撤退戦
第十話
森林に響き渡る剣戟の音、あるものは長剣を振降ろし、あるものは長槍を突き出す。それをいなして更に追撃にでる灰色のガイスト、その一撃は細身の機体からは想像もつかないほど強烈で力強い斬撃だ、斬られた機体は行動不能にはならなかったが、長剣ごと右腕を切り裂かれる。
「次っ!」
べリアルは更に次の標的を見定めて攻勢にでる。いまだに撤退戦は続いていた。
約三時間前、同盟軍臨時防衛指揮所。
「ユーリ・カインサー、べリアルで只今帰投しました、武器の補給お願いします。」
「はーい、皆やるよー!よく帰って来たねユーリさん、少し休んだほうがいいよ。幸い今はアヴァロン軍が食事中らしいから。」
「そうかい?じゃあ整備が終わるまでコックピットで寝てるよ。」
「駄目です!降りてくださいユーリ殿!」
「あっ、姉さん。」
「もうかれこれ20時間も連続で動かしているんですからちゃんと降りて休んでください!」
すでにアヴァロン軍との戦闘が始まって丸1日経とうとしていた。
「大丈夫だよアリア、べリアルはまだまだやれるよ。それに敵がいつ来るかがわからないからここから降りることは出来ないよ。」
「ですから!私が心配してるのは機体じゃなくて、…その…貴方の体のことです。」
アリアの声が段々と尻すぼみになる。何故かライナーの目が光る。
『こちら非戦闘員護衛隊、前線基地、応答してくれないか。』
非戦闘員の逃走の指揮を執るマランツから通信が入る。
「はーい、こちら前線基地のライナーです。どうかしました?」
『どうだ敵の動きは?』
「今はまだ嵐の前の静けさみたいですが、恐らくこれから動き出すでしょう。こちらもそちらの状況が知りたいです。」
『まだまだかかりそうだ。恐らく全員が国境を越えるのはあと六時間というところだろう。』
それを聞き終えるとライナーは通信機を置く。
「少なくともあと六時間は敵を惹き付けておかないといけないらしいです。」
「あと六時間…ライナー君、私の機体の修理はいつ終わるの?」
「おいおい姉さ~ん、姉さんの機体は一番損傷が激しかったんだよ、だから後回し。」
「ライナー君ならすぐに出来るでしょ。」
アリアは少しいたずらっぽく微笑んで言う。
「そういう僕だから出来るって言うのは止めてよ、僕の体は一つしかないし、整備員の皆もこれ以上酷使すると皆過労死するよ。だから我慢しなさい。」
「勘弁してあげてよアリア、ライナー達は普通なら十時間かかるべリアルの整備を四時間で終わらせてくれたんだから。」
そう、何故ユーリが早く戦場に姿を表せたのかと言うと、ライナー達整備員の頑張りがあってこそだった。
「とりあえず非戦闘員達が国境を越えるまでこの地点を抜かれる訳にはいかない。それまでは僕がここを死守するから君達も早く撤退して、アリアの部下も手伝ってくれるし。」
「そうですよ隊長、こっちのことは気にしないでください。」
「今度はさっきのようにはいきませんよ。」
かなり状況は厳しいが全体の士気は高い。恐らくべリアルがいることが心の支えになっているのだろう。
「そうだね、じゃあお言葉に甘えて僕達整備班は撤退するよ、姉さんはどうする?」
「…わかりました。撤退します。今私が残っても邪魔になるだけですから。」
アリアは少しうつむきながら退くことを決意した。
同盟軍の前線基地から少し距離を置いてラツィオ率いるアヴァロン軍は陣取っていた。
「ラツィオ様!敵の一部は国境付近まで逃げています!奴らを逃さないように今すぐ戦力を分けるべきです!」
