予感
第十六話
《オズボーン砦陥落》のニュースは瞬く間に大陸中に広がった。それを受けて神の住まう国アヴァロンの首都ヴァルハラではラツィオ・ピークを除く七聖諸侯が全員集合して七聖諸侯会議を開いていた。
「青天の霹靂とはよく言ったものだな、シーマリン王国を甘く見すぎていたか。」
最初に口を開いたのはガルシア・ドローイングだった。
「我が軍でもあそこを落とすには最低でも三ヶ月は入念に準備をしなければならん。」
次に七聖諸侯最年長のルイス・ネスライクがそれがいかに難しいことかを補足する。
「それよりよぉ、今はこれからどうするかじゃね?援軍を送るにしろ、何かするにしても。」
「ほう、貴公でもたまにはまともな意見を出すのだな。」
次にいつも言い争っているデミオ・バーテクとルシアス・ライトが会議の議題を出す。そして最後に、
「ええ、本日皆様にお集まりいただいたのはその件についての今後のことを決めるためです。」
七聖諸侯最年少にして七聖諸侯会議の議長を務めるカーチス・カルストが会議の主旨を述べる。
「援軍を送るなら指揮は俺に任せな!連中をコテンパンにしてやるぜ!」
血気盛んなデミオが得意気に身を乗り出して主張する。
「その必要はありませんよデミオ公、先程神ことアンブロシウス様より伝言を授かっております。今からそれを皆様に伝えます。」
七聖諸侯全員がカーチスを見つめる。
「アンブロシウス様はこうおっしゃられました。
『なるべくこの戦いを静観せよ。』と。」
しばらくの間会議室を静寂が包み込んだ。
「一体何を考えておられるのだあの方は?」
最初に口を開いたのはルシアスだった。
「文句ならアンブロシウス様に言ってくださいよ、私は伝言を伝えただけですから。」
「ちっ、アンブロシウス様がそうおっしゃるなら仕方ねぇか。」
デミオは渋々と引き下がる。だが、
「だがカルスト公よ、本当に何もしないつもりか?さすがに何かしないと民衆の不満を招く恐れがあるかもしれんぞ?」
ルイスがカーチスを問い詰める。だがカーチスは平然として言った。
「いえ、なるべくと言われただけなので決して何もしないわけではありません。」
「相変わらず言葉遊びが得意だな、では具体的にどうするつもりか?援軍を送るのはさすがにアンブロシウス様が黙っておられないぞ?」
「そうですね…食糧や弾薬等の補給物資を送る程度でしょうね。」
だがそれについてガルシアが問う。
「確かにそれくらいしかできないが…問題は誰が送り届けるかだ。誰かあてはあるのか?」
「問題はそこなのですよ。皆様は誰かちょうど良い人物に心当たりはありませんか?」
補給部隊とは言え国を代表して行くので、それなりに地位のある人物でなくてはならない。だが七聖諸侯が動けば神様が黙っていない。誰もそれなりに地位のある人物に心当たりがないのだ。
それ故会議室は長い沈黙に支配される。
「うん?そういやアイツならちょうど良いんじゃあねぇか?」
不意にデミオが口を開いた。
「誰か心当たりがあるのですかデミオ公?」
すかさずカーチスが質問する。
「いやな、そういやピーク公の息子が今年で二十歳だろ?アイツならちょうど良いだろ。」
すると会議室の全員が「その手があったか!」と驚く。
「貴公でもたまには役立つことを言うのだな、見直したぞ。」
「うっせ、『たまに』は余計だライト公。」
デミオとルシアスの言い争いが発展しそうだったのでカーチスはそれを手で制して言う。
「確かにそれは名案ですね、ではこの件はピーク公の息子さんに引き受けてもらいます。皆様異論はありませんね?」
カーチスが問いかけると反論の声は上がらなかった。
「ではこれにて本会議を終了します。皆様お疲れ様でした。」
数分後、会議室には一人の七聖諸侯が考えこんでいた。
(私のアガリアレプトの千里眼で見ていたが…べリアルと言ったか、基本性能はアガリアレプトと大差無いがあの魔力を操るシステムは厄介だな、さてどうしたものか?)
