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あの世界に未練はないけれど  作者: フクロウ
一章 強くなるまで
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4話 しばらくこの村で勉強させてください

『ラグーの村』

 村人の数は100人程度の村である。山脈の森を切り拓いた村で、少し離れた場所には大小いくつか似たような村が点在している。


  "ラグー染め"という特殊な染め物を名産としており、反物の他に服自体も仕立てていて、王都や各都市の行商人の定期便もある為、規模の割には裕福な方である。


 村人は基本的に染め物関連、服の仕立て、農業、狩りのいずれかの役割に就いている。しかし、必ずそれだけしかできないということもなく割と自由に仕事を変えられるらしい。人材と財力に余裕があるからこそ出来ることだろう。


 小さいが学校や教会があり、ジュークもそこで教師役をしているらしい。シンヤは一瞬、メガネとスーツ姿のジュークを想像した。


「え、あの人先生なの!?」

「そうよー。剣や弓の使い方とか森の歩き方とか、そんな感じのこと教えてるのよー」


 ある意味森での生活をする上で一番重要な事ではないかと思いながらもジューク=『先生』という構図がイメージできない様子のシンヤ。週2回(なぜか"週"や"月"、"年"の単位はそのまま通じた)程度の授業で、どうやら希望すれば子供たちだけでなく大人も混じって『勉強』できるらしい。他にも文字や算術などの座学もある。


「ナターシャはなにしてんの?」

「私はこの村の薬師よー。皆怪我が多いから。染め物とか服の仕立ての手伝いもしてるけどねー」

「あー、あんな回復魔法が使えりゃ適任だよなぁ。それでも"薬師 "なんだ?」


 えっへん!と胸を張るナターシャに納得顔のシンヤ。しかし言葉のニュアンスに引っ掛かり尋ねる。治癒術士等他にもカッコいい名前があるだろうと言うのがシンヤの主張だ。


「怪我は魔法で治せても病気は治すのが難しいのよ。だから薬草や調合の勉強もしてるの」

「へぇ、魔法も万能じゃないんだ。それに薬師ってだけでも大変そうなのに、他の事までして、偉いなぁ…」

「ふふっ、この村が好きだからだよ。仕事も、人も」


 シンヤがただただ感心したように呟くと目を細め柔らかく微笑むナターシャ。その笑顔にシンヤは見蕩れる。


(やっぱすっげぇ美人だよなぁ。あれか、外国人は大概美形に見えるってやつか。いや、それ抜きでも美人だろ)


 内心ドギマギしているシンヤをよそにナターシャはポンッと手を叩き思い出したかのように言う。


「そういえばシンヤの服も作ってあげないとねっ!その変な服じゃ村で浮いちゃう!」

「だからそれを言うならナターシャだって……あれ?普通の服だ」

「……いまさら?いったでしょ、輝くセンスって!私の手作りよ!」


 ナターシャは森での作業用の服装ではなく所々に綺麗な紋様が入った涼しげなワンピース姿に変わっていた。そもそも村長の家では既にこの姿だったのだが、あまりに似合っていて自然だったのでシンヤは今の今まで気がついていなかった。


「わざわざ作ってもらわなくても既製品とかでいいんだけど……」

「だーめっ!助けてもらったお礼なんだから!楽しみにしててね!」

「はいはい。でもホントにセンスあったなんて……こういう場合は凄い個性的なパターンだろうに……!!」

「何言ってるの?」


  とりとめのないことを話しつつナターシャと村を歩くシンヤ。途中途中で、様々な村人と出会った。

 

 元気に家の周りを走る少年少女。人懐っこく、シンヤも一緒に遊んだが自然の中で育ったが故の身体能力と、子供特有のすばしっこさに翻弄され全く歯が立たず、シンヤはいたく落ち込んでしまった。


 専用の小屋で染め物や仕立てを行う女性達(男性も少数だが作業していた)。見知らぬ若い男に皆興味津々で色々と聞かれることとなった。その際、ナターシャがうっかり失恋直後なことを口走ってしまい、シンヤは場を納めるのに大変苦労した。シンヤの感想としては女性はどこの世界でも怖い、ということだった。


 シンヤの服を仕立てるということで、ついでとばかりにナターシャに体の寸法を計られるシンヤだったが、あちこちペタペタ触られて実にむず痒そうだった。


 そして狩りの準備をしている者達。野生の動物と、野草や染め物の原料の採集も一緒に行うようだ。


 屈強な壮年の男女が数名と、若い、それこそシンヤと同じくらいの年齢の少年達がワクワクした様子で支度を調えている。

 この村では15歳になると正式に村の『仕事』ができ、それまでの間は大人と一緒に少しずつ興味のあるものを手伝っているらしい。


 聞けば、しっかりと道具を揃えておけばオークなどのモンスターと遭遇しても無事に帰還することはできるらしい。これもジュークの授業の成果であろう。ただ、確率は低いがモンスターの群れと遭遇すれば無傷とはいかず、年に数人は死人も出ているとのことだ。