ラツィオはそう進言した部下を手で制して言う。
「たとえ神様に刃向かう反逆者でも非戦闘員を虐殺するなど私の美学に反する。」
「ですがこのままみすみす見逃せと!?」
「くどいぞ、我々は誇り高きアヴァロン神軍!これしきの相手など正々堂々正面突破出来ずに何とする!よし、休息は終わりだ!全軍突撃だ、この機会に奴らを殲滅する!」
「は、はい!」
「それで整備班よ、ベヘモスの整備は万全か?」
するとラツィオの手元にある魔力通信機が音をだす。
『はい、万全です、いつでも全性能を引き出せます。』
「そうか、ついに私のベヘモスを使う時が来たようだな、久々の前線だ…腕が鳴る。」
「斥候より報告!敵軍が全軍進軍を開始しました!ガイストが30機、その内1機は正体不明!」
状況が動き出す時はいつも突然だ、例に漏れず今回も敵は突然動き出す。
「来た!全員ガイストに搭乗してフォーメーションを組む!僕がべリアルで前に出るから皆さんは魔法小銃で援護を。」
「了解!!」
(先程までの戦闘で敵のガイストを10機近く撃破しているが敵は大隊規模、恐らくまだ30機近く戦力を残していると思っていたけど…当たっちゃったな。)
「マスター、今回ばかりは私達の全滅を覚悟なさい。」
「どうしたんだいべリアル?戦う前から弱気でどうするんだ?」
「相手の中に四千年前の機体、それも私と一番相性の悪いベヘモスがいるわ、この距離まで近づいてやっと気づいたわ。」
「ベヘモス…一体どんな機体なんだい?」
「重装甲、それに尽きるわね。私達の中でも最強の防御力を持ち、何をも突き通さない盾を持っているわ。」
「何をも突き通さない盾?」
「そう、いかなる武器を使っても決して壊れない絶対不破の盾、それを自分の周りの一方向にのみ展開が可能よ、更に分厚い装甲に加えて装甲に磁力が付与されていて並みの攻撃は弾き返すわ。」
「…どのみちここを通しちゃいけないんだ、どうにかしよう。」
「わかったわ。私だってまだまだ死にたくないもの。」
「敵部隊目視!突撃して来ます。」
「!、行こう!」
報告を聞き終わるとユーリはべリアルのペダルを踏み込み機体を跳躍させる。そして敵部隊のど真ん中に着地させる。
『何だこいつ!あそこからここまで400ルートはあるぞ!なんて跳躍力だ!』
敵軍のガイストが呆けている僅かな時間にべリアルは片刃の長剣を引き抜いていた。
「まず一機。」
長剣を突き出して相手のコックピットを貫く。
そして片手で腰の銃を引き抜いて背後に向けて発砲する。
『ぐわっ!よくも左腕を!」
「流石にこの距離なら見なくても当たるか。」
『敵は一機だ、囲んで倒せ!」
「それを待っていた!行くよべリアル、オーラバースト!」
べリアルの周りに衝撃波が渦巻く、衝撃波は一瞬で敵を6機も撃破する。
『こいつ…、強い。距離を取れ!』
敵軍はべリアルから距離を取る。
「いい、一度内蔵魔力を解放すると数十分は使えないから気をつけなさい。」
「わかった、でも今の攻勢でもう2、3機は叩いておきたかった。」
敵はユーリの予想より残っていた。
「とりあえず数を減らすよべリアル。」
ユーリはべリアルを敵に向けて突撃させる。
『魔法攻撃始め!奴を近づけるな!』
『全てを燃やし尽くす地獄の業火よ、今再びこの世の物を焼き尽くせ、ヘル・ブラスト!』
敵ガイスト数体がべリアルに向けて火球を放つ。
だがその火球はべリアルを傷つけることなくべリアルに吸収される。
『なっ!魔法を吸収するだと!』
