見えたような気がしないでもなかった。


 言葉が出なかった。意味のわからない恐怖が、悪魔の銃から放たれた炎には宿っていた。見ているだけで、まるで自分が焼き殺されるような、そんな錯覚を覚えた。


 拳銃の火は、圧倒的だった。刀二つともが一瞬のうちに溶け、鎧武者の鎧を焼いた。


『ぐ!? お、おおおお……ッ』


 武器がなくなり、奴は焦ったようだ。だがもう遅いとばかりに、拳銃の炎が奴の体を焼く。

 鎧に張り付いていた顔面が、まるで自分から進んで逃げるように引き離され、火の玉のようになり、そして悪魔に向かっていった。


『フン』


 悪魔はそれらに対しても、その場で一回転するように拳銃を振り回した。炎がそれを追い、周囲の火の玉全てが、焼き尽くされた。

 

 拳銃の火が消え、鎧武者もいつの間にか動かない。


 悪魔は当然のように、倒れたそいつの胸元に手を突っ込み、何かを取り出した。何を取り出したのかまでは見えなかったが、それをちらりと確認すると、悪魔はゆっくりと歩き、俺の左側、つまり建物の入り口の方へ歩いて行った。


 そして、俺は気づいた。

 いつの間にか、入り口には何かの札のようなものが貼られていた。


 悪魔はそれを破り捨てた。と同時に、俺たちの視界が、昼間らしい明るさを取り戻した。

 

「あいつは、……ッ」


 俺は、あまりに急激な変化により、ぐらりと意識を失いかけた。

 太陽の下に出た瞬間、悪魔の姿は人間らしいそれに変わった。背丈はまだ子供のようだが、何かの制服のようなものを着ている。見覚えがあるような気がするが、未曾木の制服でブレザーと言うとどれもこれも一緒だ。


 相手を追うことを諦め、俺は連絡を入れた訳だ。

 で、結果的に病院に入りながら、俺はこうして精神治療も受けてるってことだ。どうだ? びっくりしたろ。


 俺の作り話と思うのは構わないがな。先生さん、結局、死体の状態に違いはなかったんだよな。

 みんな、俺みたいに斬られてたんだよな。


 そうか……。幻覚じゃなかったか。あれは。


 

 そうそう、それから一つだけ聞かせてくれよ。あの場で一人だけ、心不全で死んだっていう奴。死後一月間だって話じゃないか。あれの結果は変わってないか? ……なーに、一応確認しただけだよ。

 だって、あの事件があったのはわずか二週間前なんだからな。

 検死がミスしてなければ、明らかに日数が合ってないだろ。


 あ? 教えられない? じゃあ仕方ねぇな……って、何だよ薬? 安定剤? やめてくれ、俺は健康なんだよ。別に精神に異常はきたしちゃいねぇ。やめろ、飲ませるんじゃねぇ、だから、そんなもの飲んだら本当に廃人なっちまうだろ! 馬鹿やめろ、このやろうテメェ――。

 

 

 

 

 


 

 

 

そして、舞台は”夜”から昼へ――――。

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