6.買い物
「ふわぁ〜あ………」
いつもその時間に自然と起きるため体内時計は今が7時だが、外の空気や太陽の高さが元の世界と大差ないように思える。こちらの世界ももしかすると1日24時間なのかもしれない。
起きたは良いが、床で寝ていたせいか身体中が凝り固まっているのでまずはストレッチをする。そのあと、受付で布を借りて冷たい水で濡らして体を拭いていく。この街には銭湯みたいなものはあるのだろうか、ゲームや小説だと風呂は普及してないことが多いだけに心配だ。あるといいな。
次に日課である型の確認をしに、昨日の森へ行って、適当な枝を折り取りる。刀でやると剣氣が飛んでしまい危ないので、刀で削って即席の木刀を作ってから稽古を開始する。木刀なので鞘が無いが、贅沢は言うまい。今日ゴードンさんの所に行くときにでも安めの稽古用の剣を買おう。
昨日のところには既に熊の亡骸は無くなっていた、回収された後のようだ。あとでカノンさんに代金を貰いに行こう。
いつも通り型の確認と共に身体の感覚を点検していく。木刀でやってもうっすら剣氣を纏ったためひやひやしたが、刀の時のように飛んでいくことはなかった。この辺の違いはどこから来るんだろうか?
気になったので実験してみると、木刀の刃の部分がより薄いと剣氣が飛びやすくなっていった。剣氣の量は変わらなかったので、素材などで変わるのかもしれない。
一時間ほどで確認を済ませ街に戻る頃には、既に表通りは賑やかな様相を呈していた。
宿に戻って出ていくための手続きを済ませてから朝食を食べ、熊の皮の代金を貰いに店に向かう。途中で道に迷いそうになったが、何とか「なんでも屋ピーカ」へ辿り着いた。店に入ろうとすると、なんだか人相の悪い男が出てきた。すれ違い様にジロジロ見られたがなにかしただろうか。
「おお!丁度いいところに来たね。今しがた代金が届いたところだよ」
「こんな大金になるなんて…ルビーベア恐るべし」
受付にはコーライル母娘が、なんだか感慨深げな様子で並んでいた。
「今?もしかしてさっきの男の人が?」
「ああ、あいつは解体屋の奴さ。売っぱらった代金を届けてくれたんだよ。すぐに取り分を分けてやるからちょっと待ってな」
そう言うと受付に置いてあった皮袋を持って、店の奥へ戻っていった。そんなに良いお金になったのだろうか、少し楽しみだ。
「ミツル、ルビーベアってどんな感じだった?私、危ないからあんまり街の外に出たことなくて」
「見た目は毛の赤い熊なんだけど、かなり素早い突進を仕掛けて来るんだ」
「へー、すばしこい熊ってわけね。それは強そうだ」
ウンウンと頷くニーナ。なんだかこう説明すると、ルビーベアも大したことないように感じるのはきっと気のせいだろう。
そうこうしていると、カノンさんがさっきとは違う布袋を持って奥から出てきた。あれ?意外に小さいな。
「ほれ、これがお前さんの取り分だ。これでなんか美味いものでも食ってこい」
「ありがとうございます………!?」
中身を確認すると、なんと銀貨6枚と銅貨が2枚という、かなりの大金だった。てことは元は金貨一枚くらいあったんじゃないか?
