元凶
(やっぱりどう足掻いても勝ち目なんてないよねぇ)
鮮やかな緑色の髪をした少女は独りごちる。
そこはどうやら深い森のようだが、周囲は散々の有り様だった。武具をつけた男が数人倒れ、木々は薙ぎ倒され、地面は抉れ軽くクレーターまでできている。
普段は木漏れ日が覗く程度の光量のはずが、頭上を遮るものがなくなり、その周辺だけまるでスポットライトのように陽の光がさんさんと降り注いでいる。
「キミは、本当に人間かい?」
その惨状の中心にいながら、汚れ一つない姿で問いを発する男。顔の右半分をピエロのような仮面で覆い、漆黒のよく分からない装束に身を包んでいる。
少女は戦闘での消耗と全く歯が立たない無力感から力なく答える。
「失礼ね…ちゃんと人間よ。ただの、駆け出しの冒険者」
「ふぅむ、駆け出しにしては些か異常なマナの制御量だねぇ。貯蔵量と風の相性は天性のものだろうが…実に面白い」
「なに?誉めてくれてるのかな?あの有名な魔王様が」
「あーぁ、大いに誉めているとも。風だけとはいえお嬢さんほど強力な魔法を使う者は少ないからね。魔に身を置くものとしては喜ばしい限りだよ。それにしても…」
視線を外しぶつぶつと一人言をこぼしながら思案する魔王。
少女は未だに臨戦態勢だが、大人しくしている。魔王が隙だらけだろうと攻撃しても意味のないことは先の戦闘で嫌と言うほど分かっているからだ。臨時とはいえ仲間も全滅し、己の全力もいとも簡単に流された。つまりこの場に居る全員の生殺与奪は目の前に居る魔王が握っているということだ。
「ふむ、やはり実に、オモシロい」
しばらく考え込んでいた魔王の空気が変わる。ぞわわっと肌を粟立たち、少女に悪寒が走る。よくない、実によくないことが起きると少女の本能が警鐘を鳴らす。
「え、えーと!ほらっ!私みたいな駆け出しを倒したところで人間の戦力的には何の影響もないし!このまま見逃せば私たちは魔王には敵わない~って噂を広めるかもしれないし!」
少女は何とか自分が小物だと思わせようとするが、魔王は相変わらずにやけたまま周囲に大小数十もの魔方陣を展開し始める。
「駆け出しでこの実力ならほっといたら将来的にまずいと思うのだが?」
「ぐっ」
「それに今さら噂を流すまでもないだろう。さっき君が言ったようにワタシは有名だからね」
「うぐっ、今回はまぐれってことで…ダメ、かな?」
少女は内心やけくそで上目遣いで首をかしげてみる。
「─可愛いけどダメ」
一瞬魔王の動きが止まったのは気のせいか。しかし無慈悲に却下される。
あるいは、全力で抗うことなく早々に倒れていった男たちに紛れていればやり過ごすことができたのであろうか。
「結局貴方に傷一つつけることができなかったし!」
「ワタシに防御させたというだけでも人間としては破格なのだよ。何度か防壁も突破してきたし。…かの斬姫もなかなかに突出しているらしいし、どれだけ使えるのか知らんがギルドナイトとやらも増えているようだし…これはあの娘の未来視を信じて正解だったかな」
クククッと、嗤う魔王。そこには長年待ち続けた何かがようやく芽吹いたと、そんな期待と興奮が垣間見える。
見たことないような魔方陣がそれぞれ刻一刻と変化し、より大きな一個の陣として形を成しはじめる。
「ちなみに…それは何の魔法…?」
「安心したまえ、誰も殺すつもりはないよ。ただキミには魔王直々に呪いを授けよう!」
両手を広げ、天を仰ぎ、仰々しく宣告する魔王。
「の、のろい…!?」
「そう!君には…、えーっと……うん。サキュバスっぽい因子を付与しよう!」
「っな!!」
「いわばマナドレインだな。といっても丸々サキュバスじゃつまらんし…そうだな、新月が近づくにつれサキュバスの欲求が増すようにしようか!マナの吸収は…口付けで勘弁してやるか」
「そ、そんなこと…!」
「なに、強靭な精神力を以てすれば我慢はできる。吸ったところで相手が死ぬこともないだろうしな。まぁ細かい特性は自分で体験しながら調べてくれ」
