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HERO VIEW  作者: あさらぎ
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 追ってを追い払うこと二度、逃げ回ること一時間。国境までたどり着く前に限界がやってきました。

「ちっ……囲まれたな」

 ザックはすぐ近くにあった小さな町の側へBWVを走らせました。そして町のすぐ近くでBWVを止めました。

 BWVの速度では逃げ切れないと判断したのでしょう。

「降りるぞ」

 ザックはヘルメットを下ろしハッチを開け降りて行きました。

「止まる余裕なんかあるのかよ?」

 アンソニーの口調は普段と同じように戻っていました。ただの強がりでしょうが、強がる余裕がでてきたと考えれば喜ばしいことです。

「敵が来てる。BWVも何体かいるから戦うのは無理だ。車を買って逃げるぞ」

 後ろを振り返ってザックは言いました。私の目には何も見えませんでしたが、BWVの高性能カメラに敵の姿が映ったのでしょう。

「このまま逃げるのは無理なのか?」

「BWVじゃ遅すぎる。それに……居場所がばれてる。たぶん……発信器だ」

 BWVには迷彩機能が付いています。光を曲げる光学迷彩や音による探知から逃れる装置。熱を漏らさない仕組みまで備わっています。

 ラザウィルにはBWVを発見できるレーダーはないはずでした。なのに敵が追ってくるのです。考えられるのは発信器しかありません。おそらく馬乗りになって対物ライフルを奪ったときに、相手のBWVにつけられたのでしょう。

 ザックはあっという間に地上まで降りていきました。私も急いではしごを下りましたが、アンソニーはまだコックピットにいました。

「ザック。答えを聞かしてくれ」

 アンソニーが地上まで降りたザックにまで声を響かせました。

 答えとはザックを否定したアンソニーに対する反論の事でしょう。

「あ、答えなんてねぇよ。ただ俺は撮り続けるしかないって再確認しただけだぜ。誰になんと言われようが俺はただ俺で居続けるしかないんだってな」

「ただなぁどうしても俺では撮れない写真がある。俺では撮れない景色がある」

「そんな時はなぁ代わりに誰かに撮ってもらえばいいって気付いたよ。俺は一人で旅を続けてきたけど、それでも一人じゃないって気付けたよ」

「お前のおかげだよ。アンソニー」

 アンソニーがポケットから何かを取り出して投げました。

 ザックが受け取ったそれはUSBメモリとICカードのようでした。

「ザックのおかげで目が覚めた。僕は戦争と戦い続ける」

「それはむかつく教官からかっぱらった代物だ。たぶんそれがザックの戦場だと思う」

「僕は僕の戦場で戦う。戦争ってやつに真正面から戦ってやる。だからザックも戦争と戦い続けてくれ」

「お願いだ、ザック。この戦争に勝ってくれ」

どうしてそんなことを言うのでしょう。どうして涙を流して言うのでしょう。

――まるで今際の際みたいに。

 私が降りた途端にはしごがのぼっていきました。それで、それで全部分かってしまいました。

「アンソニィィィィ。なんでよ。なんで諦めるのよ」

 アンソニーは私たちを逃がすために囮になることを選んだのです。キャンプからBWVが奪われたことはもうラザウィル軍全体に伝わっていたことでしょう。ラザウィルに軍から逃げられる可能性は高くはありませんでした。

