目がさめるとそこは異世界だった。ー5
「魔法スキル、《氷結》!!」
青い魔法陣が展開して、巨竜の前足を凍てつかせる。
だが、暫くもしないうちに、ひびが入ったと思うと粉々に砕け散ってしまう。
「はああああ!」
シルフィは巨竜のその一瞬の隙を見逃さずに、俺が魔法スキルで錬成した剣を片手に、懐に飛び込んだ。そして巨竜の巨躯を支える図太い足に幾重にも斬撃を見舞う。
だが、表面のうろこが剥がれるぐらいでダメージというダメージは与えられていないようだ。
こんなことやっても消耗するだけだ。ここは一か八か――
「シルフィ、下がれ!魔法スキル《氷河流々!》
俺の殆どのMPを糧に、巨竜をも容易く飲み込む巨大な蒼天色の魔法陣が展開する。
「魔法スキル《捕縛陣》
蒼天色の魔法陣の各所に小型の紫の魔法陣が現出すると、そこから放たれた鎖が巨竜の四肢の自由を奪う。
まるで拷問の合図のように俺が手を振ると、その巨大な肉塊の巨躯が引きちぎれんばかりに締め上げられる。
シルフィが魔法陣に出たことを確認すると俺は叫んだ。
「解き放て、魔法解放!」
蒼天色の魔法陣が一層の輝きをみせると、そこからは巨大な氷塊の群れが脱兎のごとく押し寄せる。
上下左右全方向から押し寄せるそれに、巨竜は火を吐いて応戦するも、いかんせん数が違うのだ。
巨竜がなすすべもなく、氷塊の群れに押しつぶされる。
醜い咆哮をあげて、血を吐きだし、吹き出し、氷塊を己が血に染めながら巨竜はなおももがく。
「お前には、このぐらいの地獄がお似合いだよ」
そう吐き捨てた時、巨竜の断末魔が辺りを走った。
――それはこの後も、嫌に耳にまとわりついた。
泡沫の夢のように巨竜は情報的断片とかして消えていく。
それと同時に、俺の魔法も解除される。
もう、俺は一人で立つこともできなかった。
力なく倒れるとまたもや地面に落ちることなく支えられた。
「ごめんな、カッコ悪いところばっかりだ」
「ううん、そんなことないよ。だって最後はやっつけてくれたじゃない」
そういってニッと笑ってくれるシルフィ。
それがなんともいとおしい。
MP切れの反動で意識が混濁しているが、その感情だけははっきりと自分の中にあった。
シルフィと活動していないときにソロでもある程度は戦えるように、魔法スキルも鍛えておいたのだが、それが今になって活用できたことはなんだか感慨深い。
一緒にいれない時間が一緒に居るための時間だったのだ。
俺を地面に寝かせるとシルフィはメニューを空間スクリーンで開いて操作し始めた。
「さあ、元のクロス・グングニルにもどろうぜ」
「うん、そうしたいんだけど……」
「どうしたんだ?」
「ここからじゃ機能が制限されててログアウトも、ランキング確認も、情勢確認も何もかも出来ないの!」
「……うそだろ……じゃあ――」
「どうしようもないのだよ」
俺の言葉を続けたのはどこからともなく現れた一人の男だった。
銀髪が印象的な壮年の男は燕尾服をまとっており、まるでどこかの貴族のようだ。
「どうしようもないってどういうことですか!」
シルフィは俺を庇うように男の前に立ちはだかってキッと男を睨みつける。
それに、男はなんの悪びれもない爽やかという一言に尽きる笑みで応えた。
それはなんとも気色が悪く、全身の毛を逆撫でされるかのようであった。
「君たちはここで死ぬんだよ。私の為にね」
「っ!!」
シルフィは次の瞬間には、剣を抜いていた。
銀髪の男の首筋すれすれでその切っ先が止まる。
「ふざけないでください!」
「ふざけてはいないさ、それに私は殺しても意味はない」
男は動揺することもなくそういうと、指を鳴らした。
轟音と共に大地が揺れる。
「なに……?」
いやに耳に残っていた巨竜の断末魔はそこでぷつりと途切れた。
その代わりに、幾重にも重なる咆哮が耳を劈く。
「私なんかより、こちらのお相手の方が君たちは楽しいのではないかね?」
男はそういうと哄笑する。
何が面白いのか、死にかけの虫を――ごみを見るような目つきで。
永遠と、狂ったように。
次の瞬間、男の首は舞い上がった。
それと共に、鮮血が噴き出すと血の雨を降らせた。
シルフィはその雨にうつむいたままうたれている。
「シル……フィ?」
俺は驚きであまり働かなかった頭からどうにか言葉をひねり出す。
だが、シルフィはそれにこたえようとはしなかった。
「……私の……私の幸せを邪魔するな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
辺り一帯を支配していた咆哮を打ち消すほどの叫び。
次の瞬間、シルフィは駆け出していた。
鈍足な巨竜にスピードで翻弄する。
だが、数と力が圧倒的に違う。
シルフィは背後からの攻撃をいなしそこね、吹き飛ばされた。
だが、シルフィはまだ立ち上がろうとした。
大量の血を吐きながら、屈しようとしない。
だが、このままではシルフィが危ない!
そんな状況であるにもかかわらず、俺は指一つ動かない。
ーーその時だった。
辺り一帯を眩い光が覆ったと思うと、俺の意識はそこでプツリと途切れた。