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青い恋

最近夕方時の利用客からのご飯がおいしいという声が評判になり、平日夜のリピーター客が増えてきた。それほど大きくない店内でも、回転率が高ければそれなりに忙しい。この一見すると古臭いとしか感じない新しくできた店に夕食代わりに来店する人が増えてきたことで、料理人兼オーナーとフロア担当の二人でやっていたお店も、夜だけのアルバイトを一人雇うことにした。

「私、告白しようと思うんですよね」

アルバイトとしてやってきたのはもうすぐ高校を卒業して大学生になるという18歳の女の子、怜亜だ。夕方5時から9時までの4時間、水曜から土曜日の4日間に入ってもらっている。

現在の時刻は夕方の5時をすぎたところ、都心から電車で30分ほどにあるこの町の店に人が入り始めるのは6時を回ってからだ。

「え、そうなの!?怜亜ちゃん好きな人いるんだ!」

興奮で飛び上がりそうになる心を押さえつけながら食器を磨いていた私はお店のテーブル拭いている怜亜に向かって答えた。

「同じ学校の子で、2年の時に同じクラスになってからずっと仲良しの子がいるんです。もうすぐ卒業だし、告白してあげようかなって。青春でしょ。」

「うん、青春だね」

告白したい、じゃなくて告白してあげるってどういうことだろ、なんて少し頭をよぎったが、すごく誇らしげにしている怜亜にむかって相槌をうった。奥の店長から色恋話はあとにしろよー客がくる、と言われておしゃべりもそこそこ、準備に戻った。

まだ3月上旬だが、怜亜の通っている県立の高校は一般生徒の大学受験などもあって、すでに自由登校の日々らしい。怜亜自身は学校推薦で私立大学に早々に入学を決めているらしく、時間を持て余していたらしかった。入学予定の大学へ何度か行った際に電車からみえたこのお店が気になり、のぞきに来たところバイト募集の張り紙に気が付いたらしい。そもそも80年代からベットタウンとして発展したこの町は20数年前こそ若い世代で昼も夜もにぎわっていたが、今では数年前にできた隣町に若い人は移ってしまい、今では長年住んでいるリタイア世代の夫婦と新たに建てられた社会人向けの一人暮らしの建物が増えてきたくらいだ。電車から見たのならただの古いお店にしか見えないと思うのだけど、どうしてこのお店が気になったかはよくわからない。


数日後、3月も中旬に差し掛かろうとしていたときだった。

「振られましたー」

大きな声でちょっと怒ったように言いながらお店の扉を開けたのは怜亜だった。

「え、ちょっと怜亜ちゃん!?」

時刻は夕方4時、いつも5時少し前に来る怜亜はいつもより早くお店に来た、確か一昨日卒業式を迎えたはずだ。卒業式前は学校での練習や準備があると言って、“告白する”という宣言をした日以降バイトを休んでいた。今日の土曜から再開することになっていた。

店の中は開店したばかりで、お客さんは誰もいない。代わりに、こまごました備品を配送してくれる顔見知りの業者さんが納品書を由美子に手渡しているところだった。

大きな声をかけながら入店した怜亜に業者のおじさんはびっくりしたようだったが、

「そりゃぁ残念だね。おじさんと付き合うかい。」

と軽口をかけてきた。

「ごめんなさい」

「はは、俺も振られたー」

怜亜と会話をしながら店を出て行った。

「どうしたの、いったい」

先ほどの業者が持ってきた備品を奥に運びながら由美子が怜亜に向かって尋ねた。

「おーい、お前ら。今のうちにちょっと何か食べるか。」

厨房から仕込み中のオーナーの声が聞こえてきた。


「で、河川敷に呼び出したんですよ、卒業式の次の日。昨日の午後。」

簡単に着替えをする怜亜を待つ間に由美子は今日のメインを黒板に書き終え、テーブルセットをし、すべての準備を終えて待っていた。そして、お客が入るまでのわずかな時間、二人でオーナーが作ってくれた特製ベーコンのサンドイッチを食べることにした。

「もともと、3年のクラスは違っていたから。自分のクラスは卒業式の後、また集まってご飯食べに行くことにしてたから、卒業式の日はそのまま別れて。」

説明するのは苦手なのか、たどたどしくも一つ一つ確認するように話はじめた。

「それで、次の日の午後、昨日、河川敷に来てもらったんです。別に、場所はお互いの家の真ん中がそのあたりだったから。それで言ったんです。」

目が少し赤くなってきていた。

「そしたらどう反応したと思います。ものすごい濁してはっきり言わないんですよ。うんとも、いやとも。だから私と付き合おう、楽しいよって精一杯アピールしたんですよ。そしたら、さんざん渋ったあげく、別に好きな人がいるからって。」

