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あの世界に未練はないけれど  作者: フクロウ
一章 強くなるまで
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6話 俺より強くなったら帰ってこい

放置しててすみませんすみませんすみません!


もうちょっとペースあげます!

 ─村が燃えている

 ─あちらこちらの家が焼け落ち、生活の名残が消えてゆく。その中で大きな巨人のような、獣のようなモノが咆哮を上げる。


 ─それは、影が立体化したように真っ黒な姿をしていた。その姿を視界に入れるだけで心が不安になるような、生き物の本能が萎縮してしまうようなプレッシャー。


 そんな惨状の中を悠々と歩きながらぼやく人影が一つ。


「まったく、家ひとつ造るのも大変なんだぞ」


 ジュークである。動きこそ阻害しないがいつもよりしっかりとした鎧を纏い、その下には一目で上質と分かるような服を着込んでいる。

 これはナターシャが丹精込めてマナを編み込んだ法衣だ。

 そこいらの生半可な金属の鎧よりも頑丈な上、魔法の類いにも強く、僅かではあるが装備している者の傷や体力を癒す力があるというなかなか反則じみた効果がある。


「みんな地下に避難できたわ。外にいるのは私達と、アレだけ」


 どこからかナターシャが駆け寄ってくる。ナターシャも白を基調とした法衣を着ており、手にはシンプルな杖を持っている。


 周囲は凄惨な状況ではあるが、どうやら村の人々は全て避難しているらしい。


「ごめんね…私がここに居るからこんなことに…」


 ナターシャがジュークに目線を合わせず申し訳なさそうに呟く。

 そんな様子を見たジュークはため息と共に、ぬっと腕を伸ばしナターシャの額にデコピンをする。


  バシッ!と小気味の良い音が響きナターシャが蹲る。


「いっっ、ったい!なぁ!もぅ!」

「アホなこと言うなって。お前が"巫女"なのは仕方がないし、みんなそれを承知で此処にいるんだ」

「でも……」

「八年前は俺たちに力がなかったからこれだけ早く復活しちまったんだ」


 そして、ジュークにしては珍しく……本当に珍しく、歯を剥くような獰猛な笑みを浮かべる。


「今度は塵も残さず消滅させて千年くらい出てこれなくしてやろうぜ」


  そんなジュークを涙目で見つめながら(デコピンのせいもあろうが)柔らかく微笑み、一度大きく深呼吸をするナターシャ。そして自分の頬を両手で叩き気合いをいれる。


「よしっ!思いっきりやろう!」


 その意思に応えるように周囲のマナがナターシャを中心に密度を増す。その気配に気付いたのか、影がしっかりと二人を視認する。


「…あの子、無事にやっていけるかな」

「さぁな」

「元の世界にちゃんと帰れるかな」

「さぁな」

「帰る前にここに顔を出してくれるかな」

「さあな」

「本当にジュークより強くなって帰ってきたらどうする?」

「さあな」


 生返事に頬を膨らませ半眼でジュークをみるナターシャ。その視線のせいでもなかろうが、一拍おいてジュークが続ける。


「だがま、あいつが帰ってくるのが先か、この村を復興させるのが先か、だ」


  "彼"が帰ってくるのを信じている。この戦いに負けることは考えていない。そんな確固たる意志が垣間見え、膨れていたナターシャも笑顔で応える。


「うんっ!その為に、勝たなきゃね!」


  ―――ゴアアアアァァァァァッッッ!!―――

 影が咆哮をあげ周囲に魔方陣が展開する。その一つ一つに絶望的な威力が秘められているのを肌で感じる。


「元気でね。シンヤ」


 ジュークが駆け出し、ナターシャも敵を見据え術の構成に入る。囁くように紡がれた言葉は荒々しい風に掻き消されていったのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 その数日前。