「遅い!」
敵に迫ったべリアルは長剣を振り抜き敵を真っ二つに切り裂く。
『この野郎!』
更に二機がべリアルを襲う。その内の一機の右腕を切り飛ばして更にもう一機の機体を蹴り飛ばす。
「次っ!」
ユーリはべリアルを次の標的へ向けて突撃させようとするが踏み留まる。
何故ならばべリアルの先の地面を美しく装飾されたランスが貫いていた。
「何だ!凄い勢いでランスが飛んできたよ!」
「おいでなさったわよ。」
『ふっ、神様が私に出撃を命じたのは貴公の相手をさせるためか。成る程、確かに一般機には荷が重いか。』
『ラツィオ様!危険です、さがってください。』
『よい、こやつの相手は私がしよう。お前達は巻き込まれないように距離を取っていろ。』
『はい!全軍一時後退!』
敵軍は後退を始めるが代わりに一機のガイストがべリアルの前に姿を現す。
その全長はべリアルと大差ない15ルート程度だが大きな違いは細身のべリアルに対してずんぐりと太ったように丸みを帯びたフォルムに双眼のフェイス、そして極めつけは戦闘には全く関係ないであろう華麗な白を基調とした装飾、胸部には恐らく家紋と思われる紋章が刻まれていた。
「…許せない…。」
「うん?どうしたのべリアル?」
「可愛いベヘモスをあんな、あんな目がチカチカするような色に塗り替えて…マスター、あのパイロットを殺してやりましょう!」
「う、うん。何かいつもより気合いが入っているね。」
『我が名は神様より称号を賜りし[七聖諸侯]の一つピーク家の第59代目当主ラツィオ・ピークである!貴公の名を聞こう!』
「何だ?僕の名前を聞いているのか?状況をわかっているのか?」
『どうしたのだ?反逆者とは言え貴公達は信念を持っているのだろう?私は信念を持った人間は敵味方関係なく敬意を持って接することにしている。さぁ名前を言いたまえ』
「…ユーリ・カインサー。」
『いざ尋常に勝負!』
「来る!」
べリアルはベヘモスに対して長剣を振り降ろす、ベヘモスはその体躯故に素早い動きが出来ない、ユーリは(貰った)と思った。だが…。
その長剣はベヘモスに届くことは無かった。何故ならばべリアルの長剣は青みがかった透明なシールドに阻まれて空中で静止していた。
「な、何だ?」
「これがベヘモスの絶対障壁よ、どんな攻撃も通さない完璧なバリアよ。」
『いい一撃だが当たらねば意味はない。次はこちらの番だ。』
ベヘモスはバリアの一部に穴を空けてそこからランスを突き出す。べリアルは長剣で突きを受けるが後方へ飛ばされる。
「なんて重い一撃なんだ!軽いとは言えガイスト一機をこんなに飛ばせるのか!?」
「当然よ、あの重装甲の重さに耐えられるようにベヘモスのフレームや関節、機械筋肉は私達の中でも一番のパワーを誇るわ。」
『むぅ、今の一撃を受け止めるとは驚いた。てっきり機体の性能に頼ったパイロットかと思っていたが違うようだな。ならこれならどうだ?』
するとベヘモスはバリアの形を変形させ始める。
「来るわ!跳ぶかしゃがみなさい!」
べリアルにそう言われる前にユーリの強化された五感は危険を感じとり体は反射的に機体をしゃがませていた。するとすぐさま今まで体があった場所を長く変形したバリアが通過していた。
『成る程、これもかわすのか。』
「い、今のは一体?」
「ベヘモスの厄介な点はあのバリアは思い通りの形に変形できて、更に一方向ならどこまでも伸ばすことが可能な点よ。絶対障壁は防御だけじゃなくて伸ばして攻撃も出来るのよ。」
