オズボーン攻略戦 後編
第十五話
ユーリがジェシカと思わぬ再会を果たしていた時にシーマリン王国軍前線司令所では一人の軍士官が呆けていた。
「ばがな…本当にガイスト一機であの城壁を陥落させるだと…有り得ん…。」
誰を隠そう給料を減給されたタラコ少佐である。
「確かにな、これは実際にこの目で見ていなければ信じられないだろうな。」
その隣にロッキー中将が並んだ。
「だが呆けている暇はないぞ、全軍直ちに砦に向けて進撃せよ!」
「「了解!」」
ロッキー中将の号令を受けてそれまで待機していたシーマリン王国軍全軍がオズボーン砦に向けて進撃する。
それはまるで巨大な一つの生物のようだった。
その頃ユーリの陽動の隙に砦の水路を使って侵入したアリア達はと言うと…。
「しっかし隊長さん一人で大丈夫っすかね~。」
「心配は無用ですよドストエフスキー少尉。」
「しかしアリア副長、私達はまだ隊長と会って日が浅いのです。ですから隊長殿の実力を全くと言っていいほど知らないのです。」
「そうですね…少し操縦技術が粗い気がしますけど咄嗟の思いつきと状況判断能力は優れていますよ。」
「そうなんすか…あっ、そろそろ目的地周辺っす。」
「全機止まってください。作戦の最終確認をしましょう。」
アリアがそう言うと三機のアクアマリンは動きを止める。
「まず私の合図で新兵器のミサイル?と魚雷?を発射します。その後急速浮上して敵総司令部を押さえます。何か質問はありますか?」
「「ありません」」
「では行きます。発射5秒前、5、4、3、2、1、発射!」
アリアの合図で三機のアクアマリンの背部に取り付けてあるミサイルと魚雷を発射する。
それらはまっすぐに敵総司令所へと進んでいき、そして轟音を立てて爆発した。
「全機急速浮上!その後は各自で敵を攻撃して下さい!」
「「了解」」
そうして三機のアクアマリンは浮上した。
一方その頃オズボーン砦総司令所の内部ではレイスト帝国軍士官達が慌ただしく動いていた。
「今のところは目立った異常は見られないな。」
この難攻不落の砦を任された帝国指揮官の名前はカバーニ中将と言う。
彼は軍に勤務して今年で四十年になる初老の士官で、その身体と智謀は老いて尚健在と言わんばかりに輝いている。
「閣下、西門守備隊より援軍要請です。」
「そうじゃな…第三予備部隊を派遣しろ。」
「了解しました。」
「しかしシーマリン王国が反逆したというのは本当だったんじゃな…あそこには儂の姪がいるのだが大丈夫じゃろうか。」
「閣下、今はそのようなことを言っている場合ではありません。」
「解っておるよ少佐、じゃが今すぐこの砦が陥ちるとも思えんからのぅ。せいぜい今日は小手調べと言ったところじゃろうな。
恐らく勝負は明後日あたりじゃろうな。」
「その点に関しては同意します。しかしここは戦場です。何があるかわかりません。」
「そうじゃな…だがあまり気負っていても始まらん。何が起きても臨機応変に対処出来るように各部隊に通達しておけ。」
その時だった、通常の回線ではなく緊急用の通信回線で通信が入った。
「はいこちら総司令室、何事ですか?……ええっ!?」
その通信の内容を聞いた通信士が声を裏返して驚く。
「どうした?何があった?」
「に…西門守備隊より報告です。
西門と城壁の一部が敵により破壊されたそうです!」
この報告にはさすがにカバーニも困惑した。
「誰じゃその報告をしてきた指揮官は?こんな時に冗談を言うとはのぅ。」
「報告してきたのは西門守備隊隊長カルタス少佐です。恐らく真実かと…。」
「ばかな!あの城壁が破られるだと!?」
カバーニの横に控えている少佐が声を荒げる、カバーニ自身もそうしたかったが踏みとどまった。
「…被害状況を報せよ。」
「西門周囲30ルートの範囲の城壁が跡形も無く吹き飛んだらしいです。」
それを聞いてカバーニは一瞬眼を見開くが直ぐに考え込む、そして十秒もしないうちに決断した。
「砦内にいる帝国軍に通達せよ。我が軍は元時刻をもってこの砦を放棄、直ちに東門より撤退せよ!」
カバーニの命令は総司令室全体に衝撃を走らせた。
「何故ですか閣下!我々はまだまだ十分に戦えます!」
すかさず少佐がカバーニに意見するが、彼は落ち着いて説明する。
