8話 宿代はサービスしとくよ
「うぅ~ん……」
シンヤがラグーの村から王都に向けて出発してから三日が経っていた。村人たちから送り出されてからある程度舗装された街道を二日間歩き詰めて小さな村に辿り着いた。
事前にジュークから簡易の休憩スペースがあると聞いていたので一日目はそこで夜を明かすことにしていた。
屋根付きとはいえ初めての野宿で少しテンションが上がっていたシンヤだが教わった通りに準備する。
静寂の中、微かに聴こえる虫の鳴き声が心地よく、満点の星空の下で穏やかな眠りに付けた。そして特に何事もなく朝を迎える。
二日目も同様で、一度くらいはモンスターや野生の動物と戦闘になるかとも思ったがそんなこともなく、むしろ人っこ一人ともすれ違わずだったので道が合っているか不安になったほどだった。
昼過ぎには小さな村に到着するだろうと言われていたが一向にその気配はなく、途方に暮れかけていた頃に道標の看板を見つけ安堵し、日暮れ前に到着できた。
自分の足がジュークの見積りより遅れたことに若干ショックを受けるシンヤであったが。
疲労もあったのでそのまま宿をとり体を休めることにしたのが日没後すぐ。
「ふぁ……ぁ~~~ぁぁ」
陽が一番高いところまで昇り、仕事をしていた村人たちが一息つく時間、村の小さな宿の一室でシンヤは目を覚ました。
ボサボサの髪に寝ぼけ眼で窓を開け、おおよその時間を確認し目を剥く。
「えっ、マジか、もうこんな時間?」
シンヤは基本的に寝起きは良い方なのだが、慣れない野宿と歩き詰めの二日で予想以上に疲れていたのか、どうやら昼間まで眠りこけていたらしい。
「ふむ…ま、いっか」
急ぐ旅でもないと、のんびりと身支度を整えるシンヤ。真新しい服に袖を通す。
一見そこいらの店に売っていそうな地味な旅装束だが、実はナターシャが丹精込めて編んだマナが織り込まれた服である。
丈夫なのに加え、魔法に対して非常に高い防御力を誇る逸品だ。デザインが凡庸なのは悪目立ちしないようにとの配慮であろう。
そして壁に立て掛けられた"剣"をさげる。
それはやや細身の片刃の直剣で、純白の刀身と鞘が印象的な美しい剣であった。
「こんなすげぇもん貰うなんてなぁ。ナターシャって何者だ?」
旅装束3着とこの純白の剣【ストゥニール】が別れ際にナターシャが言っていた"贈り物"であった。
ナターシャの書き置きによるとこのストゥニールは"癒し"の魔法を付与されているらしく、マナを通すだけで回復魔法が展開する仕様になっているらしい。
この世界では回復魔法か扱える者は希少なので、誰でも回復魔法が使えるこの剣は相当高価な装備のはずだ。
更に、見た目より相当軽く、まだ剣の扱いに慣れていないシンヤには非常にありがたい代物である。
この、尋常ならざる物体と、それをポンとくれたナターシャの事が激しく気になったシンヤだが、書き置きが『この剣の出自は次に会ったときに教えてあげる』という言葉で締められていたので、シンヤは深く考えないようにしてありがたく使わせてもらうことにした。
「完全に分不相当だが……そこは追々っと」
支度を終えたシンヤは階下へ向かい、宿主に挨拶をする。
夫がレールズ、妻がタントという穏やかな老夫婦で、代々この村唯一の宿屋を担っているらしい。
「おやおや、おはよう。お寝坊さんだねぇ」
「おはようございます。いやー、慣れない遠征で疲れてたみたいです」
「王都まではまだまだあるから、焦らずのんびり行くといいよ」
シンヤはとりあえず"冒険者になるために王都を目指す若者"で通すことにしている。