 シンヤがラグーの村に来て2ヶ月半が経とうとしていた。

 モンスターの襲撃はオークの一件以来なく、シンヤは訓練したり、仕事をしたり、子供達と遊んだりと平和な日常を過ごしていた。


「ファイアーボール!」


 威勢の良い声が響く。が、掌の十センチ程先にポンッという音と申し訳程度の煙が出ただけで、カッコ良く腕を突き出した状態のシンヤが虚しく肩を落とす。


「ん~、どうしてかしらねぇ?身体強化はほぼ思い通りに出来るようになったし、マナの制御ができてないなんて事はないと思うんだけど……」


 相変わらずシンヤは所謂"属性モノ"の魔法を使えずにいた。イメージが足りないのかと思い、呪文を唱えてみたりもしたが成果は芳しくはない。

 この世界の魔法に詠唱などは必要ないのだが、自分独自の"詠唱"や"呪文"を唱える者は多い。


 これは自己暗示の側面が強く、唱えるだけで自分の内面をその魔法用に安定させることが出来るので、よほど高度な魔導師でもない限り無詠唱での魔法の行使はあまりしないようである。


「こればっかは感覚つかめないとダメだな……魔法が撃てるイメージが全くできん」

「そうねぇ。えーっと、もう一回説明するとね、全てはマナから始まるの」


 ナターシャが語る。

 全てはマナから始まる。命有るものも無いものも、火も水も空気も、この世の存在には全てマナが根源となっている。つまり、誰しもが必ず『マナを持っている』ということ。


『魔法』というのは知性ある者達がつけた名称で、現象としてはマナの変質による事象の発現である。人間やモンスターだけでなく、言葉を持たない動物や、はては植物まで『魔法』としか呼べない力を発動することもある。


 ならばなぜ人間の中でも魔法を使える者とそうでない者がいるか。

 これは、まずそもそもマナを感知する感覚が鋭いか否かによって"マナとはこういうもの"という取っ掛かりが得やすいかどうかが決まる。

 また、文明が発達してしまったが故に、"人間とはこういうもの"という固定観念が生じてしまい、自ら無意識の内に"出来ない"と決めつけてしまっている者が大半である。シンヤもこの状態である。


「誰でもできるはずって言ってもなぁ。その中でも出来る魔法と出来ない魔法があるのは?」

「単純に好き嫌いの問題じゃない?ほら、恋愛物のお話を創るのが得意な人もいれば英雄譚が得意な人もいるみたいに。まぁ魔法に関してもまだまだ研究途中だからいまいちわかってないことの方が多いんだけどね」

「そっか…んーーーっ、マナってなんなんだろうなぁ……」


 ごろんと地面に寝転がり空を仰ぐシンヤ。そんなシンヤの傍らに腰を下ろし、悩む姿を楽しげに見るナターシャ。


「ふふふ、難しく考えすぎない方がいいよー」

「そうは言ってもなぁ」

「おーーい」


 二人の集中力が切れ雑談に興じ始めた頃、ジュークが昼食に呼びに来た。二人は鍛練を切り上げてそちらに向かう。


「またやってんのか?魔法なんていらんいらん。剣でも大分強くなってきたんだし剣一筋で生きるのも良いじゃねーか」


 テンションの低いシンヤの様子から魔法の鍛練は相変わらずからっきダメらしいと察して、軽い調子でからかうューク。その言葉に嘘はなく、シンヤの戦闘技術は目を見張る成長を見せている。