 まもなく日が沈むという頃、村の一角の農場で作業していた人達が帰り支度をしているところで色々と話を聞いた。森では採れない野菜や果物と、穀物を中心に育てているらしい。採れたての果物を食べさせてくれた。


 農場の更に端の一角にはナターシャの薬草栽培エリアがあった。どれが何に効くのかという話をとても熱く語ってくれたが、正直シンヤにはちんぷんかんぷんだった。が、得意気に話すナターシャを見るのは微笑ましいものがあった。


 ナターシャは全員と知り合いらしく、皆からも好かれているようで、常に朗らかに会話をしている。シンヤについては 皆に「近く、村長から」と伝えていた。

 ちなみに、シンヤが異世界から来たというのは村人には伏せてある。『迷子』だの『遭難者』だの適当に説明をしていた。疑う者は特にいなかったのが幸いだった。実に寛容な村である。


 夕食時になり、村長の家に帰る途中、夕飯を作るために先に戻るからゆっくり帰っておいで、と帰りの方角を伝えてナターシャは村長の家へと行ってしまった。一人で考える時間が必要だと思い気を利かせたのであろう。


  結局自分はどうすべきなのか?どうしたいのか?


(まずは帰りたいかどうか…)


 家族はなく、がむしゃらに人助け…否、理不尽に対する敵対をしてきた日々。


(拓也に勇治、心配するかなぁ。それに春も…師匠はどうだろ)


 親友と呼べる者もいた。振られたが、つい先日まで恋仲だった少女もいた。憎悪に囚われていた心身を鍛えてくれた恩人もいた。


(それに、"あいつ"だけはやっぱ許せねぇ)


 自分から全てを奪った男への復讐心は消えていない。




 そんな事を思い、ぼんやりと歩くシンヤ。そこかしこから夕食の調理をしているのか、良い匂いが漂ってくる。外で遊んでいた子供達が家へと帰ったのか、時々元気な「ただいまー!」という声が聞こえてくる。


  子供が家に帰り、母が暖かく迎える。じきに父も帰って来て一家団欒の笑い声が聞こえてくるのだろう。


  ──ただそれだけの光景──


  そんなありふれた、どこの世界でも変わらないのだと感じる人の情。しかし、今のシンヤには何よりも得がたい幸せを目の当たりにし、とても懐かしいものを見るように目を細める。


 そして彼は決心する。



 ◇◇◇◇◇◇◇




「シンヤ、貴方はどうしたい?」


 村長の家に着き、再び囲炉裏を囲み四人で顔を付き合わせる。そして、ナターシャが第一声を発し、そのまま続ける。


「今すぐ結論を出すようなことじゃないし、なんならしばらくここに住んでみてから決めるっていうのでも……」

「帰る方法を探すよ」


  ナターシャの言葉を遮り、はっきりと答えるシンヤ。


「俺は弱いし、この世界の事も色々と教えてもらわないと生きていけないだろうから今すぐって訳にはいかないけど、帰る方法を探す旅に出るよ」


 ゆっくりと、自分に言い聞かせるように続ける。


「別に、あの世界に未練がある訳じゃないけど……それでも、心配してくれてる人達もいるだろうし、けじめを付けなきゃならない相手もいる。だから……簡単にはいかないだろうけど、元の世界に帰るのを目標にするよ」


 シンヤの言葉にナターシャは


「そっか」


  と、短く言い、満足そうに微笑みながら口を閉じる。


「と、いうわけで、しばらくこの村で勉強させてください!」


 村長に向き直り、土下座せんばかりに頭を下げてお願いするシンヤ。


 正直、『村』というのは余所者を疎むという先入観があったため、許可が下りるか不安なところであった。1日村を廻って邪険にされる事は無かった為、ラグーの村そのものに対しての先入観はほぼ払拭できているが、ただの厄介者が『住む』となると難色を示すかもしれない、とシンヤは考えたのである。


「ほっほっほ、よいぞ」

「はやっ!え、いいんですか?」

「もちろんじゃて、ナターシャ、ジューク、頼んだぞい」

「あいよ」「はーい!」


 村長は、いともあっけなく許可が下りたことに驚くシンヤをよそに、ナターシャとジュークに告げる。

 シンヤとしては断られたらどうしよう、最悪何とか武器だけ譲ってもらって何とか大きな町まで行って道場みたいなところに通うか……などと考えていたのだが。

 ジュークは短く答え、ナターシャも元気に返事をする。


「さて、夕食の後でちょいと出てもらうぞい」

「出る?」

「今日1日でだいぶ村を廻ったろうが、まだお前さんの事を知らん者もおるでなぁ。昼のうちにお触れを出しておいたからの。村の住人全員が広場に集まるようになっておる。ま、要は顔見せじゃな」


