オズボーン攻略戦 前編
第十四話
夜が明ける。
それは一日の始まりであり、この星が誕生して幾度となく繰り返されて来た。
そして今日も変わらずに太陽が登り一日が始まる。だが、今日ばかりは夜明けが災厄を連れてきた。
「全軍攻撃開始!」
「「おおぉぉぉ!!」」
指揮官の命令で全軍が一挙に攻撃を開始する。
守りにまわるのはレイスト帝国とシーマリン王国の国境沿いにある砦『オズボーン砦』。
今ここに後に『青天の霹靂』と呼ばれることになるオズボーン砦攻略戦が幕を開けた。
オズボーン砦攻略戦の始まるほんの数日前、シーマリン王国軍総司令部のある施設で会議が行われていた。
「え~私がシーマリン王国軍総司令のカマッサ元帥である。本日諸君に集まってもらったのは他でもない。最初に攻める場所を説明するためである。まずはこれを見たまえ。」
カマッサ元帥は魔力スクリーンに大陸の地図を映し出す。
「見ての通り我が国はレイスト帝国以外の国とは国境を接していない。
よって陸からの攻撃は一つの方向からに限定できる。だが防御に徹していては我々は直ぐに奴らに侵略されるだろう。
そこでだ、私は二つのルートでの侵攻作戦を立案した。それがこれだ。」
カマッサ元帥は更にスクリーンに赤線で侵攻ルートを示した。
それを部屋の片隅で見ていたユーリは。
「成程、確かに理にかなっている。」
と単純にそう思った。
「まずは陸路でレイスト帝国との国境沿いにあるオズボーン砦を、更に海軍を使ってノーランス皇国のノーシンシティを陥落させる!」
今カマッサ元帥が示した場所は二国の首都に次ぐ第二の都市である。
すると一人の士官が手を挙げる。
「第三魔法大隊指揮官のカスピ大佐です。一つ発言よろしいですか?」
「いいだろう。言って見たまえ。」
「オズボーン砦を陥落させることに関しては賛成です。しかしノーランス皇国のノーシンシティを陥落させるには我が軍はいささか兵力不足です。ここは戦力を一つに絞ってオズボーン砦を陥落させるほうが上策かと思います。」
「君の言うことももっともだろう。
だがしかし!遂に先日あの新兵器が完成したのだよカスピ大佐!」
「まさか!?アレが完成したのですか!?」
ユーリは首をかしげる。
「アレ?」
「諸君、刮目したまえ!
これが我が軍の新兵器『潜水艦』だ!」
「おおー」と周囲から歓声があがる。
新たにスクリーンに映し出されたのは全長は数百ルートはあろうかという太く長い流線形のボディを持った鋼鉄の塊だった。
「これを使えば水深千ルートまで潜航でき尚且つ全八つの砲門からは魚雷と対空ミサイルという新兵器を発射可能だ。
更に水陸両用ガイストを格納することによって強襲用の母艦としても使える!どうだね諸君!凄いだろう?」
会議室のあちらこちらから感嘆の声が聞こえる。
「この潜水艦数十隻をもってノーシンシティを強襲し陥落させる。以上だ。」
「「了解!」」
会議室に集まった将校達が敬礼する。ユーリも一応それにならっておいた。そうして会議は終了した。
「あっ、ユーリ殿!会議はどうでしたか?」
ユーリ率いる第一独立ガイスト小隊、通称マリンスネイクの詰め所に帰ってくるとアリアが笑顔で迎えてくれた。
「取り敢えず僕らの部隊の初陣の場所が決まったよ。四日後にオズボーン砦を攻める。」
「四日後というとナタリア女王の戴冠式から丁度一ヶ月ですね。それに四日後に攻撃を始めるなら遅くても明日には出発ですね。」
「そうなるね。ところでそっちは何かあったかい?」
するとアリアは笑顔で応える。
「遂に私達の小隊に補充のパイロットと整備員が到着しましたよ!あちらです。」
アリアが促した先には二十人ほどの集団が固まっていた。
その集団はユーリの姿を見るとこちらに近づいて来た。
「お初にお目にかかりますユーリ・カインサー少佐!本日付けでこちらに配属されました。