「もう、ジュークったら意地張って使おうとしないのよね」

「俺の魔法はまともに加減ができねーの知ってるだろ。いいんだよ、剣だけで大体の奴に勝てるから」


 ナターシャの言葉に肩を竦めるジューク。

 そんなジュークにシンヤは不安そうに尋ねる。


「なあジューク。俺ほんとに強くなってる?相変わらずあのチビッ子3人には鬼ごっこ歯が立たないんだけど」

「ん?あぁ……安心しろ。あの3人には本気でやらにゃ俺も勝てん」


 ジュークの答えに「まじかよ…」と慄く。チビッ子3人衆とは、ニール、テテン、カティーユという名のシンヤとよく遊ぶ3人組の子供達だ。

 ニールとテテンが男の子で、カティーユが女の子、皆8歳である。

 専ら、村の外れの森で鬼ごっこをするのだが、これがもう、全くといって良いほど歯が立たない。


 鬼になればいいように遊ばれて捕まえられないし、逃げるとなっても獲物を弄ぶ猫のように、はたまた詰み将棋のように追い込まれて捕まってしまうのである。


「末恐ろしいな……」

「全くだ。俺も最近ヤバくなってきたからな…特にカティーユがやべぇ。あいつたまに分身してねえか?」


 幼き村の宝達の将来に期待と戦慄を感じながら身震いする二人。


 そうこうしているうちに村長の家へと到着する。

 3人が家に入ると村長ともう数人、恐らく商人と共に村へと滞在している護衛の者達が何やら真剣な顔で話していた。


「おお、帰ったか」


 3人の顔を見るや雰囲気を和らげる村長。


「貴方が……お会いできて光栄だ。私はガビン。このパーティーのリーダーをしている」


 村長と直接話をしていた、明らかに熟練者とわかるような様相の男が挨拶をしてくる。他のメンバーも「あれが…」だの「後ろの子可愛い……」だの呟いている。その反対側ではシンヤが「がびーん」と真顔で反芻した直後「はっ!いかんいかん」と首を降っているのを不思議そうにナターシャが見ていた。


 数瞬、ジュークとガビンが睨み合うように相手の様子をうかがう。シンヤにはこの強者二人の間でどのようなやり取りがあったのか全く分からなかった。


 そしてふっ、と視線を外し肩をすくめてジュークが言う。


「変に期待はせんでくれ。俺はただのしがない衛士だよ。あとてめぇ、ナターシャにちょっかいかけたらぶっ殺すぞ」


 ジュークの謙遜と突然の威圧感にキョトンとするガビン。(と青い顔で後ずさる後ろの男)。


 ジュークの後ろではシンヤとナターシャがヒソヒソと「ジュークって有名人なの?」「冒険者として王都でバリバリやってたときに色々あったみたいよ。あんまり話してくれないけど」等と話している。


「ふむ…色々あるのだな。承知した。いやなに、一目見ておきたかったなのでな!」


  ガッハッハと豪快に笑い外へと向かうガビン達。


「もういいのか?」

「ああ。伝えるべき事は村長に伝えてある。まぁ、貴方がいるのなら問題ないだろう。では、失礼する」


 ガビン達が出ていったあと、食事をしながら村長に事情を聴く。


「何だったんだ?」

「周辺のモンスターの情報じゃよ。何でも…」


 村長がガビンからの話をシンヤ達に説明し始める。



 ◇◇◇◇◇◇◇



  一方、村長の家から出たガビン達。


「あれが噂の"豪剣"かぁ?なんか拍子抜けだな」

「そうだぜ。ガビンさんの方がよっぽど強そうだぜ」

「結構ひょろっちかったな!俺らでも勝てるんじゃないか?」

「お前睨まれてビビってただろうが!」


 おどけたようにジュークの印象を揶揄していくメンバー達。"ギルドナイト"でなくとも、ある意味どんな"ギルドナイト"よりも有名な男を一目みたくてこんな田舎まで来てみたら…という感じだ。


 しかし、リーダーのガビンだけは渋い顔でメンバーを諌める。


「阿呆。まともに殺り合ったら俺など数合ももたん。これはまだまだ修行が足りんな」


 その言葉に目を剥いて聞き返すメンバー達。


「そ、そんな!ガビンさんが負けるはずが…!」

「そうだぜ!睨み効かせてたときだってあっちの方が逸らしたんだし…!」

「確かに隙だらけに見えた。どこからでも打ち込めるような…。だが、どこに打ち込んでもその瞬間自分の方が真っ二つになっているイメージしかできんかったよ…全く、恐ろしい男だ」


 パーティーのメンバーはごくりと息を呑む。


「さて、良い経験もできた!ホームまでの護衛を完了させて一杯やるぞ!それからしばらくは修行だ!お前達も付き合え!」


「げぇ!」と呻く面々を引き連れてガビンは依頼に戻っていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇


 

「魔法のようなものを使うオーガ、か…」


 一通り村長の話を聞いたジュークが呟く。

 ガビン達が寄越した情報は、この村からそれほど離れていない場所でそれなりの規模の商人と護衛パーティーがモンスターに襲われて半壊したとのことだった。


 その冒険者の証言によると、モンスターの構成は一体の大柄なオーガと十数体のオークの群れだったようだ。


 護衛達はいつものことか、と処理しようとしたが問題のオーガが武器を振り上げた瞬間、確かに魔方陣が展開し、大規模な衝撃波が発生したらしい。


 しかしながら、そこは歴戦の冒険者たち、乱れた陣形も徐々に立て直し、何とかモンスターの群れを仕留めることには成功したようだ。が、被害は甚大で、ギルドの支部から警戒を促すお触れが出ているようだ。