すると当然べリアルの後方から魔法がベヘモスに向かって放たれ、ベヘモスに直撃する。
「やっぱりバリアは一方向にしか出せないらしいな!ユーリ殿、皆で攻めればいけます!」
「私達が後方より援護します。」
「皆さん!ありがとうございます!」
ユーリの後方に同盟軍の機体が展開する、だがそれがラツィオの逆鱗に触れた。
『我の決闘を邪魔するというのか…美しくない!』
ベヘモスはバリアを前面に展開してユーリ達に向かって突進を始めた。
「あれを受け止めてはいけないわ!擦っただけでもアウトよ!必ず避けなさい!」
「皆さん、避けてください!」
ユーリ達はベヘモスの突進を軽くかわせると思っていた。だがベヘモスは急激に加速した。
「何だあの加速は!?」
『遅い!』
べリアルは持ち前の俊敏さで突進をなんとかかわしきったが、同盟軍の機体はそうはいかなかった。ベヘモスの超重量はそれをぶつけるだけで凶器になる。ベヘモスの突進を喰らった機体は例外なく木っ端微塵に吹き飛ばされ、ベヘモスが通った場所は木はおろか草花一つ残っていなかった。
「あんな急加速が出来るなんて、それにさっきの魔法攻撃もかなりの威力だったのに無傷なんて…どんな磁力なんだ。」
「生半可な魔法や攻撃は全く効かないわ、なんとかあのバリアをかわして渾身の一撃を叩き込むしかないわ、それでもあの磁力装甲を破れるかは五分五分ね。」
「因みに聞くけど四千年前に神はどうやってベヘモスを倒したんだい?」
「…ベヘモスの周りに炎を展開して中のパイロットを蒸し焼きにしたのよ。」
「そんなことは出来ないから…厳しい戦いになるな。」
べリアルはベヘモスと向かい合い長剣を構える。
『さぁ第二回戦といこうか?』
ベヘモスもランスを構える、二機の果たし合いはまだまだ始まったばかりだ。
アリア達は順調に撤退していた。後方からは微かに轟音が聞こえる。
「どうやら始まったようだね、間違っても戻ろうなんて思わないでよ姉さん。」
「わかってます。今私が行っても足手まといになるだけだから…。」
だが言葉とは裏腹にアリアの心中は複雑だった。
「まぁ姉さんの気持ちも解らない訳じゃないけどね、僕達整備班はいつも送り出す側だから皆が戻って来るまで不安だからね。」
アリアは自分の気持ちがライナーに簡単に見透かされたことに驚いた。
「何で解ったの?って顔してるけど姉さんは昔から任務の時以外は感情がすぐに顔に出るから気をつけたほうがいいよ。」
ライナーにそう指摘されてアリアは少し恥ずかしくなる。もしかしたらこれまで色々な場面で感情が出てたと考えると穴があったら入りたくなってきた。そんな時だった、手元の魔力通信機が着信音を鳴らす。
「はい、こちらアリアです。」
『おお、無事だったかアリア、非戦闘員護衛隊のマランツだ。たった今国境を越えてシーマリン王国の国境基地に到着した。君達の救助もしてくれるらしいぞ。」
先に撤退していたマランツ達からの撤退成功を伝える通信だった。
「本当ですか!?それでシーマリン王国の救助隊はあとどれくらいで来てくれるんですか?」
『なるべく急ぐらしいが何より急な出来事だったからな…早くて二時間だろう。』
「了解しました。ユーリ殿達にも伝えます。」
アリアは通信を切るとべリアルに通信を繋げる。(べリアルは魔力を吸収して動くので、同じ理屈で通信機も使える。)
「ユーリ殿、応答願います!ユーリ殿!」
アリアが呼び掛けると少し間を空けてユーリが通信に答える。
