3 魔人vs聖女
ある意味最悪レベルのボーイ(?)ミーツガール
夜に入るようになってからも、音楽はそれなりに好きだ。といっても特定の音楽が好きということではない。私のその手の趣味は私の最愛の人の趣味由来するものであり、そして魔女工房のマスターの趣味に由来するものだ。あの人が好き好んで通っていた魔女工房。そこでマスターが店でかけている音楽、どこかジャズバーを想起させるそれが、今の甲冑のみが外側に残る頭の内部に心地よい。ギターの弦のこすれる音、ブラスの息遣い、何をとっても酷く自然なものだ。人間の心を落ち着かせるような、そんな調である。聞いているだけでどこか癒されるのだから。
だからこそ、反対に何が嫌かと言えば、無論不協和音や雑音の雨霰だと言える。魔人たるこの耳は、聴覚の幅を意識的に広くできるものの、そうした際に心を乱されるのは、心を一部失った私としても色々と痛い。知人の”猫”男爵も、これには同意してくれるはずだ。
例えば、金属と金属とがぶつかり合うような音などは特にだ。
「中々しぶといですね。魔人の割に」
頭の中で(無論、頭は物理的には存在しないが)現実逃避にアコースティックギターの音色を楽しんでいたが、しかしそうもしていられない。痛みはなかれど、魔人ゆえに相手の武器が自分にとって致命傷を負わせる可能性があることは、容易に察することが出来る。
すぐさま私は甲冑を貫通する……、そこに頭があれば鼻先からうなじにかけてを刺突するレイピア、それを持つ手を掴み、折ろうとした。だが向こうも本職ゆえか、あっさりと手を離して爪先で柄を蹴り上げる。スカートの中身が見えたような見えなかったような、しかし夜に加えコート、ストッキング装備というためか正確なところは定かではない。まあ、見せられても鬱陶しいだけだ、はしたない。
悪魔祓いを名乗る少女と私との戦闘は、開始してから十分前後は経過しているか。「場所を変えましょう」と提案した彼女に従い窓を開けた途端、私をそのまま下に突き落とした彼女。一応は純粋に人間だろうに、やってることは中々えげつなかった。同時に心臓に一発、一撃もらったものの、この身にとっては大したダメージとはならない。そのまま”夜”の闇の中、私が逃げて彼女が追いかけるという構図がしばらく続いた。
マスターが言っていたか。私の持つ指輪のように、人間に人外たらしめる力を与える物は数多く存在すると。そしてその中に、剣を手に持たせ、背中に天使のように羽根を生やさせる物があったと。
確か名は――。
『――教剣と言ったか?』
「あら、案外見識があるんですね」
そうでもない。知ってるのは名前と特徴ばかりだ。
例えば……今彼女は、私の目の前に剣を使って円を描いた。剣先に灯った光が線をなぞり、正円が描かれる。それに向かって彼女がレイピアを突き出し、私に攻撃してくる。そんなわけのわからない能力が備わっていることなど、知りもしない。
「聖光突――!」
小声で聞こえるのは、ひょっとして技の名前か何かだろうか。
どこか赤みを帯びた光の円は、内部にも光の膜を張り、彼女の一撃に応じてこちら側に突き出る。と同時に迸る光が、こちらのマントの一部を焼いた。……再生させようと思えば再生するとは言え、いくら何でもいい加減身体がボロボロすぎる。機能的に問題はないが、見てくれというのも魔人にとっては大事だ。威圧感が下がれば、それだけ相対した敵に対して発揮できる力が制限されてしまう。
銀のピストルを取り出し、私は狙撃する。と、これは特に苦もなく交わされた。続いて二発。彼女の眉間と心臓を狙って撃つ。それに対しては胸部の銃弾を切り落とし、その時に振った腕の反動でわずかに身体を逸らして銃弾を回避した。サングラスを弾き、頬をわずかに引き裂く。
現れ出た彼女の顔は、サングラスを外す前から思っていたがやはり整っていた。無感情に結ばれた口元がいくらかその印象を台無しにしているが、童顔の傾向からして日本人的なものだ。彼女はサングラスを軽く一瞥するだけで、軽く流した。
なかなか厄介そうな相手だ――普通の聖職者の場合、魔人が銀の武器を用いることを極端に嫌う。悪魔を殺す為に清められた金属(金、銀などがこれに該当する)を悪魔が用いてる、ということに心底腹が立つのだろう。だが彼女は、そんな様子を微塵も感じさせず、ただこちらの動きを伺いながら接近してくるばかり。感情を被い隠しているというより、もっと事務的な、機械的な感情がそこから見て取れた。