アズール・プルーフ中尉です。よろしくお願いいたします。」
アズール中尉は外見は二十代後半の青年で、背が高く肌は健康的に日焼けしていて、生命力に満ちていた。
一つ欠点をあげるならそれは二十代後半にはあるまじき髪の毛の薄さだろう。典型的で悲惨なバーコード頭だ。
因みにアズール中尉がユーリのことを少佐と呼んだのは、ユーリが持っている一等騎士の称号は軍の中では少佐に相当するからである。
「同じくドストエフスキー・リング少尉っす。
言葉使いだけはどうやっても治らなかったんで、そこんとこ宜しくお願いしますわ。あっ、俺のことはドストでいいっすよ。」
「言葉使いは気にしなくていいよ、僕は君達より年下だからね。」
ドストエフスキー少尉は金髪でこちらも中尉同様に肌が日焼けしていた。
一言で表すなら…[チャラ男]だろう。
ドストエフスキー少尉の自己紹介を聞き終えるとライナーがこちらを見ていた。
「え~っと…僕のことは知ってるから自己紹介しなくていいですかユーリさん?」
「横着するなライナー。僕とアリア以外君のことは知らないんだぞ。」
「は~いわかりました。同じく本日付けでこちらに配属されましたライナー・レストワール技術大尉です。この小隊の整備士長に就任しました。」
するとライナーの後ろに控えていた整備員達が一斉に敬礼した。
補充人員は今自己紹介された三人を含めてパイロットがアズール中尉とドスト少尉の二人で、その他はライナーと同じ整備員だった。
何はともあれこれでユーリ率いる第一独立ガイスト小隊は本格的に活動が可能になったと言える。
「皆さんこんにちは。
僕が隊長のユーリ・カインサーだ。配属初日で済まないが我々の初陣は四日後に決まった!
よって只今より遠征の準備をしてほしい。
出発は明朝!それでは各自作業に入ってください。解散!」
「「了解!」」
ユーリ達の部隊以外もせわしなく明日の進軍に備えて準備をしていた。
開戦の時は着実に近づいていた。
その日の夜遅く、ユーリは自室のドアをノックする音で目を覚ました。
「う~ん…なんでこんな時間に…。どちら様ですか?」
すると数秒をおいてドアの向こうの相手が応答する。
「ナタリアですユーリ様。夜分遅くにすみません。今お時間よろしいですか?」
「ナタリア陛下!?今直ぐに準備しますので少々お待ちください!」
ユーリはその辺に脱ぎ捨てていた軍服に袖を通してドアを開けた。
「お待たせしました陛下。それで私に何のご用でしょうか?」
「固くならなくてもよろしいですよ。中に入れてくださいますか?」
「え~っと…散らかってるけどいいかい?」
「では遠慮なく。失礼致します。」
「取り敢えず座ってよ。」
ユーリは簡素な造りの椅子にナタリアを座らせる。
「思ったより散らかってますね、ユーリ様は整理整頓をちゃんとするタイプだと思っていましたが…そうでもないようですね。」
「うぅ…我ながらよく一週間でここまで散らかしたものだと思うけどね。
一つ言い訳させてもらうけど、片付ける暇がなかったんだよ。」
「気にしなくてよろしいですよ。私も片付けは苦手ですから。」
ナタリアはユーリにやさしく笑いかけた。
その笑顔にユーリの心臓の鼓動が早まる。
(やっぱりナタリアって美人だよな…。)
「ユーリ様?私の顔に何か付いてますか?」
「えっ?いや何でもないよ!そ、それにしても何でこんな時間帯に訪ねてきたの?」
「遂に明日出発ですね。ですから激励に参りました…迷惑でしたか?」
「そんなことないよ!むしろうれしいくらいだよ!」
「良かったです。
ユーリ様…一つお聞きしますけど…四日後の初陣は不安ではありませんか?」
ナタリアは真剣な表情でユーリに問いかける。
