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パーフェクトダンジョン経営教室(他人任せ)

ジェイは己の幸運に感謝をしていた。

公爵家の息女、リズレルク・ラルの専属家庭教師になれたという幸福にだ。


ジェイの家は子爵だ。おまけに三男坊ときた。家の後を継ぐこともできない。

騎士としての武功の才能もない。顔も地味ったらしい、そこらにいそうな石ころ同然。唯一の取り柄が勉強のみ。六年前に卒業した学校では首席で卒業した実績を持つほどだ。


本来であれば、様々な就職先が選べる身分であったのだが、ある事件以降、ジェイはまるでゴミを見るかのような目で見られ、婚約者には捨てられ、実家からは僅かな手切れを渡され縁を切られた。


いっその事商人にでもなろうと思い立ったが、既に己の情報が根回しされているのか、とことん断られた。日雇い仕事で何とか、毎日を凌いでいたが、このままでは、ホームレスとなり、スラムで命尽き果てるか、それとも王国を出て、外国で一から頑張るか……何をする気力もない所に希望の光が射したのは、学生時代の恩師である教授が訪ねてきたことだった。


なんでも公爵家の娘の家庭教師を探しているらしく、白羽の矢が立ったのがジェイだったのだ。


ラル公爵は、今年で三歳になる娘を大そう溺愛しているそうだ。そんな娘に家庭教師を付けようと思い立ったらしいが、条件がかなり厳しかったらしく、それを満たした人物であっても、一週間もかからず、辞職しているらしい。そこでジェイの出番であった。問題はあるにしても、ジェイの頭の良さは歴代首席の中でもトップクラスである。今回の件は逆に問題のおかげでジェイが選ばれたのだ。


「ジェイ・アーロング君。君が起こしてしまった件は確かに大きな問題であった。

しかし、それで君がここまで追い詰められているとは思わなかったし、私を頼ってくれなかったのも悲しい。だが、この仕事を引き受け、見事成功すれば、必ず君は華々しい人生に舞い戻れる。私が保証するよ――」


恩師の依頼にジェイは飛びつくしか出来なかった。

なけなしの金で身支度を整え、公爵家に訪れた。


何故前任者が解雇されたのか、恩師は説明をしてくれなかった。

しかし、ジェイはやり通すつもりだ。


ラル公爵に直々に出迎えられ、恐縮しながらも、公爵の話を聞いて納得した部分もあったが、理解できない部分もあった。


「貴方がアーロング殿か! いやはや、歴代首席の中でもトップの成績で卒業をした日を私は忘れておりませんよ」


公爵は友好的に握手を求めてくる。ラル公爵は、その身分でありながらとても若い。ジェイの一つ年下であったか。恐縮しながら、ラル公爵と握手し、どのような事を主軸に教科を教えていけばいいか、訪ねた。ラル公爵は笑顔で答える。


「なに、簡単なことですよ。ダンジョン経営とやらについて、教えて貰いたいのですよ」


「はい? 経営学をですか? 失礼ながら、お嬢様はまだ三歳ではございませんでしたか?」


「そうだよ! リズはまだ三歳だ! なのにあの子は実に頭が良い子でね!

それなのに前任者は、あの子にちゃんと教えてやれなかったし、あの子を見る度に怯えるようになったのだ! 全く、教育者として呆れてものも言えない!」 


嬉しそうな様子から一転、憤慨した様子で語るラル公爵。噂に聞いていたが、相当な親バカらしい事が分かる。ご息女には失礼のないようにしなければと、ジェイは密かに気合を入れた。


「ああ、そうだ。そういえば貴方は確か学園で問題を起こしましたな?

そう、あれはトラヴァースとの問題でしたな。あいつも今では大佐でしたか。貴方とトラヴァースとの問題を荒立てる輩もいるかもしれない。ですが、私は気にしませんよ。貴方が同性愛者だとしてもね」


そうジェイは男性しか愛せない同性愛者だ。この国では同性愛は禁忌とされており、差別の対象とされている。ジェイは苦虫を噛んだような表情を浮かべた。ジェイはトラヴァースに騙されたのだ……愛し合っていると信じていたのに、トラヴァースがジェイを裏切り、現王に密告したのだ。そのせいで針のむしろとなった。婚約者はいた。もちろん女性だ。結婚するなら彼女しかいないと考えていたのに、己が同性愛者だとばれると彼女はジェイを罵って去っていってしまった。家族には捨てられ、友達も居なくなった。


そんなジェイの様子を気にした風でもなく、ラル公爵は上機嫌だ。


「貴方が同性愛者ならば、愛しのリズや妻に手を出すはずもない。

ならば、私は貴方を大歓迎いたしますぞ! ささ、娘を紹介しますぞ」


ラル公爵に連れられ、紹介されたリズレルクは小さな愛らしい少女であった。

大きな目をくりくりと丸くさせ、新しい家庭教師を興味深そうに見つめている。


「リズ新しい家庭教師だよ。自己紹介しなさい」


「りずれるく・らるともうしましゅ」


スカートの裾を掴み、淑女らしく挨拶する少女。舌足らずであるが、その瞳にはしっかりと知性が宿っているようだった。しかし、なんであろう。頭には大きな綿毛のようなものが乗っている。その物体が気になりながらも、ジェイは片膝をついて、挨拶をした。