さて。動揺が欠片もないという時点で、魔人からすればかなりやり辛い。動体視力はおそらく私以上にあるのだろう。その上で銀の銃弾に欠片も困惑や怒りがないということは――悪魔らしく「心」を揺さぶる戦略が使えないということだ。耳元で「囁き」、思考や行動を方向付けることさえ難しい。この場からすぐさま退散しようにも、それを許すほどではないだろうし、そもそも表を魔人の姿で闊歩するような趣味はない(一発で通報されて終わりだ)。
ライターに再度「証の火」を点火し、その火を私は左手で切る。渦を巻き全身に移った炎は、そのまま私を元の状態まで戻す――。
無論、悪魔祓いの少女が黙っている訳もない。
「――はッ!」
追撃の一撃。私の速度が速いためか、その突きは先ほどのように光を伴っていない。彼女はそれを私の心臓に穿つ。そのまま距離を詰め、炎が私の全身に行き渡る前に押し倒す。
彼女自身はロジックソードの効果のせいか、証の火による火傷は負っていない。代わりに彼女は、コートの裏側から十字架の鎮められたペットボトルを二つ取り出し、私に振りかけた。それは――効果は如実に現れる。鎮火するのと同時に、私の肉体が焼ける。おそらく相当酷い臭いが漂っているのだろう、彼女もわずかに表情を歪める。
彼女が私に向けて放ったそれは、つまりは「聖水」というやつだ。特定の魔境の住人にとっては文字通り劇薬に等しく、つまりは悪魔と契約した私にとってもそうである。右腕が腐り落ち、腹部にも穴が開き、すぐさま立ち上がることが出来ない。
状況は完全に追い詰められた状態だ。魔人になってから、最大の危機的状況かもしれない。がしかし……、それでも恐怖心の湧かない自分に、私はわずかに自嘲。感情の欠落と同時に、そういった本能もどこかに捨ててきてしまったらしい。気がつけば、私は彼女に聞いていた。
『……問おう、悪魔祓い』
「何でしょう」
意外にも、彼女は言葉に応じた。……胸からレイピアを引き抜き、あいた穴に聖水を流しこんでいるため、断続的に全身に激痛が走るが、それは一旦捨て置こう。私がうめき声を上げても表情一つ変えず、彼女はただ淡々とこちらを見つめている。
機械的というべきか、非人間的と言うべきか……。どちらにせよ、悪魔や魔人相手にはとみにやり辛い相手に違いなかった。
『何故、攻撃をする』
「貴方達、魔人を殺すため」
『何故、魔人を殺す?』
「んー、そう言われると『私個人は』辛いですね。正直に言えば、私、積極的宗教家ではないので」
悪魔祓いを名乗る人間にしては、とんでもない台詞が返って来た。
「一説では、この世に『悪魔らしい悪魔』なんて居ない、という説もあります。まあデリケートな問題なんで直接言及はしませんけど、信奉するものが一つか、あるいは複数か。というより、土地柄それぞれの信仰形態が異なれば、軋轢とかも存在しますよね? そのうち、他のそれを侵略した経緯で誕生した、教義上『許してはいけないもの』。そういった要素が悪魔として名前を貶められていると、私はそう考えてます」
『……』
「一般的に今現在、世界全体を被い尽くしている三つの強大な信仰の柱は多かれ少なかれ、己の勢力を拡大する際にそういった『蹂躙』をしていました。聖なると己を自称し、他のものはすべてそれに敵対しているのだから悪だ、というロジックですね。受け入れ素地の低さが、そのまま排他に繋がります。
別なもので戦い、努力、とか言うのはげに簡単なハナシですけど、そういう問題でもないでしょうという理屈は、まあ理解できますよ。あなた達『魔人』なんかは特にそうでしょう。願うことで悪魔が手を貸してくれる――言い方は悪いですけど、それである意味願いは叶っている訳ですから」
『……叶ってはいないがな』
あくまで理屈の上ではです、と彼女は言葉を続ける。それは酷く宗教家らしくないそれでいて、地に足が着いたような、それでいて独善的なものを多分に含む考え方だった。
「叩けよさらば、なんとやら。求めよさらば、ほにゃらら。色々これを『上司』に聞かれると怖いんで濁しますけど」
『濁しきれていないんじゃないか?』
「まあその時はその時です。でも、ただ祈って願って待っているよりも、より積極的にこちらに手を貸してくれる存在が、甘美に映るというのも理解できます。お気持ちもよーく分かります」
『ならば、何故殺す?』
「殺すのは結果です。あくまで私の目的は、表に悪魔が侵入してくるのを防ぐことですから」