 一時的にとはいえ村の仲間となるのだ。当然と言えば当然の事だがよく知りもしない大勢の前で話すとなるとやはりしり込みしてしまう。


「いきなりそれはハードルが高いのでは……」

「半分以上とは会っとるんじゃし大丈夫じゃろ。何事も経験じゃて。あとは期限を決めんとのぉ」

「確かに皆優しくしてくれましたけど……って、そうですね、ずるずるいても悪いので、1ヶ月くらい?」

「いや……まともに生きて旅するんだったらもうちょい要るだろうな。すぐ死んじまうぞ」

「そうねぇ、ジュークから戦い方とか教えてもらわなきゃだし、この世界の事とか魔法の事とかも教えたいし……3ヶ月位で良いんじゃない?」


 シンヤとしては長居すると悪いのではないか、また、情が移って旅に出るという決心が揺らぐのではないかと危惧して短めに言ったのだが、それでは足りないと、冷静に分析する二人。


「そんなに厄介になって大丈夫?」

「ほっほっほ、大丈夫じゃて。余裕はあるし、もちろんただ飯喰らいをさせるつもりはありゃあせん」

「あ、そりゃそうですよね。狩りでも大工仕事でも何でもやりますよ!」

「期待しとるぞい」


 その後、村の中央の広場に村の関係者全員が集まり、シンヤの顔見せが行われた。村長が簡単に説明し(とりあえず遠くの町からの遭難者ということにしている)、3ヶ月ほど滞在する旨と、シンヤの挨拶で締められた。

 集会の雰囲気も悪くなく、概ね好意的に受け入れられたようである。特に、ナターシャと親しげというのが村人の警戒心を和らげた大きな要因であった。


「この村って余所者に慣れてるの?」


 使われていなかった空き家に向かっているている途中でシンヤはナターシャに質問する。


「んー?まぁ外から行商人とかその護衛の人とかが何日か滞在したりもするし、近くの村よりは人の出入りは多いかなー?特に不自由ない村とはいえやっぱり王都や外の世界に憧れて村を出ていく人もいるし」

「ふーん、おおらかな村なんだなぁ」

「村長が上手くやりくりしてるからね。怖いのは流行り病とモンスターの群れくらいじゃないかな?」


 なるほど、と、シンヤは頷く。これだけ余裕がある村であれば人口が増え、発展していくのが普通だろうが、どうやらあえてそうしていないようである。栄華の後の衰退を恐れているのか、何か理由があるのか。

 

「にしてもほんと感謝してもしきれないよ。色々教えてくれる上に家まで用意してくれるなんて」

「いーのいーの。使ってない物置きみたいな所だから。集会の時にジュークが掃除してお布団とか要りそうなものは用意してくれてるから問題ないと思うわ」


 シンヤが3ヶ月間、何処で寝起きするかという話題になった。来客用の宿泊施設もあったが、わりとひっきりなしに人が入れ替わるので落ち着かないだろうということでナターシャに却下された。


 シンヤとしては寝起きさえできれば何処でもよかったのだが、ナターシャの「一人っきりの時間も大事よ!特に失恋直後の男の子には!」という主張の結果、物置として使っていた小屋を整理してとりあえず生活ができる状態にしてしまおうということで落ちついた。


 シンヤは整理したくれた上に掃除までしてくれたこの場にいないジュークに対して感謝と共に突っ込みをいれる。シンヤの中で、初対面でオークの首をはねた時の鋭いイメージが崩れていく。


「なんか主夫みたいだなあの人!料理できるし!イメージ変わるわ!居ないと思ったらそんなことしてくれてたのか!」

「ふふふ、ジュークは何でも出来るのよー。明日にでもお礼を言ってあげて。さあ、着いたわ!ここがシンヤの3ヶ月のお城よ!」


 案内されたそこは、周りの家と一緒で、しっかりとした木造の小屋であった。広さはだいたい10畳ほどもあり、真ん中に布団がしかれていて、暫く使われていなかったのが嘘のように塵1つ見当たらなかった。


「こんな広い場所俺には勿体ないな……ていうかジュークはいったい何者なんだ……」

「ああ見えて結構細かいから。ここで今日から寝泊まりしてね。ご飯は村長の家で4人で食べましょ。だいたい私かジュークが一緒にいるとは思うけど、別行動する時は何するか事前に教えてね」

「わかった。ありがとう」

「うん、あ、着替えここに置いとくね。これは村の既製品だからお礼はまた今度!明日の朝は起こしに来るから、疲れてるだろうし夜更かししちゃダメよ?それじゃ、おやすみ~」

「はい、おやすみ」


 ナターシャがあれやこれや伝えて出ていく。シンヤも1日で起きたことが多すぎて疲れていたようで、すぐに睡魔がやって来る。


「色々考えようと思ったけど……明日でいっか。……寝よ」


  こうして、シンヤの異世界での生活の1日目が終了するのであった。





ここまで読んでいただきありがとうございます。


よければブックマーク、感想等よろしくお願いします


村の運営とか色々無理があるかも…


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