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あの世界に未練はないけれど  作者: フクロウ
一章 強くなるまで
8/28

7話 sideリア 1

夜中にこっそりと。

「う~ん」


 シュテルリード王国最大の港町、ティラノ。


 巨大な入り江が拓かれ発展していった町である。街並みは海岸から扇状に広がっており、これまた巨大な外壁でおおわれている。

 港町であると共に最大の商業都市であり、規模こそ王都には劣るが、人の出入りの多さは文字通り桁が違う。


「うぅ~~ん……」


 その中でも値段の割りに造りもしっかりとしていて食事も美味しい、気の良い女将が取り仕切る宿屋の一室にて一人の少女がよく分からないぬいぐるみを抱いて唸っていた。


「やっぱり誰かとパーティー組むのは控えた方がいいよねぇ」


 彼女の名はリア=ヴェルド。シャイルという辺境の村出身で、Dランクの駆け出しの冒険者である。

 鮮やかな緑色の髪を後頭部で1つに纏め、短めのポニーテールのようにしている非常に美しい少女だ。


 彼女は約3ヶ月前、ギルドの依頼の最中に魔王と遭遇してしまい、敗北した末にある呪いをかけられてしまった。


 その呪いとは、"マナドレイン"。非常に厄介なモノであった。ふとした瞬間に他人の生気がたまらなく欲しくなるのである。


 普段は美味しいものを我慢する感覚で何とかなるのだが、どうやら新月に近づくにつれその衝動は強くなるようであった。

 新月の日に視界に誰かが視界にいるとどうしようもなくなって襲いかかりそうになる。


 先程からリアが悩んでいるのは、先日とうとう被害者を出してしまったからである。



 話は三日前まで遡る。



 呪いを受けてからというもの、気を付けながら生活をしていたのだが、ある程度の制御ができるとわかり、油断してしまった。


 難易度の高い依頼(実力的にはリアなら一人でもこなせるがランク的に受けることができない)を他のパーティーに臨時加入して行ったのだが、運悪くその日が新月であった。


 目的地付近の町まで到着し、宿をとった。三人の男のパーティーだったため、リアが一人部屋で他の三人は相部屋で休んでいたが、リアの美貌に当てられた一人が夜中にちょっかいをかけにきたのである。

 

 リアは激しい衝動を抑えるのに必死で部屋に篭っていたのだが、鍵をかけ忘れていたのかすんなりと男が入って来てしまった。

 

 明かりも付けずにうずくまるリアと扉が開いていたことに意外そうな表情の男。


 目と目が合う。


 唐突な"ごちそう"を前に、ギリギリのところで耐えていたリア理性が崩壊し、一旦意識が途切れる。


 しばらくして仲間の帰りが遅いのでもしや本当にイイ思いをしているのでは、もしそうなら自分達もあやかりたい、と助平心丸出しで様子を見に行く事にした残りの二人。


 リアの部谷に着いてみると、見えたのは倒れている仲間、そしてその横に座り込むリア。


 なんだ返り討ちか、と思い、男たちは謝罪し仲間を回収しようとしたが、唐突にリアに抱きつかれ狼狽する男。よほど怖い思いをさせてしまったのかと、リアを宥めようとした瞬間隙をついて唇を奪われた。


 一瞬の思考の空白の後、唇の柔らかさと自身に起きている事を認識すると同時に、体の中からごっそりと大切なものが無くなった感覚がし、瞬時に意識を落としてしまう。二人目も結果は同様であった。