「リズレルク様、お初にお目にかかります。ジェイ・アーロングと申します。

これからお嬢様の家庭教師とならせて頂きます故、どうかよろしくお願いいたします」


「うん、だんじょんけいえいおちえてね」


ニコニコと穢れない笑顔を向けてくる少女。父親も似たような笑顔で二人を見守っている。

ジェイは久々に自分が嫌悪な瞳で見られていないことに気づいて、嬉しくなったのだ。



リズレルは、ラル公爵が言うように確かに頭が良い子であると言えた。

計算式をやらせれば、十歳の子が学ぶような式もすらすらと説いてしまうし、物事をちゃんと順序良く教えていけば、大抵の事は理解した。しかし、文章が苦手なようで、こちらは中々進展せず、それでも五歳児くらいで学ぶ内容を頑張って学んでいる。


「じぇいせんせー、だんじょんけいえいするにはどうすればいいの?」


問題はこれだ。だんじょん経営とは何か? 

リズレルは事あるごとにそれについて、質問してくる。前任者はこれに躓いたらしい。


経営学について、ジェイは真面目に教えたが、彼女は納得していない様子だ。

こんこんと教えとこうにも、彼女には難し過ぎるらしい。

半泣きになって、ベッドの下に立て篭もろうとする。

無理に引っ張る事は勿論出来ないし、ベッドの下を覗き込んだりしたら、あの綿毛のような生き物に噛まれて血を吸われた。アレはコウモリか何かの一種なのだろうか? リズレルが泣く度にアレに噛まれて、若干の嫌気がさしたが、必死に我慢した。


だから、ジェイはだんじょんとは何か、根気強くリズレルに訪ね続けた。


「だんじょんはね、たくさんぽいんとをあつめるといろんなことできりゅの。

だから、こうりつよくあつめるほうほうかんがえてるの!」


どうやら、彼女の頭の中で卓上ゲームが行われているらしい事がわかった。

ジェイも学生時代、よく友人達と遊んだものだ。


ダンジョンとは、彼女が支配する領域である。

ダンジョンを機能させるには、ダンジョンポイントなるものを必要としている。


ダンジョンポイントを手に入れる手段は、大まかに二つ。


ダンジョン内で生物を殺すこと、ダンジョン内で生物を飼う事だ。

ポイントに応じて、ダンジョン内に召喚できる生物が違う。

ポイントが多ければ多いほど強い生物が出てくる。

その他にも、生物を殺すための罠や、ダンジョン内の拡張も可能である。

また人間をダンジョン内に引きいれ、召喚した生物や罠で殺してもいい。

基点はラル家の地下とする。


ジェイは思わず舌を巻いた。三歳児にしては、よく出来た空想上のゲームだ。

残酷な内容だが、面白いと思った。こういう戦略シミュレーションを考えるのが好きだったからだ。


だから、まずジェイはリズレルにポイントを確実に手に入れるためにダンジョン内で低ポイントの生物を飼う事を勧めた。それから徐々に生物を増やし、食物連鎖をを作り、一種の生態系を作ることを提案する。リズレルはジェイの提案を喜んで受け入れた。一般教養を教えながら、夕食前にダンジョン経営の進歩について、訪ね、その結果次第で、やり方を変えていった。


リズレルはジェイに大そう懐いた。

コウモリもどきも噛んでくる事が少なくなった。気のせいか大きくなっている気がした。

ジェイもリズレルが可愛くて仕方がなかった。

女なんてクソばかりと思っていたジェイの心も癒され始めていた。


その内、リズレルが食べ物をよく渡してくるようになった。

見た事も食べた事もない菓子や、驚くぐらい美味しい料理まで。

ダンジョンポイントと交換で入手したとリズレルは言う。リズレルが、そう言うのだから、きっとそうなのだろう。ジェイは気づいていなかったが、リズレルの喜びが自分の喜びと化してきていたのだ。


最近は体が軽気がした。心なしか、石ころみたいな地味顔の自分も輝いて見えた。


リズレルのダンジョンはとうとう外国まで範囲を広げた。

他国の人間を攫って、ダンジョン内部で住まわせて、魔物化させているらしい。

その話を聞いて、ジェイは少し羨ましくなった。リズレルの物になれるだなんて、その人間はなんて光栄なのだろうと思うようになった。リズレルは笑った。


「だって、じぇいせんせーは、もうにんげんじゃないわ」


ジェイ・アーロング / 二十四歳 / 眷属インキュバス


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