新たな仲間(前編)
第二次オズボーン攻略戦は王国軍の勝利に終わった。損害は帝国軍のほうがはるかに多かったが、王国軍にだって損害が無かった訳ではない。
「アズール中尉…僕はあなたを忘れません。そしてあなたの奥様と娘さんには必ずお伝えします。だから安心して眠ってください。」
「もうよろしいでしょうか?」
「…はい、運んでください。」
僕が許可を出すと衛星兵が二人がかりで中尉の死体を黒い麻袋に入れて持って行く。戦場では死体はまとめて本国に送るので、その準備のためだろう。
その時、ふと背後に気配を感じて僕は振り返った。するとその先にはアリアがいた。
「ユーリ殿、大丈夫ですか?」
「うん…中尉のおかげで体はどうもないけど…まだ気持ちの整理が少しつかないかな。君はどう?」
「その…こう言ってはなんですが…私は慣れていますので…決して何も感じていない訳ではないのですが。」
「そう…か、ドストエフスキー少尉の様子はどう?」
「自室に籠ったままです。先程の祝勝会にも顔を出していませんでした。」
「そうなんだ。これは少し時間が必要かなぁ。」
「むっ、ここに居たのかユーリ少佐。早めに祝勝会を抜け出したと思えば女士官と逢い引きかな。」
「えっ!逢い引きだなんてそんな…。」
「違いますよロッキー中将、それよりも何のご用件でしょうか?」
一瞬アリアがムッとした顔をしたがすぐに意識から外す。
するとロッキー中将は僕に一通の封筒を渡してきた。その封筒には『第一独立ガイスト小隊本国召還命令」と書かれていて、ナタリア女王の実印が押されていた。つまりこれは何よりも優先される命令ということだ。
「君に本国からの召還命令だ。確か君の機体も損傷が酷かったはずだ。この機会にゆっくりと傷を治してくるといい。」
「…解りました。この召還命令を受理いたしました。
只今から本国へ帰還の準備を始めます。」
「うむ。少しの間だがお別れだ。また戻ってこい。」
「はい、では失礼します。行こうか、アリア。」
「はい、私はドストエフスキー少尉に伝えてきます。」
宿舎に向かって走って行くアリアを見送った後、僕は空を見上げる。するとオズボーン砦が森林の中にあるからか、星が夜空に燦然と輝いていた。
「どうして人が死んだ日は星が綺麗なんだろう…。」
ユーリの呟きはそのまま虚空に消えていった。そして二日後、僕らは本国に帰ることになった。
「全く、馬での移動は時間がかかり過ぎて仕方ないわね。ねぇマスター、この馬全力で走れないのかしら?」
「わがまま言わないでよ。馬は君と違って生き物なんだからずっと全力で走れる訳ないでしょ。あ、今はベリアルも僕ら人間と変わらないのか。」
今僕らは本国への帰還の途についていた。僕はベリアルと一緒の軍馬に乗って帰還部隊の先頭を行っていた。
今回本国へ帰還するのは僕らの隊だけではなく、負傷兵や、休暇を取った者などが主な帰還者達だ。
「ところでユーリ殿、何故ユーリ殿は通常の軍服姿ではなく式典用の礼装をしているのでしょうか?」
「う~ん、もうすぐ首都マリンピアに着くから解ると思うよ。」
「?」
「あっほら、見えてきたよ。」
アリアは本国首都マリンピアの門を確認したが、どうも街の様子がいつもとは違うようだ。さらに近づいてみるとその違いがはっきりと解った。
「「オズボーン砦攻略おめでとう!我らが英雄達に祝福をー!」
街に入るなり僕らはすっかりお祝いムードの国民達が道路の両脇に並んで街に入ってくる兵士達を出迎える。
「なっなっ、何ですかこの人だかり!凱旋パレードなんて聞いていませんよ?」
「そりゃぁ勝利した軍隊を出迎えるのに何もしない訳ないでしょ。これも一種のサプライズだろうね。」