 マナを十分に吸収したおかげかリアはその後すぐに正気に戻った。


 自分の部屋で意識の失っている3人の仲間、うっすらと残る記憶、それに加えて身体中がマナで満ち溢れている事の意味を理解し、しばらく途方にくれてしまった。


 とりあえずベッドまで運んで様子を見たが朝になっても3人は目を覚まさなかった。

 見た感じ命に別状はなさそうだったので、リアは罪滅ぼしの気持ちを込めて一人でモンスターの討伐に出向いた。


  その際、予想以上に敵が多く、普段なら少し苦戦するよな戦闘だったが、いつもより調子がよくあっさりと終わってしまったことに少し拍子抜けしていた。

 調子の良い理由はおそらく、それなりに実力のある男たちのマナを吸収した為だろうという結論に達し、更に罪悪感を募らせるリアだったが。


 夕刻になって3人はようやく目を覚ました。


 リアはどう謝罪しようかと悩んでいたが、3人ともその時の記憶がなく、どうやら夜這いの返り討ちにあったと勘違いしているようだった。

 逆に屈強な男3人に土下座せんばかりに平謝りされてしまい何とも言えない表情で誤魔化すしかなかった。


 ティラノの街に戻ってきてからはそれなりに名の知れたパーティーがやたらとヘコヘコしている様と、ランクの高い依頼を実質一人でこなしてしまったという噂も相まって駆け出しの冒険者の中ではちょっとした有名人になっている。


 それから3日間、リアは何処へも行かず誰とも会わずに一人でウジウジしているのである。


「まさか自分の意識が飛ぶなんて思わなかったなぁ…命まで奪うタイプじゃなくて本当によかった…んだけど、ファーストキッスが!私のファーストキスがぁぁぁ!!」


 もう何度目になるか分からないが、悶絶して転げ回るリア。


 元々人懐っこい性格な上に愛嬌のある顔立ち、無駄なく、出るところは出ているスタイルの良さから言い寄ってくる男はかなり多かった。


 何度か今回のようにパーティーに仮加入させてもらうことはあったが、夜中にちょっかいをかけてくる者(適度に痛め付けた)や、本気で口説いてきて他のパーティーメンバーと気まずくなったり、という事態が続いたのでまだ本当の意味で気の置ける"仲間"は出来ていない。


 しかしそこは年頃の少女。そのうち恋をして好きな人と一緒に旅をして~などと妄想したりもしていたのだが、いともあっさりファーストキスを失ってしまい激しく落ち込んでいた。


「おのれ魔王!こうなったら強くなって本当にぶん殴ってやる!」


 錯乱して発言が過激になるリア。そこでくぅぅ…と腹の虫が鳴った。


「そういや何も食べてないや…お腹すいたな…」


 現在昼時を少し過ぎた頃。食べ物を求めて宿屋の一階の食堂に顔を出す。小ぢんまりとした食堂だが、味もよく、宿には泊まらずとも食事だけしに訪れる者も意外と多い。


 リアが食堂を見渡すと、ちょうど客の出入りが落ち着いたのか、給仕を手伝っていたらしき10歳前後の少女がふぅ、と一息ついているところだった。

 少女はリアを見つけるとパッと表情を輝かせる。


「お姉ちゃんだー!」

「ラシュリーおはよう。リューイさーん。何か作ってー」


 まとわりついてくる少女を抱き締め気力を充電しながらだらしなく厨房に声をかける。


「あらあら、やっと出てきたかい。どんなのがいい?」

「んー、あっさりしてて量の多いのがいいですー」

「はいよ。ちょっとまってな」


 カウンターから顔を覗かせる恰幅のいい女性、リューイ。この宿の女将である。ラシュリーと呼ばれた少女は彼女の娘で、夫は早くに亡くしている。

 

 リアがこの街に着いてすぐの頃、適当な安宿に泊まっていたのを見かねて半ば無理やりこの宿に引っ張ってきた経緯がある。


 この世界の冒険者は根無し草で放浪するものもいる。が、活動拠点であるホームタウンを持つものが多い。

 その際、家を購入する資金のないものは宿屋と定期契約するのが普通である。決して安くはないが普通に泊まり続けるよりは断然お得である。それ専用で営業して冒険者の寮のようになっている宿屋もある。


 リアは最初はそんなお金はないと遠慮していたが、稼げるようになったら払ってくれたらいい、とリューイが引かなかったので、最初の一ヶ月は実質タダで泊まらせてもらっていた。現在はその分も含めてしっかりと毎月先払いしている。