というより、多くの退魔師の悲願はそれでしょう。
「哲学者が言うまでもなく、安定期の社会って割と神様、死んでると思いません? ……ああ勘違いなさらないでください。別に今、神様が死んでるかどうか、というお話がしたい訳じゃありませんよ。私もクビになりたくありませんし。ここで言う神は、縋る対象としての言うなれば存在Xと言い変えても良いかもしれません。存在Xありきの社会体制が、人間にとって不都合であった場合があった。だからそれを組み入れない社会体制が作られたのだ。絶対者としての存在Xを仮定すると、かなり政治のハナシが簡単に進むんで誤解しやすいですけど、そこのところわかってない為政者が少なくなくって人間は過去に学びませんよね。本当にかの超越者が居るか居ないかというのは、直接『これは私の仕業だぞー』と全人類に宣言でもして干渉して来ない限り、我々の惑星生物にとって現実問題、あんまり関係ないと思いませんか?」
唐突に妙な話を始めた彼女。そのまま彼女なりの考えなのか、それとも脱線した雑談なのかわからない話を続ける。
「ただ言いたいのは、宗教は別に悪くないってことですよ。よっぽどその時々の社会情勢、倫理観に反していない限りは。悪いのは、それを悪用する宗教家の方です。法律とかも同じですね。改善ではなく改悪。改定するのは、不都合があるからではなく不敵当な罰則である場合だけで良いと思いますよ。もう沢山です。
だから案外、そういう意味では昔の方が良かったりする事も、全くない訳ではないと思いますよ。ま、職業的な話をすると姦通罪は両性にあって良いと思いますけどね。その手の理由で悪魔と契約するヒトも少なくないんで。
まあ、私は神秘主義者なんですが」
『……言ってる内容が安定しないな』
「そういう持ち味です」
自分で言うな。思わず素に戻りかける私だが、流石に今それは拙かった。ギリギリで自制をし、魔人の状態を保つ。
まあ私の所属の考え方では、と彼女は言葉を続ける。
「悪魔と人間との契約の本質は、つまるところ『主従契約』なのではないかと、そういうことです。これを例えば、魔法使いと使い魔の関係で考えて見ましょうか。例えばネコちゃん。魔法使いがネコちゃんに、キャットフードを上げるからどこどこの誰々さんに手紙を毎日届けてはくれないか、と提案して契約が成立する。それが、丸々悪魔と人間に当てはめられるのではないかと。
魔人は気付いて居ない――悪魔と契約することで、悪魔が貴方たちに『何をやらせたいのかを』。
それが人間社会存続に不都合の可能性が高いから、ということが主な理由です」
じゃあ、さようなら。
自身の頭上で円を描き、彼女はその光のリングにレイピアを通す。
「――聖光剣」
通した途端、リング状の光が分散し、レイピアにまとわりつき、バスターソードのように変化した。輝く光は、それだけで魔境の住人には致命となりうるそれであり――。
その光の剣は、先ほどまでの光の攻撃同様のそれである。
結集した光は密度が上がり、そして振り被ったそれを、彼女は何らためらいもなく振り下ろした。
ばきゃり、と結晶がひび割れ、粉々に散るような音が鳴り響いた。
「……さて、死にました? 魔人さん」
『……』
「頭か心臓か、でまあ頭がないから心臓だと思って確認もさっきしましたし、流石に胸から腹にかけて貫通させれば、もう動けませんよね。
さて……、じゃあ、回収しましょうかね。れっつ蒸発、蒸発……」
悪魔祓いの少女は、ふぅと無表情に一息付いて、そして眼前の魔人の左手を手に取る。
その漆黒の手の、中指。細く伸びた異形と混じったようなそれを、彼女は手に取る。
その中指の付根に装着された、銀の指輪。赤い宝石が埋め込まれた、それを上下からまるで鳥の足で押さえたような装飾が施された指輪。
それを見ながら、彼女はコートの内側から手帳を取り出す。
「”72の約定”の一つ、ですかね? この物品は。
ん? とすると番号は――」
悠長に言いながら、右手で魔人の手を、左手で手帳を持ちつつ、情報の精査を続ける少女。
だからこそ、彼女は気付けなかった。
魔人の手が、突如動いて自らの右手の指を、「万力のような腕力で」掴み固めたことを。
「な――っ」
反応が遅れる彼女。だが、それを逃す私ではない。
彼女の方へ向けて、私は息を深く吸い込み、相手の顔面目掛けて「腹の底から」吐き出した。