「よく考えろ、この砦は四千年間一度も陥落した事がない。つまり外側からの攻撃には滅法強い。じゃがな、四千年も城壁が破られなかったおかげで敵が城壁の内側に侵入した際の備えが皆無と言って良い。」
「ですがっ!」
「壁を壊して侵入してきた敵が少数なら問題はない。じゃが今回は破損箇所から敵の大部隊が入って来る。このまま下手に応戦して犠牲者を増やすよりも撤退して戦力を整えるべきじゃ。
まぁ戦略的撤退と言う訳じゃ。理解したか?」
異論は挙がらなかった、というよりカバーニの言葉に誰も反論できなかった。
「で、では全軍に撤退するように通達します。」
「うむ、それが終われば我々も撤退しよう。」
その時だった、凄まじい轟音と共に衝撃が基地内を駆け巡った。
「こ、今度は何じゃ!?」
「て、敵襲です!」
「なんじゃと!?そ、総員退避!」
この時には既に戦いの行方は決まっていた。
「てぇりゃぁぁ!」
アリアが操縦桿を操るとアクアマリンが標準武装のアイアンクローが敵ガイストを貫く。
「なんか張り合いが無いっすね、まるで撤退命令が出ているかのようっす。」
「少し待て……よし、敵の通信周波数が解ったぞ、今から繋ぎます。」
アズールが敵の通信を傍受する。
『ぜ…全軍…撤退せ…よ。とり…は…放棄す…る。く…返す…』
「副長…これは一体どうしたんでしょう?」
「わかりません。しかしこの施設は既に陥落したも同然です。敵の撤退理由がわかりかねますがここは幸運だと思いましょう。」
「じゃあ俺たちこれからどうするんすか?」
「二人はこの施設を確保しておいてください。
私は隊長の援護に向かいます。後は頼みます。」
そう言い残すとアリア機は西門の方へと急行して行った。
「大丈夫なんすか?俺たち二人だけになりましたっすよ。」
「仕方あるまい、ユーリ隊長がいくら優秀だとしても西門の防備は厚い。さぁ無駄口を叩く暇があれば仕事をするぞ。」
「へーいへい、頑張ります。」
残された二人は愚痴を叩きながらもきちんと敵の総司令所を制圧完了した。
そして西門付近では二機のガイストが長剣で鍔迫り合いを演じていた。
しかし二機のパイロットは長剣を通して接触回線を開いていた。
「本当に…本当にユー君なの?会いたかった、会いたかったよぅ…。」
「ジェシカ…どうして君がここに?
まだまだ君達は卒業まで数ヶ月あるのに。」
ユーリは驚きを隠せなかった。
「ねぇユー君、何で学校辞めちゃったの?ちゃんとした理由を話してよ、あれだけじゃ解んないよ。」
「…ごめん、それは言えない。」
「どうして?ユー君いつも言ってたよね。
学校を卒業しても一緒だって約束したよね?
その約束まで破って行っちゃうってことは余程のことがあるんだよね?」
「…あの時言ったとおりだよ、僕にはやらなければならないことができたんだ、だから…。」
「それだけじゃ解んないよ!」
ユーリの言葉を遮ってジェシカは激しい剣幕で主張する。
「私との約束を破ってまでやりたいことなんでしょ!だったらちゃんと訳を話してよ!
そして私を納得させてよ!」
「ジェシカ…。」
ユーリはジェシカの気迫に圧されてすぐには言葉がでなかった。
「ユー君、私…私ね、ユー君が居なくなって凄く…凄く寂しかったんだよ。やっぱり私はユー君が好き。君なしじゃ生きていけないよ。
だからお願い、戻って来てよユー君。」
「………ごめん。」
ユーリは厳かにそしてはっきりと言った。
「ジェシカ、君との約束を反故にしたことは悪いと思っているし、許して貰おうとも思っていない。だけど僕の使命を君に話して下手に巻き込みたくないんだよ。解ってくれとも言わない。
だからもう僕のことは忘れて生きてくれ。」
ジェシカから返答が返ってくるまで少し時間がかかった。
「…だけど私だって諦めきれないもん!だから…。」
「だから…?」
「力づくでも君を連れて帰る!」
「!!」
ジェシカはそう言うと操縦桿を操作して機体を後ろにさげる。
すると必然的にべリアルの体は前屈みになる。そこをジェシカは狙っていた。
「腕の一本くらいは覚悟してね!」
「くっ。」
ユーリは咄嗟にべリアルの機体を前方に跳ばせた。間一髪ジェシカ機の横薙ぎの一閃をかわすことができた。
「危なかっ…!」
跳んだ先で素早く態勢を立て直したべリアルだったが、もうすぐそこにジェシカ機が迫っていた。
「いつまで耐えきれるかな!?」
ジェシカ機は長剣による剣戟の嵐をべリアルに繰り出す。