一呼吸終えて改めて言った。

「私より好きな人がいるからって。」

カウンターの隅に座る怜亜の少し赤くなった横顔を眺めた。

「私知らなかった。あんなに私と仲良かったのに、絶対彼も私を好きだって思ってたとのに。こんな、馬鹿にされたことないです。」


「なんで、なんで私じゃだめだったの?くやしい。」

ついに泣きだしてしまっていた。

「お前ら、そろそろ客がくるぞ。」

オーナーが声をかけてくる。

「はい、でもオーナー、怜亜ちゃんが。」

「おい、なんだよ。どうしたんだよ。」

「すみません、ちょっと話聞いてたんですけど。」

「さっきの、失恋がどうとかいうやつか。」

「あ、はい。」

「仕事に支障きたさせんなよ。」

「すみません、私の責任です。今日は私がんばるので、怜亜ちゃん帰してもいいですか」

怜亜も必死に泣きやもうと声を押し殺していた。オーナーなそんな様子をみて、ふーっと一言息をついて言った。

「な、失恋ソングが多い理由って知ってるか。」

オーナーが感情を隠すような落ち着いた大人顔になった気がした。

「失恋ソングが多い理由て、やっぱり売れるからなんだよ。歌詞やメロディので表現することに共感する人が多く、何がだめだったのだろう、とその歌詞や状況に感化されて冷静に考えることを人がするからだと思うんだな。特にさ、若いうちの恋愛って、それにのめりこみやすいけど、でもそれでも失恋したら、悲しくなって、悲しいって感情が終わったら冷静になると思うんだ、熱中していた自分とは全然違うと思うんだよ、そしてそのときに思うんだよ。自分はどうしてそうなったのか。って。」

「何が言いたいんですか」

少しとげのある声で怜亜は聞いた。

「いや、失恋ソングでも聞いたらいいんじゃないかなってことで」

オーナーはいったん区切って続けた。

「ま、あとは人の不幸は蜜の味ってことかもね。」


何不自由の無かったであろう怜亜の人生を思った。

「前のお客さんでさ、すごいこと言ってる人いたんだよね。」

オーナーの話が区切られたあと、自然と口からでていた。

「目の前の現実から目をそむけてはいけない。」

前に人生の大先輩が教えてくれたことだった。これを教えてくれたあの人は今も元気でいるだろうか。と少しうわの空で思った。

「だからさ、くやしくってもそれが現実ってこと。それで何がだめだった」

「やっぱり今日帰らせてください。なんだかとっても泣きたいです。お二人が悪いんです。」

「いや、やっぱり帰さない。失恋くらいなんだい。現実を見ろ、とは言ったけど反省はしても悲観的にとらえてはいけないよね。」

泣きわめく怜亜だったが、由美子もオーナーもわかっていた、これは子供的なわがままな自分、傲慢な自分を怜亜も感ずいていて、それで最後のあがきをしているのだろうと。ここで甘やかしては大人になりきれない。人生の先輩として、また怜亜にはまだ恋愛に対して、自分が優先のようだった。せめて仕事と自分では比べてほしくないものだ。


数日後、怜亜がまたバイトにやってきた。

「由美子さん、オーナー聞いてください。私、この近くで兄と二人暮らしをはじめることになったんです。」

「え。そうなの。だって、怜亜ちゃん家ここから2駅だったよね。学校だってそんなに遠くないでしょ。」

「そうですが、父が転勤になって。転勤先の近くに母の実家があって、おばあちゃんも一人暮らしだし、母もついていくことにしたのです。で、私は一つ上の兄と一緒に残ることに。」

「そうなんだ。」

「新しい生活楽しみですよ。料理もがんばろうと思って。オーナー教えてくださいね。」

「はは、由美子は料理だめだからな。怜亜が厨房少し手伝ってくれたら俺は楽になるなぁ。」

「はい、任せてください!それに、新しい生活って新しい恋が待ってる気がしませんか」

「失恋したばかりだっていうのに、元気だね。」

「ちゃんと失恋の歌でも聞いたのか」

「もちろん。私、次はがんばりますよ。」


怜亜の異様に早い立ち直りに少し困惑しながらも明るさを取り戻した怜亜は魅力的だった。これからいい恋をして大人になっていってくれるだろう。

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