 しかしアンソニーが囮になれば逃げ切れる可能性はぐっと高くなります。

 その代わり……アンソニーは確実に捕まります。最新の兵器があっても、軍に勝てるはずがないのですから。

「大丈夫。ちゃんと生きて帰ってくる」

 その言葉は嘘だと私にも分かりました。

 私のための嘘だと分かりました。

「せっかく助かったのに、どうしてっ!」

「ははは、悪いけど、僕は君に生きて欲しいんだ。ソーニャが助けに来てくれて、本当に嬉しかった。それだけで僕は救われた」

 いつだって冗談めかして言うくせに……どうしてこんな時ばかり真っ直ぐな言葉で…………

 こんな言葉を聞くためだけに助けに来たのではありません。私はアンソニーとまた一緒に遊びたかった。アンソニーのキザな台詞でも聞きながら、一緒に大人になりたかった。

 でもその望みは、叶いません。

「バイバイ、ソーニャ。愛してたぜ」

 ハッチが閉じ、BWVは立ち上がりました。

 最後の最後までアンソニーはキザな台詞で格好付けていきました。虫かごと虫取り網が似合う少年のくせに最高に似合ってて格好良かったです。

「……返事ぐらい、聞いて行きなさいよ」

 涙が頬を伝い、地面を濡らしました。ぽとりぽたりと止めどなく思いがあふれ出して止まりません。

「聞こえるよ。BWVにも耳はある。だから伝えてやれ、ソーニャの思いを」

 私は顔を上げて、大声で腹の底から、地球の裏側まで届けとばかりに叫びました。

「私も貴方のことが大好きよ。愛してるわ、アンソニー」

 コックピットの中でアンソニーが笑ったように思えました。アンソニーの乗ったBWVの表情が動いたように思いました。

 アンソニーの乗ったBWVが戦場に向かって走っていきました。

 ずっとずっと、地平の彼方に消えるまで眺めていたい……でも

「……いきましょう」

「ああ」

 命をかけてかせいでくれた時間を無駄にはできません。

 私は涙を拭いて、スルトに向けて歩き出しました。





 涙が一滴、私の手を濡らしました。

 十年たった今でも思い出すと泣けてしまうのです。

 私はあの後、ラザウィル軍から逃げている最中に涙が涸れるほど泣きました。その時苛アンソニーとは出会えていません。捕虜となることもなく殺されたのでしょう。

 愛とは何なのか? 恋とはどういったものなのか? 十歳の私には理解しがたいもので、決別の痛みが胸をえぐって始めてそれの存在に気がついたのです。

 窓の外、閉じたカーテンの向こう側には大通りと公園があります。そこを歩く恋人や子連れの家族を見かけることがあります。仲むつまじい家族の姿は、たとえ戦時中でも変わらずにあるのです。もちろん戦時中故に、一人残され悲嘆に暮れる女性を見ることも、一人泣き崩れる男性を見ることもあります。でも確かに、そこに幸せな二人はいたのです。

 私がもしも自分の恋心に気付いていたなら、一時でもそのような幸せな日々を過ごせたのでしょうか。

 友人として過ごした日々は幸せだったけれど、それ以上の何かを得ることができたのでしょうか?せんのない話ではありますが。

 涙を拭いて、私は再びペンを握りました。しかし思うように筆が進みません。

理由は分かっています。私はこの話だけは、客観的に物語を綴ることができないのです。どうしても私の思いが、主観が入った偏った文章になってしまいます。特に涙を流した後だとそれが顕著です。

心が落ち着くまで、少しだけ休憩をしましょう。

冷めてしまったコーヒーを手に、十年前を思い浮かべます。これから綴る物語をゆっくりと。

 私も戦争と戦うと決意したのはアンソニーと別れたその時でした。それからカメラを手に世界を回り、ザックの故郷である日本にも行き、今では戦争反対派の仲間達と共に世論を動かすために戦っています。戦場カメラマンの友人もできました。

 ザックとアンソニーのおかげで今の私があると言っても過言ではありません。

 アンソニーが残したUSBメモリには少年兵の運用状況と軍の情報が少しだけ入っていました。そしてその軍の情報の中に、スルトとラザウィル共和国の戦争の発端となった大使館爆破事件の調査記録もあったのです。

