ターゲット1 篠田弓子・弐
「待ってください部長」
小早川さんの凛とした声が部室内に響く。それまで黙っていた稲嶺嬢も合わせたように「そうだよ清太郎!」と手を上げる。
「秋山さんだけに試練を受けさせるなんて酷いです!」
「まずはケーサツだよ! 手紙にカミソリなんて怪我をしたらどうするのさ! 非常識だよ!」
二人は声を揃えたが、揃っていたのはタイミングだけだ。
浅間氏は面倒そうに女子二人を一瞥し、「小早川には別に探って貰いたいものがある。稲嶺はちょっと黙ってろ」と二人を捌いた。
小早川さんは納得したようだったが、稲嶺嬢は負けじと「なんでさ!」と食ってかかる。そこに私の中のお姉さん像であった稲嶺嬢はもうどこにもいなかった。
「高岸が俺達に持ってきたってことは警察沙汰にしたくねえんだろ。こいつの親が何やってるか考えろ」
警察沙汰にしたくないことに親が関係あるのか? とも考えたがその謎は稲嶺嬢の言葉により納得がいった。
「あっ、正ちゃんのお父さんケーサツだったね。なんでお父さんに頼まないの?」
高岸氏は浅間氏を横目で見ながら「さっき浅間の言った通り、警察沙汰にはしたくないんだ。できれば弓子に前のように戻って欲しい」と小さく笑みを浮かべた。浅間氏はただ引き離すだけなら自分たちではなく父親に言うだろうことを見越し、警察沙汰にしたくないということを最初から見抜いていたのだろう。
「それと」と、浅間氏はカミソリを素手でつまむ。稲嶺さんは「清太郎、危ないよ!」とその行為を咎めたが、彼は「怪我したらどうする、じゃねえんだよ。怪我させるためにやってんだよ。いい悪意の塊じゃねえか、けけけ」と妖怪の如き笑みを見せ、それらを全て部室に備え付けられたゴミ箱に捨てた。
そして、浅間氏は私に何かを投げ渡す。慌てて両手でキャッチするとそれは最新機種の携帯電話だった。私がポカーンと口を開けていると、浅間氏は「連絡用だ。いつでも出れるようにしておけ」と言い、にやりと笑う。
ちなみにこの携帯電話、費用は浅間氏持ちである。思い返してみると浅間氏の行動のほとんどは高校生の行動ではない気がする。ちなみに彼は予備の携帯をあと三個ほど持っている。どこからそんな金が出てくるのか――それは私が彼の家に行った時に判明するのだが、それはまた別の話。
しかし、急に小早川さんと別行動とは先が思いやられる。この様子だと稲嶺嬢も浅間氏もついて来てはくれないだろう。となると頼れるのは――自分と高岸氏だけだ。
「高岸さん、もしよければなんですけど篠田さんを呼び出すような手紙を書いてくれませんか。場所は……南桜第一公園あたりで」
とりあえず彼女と接触をはかるしかないと考えた私は高岸氏にそう願い出た。篠田弓子。どのような人物なのか。私は根暗そうな目が逝っている少女を想像した。あんなことをするくらいだからそういう感じなのだろう、とも思った。ナイフとか持って来てたらどうしようと考えたが平日午後四時の公園だ、人がいる中では何もしないだろう。できないはずだ、多分。私はずっとそれらのことを反芻している。
「秋山、三つアドバイスだ。『絶対はない』。『対象に勝つ必要はない』『常に考えろ』。これくらいだな。俺も仕事があるんでな。頼んだぞ」
私の右肩に手を置いた浅間氏は、すぐに部室を出て行く。小早川さんもその後に続いて出て行った。
『絶対はない』
『対象に勝つ必要はない』
『常に考えろ』
この三つの言葉は今の私の中にしっかりと根付いている。それは所謂悪の種子かもしれない。しかし、確かに今の私を構成しているのだ。
「稔ちゃん、がんばってね! 正ちゃんもファイト!」
この稲嶺嬢の他人事っぷりたるや。しかしやるしかない。この部活は悪徳部である。でも今回の依頼は『いいこと』のように思える。まさか悪徳部は名前だけで実は正義の部活であるのではないか。あと放送しろ。そんな考えがこの時の私の頭をよぎっていた。
「こんな感じでいいのか?」
高岸氏がその辺に散らばっていたルーズリーフで手紙を書き終えたようなので、私はそれを確認するために覗き見る。
『本日午後六時に南桜第一公園にて待つ。高岸正』
そう筆ペンを使用し達筆な文字ででかでかと書かれたそれはどう見ても、何度見直しても果たし状であった。この人もこの人で少しおかしいところがあるのではないか。
「た、高岸さん、もう少し女の子を呼び出すような文章をですね」
「え、デートとかの時もこんな手紙だったが」
それはおかしい。