「不安…か、確かに今なら君の気持ちが解る気がするよ、僕の命令一つで部隊が全滅するかもしれないんだからね。正直に白状すると…不安だ。」
するとユーリはナタリアに聞き返す。
「そういえばナタリアはもう不安じゃないのかい?もし不安じゃないのならどうやって克服したか教えてくれないか?」
するとナタリアは笑顔で応える。
「いいえ不安は消えてはいませんよ、ただ…。」
「ただ?」
「始まる前から色々心配していても何も始まりません。確かそう言ってくださったのはユーリ様自身ではありませんか?」
ユーリは目を丸くしてナタリアを見る。彼女は変わらずに笑っていた。
「これは一杯食わされたよ。そうだね、始まる前から不安になっていても仕方ない。僕がやれることを精一杯やるだけだ。」
「ふふふっどうやら大丈夫なようですね。
それでは私はこの辺で失礼致します。四日後の初陣で戦果を期待しております。」
ナタリアは椅子から立ち上がって出口に向かう。そして去り際にこう言い残した。
「必ず無事に帰って来てくださいね、私にはまだまだ貴方が必要なんですから。」
そしてナタリアはドアを開けて帰っていく。
「さてと、もう一回寝るか。」
この四時間後、シーマリン王国軍の約三分の一の兵力がレイスト帝国のオズボーン砦に向かって進軍を始めた。
そして今に至る。
神暦4011年11月1日、レイスト西方大森林の最西端に位置するオズボーン砦をシーマリン王国軍が攻め立てている。
オズボーン砦は『砦』と呼ばれているが、実際はレイスト帝国帝都に次ぐ帝国第二の都市であり、街の中央を大きな川がながれており、そこから街のあらゆる方向へ運河が掘られていて、しかも一番深い場所は25ルートもあり、さらに街の周りをガイストの約二倍くらいの全長32ルートもある外壁があり、この壁は街が出来て以来約三千年の間破られたことのない難攻不落の防御装置である。
また、街の北と西に大きな門があり、この門も強固な金属で出来ているため、この砦は難攻不落の要塞都市と呼ばれている。
そのため戦いが始まって既に四時間が経過したがシーマリン王国は未だ西門に傷一つつけられていないのが現状であった。
《シーマリン王国前線司令所》
「戦況は完全に膠着状態に陥ってしまったか…レイスト帝国を甘く見ていたつもりはないが、向こうの指揮官は中々優秀らしいな。」
オズボーン砦攻略戦指揮官のロッキー中将はそう呟くと隣で控えている副官が言った。
「午前の戦闘では砦の西門を攻めましたが外壁の上からの魔法や投石による防御が厚く、こちらの破城槌が西門に着く前に運び手のガイスト小隊がやられて使えませんでした。」
「ウム、私も一日で決着がつくとは思ってはいないが…恐らく七日以内に攻略できなければノーランス皇国やアヴァロンからの援軍が到着することになるだろうな。それだけはなんとしても避けなければならない。」
「中将閣下、一つ発言よろしいでしょうか?」
そう言って立ち上がったのはユーリの隣に座っているタラコ少佐だった。
「何か提案でも有るのか少佐?」
「はい、正確には私ではなく隣のユーリ・カインサー少佐ですがね。」
すると会議出席者のほぼ全員がユーリの方を向いてじっと見つめる。
(フフフフッ、こんな若い奴が女王様の直属だからっていい顔されちゃ堪ったもんじゃないからな、この辺で恥の一つでもかいてもらおうか。)
タラコ少佐はなるべく顔に出ないようにしたが、口元が少し歪んでいた。
「ではカインサー少佐、君には何か砦を破る手だてがあると言うのかね?」
するとユーリは立ち上がって発言した。
「はいあります。」
すると周りの士官達の目付きが真剣になるが、唯一例外がいた。
「ばかな!お前の部隊は午前中の戦闘中に遊撃部隊としての役割を果たさずにずっと動かないままだったではないか!?」
「それは本当かねカインサー少佐?」