生まれてからずっと旧人類解放同盟で活動していたアリアには縁の無かったのだろう。ずっとおどおどしていた。
やがて凱旋パレードもどきは軍総司令部に近付くほど無くなり、総司令部に入ればもう一人もいなかった。その代わりに衛生兵や軍の高官達が出迎えた。
僕は馬を降りるとベリアルにライナーと一緒に整備ハンガーに向かうように言った。当然ベリアルは抵抗したが、偶然ここを通りかかったベヘモスによって連行された。
「もぉ~お姉ちゃんはいつもわがままなんだから、ほら行くよ。」
「いいぃやぁだぁ~!」
「ははは、じゃあ僕は王宮に今回のことを報告しに行くからアリア達は解散してて良いよ。とりあえず次の指令があるまで休暇にするからゆっくりしておいで。」
「いえ、私はお待ちしております。」
「…解った、なるべく早く戻ってくるよ。」
王宮に足を運ぶと、出迎えてくれたバルト宰相に連れられてユーリはすぐに謁見室に通された。そしてユーリを呼び出した張本人であるナタリア女王と対面した。
「ユーリ・カインサー、まずは此度のオズボーン攻略戦での活躍、見事でありました。よってあなたに一等戦功勲章を授与します。」
「どうぞ、楽にしてください。」
ナタリア女王の言葉を聞いて、係の者がユーリの胸元に勲章を付けに来た。一等戦功勲章は戦いで最も勝利に貢献した者が受けとる名誉ある賞である。
「一等戦功勲章には勲章の他にあなたが望む物をある程度まで与えられます。領地が欲しいのであれば融通もできるかもしれません。何か欲しい物はありますか。」
「…恐れながら申し上げます。先日の戦いにより、小隊の隊員が一人殉職しました。それゆえ、只今我が小隊は一人の欠員が出ました。」
「なるほど、解りました。では近いうちに新しい隊員を加わらせましょう。」
「いえ、それには及びません。私の方で目ぼしい人物を見つけました。」
「その目ぼしい人物が誰なのか話してください。」
「それは後程に陛下と私とバルト宰相の三人で話し合いたいと思っております。」
「…よろしいでしょう。皆さん、私とバルト宰相とカインサー少佐を残して退室してください。」
ナタリア女王が促すと護衛の近衛兵や、記録官が退室していく。
そしてユーリの希望通り謁見室には三人だけが残った。
「人払いは完了しました。さぁ話してください。」
「はい、では陛下、率直にお訊きしますが陛下が即位なされて恩赦した罪人はいますか?」
「バルト宰相。」
「はっ、私が把握したいるのは三人でございます。王国の法では新たに国王が即位した場合、恩赦できるのは五人までですのでまだ空きがあります。だが少佐、それを訊いてどうしようと言うのだ?」
「まさか囚人の中に目ぼしい人物がいるのですか?」
「はい、その者の名はラツィオ・ピーク、ベヘモスのパイロットだった男です。」
「貴官は正気か!?彼は囚人とはいえ七聖諸侯の一人、我々の敵なのだぞ?」
「お言葉ですが宰相閣下、私には彼は我々の対応次第では敵にも味方にも成りうる方だと思います。」
「その根拠は?」
「…彼の人柄…としか言えません。」
「…こう申していますが、どうします陛下?」
「…良いでしょう。後でラツィオ・ピークへの面会許可証と収容所入所許可証を渡します。執務室に一時間後に来て下さい。」
「はっ、失礼します!」
ユーリは一礼して謁見室を退室した。今彼の頭にあるのはどうラツィオを仲間にするか、だけである。
…一方そのころ王国軍総司令部ガイスト整備ハンガー…
「いぃぃやぁぁだぁぁ!そんな装甲付けたくない~!」
「仕方ないじゃないですか!あなたの装甲はむちゃくちゃ特殊でしかも作り方がわかんないですから予備がないんです!