 しかし調査の規模や内容だけで、肝心の調査結果は入っていませんでした。

 そこで私たちは調査記録を奪いに行くことになるのです。

 この手記の最後の話を書きましょう。

 基地侵入のお話です。





 場所は大使館近くの軍事基地。元々はスルト軍の基地だった場所ですが、今では多くのラザウィル軍兵士が駐留する立派な敵の基地です。

 私たちは木陰に隠れて基地の様子を観察していました。見つからないように細心の注意を払っていましたが、見はりの兵の視線が近くを通る度に悲鳴を上げそうになりました。

「本当に行くの?」

「大丈夫さ。内部の地図のデータもあったしな」

「……ザックは……死なないで」

「ここで逃げたら俺は死なないで済むかもしれない。でも俺はあいつに頼まれたんだ、この戦争に勝ってくれってよ。ここで逃げたら、俺の心が死ぬんだよ」

 止める事なんてできないと、その言葉の重みで理解しました。ザックの表情は真剣そのもので、引き下がることなど頭にないようでした。

 見ているこちらの背筋が凍りそうなほどの……覚悟。

 この時の彼を一言で表すならばサムライです。日本について調べれば必ず出てくる、大昔の兵士。まるでそのサムライのようだったと、今の私は思います。

「それなら、私も連れてって」

「だめだ。ソーニャに死なれたら天国のあいつに顔向けできねぇ」

「……でも」

 だめなのは分かっていましたが、つい反論してしまいました。足手まといになることは自分でもよく分かっているのに、素直に引き下がれないのが私の悪いところでした。

「俺は兵士に変装して進入する。ソーニャにそれができるか?」

 答えることができませんでした。答えはNOです。子供の私が兵士に変装するのは不可能です。

 こんな前線の基地に、この時の私のような少女が、変装できる相手などいないのです。

「代わりにソーニャにはこれを頼みたい」

 ザックは鞄の中から何かを取り出しました。それは通信用のマイクとキャンプで使ったミミズ型のロボットと、それを操作するリモコンでした。

「これをそこらの茂みから操作してくれ」

 手渡されたリモコンは、ラジコンのヘリのような二つのスティックとたくさんのボタンと液晶がついていました。

 液晶には私の服が映っています。ミミズ型のロボットのカメラとつながっているようでした。

「そんなの…………」

 そんなのは嫌だ、と喉から出かかった言葉を、途中で飲み込みました。いつまでも駄々を込める子どもではいられないのです。

 この時すべきことはザックまでいなくなってしまわないように、少しでもサポートをすることでした。

「…………うん……分かったわ」

 一人だけ安全圏で手伝うのは気が引けますが、足手まといよりは何もできないよりはましです。私は受け取ったリモコンを操作し、使い方を確認しました。

左のスティックを倒すとロボットが移動し、右のスティックで方向転換。あとは細かい操作はロボットの側で補助、修正してくれる仕様のようです。

「頼んだぞ。……それと……しばらくこいつを預かっておいてくれ」

 ザックは首に掛けたカメラを持って、私に手渡しました。

 そのカメラは以前よりも重く感じました。何も変わらぬはずなのに、重く感じました。

「いいの?」

 私は不安になって聞きました。ザックは何をするにも、何処へ行くにも、カメラを持ち歩いていたからです。カメラを使わしてくれることは何度もあったけれど、カメラを預かるのは初めてでした。

「さすがに基地の中には持って行けないからな」

 そのことは分かっていました。基地の中でカメラを首から提げていれば、どうしても目立ってしまいます。潜入するにはカメラは邪魔です。

 何もかも分かっていても、カメラを持っていないザックを、いつもより真剣でどこか鬼気迫る様子のザックを見るとどこか不安になったのです。

「それじゃあな、ロボットの操作は任せたぜ」

 ザックはそう言い残して基地へ向かいました。

 思わず手を伸ばして待ってと言いそうになりました。でも私はその言葉を必死に押し殺しました。

 カメラを持たずに戦場に挑むその姿が、始めて見ることができた戦場カメラマンではないザックの姿です。

 その姿が命をかけて敵の足止めをしにいったアンソニーとかぶって見えて、言い表しようのない不安が駆け巡りました。 

だけど私にはザックを止めることはできません。いえ、止めてはいけないと感じました。キャンプの時のように催眠ガスで兵士を眠らせ作戦開始です。眠った兵士を素早く茂みに連れ込み、持ち物を全て奪い、拘束します。

奪ったカードキーと採取した指紋で堂々とドアを開け侵入しました。

地図を頭の中にたたき込んだザックの動きに無駄はありません。誰が見ても通い慣れた兵士に見えることでしょう。

しかしごまかせない部分が一つありました。

「おい、そこのお前。見ない顔だな、所属はどこだ?」

 軍服を着た偉そうな兵士が質問……いや、詰問してきました。ラザウィルは黒人の国です。もちろん兵士も黒人ばかりです。そのなかで黄色人種のザックはどうしても目立ってしまうのです。

「本日から傭兵団より通信班に派遣された、李泰栄であります。以後お見知りおきを」

「新人が来るとは聞いていないが」

「ロシア参戦よりロシア語が話せる兵が必要とのことで急遽派遣されました。書類は届いていると思いますのでご確認ください」

「何かロシア語で喋ってみろ」

「Меня зовут Сузуки. Моё имя Петя.ロシア語での自己紹介です。これでいいでしょうか」

 まるでロシア人のような、流暢なロシア語でした。

 声を掛けてきた兵士も納得したようで、ザックに疑いの眼差しを向けることはなくなりました。

「よし、行ってよし」

 完璧と言える対応でした。声をかけられた時の対策も練ってあったのでしょう。言葉に詰まることのないよどみない受け答えでした。

「ロシア語なんて話せたのね」

「ロシア内乱の時に取材に行ったのさ」

 聞こえるのはザックの声ではなく、人の声ですらない明らかな合成音声でした。これもまた電気信号を受け取る技術の応用なのでしょうか? ただ一つ言えることはどれだけ話し合っても周りには声一つ届かないどころか、口が動く事もないということです。話していることはまずばれないでしょう。

「何カ国語話せるの?」

「六だよ。っと出番だぜ、ソーニャ」

 ザックはミミズ型ロボットを天井の通気口へと放り投げました。こちらの液晶には薄暗いダクトと通気口から入ってくる光が映りました。

「そのまま真っ直ぐだ。部屋の中に何人いる?」

 スティックを倒しダクトの中を前進させます。ミミズ型ロボットは音も立てずに進み室内の通気口にたどり着きました。

「二人よ」

 通気口から見える限りでは二人でした。しかしなれないロボットの操作で、小さな穴から写しているだけです。他に人がいる可能性は十分にありました。

「ノートパソコンは?」

「何個か見えるわね。でもほとんどは据え置き型よ」

「合図をしたら奥の通気口から飛び降りてくれ。……………いくぞ」

 ザックの方からピーと電子音が聞こえます。ドアのロックを解除した音でしょう。

「3。2。1。今だ」

 ザックがドアを開け部屋の中に入ります。同時にミミズ型ロボットを全速力で前進。位置エネルギーが運動エネルギーに変換され、床と衝突した瞬間、エネルギーの一部が音として飛び出し響き渡りました。