すかさずロッキー中将が問いただすが、ユーリは穏やかな表情で発言した。
「ええ本当です。
ですがおかげでじっくり作戦を練るためのデータ解析が出来ました。」
「成程、ただ時間を浪費していた訳ではないようだな、きかせてもらおうか。」
「わかりました。では説明させていただきます。恐れながらこの作戦は私の隊が基点となりますがそこはご了承ください。」
「お前手柄を独り占めしようとしてるんじゃないか!?」
「少し落ち着きたまえタラコ少佐、今日の君は少しおかしいぞ?」
「す、すみません。」
「では続けさせていただきます。
まず皆さんには午前と同じように西門を攻めていただきます。これを陽動として、そして頃合いを見計らって私の小隊が水路と陸路で砦内に侵入します。」
「バカも休み休み言え!水路には無数の機雷があるんだぞ!」
「タラコ少佐、次に発言したら減棒だぞ。」
「くっ、了解。」
「カインサー少佐、水路に関してはわかった。
だが陸路はどうするつもりだね?」
するとユーリは少し間を置いて発言した。
「私が単機突貫します。具体的にはあの外壁を飛び越えて中から門を開けます。」
「カインサー少佐、タラコと一緒のことを言うようだが、バカも休み休み言いたまえ。」
「自分は本気です中将閣下。」
「では皆に聞くが今のカインサー少佐の案に反対の者は手をあげろ。」
するとやはり大多数の士官達が手をあげた、だが一人だけ何もしていない士官がいた。
「リン大佐、君は何故手をあげていないんだ?」
リン大佐と呼ばれた中年士官が席を立って発言した。
「恐れながら申し上げます閣下。
私は彼の作戦案に賭けてもよろしいと思います。」
「理由を聞こう。」
「彼は我が軍に入る前にアヴァロンの七聖諸侯の一人であるラツィオ・ピークを倒しています。
更に操る機体は四千年前の機体であるべリアル、これだけ条件が揃っているのです。試しにやらせてみるのも一つの手かと。」
「…貴官のことだ、まだ何かあるのだろう?」
するとリン大佐は笑いながらこう言った。
「女王様のお気に入りの実力を拝見したいというのもありますね。」
「…いいだろう。カインサー少佐!
貴官の作戦案を試してみようではないか。」
「なっ!?中将閣下本気ですか?」
「はい減棒ー!タラコ少佐は減棒ー。黙らないと更に減棒ー。」
「ええぇっ!?」
「という訳だカインサー少佐。
やってみるからには成果を出せ、いいか?」
「微力を尽くします。」
「よろしい。では総員午後の攻撃に備えよ!」
「「了解!」」
中将の号令がかかると全員一斉に自分の部隊へと帰っていく。
「あの!リン大佐。
先程は口添えしていただきありがとうございました。」
ユーリがリン大佐に礼を言うと彼はやさしく笑いながら言った。
「礼を言われるようなことはしていないさ。
それよりしっかりやりたまえよ少佐。」
「はい頑張ります。」
「それとさっきタラコ少佐が君に突っかかっていたがあまり彼のことを悪く言わないでくれ。」
「はい。気にしていません。」
「ありがとう。彼はああ見えて苦労人でね。少佐になるまで三十年もかかっているんだ、だから入隊してすぐ少佐になった君のことが恨めしいのだろう。長話をして済まなかったな、持ち場に戻って準備をしたまえ。」
「わかりました。では失礼します。」
二人は互いにそれぞれの部隊に戻っていった。
部隊に戻ったユーリを待ち受けていたのはアリア達だった。
「ユーリ殿!どうでしたか会議は?」
「うまくいったよ、君こそ新しい機体には慣れたかい?」
「はい!作戦に支障がない程度には。」
アリアが新たに受け取った機体はシーマリン王国製の新型機体で、水陸両用型ガイスト『アクアマリン』と言う。水陸両用型の割にフォルムは細く、水中というより陸戦での戦闘に偏っている。
だが水中で魚雷を発射したり、細かい作業も出来る万能型でもある。