食事を頂きながらつらつらと話をする。
「最近毎日村の家畜が襲われててねぇ。衛士さんが調べてくれてるけど、中々解決しないのよねぇ。昨日の晩もやられたって」
「へぇ、それは物騒な。でもそれって…」
「そうなんだけど…やる意味が分からないのよねぇ。盗まれたわけでも食べられたわけでもなく、ただ殺されるだけって」
シンヤが言い淀んだ部分を察し奥さんのタントが答える。この規模の村での連続した犯罪となると村の住人が犯人の可能性が非常に高い。
しかし、村人がわざわざ村の財産である家畜を殺す意図が分からないのだ。
気にはなったが、この村の衛士が動いているなら自分の出る幕ではないと思い、深くは追求しなかった。
「それに最近あの子達も朝早くからずっとどこかに遊びにいってるし…森の奥まで行かないようには言い聞かせているけど、心配だねぇ」
どうやら宿の子供達は遊びたい盛りのようだ。双子の兄妹らしい。
村の外に出ることは明確には禁止されていないが、子供たちだけで遠くに行かないようには常々言われているらしい。広い森の中を迷子になったら探しようがないし、狂暴な獣も出る。
とは言え子供にとって言いつけとは破るもの。店主の息子も子供の頃はよく抜け出しては怒られていたようだ。
その後も軽く雑談をして宿を出る。今の時間から村を出ても中途半端になってしまうので、出発は明日の朝にすることにし、訓練ついでに村の周辺を散策することにした。
どこか人目の無い居場所は…と辺りを歩いているうちに谷底に激しい川の流れる崖まで来てしまった。
「ほー、ラグーの周りにはこんな流の激しい川はなかったんだけどなぁ。ほんの数日歩くだけでこんな谷間とかあるんだ。…落ちたらひとたまりもねーなこりゃ」
高所恐怖症というわけではないが、圧倒的な光景に若干身震いするシンヤ。とりあえず周りに人目もなかったのでここで訓練をすることにする。
といっても【ストゥニール】に慣れるための素振りと、相変わらずまともに発動しない魔法のイメージトレーニングくらいしか出来ないが。
「よしっ」
シンヤはまだ手に馴染まない【ストゥニール】を抜き鍛練を開始した。
◆◇◆◇
「っふ!っふ!っせい!…………?」
数十分も剣を振り暑さから上着を脱ぎだした頃、違和感を感じて素振りを止めるシンヤ。
注意深く周囲を窺っていると、何かが近付いてくる気配がする。
「――――――…!」
「うわぁぁぁーー!」
警戒しながら木々の間から気配の方へと向かうと十歳くらいの子供二人が犬のような獣3匹に追われていた。
「っ!」
シンヤは咄嗟に走りだし、子供たちと獣の間に割り込み剣を振るう。
恐らく体力を奪うつもりで追いたてていたのであろう。それほど速度が出ていなかったので脚に魔力を込めることで簡単に割り込めた。
「グルルルァ!」
こちらの気配を察したのか跳びすさってシンヤの攻撃を回避する獣たち。姿勢を低くし乱入者であるシンヤを見据える。
それぞれが"狩り"を邪魔されてご立腹な様子で牙を剥いて威嚇してくる。
子供たちは逃げるのに必死で獣が追ってきていないのにも気付かずそのまま走り去っていく。
野犬達はシンヤを威嚇し続けており、子供たちを追う様子はない。どうやら子供たちから注意を引くことには成功したようである。
(つってもこれはこれでピンチ…か?犬と喧嘩なんてしたことねぇからなぁ。普通の犬かも怪しいが)
シンヤは【ストゥニール】を正眼に構える。と、同時に先頭にいた一匹が飛びかかってくる。
(速い!)