 その零コンマ一秒後、何事かと目をやった兵士達の背後から拘束用のチップを首に押し当てました。

 どんな屈強な兵士でも脳からの電気信号をシャットアウトされてしまうとなにもできません。

 悲鳴一つあげさせずに兵士達を無力化したザックは、兵士が使っていたノートパソコンにUSBメモリを差し込み、中のデータを調べました。ラザウィルの使っている古いパソコンのセキュリティなど、最新の機器の前では無意味なのでしょう。

「どう?」

「まだ足りないな。ただ大使館爆破事件についてずいぶん入念に操作している。こりゃぁ犯人はラザウィルではないかもしれねぇぜ」

 入念に調べる必要があるのは真相を知らない人だけです。ラザウィルが犯人なら、全てを知っているのですから調べる必要などありません。証拠を消すために調べた可能性もありますが、それにしては規模が大きいです。

「とりあえずデータは送っとくぜ。たいした物じゃないがな」

 ザックは落ちたままのロボットを拾い上げ、USBメモリを差し込みました。

「これでそっちに送られたはずだ。側面にカードが刺さってるだろ、それに入ってるからな」

「………………ザック」

「念のためだよ。ちゃんと生きて帰るさ」

 ザックは歩いて奥の扉の前へ、少し立派で横にカードを通す機械が付いた扉の前に立ちました。関係者以外立ち入り禁止の札が立っていそうな扉です。

「ソーニャ、一番上、左から三つ目のボタンだ」

 そのボタンを押すと液晶に映る画面が一変しました。赤と青で描かれた独特の映像……熱を視覚化したものです。

「中に人は?」

 見たところ中に人に見える熱源はなさそうでした。四角い形状の、パソコンのものと思われる熱反応があるだけです。

「いません」

「それはラッキー」

 アンソニーからもらったカードキーを通すと、低い電子音が鳴ると同時に、機械がパカリと開きました。そこには一から九までの数字が描かれています。

 どうやらカードだけでは入れないようです。

「ま、そう都合良くはいかねぇよな」

 ザックは懐からドライバーを取り出し、機械の蓋を取り除きました。そして中のコードに妙な機械を取り付けて数分、電子音と共にドアが開きました。

 部屋の中には高級な椅子にテーブル。テーブルの上にはたくさんの書類とパソコンがありました。

「ビンゴってとこかな」

 ドアを閉めて、パソコンの前に座ります。

 パチパチとキーボードを叩く音が響きます。どうやら苦戦しているようです。敵の基地だけあってさすがにロックが硬いようです。

 しかしザックは五分ほどでハッキングに成功しました。後は情報を盗み出すだけです。すでにロボットとパソコンは接続されていて、情報は次々とこちらに送られてきています。

 そうして見つけ出した情報は目を疑う物でした。

 ザックは何か叫んでキーボードを殴りつけました。キーボードを真っ二つに折ったザックの表情は筆舌に尽くしがたい物だったでしょう。

 また何かを叫んでテーブルを叩きました。母国語で叫んでいるようなので聞き取ることはできませんでしたが、おそらく、ふざけるなかくそったれと叫んでいたのでしょう。

 大使館爆破事件の犯人はラザウィル共和国などではなく、旧ロシア連合軍だったのです。

「戦争を……ビジネスにしてんじゃねぇ」

 ザックと同じように私のはらわたも煮えくりかえっていました。とても許されることではありません。可能ならば今すぐに告発してやりたいぐらいです。

「くそったれが」

 ザックが再び机を叩きました。

 ――その時です。

 部屋に銃声がとどろき、ドアの向こうから銃弾が飛んできました。そして聞こえるザックのうめき声。それは正確にザックの腹を貫いたのです。

 ドアを開いて出てきたのは、ラザウィルの軍服を着た弦月(シェンユエ)でした。目には暗視装置のような形の機械をつけていて、それで壁越しにザックの位置を把握していたのです。

 ザックが基地に侵入できたのは技術力のおかげなのです。ザックは確かに強いのですが、個人で軍とも渡り合えたのは、先進国と発展途上国の技術格差に助けられていたからです。

だからこそ私たちは彼ら傭兵を警戒すべきでした。同じ先進国出身の傭兵相手にはそのアドバンテージは通用しないのですから。

「今日ほど自分の腕を呪ったことはないよ。僕がただの平凡な傭兵なら、君の潜入に気付くこともなかったろうに」

弦月(シェンユエ)……てめぇっ」

「本当に……なぜこの基地に来たんだい? ……斬九朗。こんな事になるなら派遣先ぐらい教えてあげた方がよかったよ。僕がいると知っていれば、電波を飛ばすなんてうかつなことをしなかっただろうに」

 弦月(シェンユエ)は装置を外して、倒れているザックを見下ろしました。装置の下の表情は、今にも泣き出しそうでした。彼はザックを撃ちたくなかったのです。しかし基地のなかで発見してしまっては撃たないわけにはいきません。彼は友情よりも、傭兵としての役目を優先したのです。