「さすがだねアリア。ライナー準備は?」
「出来てますよユーリ隊長。砦内へ続く水路の機雷は午前中の間に姉さんとアズール中尉とドスト少尉が僕の指示で取り除いておきました。」
「ありがとう。これで条件は全て揃った。
あとは僕達の頑張り次第で作戦の成功と失敗が別れる。皆には心してかかってほしい!」
「「了解!」」
「では作戦を伝える。だがいたって簡単だ。
まずアリア、アズール中尉、ドスト少尉は水陸両用ガイストで水路から砦内へ侵入し、運河を辿って街の中心部を急襲せよ、くれぐれも民間人には気を付けてください。そして僕がべリアルで砦の外壁を飛び越えて内側から門を開ける。何か質問はありますか?」
「一ついいっすか?」
「何だいドスト少尉。」
「隊長は一人で大丈夫なんすか?せめてもう一人くらいつけません?」
「大丈夫、死にはしないから。それじゃ各自持ち場についてください!」
ユーリの号令で小隊全員が配置につく。
そして午後の攻撃が始まった。
シーマリン王国が午後の攻撃を開始して既に一時間が経った、そのころ砦内では。
「敵も学習しないなぁ、この砦は長い帝国の歴史上一度も破られたことのない場所なんだよ?」
「私語を慎みたまえライトソー少尉。
我々の任務は外壁を越えてきた敵の対処と門の防衛だ。集中を切らすなよ。」
「りょ、了解です隊長。」
「全く…十年に一人の天才とはいっても所詮は学徒兵か。戦場での心構えがなっておらん。」
「まぁまぁ隊長、仕方ないですよ。自分達も新兵のころは同じようなものだったじゃないですか。」
「そうそう。それに敵に奪われた恋人を取り返すためにシーマリン王国と戦うんですよ!
これってスゲー萌えますよね!?」
「黙れお前ら!面白くも何ともないわ!」
「しかし隊長、流石にこうも暇だと自分達でも退屈に感じてきましたよ。」
「う~む…確かにこうも戦局が膠着していると少し退屈であることも否めないな。」
「あれっ?」
「どうしたライトソー少尉?」
「あの~何か敵の攻撃音が止みましたよ。」
「何?…確かに敵の攻撃音がしなくなったな。」
ジェシカ達がいくら機体の集音マイクの感度を上げてもシーマリン王国軍の攻撃音を拾うことができなかった。
「どういうことだ?まだ夕方にもなっていないぞ?」
「隊長、もしかしたら奴らは今日一日を使ってこちらの戦力を測ったのでは?」
「あり得るな。では明日から本気を出すということかもしれんな。」
すると外壁の上が少しあわただしく騒ぎ出した。
「一体何がどうなっているんだ?
俺達も何時でも動けるように準備しておくぞ。」
「「了解!」」
「よし時間だ!全軍攻撃を中止して後退!」
ロッキー中将は全軍に後退を指示して帝国側に多少の衝撃を与えた。
(さてカインサー少佐、君の実力を見せてみたまえ。)
「よし、作戦開始。」
ユーリの号令で予め水路に潜っていたアリア、アズール、ドストエフスキーの三人は砦の内部へと進軍を開始する。そして…。
「行くよべリアル!」
「ええ、新しく綺麗になった私を見せてやるとしましょうか。」
シーマリン王国軍から一機のガイストが砦に向かって単機突貫してきた。
べリアルはシーマリン王国軍の整備のおかげでベヘモス戦の時よりさらにスピード上げ、滑らかな動きが出来るようになり、色も灰色ではなく青を基調として所々白いラインが描かれている。
何より目を引くのは左肩に第一独立ガイスト小隊のシンボルマークである海蛇が大きな口を開けているレリーフが貼られていた。
「何だあの機体は!?物凄い速度でこっちに向かってくるぞ!」
「たかがガイスト一機だ、どんなに速かろうと我々の防御陣とこの外壁を越えられる訳がない。
外壁上に展開しているガイスト及び魔法兵士部隊はあの機体を集中攻撃せよ!」
「了解!