「速い!」
ユーリはジェシカ機の攻撃を時には長剣で受け、ある時には受け流しながら数十合切り結ぶ。
だがどちらが優勢かは火を見るより明らかだった。しだいにべリアルが押され始める。
「くっ、うおぉ!」
ユーリは耐えきれなくなり、後方に大きくべリアルを跳ばせた。
「ふぅ、なんとか凌いだわねマスター。
それにしてもあの娘あんなにできる娘だったのね、所詮学生だとたかをくくっていたけど…彼女は大隊長クラス…それ以上の実力があるわ。それは私との性能差を補って余りあるようね。」
「これがジェシカの本気…僕の強化された肉体と君の性能が無ければさっきの攻防でやられてた。
学校での模擬戦は全く本気じゃなかったのか。」
「来るわよマスター!」
ジェシカ機は目一杯に反動を付けてべリアルに向かって跳躍する、そして大上段からべリアルに向けて長剣を降り下ろした。
べリアルはその一撃を受け流しはせずに真正面から受ける、それはユーリの腕前では下手に受け流そうとすればやられると思った故の判断だった。
その結果、べリアルの長剣は衝撃に耐えきれなくなって根元から折れてしまった。
「なっ?やっば!」
「まずはカメラを破壊するよ!」
そしてジェシカは再び横薙ぎの一閃を繰り出した。
「なんのっ!」
ユーリはべリアルの操縦桿を操作して右腕を構えた。
ガギィィッと甲高いを立ててジェシカ機の斬撃はべリアルの右腕に食い込んで止まった。
「うそっ!?なんて硬い内部フレームなの!?」
接触回線を通じて聴こえてきたジェシカの声は驚愕の色が強かった。
「ちょっと何するのよ、痛いじゃない。」
「でもこれで動きは封じた!」
「ぬ、抜けない!」
ジェシカ機の長剣は思いのほか深く食い込んでいて抜けなかった。
「あと少し待てば…。」
「待つ?待ってどうにかなると思って…ああそういうこと。」
「何をごちゃごちゃ言っているの!」
その時だった、ジェシカ機の背面で小さな爆発が起こった。小規模ながらその威力はジェシカ機を動かすのは充分だった。
「な、何!?」
ジェシカは飛ばされた先で素早く態勢を立て直した。そして自分を飛ばした元凶を見た。
そして一機の水陸両用ガイストを見つけた。
「大丈夫ですかユーリ殿!」
「アリア!ありがとう、助かった。」
「あのガイストは何なんです?ユーリ殿とべリアル様を傷つけるなんて一体…。」
アリア機は敵ガイストの攻撃をかわしてべリアルの隣に立った。
「邪魔しないでよ!あと少しでユー君を…!」
再びこちらに跳躍しようとしたジェシカだったがそうすることはなかった。
何故ならジェシカ機の両腕を二機のガイストが掴んだからである。
「そこまでだ少尉!撤退命令が出ている、これ以上居ると間に合わなくなる!」
「隊長!?離して下さい!あそこにユー君が、ユー君がいるんです!」
「うわっ、暴れないでよ少尉!隊長どうしますか?」
「仕方ない。許せ少尉!」
そう言うとジェシカ部隊の隊長がコックピット付近を殴った。
「うっ!」
その結果衝撃でジェシカの意識を刈り取ることに成功する。
がくっと一気に力の抜けたジェシカ機を二機は引き連れて撤退していく。
ふとユーリが吹き飛んだ城壁の穴を見るともうすぐそこまでシーマリン王国軍が砦に迫っていた。
「どうしましょう追いますか?」
「いや、いいよ…深追いはしないで。」
するとべリアルの魔力通信機から声がした。
『ユーリ・カインサー少佐、ご苦労だったな。
おかげで突破口が拓けた。もう今日は下がっていて良いぞ。』
「ロッキー中将、すみません。機体も損傷しているのでお言葉に甘えます。」
次の瞬間、べリアルが空けた穴からおびただしい数のガイストや歩兵部隊が砦内に侵入してきた。
「速やかに重要施設を占拠せよ!既に敵軍の撤退が始まっているという報告も入っているが、油断はするなよ!尚民間人への被害は出来るだけ最小限にな!」
「「了解!」」
「…凄い…。」
みるみるうちにシーマリン王国軍は非常に統率のとれた動きでオズボーン砦の重要施設を占拠していった。
つまりこの瞬間をもってオズボーン砦は王国軍の手に陥ちた。
四千年間何者の侵入をも許さなかった難攻不落の城塞都市はたった一日で陥落した。
これをもって後に[青天の霹靂]と呼ばれる戦いは終了した。
そしてそれは二人の少年少女の心に深い溝を残す結果となった。