頭のない私が、呼吸も何もあったものではないと思うかも知れない。だが、そこは魔人。悪魔の親戚のような状態である以上、珈琲だって飲めるし、食事もとれる。もはやそれは、物理的な実在に依らない。こちらからの必要のある干渉は、それに応じて適応される。
だが人間と違う箇所が幾つかある。その一つが、これだ。
放たれたそれは、地獄の業火。
悪魔の腹の中に満ち溢れ、地獄に吹きすさぶ熱気こそがそれだ。
黒く燃えながらも、しかし視認できる色は赤という理不尽極まりない配色のそれ。
これは、証の火などとは根本から在り方を異にするものだ。証の火は購いであり、正体を詳らかにする光。だがこれは「人間の魂を溶かす」ためだけの炎だ。悪魔が魂を溶かし、永遠の拷問にかけるためのものだとも言われる。
一撃で致死、とまでは行かないが、しかし悪魔が証の火を食らうのとは訳が違う。常人が喰らえば、それだけで精神や身体に著しい障害を負うだろう――。
唯一の難点は、地獄以外では極端に燃え広がらないということくらい、だったか。もっともそれは、私の契約者たる「彼」がそれなりに上位の悪魔だからこそ実現したものなのだが。
しかし、だからこそこれは至近距離でしか使うことが出来ない一撃だ。その上で、威力、危険性は押して知るべし。魔術師も悪魔祓いも、それを一様に知っているからこそ不用意に悪魔と対決はしない。する以上は一定の距離を保ち、近寄る以上は必ず無力化できる前提で動いているはずだ。
彼女もその算段を付けていたからこそ、私の手をとって検証など開始したのだろう。だからそれが、今回は裏目に出たという訳だ。
放たれた黒炎。突如起き上がった上半身に――レイピアの変化した剣を物ともせず、「地面から無理やり胴体ごと引き抜いた」私にぎょっとしながらも、しかし彼女は、恐ろしいほどに決断が早かった。
「――」
何事か早口で呪文を唱え、手帳を上空に放り投げて、炎が燃え広がりつつあるタイミングで左手を構える。展開されるそれは純白の盾のようなものだ。だが、人間の魂が派生元である以上は、そう長く防御できるものではない。
どうするのか、と思って居ると――彼女は私から剣を引き抜き、そのまま私に掴まっている手首を「切断した」。
「――ああああああああああああああッ! ッ! ッ!」
無表情を消滅させ、激痛に悲鳴を上げながらも、しかし彼女は右手から血を滴らせながら、翼を使って後退。丁度燃え尽きた盾から散った火の粉が、翼から落ちた羽根数枚に引火し、燃え散った。
光の剣が、レイピアへと戻る。
私は、ライターで身を焼く。今度こそ、その姿は初期状態まで姿形を変化させた。
ぜいぜいと、肩で息をしながら、涙目で、しかしこちらを睨む少女。この状況で鉄仮面が外れはしたが、しかしなお睨むか……。やはり戦うには、手強そうだ。
「何故……? どうして、貴方は『死んでいない』」
『魔人だからな。君の常識が通用すると思わないことだ』
「そんな話ではないです。貴方は、だって……、『頭も心臓』も穿ったというのに――」
おそらく私以外にも、多くの魔人と対峙してきたのだろう、彼女は。だからこそ、抱く疑問はもっともなものだ。
だが、それに対する私の回答は、ノーコメント一択。
しばらく睨み合う私達。再びリボルバーを構えた私に、彼女は今度は「微笑んだ」。
地面に落ちたメモ帳を蹴り上げ、レイピアを逆手もちにした手で掴み、ポケットへ。
「逃がして下さい」
『?』
「今の私では、このまま戦っても殺されちゃいそうですし。殺されないにしても、『差し違え』は覚悟しないといけなさそうです。それって、お互い無駄じゃありませんか?」
さも当然のように、いけしゃあしゃあと彼女はそうのたまった。私は見せしめのように、彼女が自ら切断した右手を「握り潰す」。骨の破片と肉と、血液とが飛び散る。残った皮膚が、じゅうじゅうと煙を上げていた。
『障害はあらかじめ廃除しておくべきだ、という説もあるが?』
「その場合、私は『本気で』貴方と差し違えます。過不足なく」
目を赤く腫らしながら、微笑みながら、しかし彼女はレイピアで頭上に円を描く。
描かれた円の端にレイピアを引っ掻け、彼女はそのまま軽くスナップして回す。頭上の光輪がそれに合わせて上昇し、乱回転を開始した。次第にその残像は、私の認識力でも捉えられない速度へと達し、まるで彼女の頭上に大きな光球が現れたような状態へと変化した。
「まあ、最後に負け惜しみを言わせて頂けるなら――いつか絶対殺しますからっ! 右手の仇とりますからぁ!