()を(リ)挙げろ(ーズ)ぐらい言って欲しかったぜ」

「声をかけるのは脅すときだよ。殺すときに言葉はいらない」

 抑揚のない声で、冷徹な言葉を吐きました。打ち抜かれた場所は腹のど真ん中。完璧なまでの殺すための一撃でした。ザックの胸には大きな風穴があき、大量の血が流れ出ています。おそらく肝臓を撃ち抜かれたのでしょう。

 これではもう、助かりません。

「けっ、傭兵よりも友人でいて欲しかったよ」

 そう言っている間にもザックの腹からは血が流れ続けています。一秒ごとに命が流れ出ています。

ザック、ザックと何度も無線に向かって叫びました。

 返ってきたのは合成音声。ただ一言、速く逃げろと。

 しかし私は逃げられませんでした。窮地のザックを放って逃げるなんて事ができませんでした。許されるのなら今すぐ駆けつけたいぐらいでした。

 弦月はザックの元まで歩み寄って、パソコンの画面をのぞき込みました。

「大使館爆破事件の真相か……こんなものわざわざここにこなくても分かるだろうに」

「なん、だと」

「ああ、動かない方が良いよ。死ぬのが早まるから。大使館爆破の犯人がスルトでもラザウィルでもないのは戦争屋ではもう常識だよ。爆弾の威力に対して被害が大きすぎるんだ。的確に爆弾を配置しないとあの破壊は起こせない。スルトの爆弾を使ってはいたようだけど、爆破技術は真似し忘れたようだね」

「知っていたなら……どうしてっ!」

「ラザウィルは軍事大国とは言え、その実体は金で最新の兵器を集め、徴兵制度で軍を大きくしているだけ、技術力は高くない。となると犯人は先進国のどこか。その中で利益を得ているのはラザウィルに兵器を売っているヨーロッパの国々か、スルトの援助をしているロシアだ。どちらにせよラザウィルが戦争を続けることを選んだんだ。ならば僕は従うだけさ。駒としてね」

 語りながら弦月はパソコンをいじり続けています。どのような情報が盗まれて、どこへ流出したのか調べているのでしょう。友人が死ぬ直前でも彼は傭兵でした。

「まて……どうして犯人が分かっているのに戦争が続いている………………まさか!」

「そのまさかだよ。ラザウィルは戦争を続けることを選んだんだ。ここから先は推測でしかないけど、事件の情報を盾にロシアからずいぶん巻き上げたんじゃないかな。軍の動きの不可解だったし、ラザウィルとロシアはつながっているはずだよ」

 私はラザウィル軍が戦わずして撤退したことを思い出しました。占領した土地をなぜあんなにも簡単に明け渡したのか疑問に思いましたが、ロシアとラザウィルがつながっているなら答えは簡単です。

 ラザウィルはロシアと戦っては被害が大きく、ロシアはスルトから金を巻き上げるために戦局を調整したい。二国の思惑がかみ合った結果なのです。

「もうすぐ銃声を聞きつけて人がやってくる、最後に何か言い残したことはあるかい」

 逃げてと叫びました。しかしザックは銃を突きつける弦月を見上げたまま動きません。いや、動けないのです。ザックは血を失いすぎていました。もう立ち上がることすら困難なのでしょう。

「ソーニャに……謝らないといけないな。俺の故郷の飯を……食わせてやるって約束したのに」

「すまないね……これが僕の仕事だから」

「伝言を一つ…………頼まれてくれねぇか。ソーニャに……俺の……荷物、全部持ってけって。カメラも全部お前にやるってさ。できれば……あいつを守ってやって欲しい」

 何度も何度も叫びました。カメラなんていらないから、生きて帰ってきてと。頼むから生きてくれと。ザックとアンソニー、大事な人を二人も失ってどうすればいいのと。

 ごめんなと短い返事だけが返ってきました。

 謝らないで欲しかった。何一つ間違ったことをしていないのだから謝らないで欲しかった。私の前を歩いて、そのたくましい背中で導いて欲しかった。

 ザックは私にとってのヒーローでした。こんな最後なんて信じられませんでした。

 死なないでとまた叫びました。しかし私の声は何処にも届きませんでした。

「了解したよ。それじゃ、お別れだ。最後のお別れだ。僕は天国には行けないから」

「バイバイ。夢半ばだが、しゃあねぇな」

「さよなら、ザック」

 弦月(シェンユエ)がゆっくりと拳銃をザックの額に押し当てます。そして弦月は悲しそうな表情のまま、流れるような動作で引き金を引きました。

 響き渡る銃声。私は画面から目をそらし、走って逃げました。

 また会いたいよと、もう一度話しをしたいよと、別れの言葉を唱えながら。





 逃げて逃げて逃げ続けました。そして躓いて、転んで、ここがどこかも分からなくなった時、後ろから弦月(シェンユエ)がやってきました。先ほどと同じ暗視ゴーグルのような機械を装備しています。