「モンスターが魔法を使うってそんなに珍しいことなの?」


 シンヤが尋ねる。動植物まで魔法を使える可能性があるときいていたので知性あるモンスターなら普通のことではと思ったのだ。


「まぁ珍しいっちゃ珍しいがそこまで異常なことじゃない。ただ魔法が使えるモンスターの討伐は依頼のランクが跳ね上がるがな」

「じゃから付近の冒険者がああやってお互いに注意を促しとる訳じゃよ。この村にも直に正式な注意喚起の伝達がくるじゃろうがのぉ」


 ジュークと村長がその問いに答えてくれる。シンヤはなるほど、と、納得すると共に『ギルド』と『冒険者』が上手い具合に連携をとれていることに感心した。


「皆ちゃんと他の人の事も考えてんだなー」

「こんな世の中だからな。何より旅は情報が命だ。基本的には助け合いの連続だよ。ま、自分のことしか考えてない輩も居るけどな」


 そんなことを話している端ではナターシャが神妙な顔つきで何かを考え込んでおり、珍しく一言も発しなかった。


 ――その日の夕刻。シンヤは自主鍛練を終えて夕食のために村長の家へと向かっていた。


(相変わらず魔法はからっきしだなぁ。もう少しで旅に出るのか…この村の居心地が良すぎるんだよなぁ。このままここに住んでいたいくらい…)


 あと半月ほどで村を出ないといけないことに若干の不安を感じるシンヤ。


(けど何もかもを切り捨てるわけにもいかんしな。やれるだけの事はやろう。永住は帰る方法がなかったときに考えよう)


 つらつらと考え事をしている内に村長の家の前までたどり着く。シンヤは普通に中に入ろうとしたが、いつもと違う雰囲気がしたので一瞬、躊躇った。微かに三人の話し声が聞こえてくる。


「八年……、…早……、……。」

「間違…ない……マナの感じが……」

「地下に……運び……3日はかかる……」

「シンヤは…」

「少し早いが……、…儂から…」

「いや、俺が……」


 重苦しい会話がなされているようだが、シンヤは意を決して村長の家に入る。囲炉裏を囲んで話し込んでいた三人の視線がシンヤに集中する。


「あっ、シンヤ…」


 ナターシャがどことなく気まずそうに目を逸らす。ジュークと村長はお茶をすすっている。ちらりとお互い目配せをした後、ジュークが切り出す。


「よし、シンヤ、お前明日の朝にこの村から出てけ」

「直球だな!?」


 雰囲気から良い話でないと思ってはいたが、ドストレートな言い方に思わず突っ込んでしまう。


「ごめんなさい、ちょっと良くないことが起ころうとしているの…シンヤには大事な目的があるし、巻き込むわけにもいかないから」

「そんな大変なことなんだったらなおさら手伝いたいんだけど?」

「ダメだ。今のお前じゃまだ足手まといにしかならん」


 シンヤの抵抗もにべなく斬って捨てるジューク。気落ちしたようなシンヤにナターシャが優しく、言い聞かせるように語りかける。


「シンヤ、気持ちはありがたいけど、これは私たちの…ううん、"循環の巫女"としての私の宿命なの。人にはそれぞれすべき事がある。貴方がすべきは私たちの手伝いじゃなく、あなた自身が無事に元の世界に帰られるようにすることよ」

「でも!それでも!俺は…世話になった人たちが大変だってのに、見捨てて自分のやるべき事だけを選んで生きていくようなことは…したくないんだ…!しちゃダメなんだ……っ!」

「シンヤ…」


 シンヤの切羽詰まったような様子に二の句が継げないナターシャ。誰かが大変な状態なのを放っておけない性格、と言うにはあまりに余裕がない。まるで目の届かない範囲で何かが起きるのを怯えているような。


 そこへ村長の静かな声が響く。


「シンヤよ、よくお聞き。お前さんのその精神は間違ってはおらん。尊ぶべきものじゃ」

「村長…」


  自分の味方をしてくれるのかと思ったシンヤだったが、村長は「じゃがな…」と続ける。


「お前さんの世界がどうじゃったかは分からんが、この世界では"意思"だけではどうにもならんのじゃよ。"力"なくば"意志"は潰える。"意思"なくば"力"は迷離す。ここに迷い込んだときオークに敗北したように。ただ助けたいという感情だけじゃ子供の我儘と変わらんのじゃ」

