海は怖いな、大きいな
「「「「「お帰りなさいませ!」」」」」
なんか時代劇に出てくるような大きな門を潜ると左右に並ぶグラサンスーツの厳ついおっさん達が一斉に頭を下げて俺たちを迎えてくれる、まるで出所した組長の気分だ。
贅沢を言えば綺麗な女将さんのお出迎えが良かった。
瓦葺きの屋根に海を見下ろすように作られた日本庭園、池には錦鯉がバシャバシャと、えっ今って令和だよな、江戸時代の武家屋敷じゃん。
宴会場はもう何畳あるかわからんくらい広い部屋だった、左右に並ぶ厳ついおっさん達に睨まれながら上座に座らされる。中央に座った海神様が口を開く。
「皆集まってくれてご苦労だった、先日こちらに居られる最強の神の眷属として日本に新たな神が誕生した、そして幸運にもこの海神の管理する地に一番に訪れてくれ、最初に挨拶できる栄誉を賜った事は実にめでてぇことだ、お前らありがたく思え!」
「「「「ありがとうございます!」」」」
おっさん達が一斉に頭を下げる、凄い圧。
えっと、これ、もしかして俺に頭下げてるんだよな、いや俺まだ半神半人の中途半端な身なんですけど。
「では、新しく神になったニイちゃんに乾杯の音頭をとってもらおう!」
海神様の言葉で再度俺に視線が集中する、マジかぁ…。
隣に座るオリジンちゃんを見るがニコニコと機嫌良さそうにしてらっしゃる、俺が乾杯の音頭取っちゃていいの?冥界神共は目の前にお供えされた料理に釘付けで役に立たない。
はぁ〜、仕方ない。
「えぇ〜、ただいま海神様からご紹介されました、九条 学です、え〜、まだ神としては成りたての若輩者ですが、これから色々な経験をして立派な神になれるよう努力していきたいと思います。この度はこのような盛大な宴を開いてもらってありがとうございます、……では乾杯!!」
「「「「ばんざ〜い!ばんざ〜い!ばんざ〜い!」」」」
うぉ、びっくりした、万歳三唱って北信流かよ。
それにしても眷属の俺が主人であるオリジンちゃんに変わって乾杯なんかしちゃって良かったのかね、ん、そんな海神様より格上の方にご挨拶なんて畏れ多いって、えっ、おっさん達はオリジンちゃんの正体知ってんの?
イカの刺身、鮮度が良いのか透明感がある、もしかして生簀から揚げたばかりか?
「こりゃ、美味いねぇ!酒が進むよ」
イシュタムさん大喜び、あ、犬それはイカの刺身だ美味いから食ってみろ。
ん、犬ってイカ駄目なんだっけ?
「このお刺身トロッとして美味しい…」
ヘルちゃん、それはブリだ、カンパチやヒラマサの仲間でブリは脂が乗ってて口の中でとろけるぞ。
ちな、ブリは大きさによって呼び名が変わる出世魚で関東ではモジャコ(稚魚)→ワカシ(35cm以下)→イナダ(35〜60cm)→ワラサ(60〜80cm)→ブリ(80cm以上)となる。
関西だとモジャコ(稚魚)→ワカナ(35cm以下)→ツバス(40cm)→ハマチ(40〜60cm)→メジロ(60〜80cm)→ブリ(80cm以上)となる、紛らわしい。
「オリジンちゃん、カワハギはその肝を醤油に溶いてつけて食べると凄え美味しいよ」
やはり新潟の海鮮は美味い、鮮度が長野で食べるのと段違いだ。
「美味い!」
信州人にとって美味い刺身は凄いご馳走なのだ。
宴もたけなわ、気分良く飲み食いしていると海神様からポンと肩を叩かれる。
「九条のニイちゃん、一つ頼まれちゃくれねえか」
いやな予感がした。
海坊主、夜の海に現れその巨体で船を襲う妖怪だ、神がいるんだから妖怪も当然だがこの世には存在する。
そして、ここ新潟の海に住み着いてる1匹の海坊主がいるらしい。