楽しそうに魔方陣をいじくる魔王。今考えた『設定』を書き加えているのか魔王の指が踊る度に魔方陣は様相を変えていく。
そしてそれがどれほど異常なことか正しく理解している少女は愕然としながら叫ぶ。
「なんっ、で!そんなことを!ていうかそんなことまでできるの!?」
「ワタシに不可能はない!そして理由はひとつ!その力でもっともっと強くなって再びワタシの前に立ちはだかり、力ずくで解呪させてみたまえ!」
自分を楽しませろ、と魔王は吠える。
魔法が完成し、尋常でないマナが少女の周りに満ちてゆく。
「それでは、ごきげんよう。なるべく早く僕の元まで辿り着いてね」
「くっ、魔王、ルードルーーっ!」
魔方陣が一際強く輝き術が発動しようとした時、少女の残ったマナを振り絞った渾身の風の槍が魔王に迫るが展開している魔方陣にぶつかり阻まれる。そして
「あ、」
「え?」
ガギンッと音がして、何処かで、時空が裂けた。
◇◇◇
ザァァーーーっと、激しい雨が降る夜。あるマンションの前で高校生くらいの男女が向かい合っていた。
少女の方は何かを少年に押し付け、俯いて目を合わせようとしない。
「別れ、よう…?って、なんで…」
少年が半ば呆然としながら問いかける。
「今でも好きだよ…?でも、キミといるとあたしはダメになっちゃう…正直、キミの優しさが、怖いの」
「いや、だからって、こんな急に…!」
「うぅん、慎也は本当は優しくなんてないんだよね。色々隠してること全然話してくれないし、人助けのためって、いろんな事に首突っ込んで沢山怪我もしてくるし…」
少年が何かを言おうとするが、少女は踵を返し立ち去ってゆく。
傘も差さずに雨に打たれる少女の頬に流れるのは雨か涙か。すこし歩いたところで振り向かないままポツリとこぼす。
「別に私だから付き合ってたって訳でもないんでしょう?たまたま告白したのが私だったってだけでしょ?私じゃ、慎也の特別にはなれないんだよね…。ごめんね…。じゃあ…」
少年はそう言って走り去る少女をただ見つめることしかできなかった。
◇◇◇
しばらく立ち尽くしていた少年だが、やがてとぼとぼと自分の部屋へと戻っていく。雨に濡れたためシャワーを浴び、脱力したようにソファーに体を預ける。
そして少女から返された小さな箱、なけなしの貯金で買った、高校生が持つには割りと高めな銀細工のイヤリングをぼんやりと眺める。
「優しさが怖いって、告白してきたときの理由が優しそうだからって言ってたくせに…」
特に感情のこもらない声でぼやく。
「俺は春のことちゃんと好きだったのかなぁ…」
脳裏に浮かぶのはいつでもあの下卑た笑い声。
半ば自棄になりつつ様々な武道を習ってみたりもした。
今は遠い、両親と妹の笑い声。
あの時から、自分の生き方は歪んでしまったのだろう。愛した、いや愛そうと思った少女一人幸せに出来ない程度には。
「っづ!!」
軽い頭痛と共にどんどんと思考が悪い方向へと向かっているのを自覚する。
「アイスでも買ってくるかー」
少年はのろのろと着替え、イヤリングをポケットにしまい外に出る。
「っと、まだ傘いるか」
玄関を出たところで雨がやんでいないことに気づき取りに戻ろうとする。
そこには、暗い暗い、闇があった。
「は?」
理解が追い付かず呆然とする少年をよそに底の見えない穴は一瞬拡がり、少年を飲み込むと同時に跡形もなく消えてなくなってしまった。
そして、ただ何事もなかったかのようにそこには玄関が存在し、少年だけがこの世界から消失した。
◇◇◇
『おや?』
何処とも知れぬ場所、『それ』は何かに気がついたように意識を覚醒させる。
『これはこれは…50年ぶりの客人だ。何かが動くかな…?ふふふっ、面白くなりそうだ、しばらくは起きていようかな』
人影が立ち上がり周囲を振り仰ぐ。すると無色だった空間に色が付く。
『願わくば、この扉を開く者が現れんことを……久しぶりに誰かと話せるかな~?』
はじめまして。
拙い文ですが宜しくお願いします。
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