聖光砲!」
そう言いつつ彼女は、レイピアを持ち上げ、そしてこちらに振り下ろした。
同時に、光球は恐ろしい速度で私の上半身目掛けて飛んで来た。
後半の「殺しますからっ!」以降、明らかに痛みに震えた涙声だったが、しかしその勢いで放たれた光球は拙い。ただの球でなく、どちらかと言えばギロチンがスクリュー回転しながら迫ってきてるような、そんな大砲が。
いくら私が「死に辛い」魔人だからと言えど、これは流石に回避せねばならない。
咄嗟にリボルバーを仕舞い、マスターから買い取った札をライターで燃やす。不定形のオーラに変化したそれに、今度はライターを潜らせた。するとどうだろう、ライターから出ている碧い火が、まるで「剣のような」炎の形へと変化しているではないか。否、正確には炎の芯に形の不安定な、銀の芯があるというだけなのだが。
即席で作ったような、そんな証の火の剣を使い、私は光球を受ける。一刀両断しようと一歩進もうとするが、しかし破壊力がそれを許さない。むしろ、こちらの方が後退させられてしまっている。蹄の足は摩擦がやや弱いことも理由だろう。言い訳にもならないが、この状況で踏ん張りが全く効かないというのはかなり危ない。ぎゃりぎゃりと回転するそれに、私は押される一方だった。
どんな威力だ。この即席剣、作りはチャチだが天使さえ傷つけることが出来る代物だぞ――。
駄目押しとばかりに、私は再び息を吸い、地獄の炎を吐き出した。光の球に絡み付くと、それが段々と、段々と回転率を落とし始めた。息継ぎに一度放出を止めると、再び回転率が上昇を始める。……ということは、これの推進力を止める為にはどれだけ長い時間、吐き続けなければならないのだろうか。しかしやる他ない。腹をくくり、私は息を吸って吐き出した。
しばらく、しばらく。頭がないので単に胸が苦しいだけだが、もし人間の姿ならば今ごろ脳が酸欠でかなり危ない状態だろう。それくらいに炎を吐き出して、ようやく、ようやく推進力を最低レベルまで落とした。
ようやくそれを受け流し、私は解放される。幸運にもホーミング機能など付いていなかったらしく、光球はレンガ張りの地面を抉りながらしばらく突き進み、やがて消滅した。
『表に影響が出ないだろうなぁ、これは……』
周囲を見回せば、既に彼女の姿はない。大方、既に表に出たのだろう。あの状況下、わざわざ”夜”に逃げ込んでいるとは思えない。魔人の中には嗅覚に優れた相手も居るため、正体が分からない以上は不用意なことはすまい。たまたま遭遇した、という風だったから、おそらくそれは間違いないだろう。
しかし随分好き勝手やってくれたなあの悪魔祓い……。同年代の相手に、抜け落ちつつある感情の中でもこれほど苛立ちを覚えたのは久々だった。
見た目こそ再生し、機能こそ通常時と何一つ変化はないように見える私だが、しかし戦闘が終了した今は別だ。周囲を確認し、下級悪魔さえ居ない事を確認してから、私は塀に身を預けた。しかしすぐさま、無理やり離れて、一歩一歩、足を進める。
『……対価もなく、幽霊を助けた、という形になったのも痛かったか』
己自身の業の度合いを計算して、私は嘆息しながら、再び”夜”の徘徊を再開した。
※なおバロンの声は大塚明夫さんイメージです