カーチスはべリアルの性能や戦い方を分析して対策を立てていた。
神アンブロシウスをして『冷血の智将』と言わしめるカーチスの頭脳はすぐに答えをだした。
(まぁあの程度の情報では何も解らんな。それより今はピーク公の息子に会うべきだな。)
彼はまだまだユーリとべリアルを放置することにした。
実はこの決断が後に重大な意味を持つのだがそれはまた別のお話。
《元レイスト帝国オズボーン砦内部》
「少佐殿、こちらの書類もお願いします。」
ドサッ!という音と共に山のような書類が机の上に置かれる。
「も…もう勘弁してつかぁさい。二日間寝てないんだ!」
タラコ少佐は膨大な量の書類を相手に二日間一歩も退かずに戦っていたがとうとう限界が近づいていた。
そんな彼を執務室のドアから覗き見る二人の人影があった。
「大丈夫ですかねタラコ少佐、見ているこちらがいたたまれなくなりますよ。」
ユーリは心の底からタラコを心配していた。だがもう一人は、
「なぁに、彼の真骨頂はここからだよ。かつては五日間徹夜したにもかかわらずに演習で勝利してみせたこともある。まだまだいけるさ。」
ロッキー中将は逆にまだまだタラコを働かせる気だった。
「それより中将閣下、何故自分を呼び出したのか説明してください。」
「そうだな、あまり時間もないしな、着いてきたまえ。」
ユーリはロッキー中将に着いて行き、そして臨時の司令官室に入った。
そこでロッキー中将は椅子に腰掛けてユーリの方に向き直って告げた。
「単刀直入に言おうユーリ・カインサー少佐、べリアルの内部レコーダーに残っていたあの映像を砦の住民達に見せたまえ。」
ユーリは少し驚いたが、顔には出さずにロッキー中将に質問する。
「宜しいのですか?自分とナタリア女王陛下や宰相閣下、そして軍の将官以上しか知らないトップシークレットですよ?」
するとロッキー中将は淡々と語りだした。
「うむ、確かにトップシークレットだがな、いかんせん砦の住民達の反乱を抑えるのも精一杯でな、もし住民の反乱中に帝国軍が攻めてくればひとたまりも無いからな。だがあの映像を見せれば我々に従うとはいかなくても反乱を起こそうとは思わなくなるだろう。という訳だ。」
「中将閣下のおっしゃられたことはごもっともです。しかしこればかりは女王陛下の許しが無ければ公表出来ません。」
するとロッキー中将は机から一枚の紙を取り出してユーリに見せた。中心には大きな赤い判子で『許可』とおされていた。
「このように既に許可はとってある、あとは貴官の判断しだいだ。」
(仕事の速い人だな。)
ユーリはそれほど考えずに、「良いですよ。では住民を一ヶ所に集めてください。」
「うむ、では二時間後に中央広場にべリアルに乗ってきたまえ。下がって良いぞ。」
「失礼しました。」
最後に敬礼をしてユーリは司令官室をあとにする。
この時のユーリはこの映像が役立つ日がすぐに来ようとは考えてもいなかった。
オズボーン砦から約半日の距離にあるレイスト帝国軍の野営地、そこの一番大きな司令官用の天幕の中では主要な帝国軍士官達がオズボーン砦を奪回するための会議をしていた。
「なんとしてもあの砦を奪回せねばならぬ!」
カバーニ中将は力強く唸った。
「偵察隊の報告によりますと王国軍が西門の修復を終えるまであと三日というところらしいですね。更に先程我々の本国から援軍が到着いたしました。」
カバーニの副官は偵察隊から入ってきた情報を間違いなくカバーニや士官達に聞かせていく。
「ということじゃ、恐らく二日後までが狙い目じゃろう。じゃが二日で実行できる作戦もたかが知れとる。諸君らの中に何か良い案を持っている者はおらんか?」
カバーニが問いかけるとただ一人だけ手を挙げている士官がいた。
「閣下、一つ発言を宜しいでしょうか?」
「うむ、許可しよう。申せ。」
カバーニ中将の許しを得てその士官は立ち上がる。
「私は元東側城壁守備部隊隊長のサバレタ・シェイク大尉であります。私に一つ作戦案があります。それを述べます。」
サバレタに天幕中の視線が集まる。だが彼は平然として作戦案を立案する。
「まず軍勢を二つに分けます。」
それを聞いた瞬間に天幕中は大騒ぎに陥った。
「あのオズボーンを攻めるのだぞ、さすがに奴らを舐めすぎだ!部隊を分けるなんて!」
一人が反論すると他の者も便乗して「そうだ、そうだ!」と反応する。
だが一人の士官が言った。
「まぁ皆様落ち着いてください。批判は最後まで聞いてからにしましょう。物事の核心を知らずに議論しても意味がありませんからね。」
