ターゲット1 篠田 弓子・壱
部室に静寂が訪れ、聖夜以外の全員が目の前の男――高岸 正を凝視する。
「で? お前はなんでここにきたんだ?」
浅間氏がそんなことを言いながら高岸氏に視線をやる。彼は「あー……」と声を出して、「この間、弓子からこれが届いて」と苦笑して言葉を濁らせ、一通の封筒を渡す。浅間氏がそれを受け取り、中をみて怪訝そうに顔をした。
「何何? 正ちゃんラブレターもらったの? えー!」
一人でキャーキャー騒いでいる稲嶺嬢を他所に、「だったらよかったんだがねえ」と浅間氏はその封筒を逆さにして中身を机の上に出した。
「浅間さん、他人のラブレターをそうやっておおっぴろげに見せるのは――」
私はそう言って浅間氏を止めようとしたが、その中身に思わず「うわっ」と声が漏れる。稲嶺嬢も小さく悲鳴を上げ、小早川さんは眉を潜めた。全員の――聖夜以外の視線がその机の上に集中する。
大量の長い髪の毛と、ところどころ乾いた血がついたカッターの刃。そして一枚の便箋。よく見ると高岸氏はカッターの刃で怪我をしたのか指に絆創膏を巻いている。
「相変わらず、変なのに好かれるなお前は」
浅間氏がそう言って、高岸氏は「ここまでアレなのは初めてだよ」とため息をつく。
「弓子、二ヶ月前……お姉さんが婚約者に殺されてから精神的におかしくなったらしくて」
なんだか生々しくどす黒い話になってきているが、これが――私にとっての始まりの事件となる。
浅間氏は髪の毛を払い、手紙に目を通す。私はその場で何が書いてあるのか聞く勇気はなかったが、小早川さんが「何が書いてあるのですか」と問いかけたため嫌でもそれを見ることになってしまった。
浅間氏はその紙をこちらに向ける。恨み辛みであるのは一目で分かった。血で描かれた【ユルサナイ】という文字。恐らく彼女自身の血液で描かれたそれは変色し黒く染まっていた。
「で? お前はどうして欲しいんだよ、高岸」
「それは……辞めさせてほしい、としか」
報酬は? と尋ねる浅間氏はまさに悪鬼のような笑みを浮かべている。私は何故浅間氏がこのようなことを相談されているのかも、報酬に関してもちんぷんかんぷんだと言うのに。
「出世払いってことで……」
それを聞いた浅間氏は「なめてんのか」と高岸氏の胸ぐらを掴む。その間に稲嶺嬢が割って入った。
「暴力はダメだってば清太郎! いいじゃない、無償でも。困ってる人がいるんだったら助けるのが放送部よ!」
ん? と全員が稲嶺嬢の顔を見る。当の彼女は「なにかおかしなこと言った?」的な態度でこちらを見返している。
「放送部、ですよね?」
私の問いに「うん」と頷く稲嶺嬢。放送部はこの高校ではなんでも屋的な扱いなんだろうかとも思ったが、やはり解せない。そもそも悪徳部とは。根本的なところにまた疑問が沸いてくる。そういや放送部らしきことを何もしていないではないか。放送しろ。
「……仕方ねえ、出世しなかったら覚えてろよ、高岸」
ドスをきかせた浅間氏の声に、高岸氏は身震いする。そんな思いをしてまで何故この人に頼むのだろうとも思ったが、浅間氏の次の言葉に私はわけのわからなさがピークに達した。
「では、これより悪徳部部室に対策本部を設置する。依頼人は公立神楽木高校三年A組 高岸 正。対象は私立南桜高校二年B組 篠田 弓子だ。秋山、担当はお前だ。どんな手を使ってもいい、篠田を二度と高岸に近づけるな」
ちょっと待て。この部分は今思い直しても憤りを隠せない。何故私なのか。わけがわからない。
ちなみに、南桜高校といえば神楽木高校といえば隣にあるそこそこ大きな私立高校である。あそこの制服はうちより可愛いと専らの噂であった。
「何をしてもいい……って」
「頭を使え。とにかく対象と接触をはかってこい」
浅間氏はあんな恋文を送った少女と接触をはかれとまだ幾らか純真な心が残っていた私に命じた。接触をはかれと言われても、どうしたらいいものか。
「それと、高岸は存分に利用してやれ」
「「えっ」」
高岸さんと私の声が綺麗なハーモニーを奏でる。男とハーモニーを奏でてどうする。一緒に奏でるなら女性に決まっているではないか。卑猥な意味ではなく。
高岸氏を横目で見ると、同じように彼もこちらを見つめていた。目と目が合う瞬間、私は自分と彼が同類であることに気づいたのである。