 その装置の名前は透過光発生装置。任意の物質のみを透過する光を発し、壁の向こうを覗く道具です。この道具の前では隠れることはできません。

「やっぱり近くにいたんだね。斬九朗には悪いけどこれも仕事だから」

 弦月は腰から拳銃を抜き、スライドを引きました。死をもたらす弾丸が、セットされたのです。弦月は今、瞬きほどの間で私を殺せる状態でした。

「見逃しては……くれないのですか」

 慎重に言葉を選んで発言します。生殺与奪の権利は向こうにあり、私にできることは見逃してもらうように交渉することだけです。

「荷物を全て置いていくなら……かな。証言だけならたいした問題ではないし、ザックにも頼まれているからね。でも……僕は傭兵でここの警備も仕事のうちなんだ。だからそのデータだけは奪わないといけない」

 殺さなくて良いなら殺さない。この殺し合いの世界で彼がまだまともであることが分かる言葉でした。いつもなら私はここで逃げていたでしょう。しかし今私が背負っているものはザックが命をかけて手に入れた情報です。これを捨てることはできません。これを捨ててはザックの死が無駄になります。

 ザックとアンソニーから私は命を大切にすることを学びました。しかし私はその教えに背きました。

 死んでもやり遂げなくてはならないものも存在すると思ったからです。命を大切にしなければならないときがあれば、命をかけるべき時もあると思ったからです。

 そしてそれは、この時、この瞬間です。

「それは……それだけはできません。これは……ザックが残してくれたものだから」

 私はどうにかして逃げる方法を考えました。しかしどこへ逃げても子どもの足では逃げ切れそうもありません。それに弦月の持つ妙な装置をどうにかしないことには、隠れることすらできないのです。

「人生は長いよ。君ぐらいの年ならまだやり直しがきく。戦争を止めるのも、君がやらなくちゃいけない事じゃない」

「やらなくてはならないことです。志半ばで死んだザックのためにも、私がやらなくてはならないんです」

 強い口調で私は答えました。この状況でそんな発言をするべきではないのですが、言わずにはいられませんでした。

 時が止まったような一瞬の静寂。

 弦月はゆっくりと銃を構え私の腹――肝臓の辺りに狙いをつけました。撃たれると思い私は思わず目をつぶりました。脳裏に腹を打ち抜かれ、血しぶきを上げる私の姿が浮かびます。

 しかし引き金は引かれることはなく、私はおそるおそる目を開けました。

「本当に良いのかい?」

 彼は再び問いかけてきました。

 ひどく違和感を覚えました。警告なしにザックを撃ったのに、私のことは撃とうとしません。私が手放さないことも、逃げ切れたら全てを公開することも、彼はもう分かっているはずです。

 なのになぜ撃たないのか、私は疑問を感じました。

 そこでふと思い出したのです。弦月に娘がいることに。弦月の年齢から予想すると、私と同じ年代ではないかと推測できました。

「あなたこそ良いのですか。戦争を長引かせ、目先の利益を手に入れて。それでは戦争は終わりません。あなたは娘が戦争に巻き込まれても良いのですか? 自分の娘が生きる時代が、戦乱の世で良いのですか?」

 卑怯な言葉だと自分でも思いました。この不況の中で傭兵になるしかなかった人に対し、言う言葉ではありません。彼だって傭兵にならずに、家族を養える方法があったなら、今すぐ傭兵をやめていたでしょう。

 しかし私は言いました。卑怯な言葉を投げかけました。父親か傭兵かを選べと詰め寄りました。…………選べないと知っていながら。

私はなんとしてでもザックの残した情報を公開しないといけなかったのです。

弦月は銃を下ろして、力なく笑いました。私の問いかけに対する反応としてはひどく不自然でした。

「……娘なら…………もう死んだよ。自殺だってさ」

「ど……どうして?」

 今の状況を忘れ私は思わず聞きました。

「人殺しの娘だって虐められてたらしいよ。……虐められてたらしい(・・・)、自殺したらしい。全部……後から聞いた話だ。娘が苦しんでいるなか、僕は黙々と人を殺していた。はは、なんて……なんて……様だ」

 弦月から涙が一滴こぼれ落ちました。恐ろしく見えた傭兵が、まるで許しを請う僕のよう。

 私は勘違いをしていました。私が子どもで、彼が大人で親だったから大きく見えていただけで、彼はザックのような強い人間ではなかったのです。

 私は弦月のことを人を支え、助ける側の人間だと思っていました。人を殺すことはあっても家族のためで、彼は彼の救いたい人のため茨の道を歩んでいるのだと思っていました。

 しかし彼は救いを求める側の人間でした。きっと……ヒーローが必要なのは私ではなく彼の方。

「それなら今からでも変わればいいじゃないですか。天国で娘さんが自慢できるような、そんな父親になればいいじゃないですか。これから先……あなたはっ、同じ事を繰り返すつもりですか?」