『アリアかい!?今は通信に答える余裕がないんだ!』
通信機から返ってきたユーリの声は予想以上に切迫していた。
「どうしたんですか!?一体そちらで何があったんですか!?」
『敵勢力の特殊ガイストと交戦中!すまない、君の部下達を全滅させてしまった。』
アリアは信じられなかった、いくら相手の機体が新型とは言え鍛えぬかれた自分の部下が簡単に死ぬとは思えなかったからだ。
『目の前の戦闘に集中するから通信を切るよ!』
そう言ってユーリは一方的に通信を切る。
「どうしようライナー君!状況はかなり悪いみたいだよ。」
「みたいだね、レーダーを広範囲に切り替えたけど見るかい?」
ライナーに促されるままにアリアはレーダーを覗き込む。
「青い点がべリアルで赤い点が敵だよ。妙だな、まるで一騎討ちをしてるみたいにべリアルと向かい合ってる機体以外動いていない?」
「その一つだけ大きな赤い点は?」
「多分これがユーリさんがてこずってる相手だろうね。大きく見えるのは使ってる動力が特殊なんだろうね。」
「そしてどっちが優勢なの?」
「よくわからないけど多分相手じゃないかな?べリアルは相手の機体にダメージを与えられてないみたいだ。」
それを聞くとアリアは魔動車から飛び降り、もと来た道を引き返し始めた。
「姉さん!駄目だ、戻るんだ!」
「このままじゃユーリ殿が死んでしまうわ!例え何もできなくても何かアドバイスが出来るかもしれない。」
「ああ~っもう!皆は先に行ってくれ!待ってくれ姉さん!」
ライナーは魔動車を反転させてアリアを追う。
「乗って!そんな速度じゃ間に合わない!」
「いいの?ライナー君!」
「こういう時の姉さんはてこでも動かないからね、何年姉さんと姉弟やってると思っているんだい?」
「ありがとう、恩にきるわライナー君。」
彼女達はまだ知らない、自分達がこの戦いにおいて重要な役割を果たすことになると。
「せいやぁ!!」
べリアルはベヘモスの周りを円を描くように回り、渾身の一撃を叩き込む。だがベヘモスはそれを絶対障壁でいとも簡単に防御する。
『無駄だ!ベヘモスの最大の欠点であるスピードを補うためのシールドでもあるのだ。』
お返しとばかりにベヘモスもランスを突き出す。べリアルはまたもやそれを長剣で受け止めて後方へ大きく飛ばされる。
「やっぱり一機だけじゃ虚を突くのも難しいな。速さで攪乱する戦法もあのパイロットの前には通じないらしい。」
「それにそろそろ武器の耐久性も限界が近いわ、何か突破口を開こうにも私達だけじゃね…。」
『私の虚を突くつもりだろうが何度も同じ戦法で来ても無駄だ。私は今これまでにないほど集中している、貴様の動きは全て見落とさないぞ。』
ユーリ達は完全に攻めあぐねていた。ベヘモスの絶対障壁に全ての攻撃を受けとめられ、動きが止まった所をランスで攻撃されて後方へ下がる。
これをもう何時間も繰り返し続けていた。
『だがこうも決まりきった攻撃ばかりでは華がないな…どれ、私が仕掛けてみよう。』
急にベヘモスの雰囲気が変わり、突撃の体勢をとり、突撃を始める。
「来た!かわすよ!」
べリアルは俊敏さを生かして空高く跳躍する。
『フッ甘い!』
だがベヘモスは突撃をやめて急停止し、べリアルめがけてランスを投擲した。流石にこれはユーリも予想していなかった。するとユーリは突然妙な感覚に襲われた。
急に周りの景色がゆっくりと見えだしたのだ。
(何だ?周りがゆっくりと流れていく?ランスもあんなに遅かったのか?)