容赦なく首元へ噛みつこうとしてくる野犬。その予想以上の速さに大きく横に跳んで回避するシンヤ。
頭の中ではギリギリで避けるつもりだったが、タイミングがわからず必要以上に間合いをとってしまう。
「くっ!オークとは全然違うな!」
そして一匹目に意識を割きすぎていたために残りの二匹が襲いかかってきたのに反応するのがが少し遅れる。
「ガァァァ!」
「なん……とぉぉっ!!」
片方は何とか蹴り飛ばすことが出来たが、最後の1匹の爪を避けることが出来なかった。
避けきれないと判断した瞬間にありったけのマナを左腕に集めてガードしたがまともに強化できず、ガリッ!っという衝撃と共に血飛沫が舞う。
「づぁ!…っちぃ!いい加減学習しろ、俺は!」
左腕を引き裂かれながらも剣の柄で殴り付け距離をとり瞬時に先程蹴り飛ばした野犬に狙いを定めて突進する。
シンヤが突撃した直後、最初の1匹がまさに背後から襲いかかっていたが紙一重で空を切る。
背筋にゾクリと冷たいものを感じながらも蹴り飛ばされ体勢を立て直す直前だった野犬に肉薄し、下から力一杯掬い上げるように胴を薙ぐ。
「グガァァツ!」
ズブリと肉と骨を断ち切る嫌な感触と共に野犬が咆哮を上げる。【ストゥニール】は易々と野犬の体を切り裂く。
(流石…!村のショートソードとは比べもんにならねぇな!)
【ストゥニール】の切れ味に内心舌を巻きながらシンヤは剣を振り抜くと止まらずそのまま走り抜け、距離をとってから背後の二匹を警戒する。
胴を半ばまで断たれた野犬はしばらくのたうち回り、やがて動かなくなった。
傷の痛みを堪えながら残りの二匹と向かい合う。
しばらく二匹は威嚇しながらシンヤと睨み合っていたが、死した亡骸とシンヤを交互に見た後、一目散に森の中へと走り去っていった。
「…………ふぅ」
もしや油断させておいて回り込んでくるのでは、と思いしばらく警戒していたが、その様子もなく緊張を解くシンヤ。【ストゥニール】を納め一息付き、
「…………いってぇぇぇ!!めっちゃ抉れてんじゃねぇかこれ!?気持ちわる!」
落ち着いた瞬間腕の傷が痛みだし、その様相を見て涙目で顔をしかめる。何とか中途半端ではあるが魔法で強化できたので骨までは達していないようだが痛々しい四本の線から血が溢れだしている。
「えっと、動脈とかじゃない限りは根本縛るより直接押さえた方がいいんだっけか……いや、あれを試してみるか」
傷口を水で洗い流すが血が止まる様子はない。手持ちの布では足りないと判断し、ナターシャからの餞別を使うことにする。
「ナターシャに貰った服ちゃんと着とけばよかったか……。まぁ、これくらいですんでよかったと考えるべきだな。こっちは殺しちまってるわけだし…。しかしそうすると逃がしたのはまずかったか?」
ぶつぶつ言いながら【ストゥニール】を掲げ、身体強化の要領でマナを通す。
すると刀身に魔方陣が浮かび上がりシンヤを中心に展開し全身を淡い光が包みこむ。
やがて傷を負っている左腕に光が集中し、みるみるうちに傷口を修復していく。
「おお、これは…凄いな。どんどん痛みが引いていくぞ」
これならものの数分で完治するんじゃないか、とシンヤは安堵する。
ナターシャの但し書きによると、【ストゥニール】は使用者自身が回復魔法をかける場合はそこまでマナの消費量は多くはないが、他人を癒す場合はその数倍のマナが必要になってしまうらしい。
「自分にかけててもぐんぐん吸いとられてる感じがするし…こりゃ人にかけるのは厳しいか…って、さっきの子たち大丈夫かな」
シンヤは回復魔法を展開しながら子供たちが走り去っていった方へと向かう。
しばらく周囲を探し、傷がほぼ治りかけてきた頃、子供の泣き声らしきものが微かに聞こえてきた。
声の方を探すと何かが近付いてきてきていることに気が付き息を潜めたのか、泣き声は聞こえなくなってしまった。どうしたものかとしばし思案し、
「おーい、さっきの犬は追っ払ったぞー!村まで送るから出ておいでー」
なるべく優しい声色を意識しながら近くに隠れているであろう子供たちに声をかける。