「今から傭兵をやめろと? ……そしたら僕は……なんのために娘を殺したんだ。なんのために……娘は死んだんだ!」

 弦月は傭兵と親の狭間で苦しみ続けて来ました。傭兵として生きれば親として生きられず、親として生きれば傭兵として生きられず。どっちつかずの生活を続ける間に娘を失ったのです。

 父親としての責務を果たせず、娘を守れなかった彼の前には傭兵として生きる道しか残っていませんでした。

 彼は傭兵の道を歩むことで娘の死に意味を持たせたかったのでしょう。そうしなければ自分を保てなかったのでしょう。

 なんて……有様。

 これが……戦争。

「僕は……君を殺すよ。遺言はあるかい?」

 真っ赤になった目から本気の殺意を感じました。

今や彼は今ザックの、友人の死まで背負っています。もう引き返すことのできない場所まで歩んで来ています。ならば私のことも殺すでしょう

今までのことが走馬燈のように浮かんでは消えました。

いつも優しかった父。囮になって敵軍へ向かっていったアンソニー。何度も私を助けてくれたザック。

浮かんでは消える思い出の日々。その度に生きたいという思いが強まりました。私にはまだまだやり残したことがあったのです。

「殺すときに言葉はいらないのではなかったのですか?」

「それが遺言でいいのかい?」

「優しくしないでください。そんな風に心の中で謝りながら撃たないでください。貴方は傭兵なのでしょう。私はラザウィルの情報を盗みました。スパイと同じです。敵兵を撃つように、何の感情もなく私を殺せばいいんです。貴方と娘と同じ年頃の、私の命を」

弦月の目には殺意がありました。銃口は真っ直ぐ私の方を向いていました。それでも。それでも引き金は引かれませんでした。

殺意は本物でも、それ以上に娘への愛が本物だったのでしょう。ただ同じ年頃なだけで、娘を思い出すと言うだけで、私を殺せなくなるほどに。

「それができないのなら貴方は父親です。娘を愛するただの一人の父親です。貴方は傭兵である前に、ただの父親なんです」

 私が生き残る手段はただ一つ、弦月に父親であることを選んでもらうことだけです。傭兵としての弦月は殺すべき相手を逃がしはしません。私は助かるために、自分が子どもであることを利用して娘への愛情を思い出させたのです。

「今でも娘を愛しているのでしょう。助けられなかったことを後悔しているのでしょう」

 叫ぶと同時に涙が出てきました。いったい何に泣いているのか分からぬまま、激しく哭きました。

「……黙るんだ。……黙らないと撃つぞっ」

「娘を愛しているなら傭兵なんてやめてしまえば良かったんです。貧しくても娘と一緒に過ごし、支え合って生きればいいんです。……幸せに生きればっ、良かったんです!」

「黙れっ!」

 ついに弦月が発砲しました。しかし弾丸は大きくそれ、頭二つ分も離れたところにある木を穿つだけに終わりました。

 弦月は優しい人間でした。傭兵なんかには向いていない優しい人間でした。そのことがよく分かりました。戦争だから仕方ないと、自分に言い訳することすらできなかったのでしょう。逸れた弾丸と、震える腕がそのことを証明しています。

「どうしてっ……どうして僕は……」

 弦月は膝から崩れ落ちて、冷たく湿った地面に手を突きました。

 その姿を見て涙を流さずにはいられません。なぜこんな事になってしまったのかと考えると、悲しくて仕方がありませんでした。

 この世は不条理に満ちていました。戦争は悲しみに溢れていました。

 ザックが敵国とではなく、戦争そのものと戦った意味が理解できました。こんな悲しいことがあってたまるものかと、心の底から思いました。

 私も戦争と戦わなければならない。そう決心した瞬間です。

「私と……一緒に旅をしませんか? 戦争の辛さを世界に伝える旅を」

 私はザックの後を継いで、戦場カメラマンとして戦争を終わらすために活動しようと考えました。戦争の辛さを酷さを惨さを悲惨さを、最も近くで戦争を味わってきた弦月なら、きっと頼りになると思ったのです。

 もちろんザックを殺された恨みはありました。しかし恨みは戦争の元です。恨みの連鎖は憎むべき戦争です。ですから私はその恨みを捨てました。それに……ザックならきっとこうすると思ったのです。