とりあえずユーリはべリアルを操り、機体の体をよじってランスを紙一重で回避する。
「今の感覚は?」
「前にも言ったはずよ、貴方は肉体と五感が強化されているのよ。集中すればあのランスを見切るのは不可能じゃないわ。」
「こればかりは身体を作り替えてくれたことに感謝するよ。」
べリアルは長い滞空時間を経た後に着地する。
『今のは少し驚かされたぞ、まぁあれでやられるようなら期待外れではあるがな。』
再び二機は互いをにらみ合う。
(さぁこれからどうする?いまだにベヘモスに有効な攻撃方法が思い付かない。)
するとべリアルの通信機が着信を鳴らす。
『ユーリ殿!大丈夫ですか!?』
「アリア!?どうしてここにいるんだ!整備班の方々と撤退したんじゃなかったのかい!?」
『まあまあそんな事言わずに話を聞いてくださいよユーリさん。』
「ライナー…君まで、早く撤退してくれ!何処にいるか解らないけど戦いに集中出来ない!」
ユーリはアリア達に撤退するように促すが…。
『嫌です!貴方を私達の戦いに巻き込んだのは私です!だから貴方が戦いで死ぬのなら私も一緒です!』
「アリア…ありがとう、でも!」
『まぁ姉さんの言うことは気にしないで、ちょっと感情が昂ってるだけだから。それよりユーリさん、まだ銃弾が残っているなら一回あのベヘモスに向かって撃ってみて。』
「…解った。やってみる。」
べリアルは長剣を鞘に納めて代わりに腰にマウントしてある銃を装着してベヘモスに向ける。
『むっ、魔法小銃か、小賢しい。』
ベヘモスは機体正面に絶対障壁を展開させる。
そしてべリアルは銃を発砲するが、銃弾は障壁に衝突して弾かれた。
『…成る程…そういうことか。』
「何か解ったのかい?」
『ああ、あのバリアの仕組みが解ったよ。』
「何だって!?」
『流石ライナー君ね、今ので本当に解ったの?』
『単純に言うと恐らくあのバリアは強い電気の流れを一秒間に数万回反転させることによって乱れた磁場を生み出すんです。一種の停滞空間が生まれて恐らくどんなエネルギーにも反発して理論上破壊するのは不可能だろうね。』
「そんな…本当に打つ手がないのか。」
『バリアを破壊することはできなくても中和することは可能だと思うよ。』
「ち、中和?」
『簡単なことさ、あのバリアを形成している電磁波と全く逆のサイクルをぶつけてやればいい。問題は逆のサイクルを弾き出す時間と作り出す装置だが…。』
「…べリアル、今内蔵魔力は解放できるかい?」
「ええ、充填は完了しているわ。でもどうするのかしら?」
「内蔵魔力をあのバリアに変換できるかい?」
『そうか、べリアルさんがあのバリアを形成できるならちょうど同じサイクルで、しかも向かい合って鏡のようになっているから逆の回転だ。』
「出来るかい?べリアル。」
「…出来ないことはないわ。私の内蔵魔力は変幻自在よ、でも魔力を普通の魔法に変換するならまだしもベヘモスの障壁は特別な器官が精製しているの、もしその器官なしに障壁を展開するには莫大な魔力が必要よ。」
『つまりどういうことなんだい?』
「たとえ展開できてもほんの少しよ、それでもやるの?」
「やろう!僕に考えがある。」
「聞かせて貰おうかしら。」
「……ということさ。」
「…それは賭けね、それもかなり分の悪い。」
「やらないよりましさ。行こう!」
べリアルは銃を腰にマウントして再び長剣を構える。
『そろそろ終わりにしよう。なかなか楽しめたぞ。』
ベヘモスは前面に障壁を展開して突撃の体勢をとる。対するべリアルも突撃の体勢をとる。
『フッ、潔いな。良かろう…今楽にしてやろう!』
べリアルとベヘモスはほぼ同時に突撃を始める。そしてべリアルが長剣を突き出してベヘモスの障壁に刃先が触れる瞬間。