「村長……」

「じゃがその"助けたい"という意思は、決して忘れんように。今はまだ、我慢するんじゃ。全てを拾うに為にはお前さんはまだ小さすぎる。何かを拾おうとするが為に、己の命すら落としてしまうくらいに、のぉ」

「村長…」

「今はお前の出る幕じゃねえってこったよ。これ以上ガタガタぬかすならぶん殴って気絶させて川に流すぞ?」


 せっかく良い感じでしんみりしていたシンヤだが、ジュークの脅迫的な締めに苦笑しながら頷くシンヤ。


「ははは、わかった、わかりましたよ。川に流されるのは勘弁だから大人しく出ていくよ。……村長、貴方の言葉は深く胸に刻みます」


 村長に向き合って頭を下げるシンヤ。そんなシンヤを慈しむように見る村長とナターシャ。


 その後は明日の朝出発ということで、軽く身支度を整えたり最後に村を見渡したりと感傷に浸りながら夜は更けていった。




 翌朝、身支度を整えたシンヤと村長、ジューク、ナターシャが広場で出発の準備をしていた。すると、わらわらと村の住人がシンヤの見送りに集まってきた。


「今日出発だってなあ!外でも頑張れよ!」「あんた不器用なんだからなんでもできるイイ人見つけなよ!」「にーちゃんいつでもかえってこいよー、あいてになるぞー」「なるぞー!」「次シンヤさんに会うまでにもっと成長してますから!」


 それぞれがバシバシとシンヤの肩を叩きながら口々に励ましの言葉を投げ掛けてくる。僅か数ヵ月の滞在であったが、毎日生活している内にシンヤは本当にこの村の一員なのだと感じることができた。今更ながらにその実感が込み上げてきて不覚にも涙が出そうになる。


「みんな…本当に、本当にありがとう!ここで受けた恩は絶対に忘れない!また戻ってくるな!」


 半分涙目になりながら返事を返すシンヤ。そんなシンヤにナターシャが近づく。


「ナターシャも、一番世話になった…俺がこうしてちゃんとした状態で旅に出られるのもナターシャのお陰だ…ありがとう」


 ナターシャはその言葉に軽く微笑むとふわりっ、とシンヤを抱き締める。シンヤは一瞬固まって、抱き返すべきか悩みジュークの方を見る。


 シンヤと目が合ったジュークは一旦は憮然な顔をしたが、すぐにフッと苦笑し、そっぽを向いてシンヤに向かって手をヒラヒラさせる。


 それを見たシンヤは軽く包み込む程度にナターシャを抱き返す。


「こちらこそ、短い間だったけど弟ができたみたいで楽しかったわ」


 目を閉じてこれまでを思い返すように呟くナターシャ。そして、少し間を置いてから声を潜めてシンヤにだけ伝わるように言葉を紡ぐ。


「シンヤ、初めて会った日に逃げ込んだ聖域、覚えてる?あそこに"贈り物"を置いてるわ。遠慮なく使ってちょうだい」

「贈り物…?」


 シンヤが困惑している隙にイタズラっぽくウインクして身を離すナターシャ。

 そんなシンヤに次はジュークが声をかける。


「ま、中々に楽しかったよ。俺より強くなったら帰ってこい。次会うときは弟分としてじゃなく対等に戦えるようになってるのを祈ってる」

「ジューク…あんたのお陰でだいぶ強くなったよ。まだまだへなちょこだけど、あんたより強くなれるように頑張るさ!」


 シンヤは差し出された手をしっかりと握り真っ直ぐ眼を見て宣言する。

 そうして、各々挨拶を済ませ名残惜しそうにしながらも村を出るシンヤ。

 村の者たちはずっと見送っていたが、シンヤの姿が見えなくなってから村長が皆に向けて指示を出し始める。


「さあさあ!皆の者!地下に出来る限りの物資を運び込んで避難の準備じゃ!備えあれば憂いなし!時間はないぞい!」


 村長の号令でそれぞれがてきぱきと準備していく。


 こうして、シンヤのラグーの村での二ヶ月半の生活が終わりを迎える。

 

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