「カルタス少佐の言う通りじゃ、皆の者、静粛にせい。」
カルタス少佐なる人物とカバーニ中将の一言で批判の声は消えた。それを確認してサバレタは続ける。
「軍勢を二つに分けた後に数の少ない方を東門前に配置します。残った数の多い方を西門前に配置します。あとはただ全力でぶつかるだけです。」
「片方だけに兵力を集中させないのは何故だ?」
「敵の脱出口をなくして退路を塞ぐためです。」
「成程な、じゃがシェイク大尉よ、ただ敵に突撃するだけではあの砦は陥ちない。何か他に工夫や秘策はないのかのう?」
カバーニ中将はサバレタの策では不充分だと言った。だがサバレタは自信を持って言った。
「ご心配なく、先の戦いで我々は司令部に奇襲を受けて撤退いたしました。ご存じの通りあの砦は内部からの攻撃に非常に脆い。ならば我々もそれを利用いたしましょう。」
「具体的にはどうしようと言うのか?」
これはカルタス少佐が言った。
「あの砦の中に私の部下が数人残っております。彼らを経由して私達の進撃の話を流せば、あの砦には純粋な帝国市民しかいません。必ずや暴動や反乱が起きます。そうすれば我々は砦の内外から同時に攻めることができます。」
サバレタの策を聞き終わってカバーニは少しの間考えて口を開いた。
「まぁ二日で実行に移せるのはその程度じゃろうな。よし、サバレタ大尉、貴官の作戦案を採用する。これより作戦の細かい部分を詰めていくことにしよう。」
「ありがとうございます。」
こうして作戦案が決まって、会議が軍議に変わって、皆が解放されたのは翌日の早朝、太陽が顔を出した頃だった。
軍議が終わり、一人の士官が自分の部隊の野営地に帰っていく。彼の名前はカルタス・ラナトール、階級は少佐。そんな彼は考え事をしていた。
(サバレタ大尉か、まだまだ若いが優秀だな。それにあの場で発言する度胸もある。良い士官だ。
だが作戦を行ううえで我が大隊には一つ懸念事項がある。)
考えているうちに彼は自分の大隊の野営地に着いてしまった。
「あっ、大隊長、どうでしたか会議は?」
野営地に着いてすぐに副官に呼び止められた。
「もう皆起きているか?」
「はい、全員起床しております。」
「なら全員を集めろ、大至急だ。」
「解りました!」
カルタスが命令すると十分もしないうちに大隊全員が集まった。
(自分で言うのもなんだが俺の大隊は優秀だな。)
カルタスがそんなことを考えていると、副官が彼に耳打ちした。
「大隊長、全員揃いました。」
「まずはおはよう諸君、突然だが私が今から言うことはとても重要なことだ、心して聞くように。」
カルタスが言うと全員の顔が引き締まる。
「先程行われた軍議において二日後にオズボーン砦の奪還作戦を決行する。そこで我々は西門を攻めることとなった。細かい配置等は追って知らせるが、どんな役割でもこなせるように心構えと装備の点検をしておけ、以上だ。
それと朝食が終わり次第各部隊長は私の天幕に来るように。以上、解散!」
カルタスの号令を受けて兵士達は各部隊の天幕に戻っていく。
「さて、俺も自分の天幕に戻って少し休むとするか。」
カルタスが自分の天幕の方を向くと背中から声をかけられた。
「大隊長殿、折り入ってお願いがあります。」
一人の女性士官が彼を呼び止めた。
「来ると思っていたライトソー少尉、君が私に言いたいことに見当はつくが一応言ってみろ。」
ライトソー少尉、本名ジェシカ・ライトソー、彼女は先の戦いで撤退命令を無視した罰としてこの二日間謹慎していた。
「二日後の作戦、私を最前線に配置してください。お願いします。」
彼女は深々と頭を下げた。
「…では問おう、君は私の命令が聞けるか?」
「はい!」
即答だった。
「それは例えあの青いガイストが出てきたとしても誓えるか?」
「…はい、誓います。」
今度は少し間があったが、それでもしっかりとした返事だった。
(反省…はしているようだな。これなら前線に出しても問題はないか。)
「良いだろう、貴官の操縦技術は捨てがたい、前線に配置してやろう。」
すると彼女は顔を輝かせてもう一度深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!では失礼します!」
元気に走り去っていく彼女の背中を見ながらカルタスはあることを感じていた。
(ふ~む、これで懸念は消えたはず、はずなんだが何だ、この不安感は?不吉な予兆でなければ良いが。)
彼を襲った不安感、そしてそれは二日後の作戦で起こることを予感していたのかもしれない。