実はこの海坊主、江戸時代は20mぐらいの大きさだったのだが、それから400年経った現代では100mを超える巨体となったらしい、その大きさならフェリーぐらいの船なら沈められるんじゃないだろうか。
「ここんとこ日本を留守にする事が多かったからな、気付いたら大きくなっちまってた、これ以上デカくなったら神格が出て来ちまうからな」
ガハハと笑う海神様と深刻そうな顔した厳ついおっさん達。
この辺は人間と神の認識の差だな、人間にとって100m超えの海洋生物?はとても手に負えるものじゃない、それこそ神頼みの領域だ。
「佐渡の近くに何年か前に居ついていてな、最近になって漁船に悪戯するようになったらしいんだ、俺が話しつけてもいいんだが、ニイちゃんの神格上げにちょうどいいと思ってな」
「は?」
「退治してくれれば、お礼は俺の氏子達がノドグロの刺身を用意するそうだ、ズワイカニ1年分でもいいぞ」
「ノドグロのお刺身って美味しいんですの!!」
この話に真っ先に食い付いたのはオリジンちゃんだ、お刺身が大層美味しかったらしい、俺はカニ1年分の方がいいな。
神に対してのお礼ってお金より供物なんだろうか、ウチの神社にも賽銭箱あるけどお金減ってないし、でも天照様からはブラックカードもらったぞ?
「へい、刺身でも塩焼きでも大変美味しゅうございます」
「食べてみたいですわ、ガクさん頑張ってください!!」
「いや、美味いけど命をかけてまで欲しいものでは」
「死なないから大丈夫ですわ」
あれ?眷属ってもしかして待遇悪い?オリジンちゃん、食べ物で簡単に釣られないで。
くそっ、久保田の萬寿なんて出しやがって、美味かったじゃねぇか!新潟は米どころだけあって日本酒が美味いのだ、その中でも久保田は俺のお気に入りの日本酒だけあってついつい飲んでしまった、酔った勢いで快諾してしまった。
海神様としてはオリジンちゃんの眷属である俺がどれほどのものか見てみたいらしい。
「なんせ、オリジンの姐さんの眷属なんて俺は初めて見たからな、凄え気になるじゃねえか」
まぁ、一人目は宇宙に飛んで行っちゃってるらしいからな、神としても興味津々なのは仕方ないか。
道沿いに海が見える、今日は満月だからか波も無くとても穏やかだ、凪いだ海面に映る月が美しい。
「おっ、そろそろか」
海神様がそう呟くと沖の方で水面がズザザザと大きく盛り上がるのが見えた、デカいなこの距離であの大きさだと軽く200mはあるぞ。
黒いてるてる坊主の目がギョロリとこちらを見る。
「わはっ、まるで黒いメジェドだな、あいつは目から謎ビーム出すけど!」
アヌビスが海坊主を指差して楽しそうに笑う、メジェドってあんなにデカいんか、ピラミッドより高いじゃん。
聞けばメジェドも最初は小さかったらしいが、年々大きくなって今ではあれくらいのサイズらしい、何食ったらそんなに大きくなるんだ、エジプト怖いな。
まずは手が届く範囲に、で、どうやって海坊主に近づこうかと考えていると。
「じゃあ、私があそこまで投げてやるよ」
イシュタムが一升瓶片手にニカッと笑う、えっ、投げる?
呆然としてたのが悪かった、イシュタムは俺の首根っこを掴むと神格を解放、パリパリとイシュタムの身体から紫電が走る。
「そ〜ら、行ってこ〜〜〜〜〜〜〜い!」
ヒィッ
「ちょ、おま、馬鹿かぁーーーーーー!!」
人間では決して出せない怪力、そんな力で投げられた俺は穏やかな水面を跳ねるように飛んで行く。
おいおい、海坊主が大口開けてるぞ!このままじゃ食われちまうぞ。
「うわぁぁああああああああ!」
バクン
「「「「「あ、食われた」」」」」