「内蔵魔力を障壁に変換!長剣の刃先に集中展開、オーラバースト!」
べリアルの長剣の刃先に青みがかった透明なシールドが展開される。そしてべリアルの長剣がベヘモスの障壁に触れると、刃先は障壁を突き抜けて互いの突撃の勢いを利用してベヘモスの磁力を纏った装甲を突き破り、深々と突き刺さる。
『やった!…あっ!』
だが互いに突撃していたため、結局は互いの機体は衝突し、ベヘモスは真っ直ぐ突き進み、べリアルは吹き飛ばされた。
「ぐうぅぅ!何て威力だ!」
「運がいいほうよ、バラバラに為らなかっただけありがたく思いなさい。」
べリアルのコックピット内は各警報がけたたましく鳴り響いていた。
そして機体は地面に叩きつけられる。
「うっ、まだ大丈夫かい?」
「何とか両腕は動かせるわよ。」
ベヘモスは真っ直ぐ突き進み、そして止まった。
『フッフフ、フハハハハ!凄い、凄いぞ!このベヘモスに傷をつけたガイストは貴様が初めてだ、もう少し深く突き刺さっていたら駆動系をやられていたぞ。』
ベヘモスは腹に刺さった長剣を引き抜き、投げ捨てる。そして横たわったまま動かないべリアルに歩み寄る。
『久しぶりに楽しめた戦いだったぞ、貴公のことは一生忘れないだろうな、だがこれで終わりだ、安らかに眠るがよい。』
ベヘモスは左腕でべリアルの頭部を掴んで起こし、右腕の拳の先に障壁を展開させる。
「この時を待っていた!」
べリアルは素早く腰の銃を片腕で掴み、そのまま先程の攻撃で出来たベヘモスの装甲の穴に銃口を押し当てる。
「喰らえ!」
べリアルは引き金を引いて銃を発砲する。放たれた銃弾はベヘモスの駆動系を撃ち抜いた。
『な、何だと!まだ動けたのか!?』
ベヘモスのメインカメラから光が消えて全身の力が抜けて膝まずく。
そしてべリアルその場に立ち、ベヘモスに銃口を向ける。状況は完全に逆転した。
『やった!勝った勝った!凄いですユーリ殿、あの機体を倒すなんて!』
アリアは目に涙を浮かべて喜んでいる。だが…
『まだ安心するのは早いよ姉さん。』
ライナーは冷静だった。
『ラツィオ様!大丈夫ですか!?』
『今お助けを!』
そう、一騎討ちを傍観していたラツィオの部下のアヴァロン軍が動き出した。
『ユーリ殿!マランツ様達は無事に国境を越えました!だから撤退してください!』
「ゴメン、もうべリアルの足が限界なんだ、最後まで時間を稼ぐから二人共撤退して。」
『そ…そんな…。』
ユーリはここで撃墜されることを覚悟した、モニターの端でアリアの叫ぶ様子が見えるが気にならなかった。徐々に圧倒的多数のアヴァロン軍のガイストが迫る。だが彼らがべリアルと接触することは無かった。
突如両者の間に氷魔法が降り注ぐ。
『「何だ!?」』
『アヴァロン軍よ兵を退け!我等はシーマリン王国第二ガイスト大隊である!貴様らが撃ち取ろうとしている機体は我等の同胞である!直に攻撃を止めなければ我等はこの戦いに介入する!』
『シーマリン王国だと?貴様ら反逆者の肩を持つ気か?』
『黙れ!何と言われようとその者とガイストは我等の同胞だ!退け!』
『…退け、お前達。』
『ラツィオ様!一体何を!?』
『我等は負けたのだ、私のことはいい、撤退せよ、これは命令だ。』
『し…しかし…わかりました。貴様ら覚えていろよ!このことは神様に報告するからな!』
アヴァロン軍は撤退していく、そしてその場にはべリアルとシーマリン王国のガイスト大隊が残された。
「た、助かったのか?」
『危ないところだったな同志よ。君のことはマランツという男から聞いている。一先ず足を損傷しているようだから我等の砦まで運ぼう、話はそれからだ。』
突如現れた新たな勢力により戦闘は終った。
こうして後にレイスト大森林の撤退戦と呼ばれる戦いは終結した。