「ていうかお姉ちゃん居たんだ?ぜんぜん見かけないからまたおしごとでとーくにいってると思ってた」

「うっ、いやまあ、たまには私もゴロゴロしたいなーって時があるのよ…」


 幼い少女の素直な感想に"ファーストキスを失ったことで落ち込んで引きこもっていました"とは言えずにしどろもどろになりながら誤魔化す。

 そんな様子には気付かずしょんぼりした顔でリアを見上げるラシュリー。


「いるんなら遊んでほしかったな…」

「うぐっ!ご、ごめんね?また今度、絶対!」

「ほんとぉ…?」

「ホントホント。郊外でラシュリーが好きな釣りにでも行きましょう」


 その沈んだ表情と声色に罪悪感が募りついつい機嫌をとってしまうリア。そういえば最近まともに息抜きをしていなかったなと、ラシュリーと遊ぶのはとても良いことのように思えた。


「ホント!?やったぁ!約束ね!」


 ラシュリーとそんな会話をしているとリューイが新鮮な野菜をたっぷり挟んだサンドイッチを持ってきてくれた。


「はいよ、おまち。ラシュリー、あんまりお姉ちゃんの邪魔しちゃダメだよ」

「はぁーい。あ、お皿洗っとくねー!」

「あぁ、あんたは休憩してていいよ…って、聞いちゃないねぇ」

「ふふ、元気でいい子じゃないですか」


 慌ただしく駆け抜けていった娘を見て苦笑する二人。


「食べたら出掛けるのかい?」

「うん。いい加減ギルドに顔出さなきゃ」

「何に悩んでんだか知らないけどあんまし思い詰めすぎないようにね」

「うぅ、ありがとうリューイさん」


 いつも深くは詮索せず、しかししっかりと気をかけてくれるリューイの懐の深さに思わず涙目になるリア。


(お母さんって、こんな感じかなぁ?)


 そんなリューイに"母"の面影を感じ何となく嬉しくなるリア。冗談で"お母さん"と呼んだらどうなるかなどという想像を楽しんだ。


 リアはそれからサンドイッチを平らげ、ティラノのギルド支部へと向かうために外へ出る。

 すると、思っていたより強い日差しに思わず目をしかめてしまうが久方ぶりに太陽の光を全身に浴びながら歩くと少し気分が高揚してきたのか、自然と笑みがこぼれて足が早くなる。

 

 リューイの宿屋は大通りから少し外れているため人通りはあまり多くはないが、大通りへ出てしまうと一気に人が多くなる。


 気になる露店を覗いたりしながら人混みを歩く。途中で気になるアクセサリがあったがそれなりに高価なマジックアイテムだったため、後ろ髪を引かれながらも購入を断念した一幕もあった。リアの財布の紐は固い。


 そして冒険者ギルドに到着する。


 人が多ければ依頼の数も冒険者の数も多くなる。すると自然と建物も大きくなってくる。ティラノのギルドは他の町なら領主の屋敷かと思わせるほどの大きさとなっている。


 普通のギルドは酒場も兼ねた飲食店が併設されているが、この街では近くにいくらでも食べる場所はあるので、1階には受付と広々とした休憩スペースがあるだけである。


 中途半端な時間のためか比較的人は少なかったが、何やらチラチラと視線を感じる。普段からよく見られるが今日は特に多い。リアは疑問に思いながらも気にしないようにしていた。


 何か目ぼしい依頼がないかと確認していると、後ろから声がかけられる。


「おっ、リアの嬢ちゃんじゃねえか!」


 大きな声と共に近づいてくる大柄な男。


「今はお前さんの噂で持ちきりだぞ!緑の小悪魔には手を出すな、ってな!」


 その一言で"あの件"が噂になっているのだと悟る。


「もう、やめてくださいよ所長。なんか私がおっかないみたいじゃないですか!」


 彼の名はガースバルグ=シュルツ。このギルドを取りまとめるギルド長である。四十過ぎであろうが、端から見てもわかる筋肉質なフォルムと、その巨躯に似合わない無駄のない動きから一見して只者でないことがわかる。