へっ、たかが一機で何ができるんだよ!消し炭にしてやるぜ!
全てを燃やし尽くす地獄の業火よ、今再びこの世の物を焼き尽くせ!ヘル・ブラスト!」
「氷塊転じて全てを貫く槍となれ!アイス・ニードルランス!」
外壁上の帝国軍はべリアルに向けて普通なら直撃すれば一撃でガイストを機能停止に追い込めるような上級魔法を放った。
だがそれは当たればの話である。ただでさえ一般のガイストの二倍近い速度で動けるべリアルには当たらない。
「チッ、やるじゃねぇか。だがこの外壁がある限りテメェは中に入れねぇからな!結局蜂の巣になるしかねぇんだよ!」
更にべリアルに対する攻撃が激化する。
「行くよべリアル!」
「ええ、いつでもいいわよ。」
ユーリがペダルを思いっきり踏み込むとべリアルが跳躍する。それは32ルートの外壁よりも遥か高く飛び上がっていた。
「…はっ?嘘だろ?」
「ばかな!ガイストがあんなに高く跳べる訳がない!」
外壁上の帝国軍はべリアルの跳躍力に気を取られている。その隙にべリアルは腰に装着していた長い筒状の物を取り出して構える。
「おい何をしている!早くアイツを撃ち落とせ!」
「遅い。」
ユーリがトリガーを引くと筒状の物から数十発の鉄片が飛び出した。
鉄片は放射線状に広がり、そのまま外壁上の帝国軍に直撃し、陣形に僅かな穴を開けた。
「ぐわぁぁぁ!」
そしてその僅かな隙間にべリアルは着地する。
そして帝国軍とシーマリン王国軍の双方に沈黙が訪れる。べリアルは動かずにただ外壁上にたたずんでいる。
その姿はシーマリン王国軍側からは太陽の光を浴びて淡い青に輝き神々しく見え、帝国軍側からは逆光になり、影でその機体を黒く染め上げ、兵士に恐怖と畏怖を与える。
「な、何なのだアイツは。使った武器もただの魔法銃じゃないな。」
「何をしている!早く倒せ!」
外壁上の司令官らしき人物が声を張り上げて命令することによって外壁上の帝国軍がべリアルに武器を向ける。
だが帝国軍が攻撃するより先にべリアルが銃を構えて発砲する。そしてまた数十発の鉄片が帝国軍を襲う。
「何だあの武器は!?発砲音は一発なのにいまのでガイストが三機も破壊されたぞ!」
(ありがとうライナー。君が開発した新しい銃は僕によく合ってるよ。)
先程べリアルが発砲した銃はユーリの射撃能力の低さを考慮したライナーが新たに発明した銃で、ある程度狙いが外れていても命中するようになっていて、ライナーはショットガンと名ずけた。
「怯むな!各ガイストは盾を前面に構えて囲め!魔法兵士は後方に展開して詠唱を始めろ!」
(そろそろか。)
ユーリは帝国軍が攻撃するより早く外壁から跳んだ。だが外壁の外ではなく内側にである。
「ばかめ!外壁下の部隊に伝達!敵機が一機そちらに向かった!袋叩きにしろ!」
外壁上の司令官からの報告を下の司令官が受けた直後、ユーリ駆るべリアルが外壁下に姿を現した。
「来たぞ!各自囲んでせんめ…」
だが司令官が命中を飛ばす前にべリアルは既に司令官機の懐に潜り込んでいた。
そして背中に装着している長剣を一閃する。見事に腰のあたりで真っ二つにする。
「司令官!くそっ!皆の者かかれ!」
「ま、まて!隊列を乱すな!」
だが司令官の必死の指示もむなしく、外壁下の部隊は隊列を乱してべリアルに押し寄せる。
「指揮官を潰せば撹乱できると思ってたけど予想外だな、まさかこんなに乱れるとは。」
「何をいってるのよ来るわよ。」
「いや、確かに撹乱したかったけどこれはこれでかなりキツイよ。」