何度か声を掛け、根気よく待っていると近くの木陰からまず小さな顔が一つ、おずおずとシンヤを窺ってくる。すぐ後ろにはもう一人。
「もう……いない?」
「ああ、大丈夫。もう怖くないよ」
シンヤは膝をつき、安心させるように繰り返す。
その言葉に安心したのか、シンヤに駆け寄ってくる子供たち。
「ごわかったーー!こわかったよーー!!」
「うえーん!!」
「おーよしよし、大丈夫。大丈夫。大丈夫。」
泣きついてくる子供たちの背中をポンポンと叩きながら言い聞かせるように言葉をかける。
しばらくして落ち着きを取り戻し、話をしながら村へ帰る。
二人はどうやら、というかやはり宿屋の店主が言っていた双子の孫のようだった。
兄がライン、妹がパルムで、秘密基地を作ろうと辺りを探検していたら運悪く先ほどの野犬に遭遇してしまったとのことである。
「何回か大丈夫だったから調子に乗っちゃったと。帰ったら怒られるぞー?」
「うぐ、やっぱり?やだなー」
二人はここ数日朝早くから抜け出していたらしい。
流石にシンヤは野犬に襲われていたことを隠すつもりはなかったので、危険を冒した二人は大目玉を食らうことであろう。
「でも、ちゃんと妹を守ってたんだな。偉いぞ」
シンヤがポンっと頭に手を置きとラインに言う。二人とも泥だらけだが、ラインの方は野犬の仕業とおぼしき引っ掻き傷がいくつも見られるのに対し、パルムは転けた擦り傷以外は見られない。妹に野犬が近づかないように頑張ったのだろう。
「へへへっ、あたりまえじゃん」
どこか照れ臭そうに、しかし誇らしげなライン。
「……?」
その間ずっと兄の手を握って黙っていたパルムは何かを考え込んでいた。
「どした?パルム」
「ん、んーん。何で秘密基地探してたんだっけって…」
「そりゃあ……何でだっけ?」
二人して頭上に「?」を浮かべながら何かを思い出そうとしているが、程なくして村が見えてきた。
「帰ってきたぁ~~」
「ほれほれ、もうちょいだぞー」
村に入った途端気の抜けたような声で座り込む二人。
シンヤはそんな二人を鼓舞しながら宿屋まで送り届ける。宿屋に到着して事情を説明すると祖父のレールズからそれはもう大きな雷が落ちた。
泣きじゃくる二人にこんこんと説教するレールズ。そしてお説教が終わりレールズが離れるとフォローに入るタント。
そんな"家族"のやりとりを少し離れたところで楽しげに眺めていたシンヤにレールズが声をかける。
「本当にありがとう、それと危ない目に遭わせてしまってすまなかったね」
「いえ、まぁ何事もなかったですし。二人が大怪我とかしなくて良かったです。」
「獣がこんな近くまで入り込んでるなんて…やはり衛士さんが事件にかかりきりになってしまうとそっちの問題も出てくるか」
「衛士さんって一つの村に一人だけなんですか?」
「こんな小さい村だと一人だけだねぇ。それ以上は増員依頼としてギルドに申請してお金を払わなきゃならん。今回はそうすべきかもしれないが…」
「なるほど……ん?」
話しているうちにタントは二人を宥め終わったのか、宿の中に戻っているようだった。
そしてラインとパルムがシンヤに近寄ってきて泣き腫らした瞳で二人一緒に頭を下げる。
「「おにいちゃん、助けてくれてありがとうございました!」」
「はは、どういたしまして。じーちゃんばーちゃんにあんまり心配かけんなよ?」
シンヤに礼を言った後、近くの資材の上に座ってしょんぼりしている二人。
そんな子供たちを見てシンヤはレールズに言う。
「日の暮れるまでこの辺で二人と遊んでますよ」
「良いのかい?」
「ええ。明日の朝まで特にすることないですし」
「すまんねぇ。よろしく頼むよ。あぁ、宿代はサービスしとくよ」
「そんな…いや、ありがとうございます」
お互い笑いながら別れ、シンヤは子供たちの方へ駆けていく。
そうして、日が暮れるまで3人であちこちを駆け回って遊ぶのだった。
◆◇◆◇
深夜。
「……ん、」
宿屋で眠っていたシンヤがふと目を覚ますと宿の玄関から小さな人影が出ていくのが見えた。
「ラインとパルム?なにを……」
シンヤにはよく見えなかったが二人の手には鈍く輝く刃物が握られたいた。