だから一般機の装甲で我慢してください!」
「嫌なものは嫌よ!私に一般機の装甲なんか付けさせたらガイスト形態に戻ってここで暴れてやるわ!」
「そんな時のためにベヘモス君に来てもらってるのさ!」
「あの~期待して貰うのは有り難いのですが…僕は姉さんと違ってガイスト形態の時は自由に動けませんよ。」
「えっ!?」
整備ハンガーでは内部の駆動系の修理が終わったベリアルにライナーが一般機の装甲を付けようとして当人の猛反対にあっていた。
「だってそもそもベリアルさんの装甲が特殊なのがいけないんだ!何ですかあの強度は?反則級の代物ですよ!どうやって用意しろと言うんですか!?」
「あら魔銀のこと?」
「み、魔銀?と、とにかくそれが作れないから仕方ないじゃないですか!」
「あら、私は作れないとは言ってないわよ。確かに魔銀の精練法は今の技術では再現するのが難しいわ。でも難しいだけで不可能じゃあないわね。」
「えっ、姉さん本気なの?あれを教えるの?」
「…マジですか?じゃあ早くそれを教えてくださいよ。」
「いいわ、でも…地獄を見るわよ。」
「大丈夫ですよ!僕達整備班は皆数日の徹夜くらいどうってことありませんよ!」
「皆さん大丈夫かなぁ?文字通りの地獄なんだけどなぁ。」
魔銀の精練、それ自体は四日で終わった。だがこの四日間、ライナーをはじめ第一独立ガイスト小隊の整備班は地獄を見ることになった。
「失礼します!」
ユーリは執務室の扉をノックして中に入る。すると中にはナタリアが一人で待っていた。
「お待ちしておりましたよユーリ様。さぁどうぞ此方にお座りください。」
「陛下、一応まだ勤務時間ですよ。」
「ふふふっ、今この部屋には私達しかいませんよ?」
「ですが…解りました。じゃあナタリア、早く僕に許可証を渡してくれないか?実は人を待たせているので。」
「少しつれないのですね、約二ヶ月ぶりに会いましたのですからもう少し話をしましょう。」
「…解った。でも急に話をって言っても僕は何も話題を持っていないよ。」
「では私が話題を提供しましょう。先程も議題にしましたが…今回の戦いで部下を失われたと聞きました。大丈夫ですか?」
「…はい、もう気持ちの整理は済んだよ…多分。」
「それなら良いのですが、やはりあなたはお強いですね。私なら自分の周りの人が殺されたら引きこもってしまうでしょうね。」
「いや、僕は強くなんてないよ。ただ逃げたくないだけだよ。」
「逃げたくない?」
ナタリアは興味深そうにユーリを見つめる。ユーリはナタリアの興味に応えるように話を続ける。
「確かに今回僕は仲間を失った。だけど失った仲間をいくら悼んでも現実は何も変わらない。だから失った仲間の想いを背負って先に進む。立ち止まることも後ずさることも許されない。僕らのために死んだ仲間のために。」
「そういう風に捉えることができるから強いのです。私は父の死を乗り越えるのに一年はかかりました。」
「もしかしたらただ薄情なだけかもしれないよ?」
「まさか、ユーリ様に限ってそんな事はありません。」
ナタリアは即答した。そんな時だった、午後四時を告げる鐘の音が執務室に響いてきた。するとナタリアは少し残念そうにユーリを見つめて言った。
「ユーリ様、あなたは確かな心の強さを持っています。ですが忘れないでくださいね、辛くなった時は私が何時でも相談に乗ります。ですから何でも一人で抱え込まないようにしてください。」
「…ありがとう。じゃあ僕は失礼するよ。」
ユーリは一礼して執務室を後にする。ナタリアの言葉はユーリの心に残ったままだった。
翌日、ユーリはアリアを連れてマリンピア郊外にある、軍事戦犯刑務所に来ていた。この刑務所は戦場において命令違反を犯した者や敵国の捕虜を収容している。
その入り口でユーリは昨日ナタリアに貰った二つの許可証を看守長に提示すると、囚人よりも囚人らしい荒々しそうな看守長はニッコリ笑って(周りの壁にヒビが入る。)言った。
「ユーリ・カインサー少佐だな、待ってたぜ。女王陛下から話は聞いているからな、ついてきな。」
「ありがとうございます。じゃあ行こうかアリア。」
「えっ、あっはい。」
「しかしカインサー少佐も凄いことを考えるな、普通は奴を仲間にしようなんざ考えないぜ。」
「ははは、女王陛下や宰相閣下にも同じことを言われました。」
「お、着いたぜ、じゃあ中に入って椅子に座って待ってな。」
「解りました。」
ユーリとアリアは面会室に入って中に用意してあった椅子に座って待ち人を待つ。ユーリの向かい側にはガラス窓で仕切られていた。
するとユーリ達が入室して十分程経過して、ユーリの向かい側の部屋の扉が開き、待ち人が看守長に連れられてやって来た。
彼はユーリの姿を捉えると少し驚いた表情を見せたが、すぐに表情を元に戻して椅子に座り、ユーリと向かい合った。
「じゃあゆっくり話をしてな、三十分くらいしたら切り上げて貰うぜ。」
そう言って看守長はクールに去って行った。
そしてユーリとラツィオの対話が始まった。
「久しぶりですねラツィオさん…少し痩せましたね。監獄の暮らしは慣れませんか?」
「フッ、心配には及ばん。むしろ食生活が改善されて体が引き締まった。だから痩せたように見えるのだろう。それに監獄暮らしと言っても私はある程度は自由に動けるからな、実質は収監というよりは軟禁の方が正しいだろうな。」
「成程、お元気そうで何よりです。」
「貴公こそ戦場で活躍しているようだな、私もあのオズボーンを攻略したと聞いた時は驚いたな。」
「何故そのことを知っているのでしょうか?」
「フッ、先程も言ったが私は今軟禁されているのと同じだ。だから新聞を読むこともできる。」
「なるほど、あなたにとってこの監獄は居心地の悪い場所ではないと?」
「まぁそうだな。さて、今日貴公は私に何か用があるのだろう?