 それもそのはず、彼自身がAランクの冒険者であり、"ギルドナイト"を除けば彼より強い冒険者はいない、と言われるほどの実力者である。


 ギルド連盟の中でもティラノの支部長ともなると相当な地位のはずだが、そんな雰囲気は微塵も見せず誰でも分け隔てなく接するため、ギルドの職員や冒険者からは親しみを込めて"所長"と呼ばれている。


 ちなみに、ギルドの職員は皆、元冒険者である。というよりは、Cランク以上の資格を持っていることがギルドで働くことの条件となっている。


 全体の割合で言えばAランクの冒険者は僅か5%程である。さらに上のギルドナイトは現在5名しかおらず、そのどれもが吟遊詩人に唄われる程の実力を有し、少年少女の憧れとなっている。


「おっかねえのは事実だろ。あいつら相当ビビってたぞ…」

「それは、いろいろと行き違いと言うか、勘違いと言うか…」

「はっはっは、まぁ嬢ちゃんに何もなくて良かったよ。"そういう理由"で冒険者を辞めちまう女も少なからずいるからな…。直に罰則も出来るだろうがまだまだ個々のモラル頼りになっちまってる」

「まあその辺はこちらで自衛するしかないです。その代わり手を出してきた人にはそれ相応の報いを受けてもらいますが」


 この世界では魔法での身体強化が使える者に限れば基本的に男女の戦闘力に差はない。マナの恩恵の前では筋力など誤差の範囲なのだ。

 それでもなぜ体を鍛えるのかと言うと魔法が使えない、道具も尽きた状況で最後に頼れるのは結局己の肉体となるからだ。


 「俺ぁよ、嬢ちゃんはいずれギルドナイトになれる器だと思ってんだ」


 真面目な口調でとんでもないことをのたまう所長。リアは畏れ多いと首を振り、


「なにいってるんですか!私はまだDだし、ふさわしい人は沢山いるでしょう?王都のガビンさんのパーティーとか実力もあって努力も惜しまないチームだって評判ですよ」

「あぁ、あいつは確かに人格者だ。チームワークもそんじょそこいらのパーティーとは比べもんにならんだろう。だが絶対的な"力"が足りない。"ギルドナイト"ってのはそれだけブッ飛んだ連中じゃないとなれねーんだよ。俺はギルドナイトに"ならなかった"んじゃなくて"なれなかった"んだ」

「そこまで……てかそれなら尚更私なんかじゃ」


 リアは所長が戦っているところを一度だけ見たことがあるが、現時点では全く歯が立たないだろうと感じた。


「嬢ちゃんはまだまだこんなもんじゃないだろ」

「えっ?いや、まぁ、その……はぁ」


 ニヤリと、冗談だか本気だかわからないような絶妙な口調で尋ねる所長。ハッキリと否定してしまえばそれまでだが、何となく見透かされている気がして曖昧な返事になってしまうリア。


「実力を隠してる奴らなんざゴロゴロいるがな。ギルドナイトの試験を受けて合格したのに辞退しやがった酔狂な奴もいるしな」

「えぇ!?そんな人もいるんだ……」


 ギルドナイトと言えば冒険者の到達点と言っても過言ではない。それを辞退するなど、如何なる理由があるものか。


「はっはっは!ま、嬢ちゃんの好きなようにやってくれ!他人があれこれ口出す問題じゃねーや!」

 

 バシバシと肩を叩いてあっさりと離れていく所長。既に他の冒険者に絡んでいる。


「ギルドナイト……かぁ」


 所謂"自分探し"の為に旅に出たので目標という目標がなかったが、冒険者の頂点を目指してみるのも悪くない、と思うリアであった。無論道のりは厳しいだろうが。

 "ギルドナイト"の英雄譚は辺境野村でも響き、小さな頃から聞き及んでいるので駆け出しとはいえ戦いの中に身を置く者として純粋に憧れもある。


「何より…ギルドナイトはお給料が良いらしいし……!」


 ある程度コンスタンスに稼げるようになってもお財布事情の厳しいのが冒険者の常である。


 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

よければブックマーク、感想等宜しくお願いします。


1部はシンヤ2~3、リア1くらいで交互にやっていこうかなと。

ありふれた設定だけど気長にお付き合いくださいな。

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