ユーリは愚痴を言いながらもべリアルを操り、敵の降り下ろす長剣や斧を受け流し、魔法をかわして扉の前まで後退する。
「へっ、一瞬で司令官を倒した時には驚かされたが数で攻めれば大したことないな。かかれ!」
一人の兵士がそう叫ぶと二十を超えるガイストがべリアルに押し寄せる。
「行くよべリアル!」
「準備は出来てるわよ。」
そしてべリアルが赤く発光し、機体の各所から魔力を放出するフィンが展開される。
「内蔵魔力を衝撃波に変換!半径50ルートに放射!オーラバースト!」
「何か様子がおかしい?全機一旦さが…!」
敵の一人が気づいた時にはもう遅かった。
べリアルを中心として凄まじい衝撃波が半径50ルートの範囲で巻き起こった。
「な、何だこれ!?う、うわぁぁぁ!!」
衝撃波は半径50ルート内にあるものを蹂躙していく、ガイストは一機も例外なく木っ端微塵に引き裂かれ、外壁も吹き飛ばしていく。
衝撃波がおさまる頃にはべリアルの後ろの外壁が跡形もなく吹き飛び、そして前方には粉々になったガイスト達と、それを呆然と眺める生き残ったガイストと一般兵達。
「な、何をしたんだあのガイスト…。」
「そ、そんな事よりが、外壁が壊されたんだぞ!あの帝国建国以来一度も破られたことのない外壁が!マズイぞ、すぐに総司令に伝えろ!」
「さて…これで僕の役目はほぼ終わりかな?
あとはアリア達が作戦通りに動いてくれれば問題無しだけど。」
「マスター!構えなさい!」
「!」
見ると敵の生き残りから一機のガイストがべリアル目掛けて猛スピードで迫っていた。
「よくも仲間を!絶対許さない!」
「ライトソー少尉!先行しすぎだ戻れ!」
「たああぁぁ!」
敵はべリアルに長剣を降り下ろす、そしてべリアルは再び背中から長剣を引き抜いて受け止める。
「くぅ、中々速い…。強いなコイツ。」
「私の初太刀を受け止めるなんて、只者じゃないわねコイツ。」
二機は鍔迫り合いの後に剣を切り結ぶ。
「速い…べリアルの性能が無ければ反応することも難しいかもしれない、それにこの太刀筋…どこかで見たことがある気がする。」
「私の太刀筋が見切られてる?そんな事ができる人なんて今までいなかったよ!」
二機が同時に長剣を降り下ろし、再び鍔迫り合いとなる。
「鍔迫り合いの力の込め方まで覚えがある…。
一体誰が乗って…はっ!」
その時ユーリの脳裏には金髪の誰よりも親しかった幼馴染みの姿が浮かんでいた。
「まさか…そんなはずは…まだ彼女達が卒業するのはずっと先のはず。」
「何を言っているのよ気を抜くと確実にやられるわよ!」
「…べリアル、接触回線を開いてくれないか。」
「ちょっといきなり何を言い出すのよ?」
「いいから開いてくれ!」
ユーリは自然と叫んでいた。
「何を考えているのかわからないけど…いいわ、開いてあげる。少し待ちなさい。」
すると五秒も経たないうちにべリアルが告げる。
「開いたわよ。さぁ話していいわよ。」
すると相手のガイストパイロットの音声が聞こえてきた。
「あと一押し、あと一押しあれば!」
(…やっぱりそうか、君なんだねジェシカ。)
コックピットの内部スピーカーからはあまりに聞き覚えのありすぎる声が聞こえてきた。
「ジェシカ!君なのか!?
もしその機体に搭乗していてこの声が聞こえるなら応えてくれ!」
ユーリは力強く声を張り上げて呼び掛けた、すると相手の機体が鍔迫り合いに込めていた力がだんだんと抜けてきた。
「うそ…ユー君なの?」
「やっぱり君なのか、ジェシカ。」
再び交わった二人の道、この邂逅は二人にとって幸か不幸かは恐らく神にも解らなかっただろう。