 ザックは夢を叶えられなかったことを悔しがりはしても、友人である弦月を憎むことはないでしょう。

「は……は…………父親になれなくて……傭兵でもいられない…………いったい……僕は………………」

 弦月はがっくりとうなだれて、力なく笑いました。そしてだらりと下げた腕を、拳銃を握った手をこめかみに当てました。

 その目にもう殺意はなく、絶望だけがありました。それはまさに自殺志願者の顔。

「だめぇっ!」

 私は慌てて駆け寄ろうとしました。

 しかし止めるよりも早く――――

「ごめんな……こんな父親ですまなかった……小麗……」

 最後に娘の名前を呟いて、引き金を引きました。

 硝煙と薬莢を、飛び散る血液を、倒れていく弦月を私は目をそらさず見つめました。これは私が奪った命。私がいなければ弦月は死ぬことはありませんでした。

 駆け寄ろうとした勢いのまま地面に倒れて、両手を地面につけて、命の重みに押しつぶされそうになりながら、それでも私は前を向きました。

 転がった弦月の死体のポケットから一枚の写真が滑り落ちました。その写真に映っているのは、弦月と奥さんと見られる黒人の女性、そして一人の娘でした。

 自殺したという弦月の娘は笑顔で、父の腕を抱きしめて幸せそうにはにかんでいました。

 弦月の娘は、どことなく私に似ているように感じました。私を見て娘を思い出したのは、年が違いだけではなかったのでしょう。

 悲しみ、罪悪感、喪失感、あらゆる重みが私を押しつぶしました。もう歩けないと情けない心が漏らしました。だけど私には役目がありました。

私は歯を食いしばり、その重みに耐えて立ち上がりました。泥だらけの体で死体の元まで歩いて、写真を弦月へ返しました。

目をそらす権利も、うつむいている時間も私にはありませんでした。背負った業の、その役目を果たさなければなりません。

 銃声を聞きつけて、いつ敵兵が来てもおかしくありません。私は私を生かすために死んだアンソニーのためにも生きなければなりませんでした。

 そして志半ばで死んだザックのためにも、私は戦争と戦わなければならないのです。

 四肢に力を入れて立ち上がり、鞄から宝剣を取り出しました。そしてその父から受け継いだ大切な宝で、私は自分の髪を切りました。切り落とされた髪が地面に落ちて、女の子らしく伸ばしていた髪は、首に掛かる程度になりました。

 これは決意です。ザックの意志をアンソニーの思いを弦月の死を、全て背負って生きていく覚悟です。

 ザックのカメラを握りしめ、地面に落ちた髪の毛を踏みしめて、私は一歩踏み出しました。

 そしてカメラを構え、目の前に横たわる戦争の風景をとらえ、


シャッターを―――――――

 


二千四十三年三月二十九日。アフリカの軍事大国の基地のそばで、私は十歳の少女ソーニャを髪と共に切り捨てました。この日から私は戦場カメラマンのソーニャです。

 戦争を終わらす戦いに私は自ら踏み出しました。





 私とザックの話はこれでおしまいです。

 あのあとあのデータを公表して戦争は終わりました。最終的には国連の介入により、武力で押さえつける形になったのですけど戦争を終わらすことができました。

 その後私はザックのカメラを持って世界を巡り、その経験をいかしてノンフィクション作家として活動を始めたのです。

 今では必ず自分で撮った戦争の写真を載せるノンフィクション作家として一部で有名になりました。

 大使館爆破事件の真相を公表した後、宮本斬九朗の名前は有名となり、今では個展を開かれるほどになっています。

 一つの戦争が終わっても戦争はなくなりません。今はアフガンで民族紛争が起こっていますし、戦争が起こりそうな場所はいくらでもあります。

 それらの戦争を止めるのが今に生きる私たちの仕事です。二人の意志を継いで私は今も戦争と戦っています。

 プルルルルと電話が鳴りました。こんな時間に誰でしょう。

「もしもし」

「もしもしソーニャ、まだ生きてる?」

 戦場カメラマンの友人のレイチェルでした。彼女とは何度も戦場で出会い、友人となりました。何か急に伝えたい情報が入ったのでしょうか?

「まだ生きてるわよ。あんたこそ大丈夫なの?」

「私は元気よ。元気に今日も戦場をかけずり回ってるわ」

「そう。で、こんな夜更けに何の用?」

「ただ話をしたかっただけよ。私たちっていつ死ぬか分からないじゃない。あと、こっちはもう昼前よ」

 時々レイチェルはこんな風に用もなく電話をかけてきます。さすがに夜更けにかけてこられると迷惑ですが、嬉しくもあります。

「時差を考えなさい」

「時差ってどこにいるのよ」

「アフガンよ」

「アフガン? ああ、民族紛争ね。貴方も頑張るわね。たまには休んだら?」

 そう言うレイチェルも休みを取っているようには思えません。いつだって最前線で写真を撮っているように思えます。

「ちゃんと休みは取ってるわよ」

「戦争がない間だけでしょ。そんなに頑張ってると仕事無くなるわよ」

「無くなるのはいい事じゃない。それだけ平和って事でしょ」

「それはそうだけどさ。戦争が無くなったら私たち食べていけないじゃない。よくそんなに迷わず言い切れるわね」

 私は二人の顔を思い浮かべて言いました。

 二人が夢見た未来に、望んだ世界に、見たかった景色に

 いつかたどり着けると信じて

「だってそれが私の夢だもの」



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