まさか世間話をしに来たわけでもあるまい。」
ラツィオは鋭い眼差しでユーリを見つめた。そしてユーリはラツィオと戦った時のことを思い出した。それほどラツィオの眼差しは強烈であった。
「安心しましたよ、ここ最近の監獄暮らしで牙が抜けたかなぁと心配していましたが…杞憂だったようですね。」
「むっ?どういう意味だ?」
「ラツィオさん、単刀直入に問います。私達と共に戦う気はありませんか?」
「…なんだと?」
「もし共に戦うというのならこの監獄からの出所、ある程度の自由を保障します。」
「まずは何故私にその話を聞かせたのか、その理由を教えて貰おうか?私は敵だぞ?」
「理由は簡単です。あなたが正義感が強く、また自分の負けを認められる程に潔いからです。」
「…フッ、私を高く評価してくれたことに関しては礼を言おう。だが私は神・アンブロシウス様に忠誠を誓ったピーク家第五十九代目当主、例え死んでも反乱軍に加わりはしない。」
「そう言うことは解っていました。ですが答えを出すのはこの映像を見てからにしてください。」
そう言うとユーリは一つの映像記憶魔石を取り出して、中に記録されていた映像を再生した。内容は勿論ベリアルのレコーダーにあったあの映像である。
最初は普通に流していたラツィオだったが、映像が進むにつれてその顔は驚愕の色が隠せなくなっていた。
そして映像が終わり、面会室にはしばしの静寂が訪れた。が、やがてラツィオがゆっくりと話し始めた。
「…まず聞こう、この映像は真実を語っているのか?」
「少なくとも信じる価値はあります。僕の乗機のベリアル、あなたが乗っていたベヘモスも本当のことだと証言しています。」
「…彼らには意思がある。もし彼らの言うことが正しいならば、私が今まで成してきたことは全てが間違いだったかもしれぬ。」
「ではもう一度訊きます。ラツィオ・ピークさん、僕達と共に神と戦ってくださいますか?」
ユーリがラツィオを再度誘うと、先程とは打って変わってラツィオは誘いをすぐに拒否しなかった。代わりに深く考えこむ。
そして少し時間をおいてラツィオは返答した。その内容は驚くべきものだった。
「一つ、条件がある。」
「何でしょうか?」
「…ユーリ・カインサー、私と今一度決闘しろ。」
「!?」
「私にもう一度勝てたら私は貴公の元で神とでも戦ってやろう。だが貴公が負ければこの話はなしだ。」
「あなたはそんな事言える立場ではないでしょう!ユーリ殿もこの方相手に下手に出る必要はないです!」
今まで黙っていたアリアがラツィオに食って掛かる。だがユーリはそんな彼女を片手で制してラツィオに向き直る。
「その言葉に二言はありませんか?」
「ああ、この命に賭けて誓おう。」
「…わかりました。その決闘の申し出を請けましょう。」
「ユーリ殿!?」
「フッ、それでこそ私を倒した相手だ。それで何時にする?私は今からでも構わないが?」
「女王陛下からの許可が降りるまで待ってください。でも必ず近いうちに。」
「解った。せいぜいそれまで待つとしよう。」
「では失礼します。行こうかアリア。」
「…はい。」
ユーリとアリアはそそくさと監獄を後にする。ラツィオは少々興奮した笑みを浮かべながら看守長に連れられて面会室を後にした。
そして二人の決闘の日は二人が思っていたよりも早くやって来た。