「こ、こんなに!?良いんですか!?」
「ああ、それはお前さんの正当な報酬だ。あのルビーベアを倒したんだ、それくらいは貰えないと割に合わないってもんよ」
「そうそう!遠慮せず受け取って!」
「ニーナ、お前は何もしてないだろうに…」
ニーナの言葉に呆れるカノンさん。
しっかし、遠慮もしちゃいますよこれは。昨日までただの高校生だったのに、いきなり大金を持ってしまった。
やや緊張しながら、袋を受けとる。
「ありがたく頂きます」
「まぁお前さんなら大丈夫だろうが、これに味をしめてまた危険を犯さないようにする事だ。いくらステータスが高いからといっても、殴られれば怪我はするし、噛まれれば血も流れる。気を付けるんだね」
「はい。肝に銘じておきます」
なんだかカノンさんの目がいつもに増して真剣味を帯びている。ニーナもなんだか思うところがありそうな顔だ。余計な心配をかけないようにしなければ。
「まぁ仕事は仕事だ、討伐依頼が来たらよろしく頼むよ。ウチは冒険者ギルドに人を取られてる分、討伐依頼をこなせる奴が少なくてね。すまないね」
「いえいえ。そう言えば、ここで働いてる人達ってどのくらい居るんですか?」
「お前さんとニーナを入れて7人だね。そういえば7か、縁起がいい数字じゃないか。7人目のお前さんが、今回みたいに福を運んで来てくれることを期待してるよ」
うおっ、ウインクされた。全くときめかないどころか殺気すら感じたぞ。
こっちでも7が縁起が良いのか、と思って尋ねてみた。伝説の勇者一行が7人だったため、縁起が良いとされているらしい。伝説の勇者の話も今度聞いてみたいな。
袋を腰に括り付け、店を出る。今晩どころか暫くはお金に困ることも無さそうだし、買い物にも行けそうだな。カノンさんにも釘を刺されているから行かないが、ルビーベア一頭でこんなに大金が入るならもう一度、と考えてしまう。行かないけどね。
よし、お金も入ったことだし、次に向かいますか。
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「……大丈夫だ」
「え?結構思いっきりいきましたよ?」
昨日負った刀のダメージを見てもらう為ゴードンさんに刀を渡すと、手入れは要らないと言われた。あれだけ思いっきり抜刀術をぶつけたにも関わらずダメージ無しとは。
「…剣氣が刀を守る」
剣氣を纏った状態で斬撃を行えば刀をコーティングしてくれるらしい。おいおい、剣氣便利過ぎないか。それなら、飛ばさずに刀に纏ったままにしておけるように出来ないかな、そうすれば刀の負担も減るし。手入れの手間も省けて一石二鳥じゃないか。
「剣氣って飛ばさずに留めておけるんですか?」
「それが普通だ。……飛ばす方がよっぽどだぞ」
どうやら、普通は纏わせられるようになってから飛ばす為の訓練をするようだ。しかも剣氣を飛ばすに至る剣士は至極稀だそうで、順番があべこべになってしまったみたいだ。誰か剣氣に熟達している人に剣氣の使い方を教わりたいところだな。いきなり出来たから剣氣について何もしらいないし、応用方法をもっと知りたい。安全にある程度の魔物を狩れるようになれれば収入も安定しそうだしね。
折角来たのでもしも刀が刃こぼれなどを起こした時の応急処置の方法などを聞こうとしたが、それを教え始めてしまうと「弟子との線引きが曖昧になる」という理由で断られてしまった。ガードが堅いな。
「そうだ、刀で稽古をすると剣氣が飛んで危険なので、出来るだけ安い剣は無いですか?鞘も一緒に欲しいです」
「…どんなやつが欲しい」
「この刀のように、片刃でほんの少し反りがあるものが良いです。長さも同じくらいのものがあればそれでお願いしたいのですが…」
「………」
ゴードンさんは少しだけ考え込むと、店の在庫を漁り始めた。丁度いいものがあると良いのだが。俺の刀は「打刀」と呼ばれるもので、「太刀」と比べると短くて反りのないタイプだ。その分小回りが利き、俺の抜刀術は打刀での使用を想定している。
少し待つと、ズラリと並んだ店の剣から何本かを持ってきてくれた。サーベルが二本、カトラスが一本、柄のガードも鍔もない片刃の剣が一本。これはヤタガンと言うらしく、知り合いの旅人に貰ったらしい。
10分ほど迷った挙句、サーベルを一本購入した。朝の実験で分かったことを活かして、剣氣が飛んでいくことの無いように刃を潰して貰った。剣自体はそれほどでも無かったのだが、刃を潰したため鞘はオーダーメイドになってしまい、結果的に銀貨2枚にもなってしまった。
これでもかなり負けてくれたようなので、これから毎日ありがたく使わせてもらおう。
「素振り用なら特にはないと思うが、傷んだら持ってこい」
「分かりました」
ここでの用も済んだので長居はせずに鍛治場を出る。太陽がそろそろ頂点にさしかかる時間で、日差しがまぶしくて思わず目を細める。残りのお金は銀貨四枚に銅貨が二枚、石貨が少しか…、意外に剣が高くついたな。宿と食事、討伐依頼を受けるなら防具も要るだろうし
、服などは安いものを買ったほうが良さそうだ。
あれこれと買うべきものを頭の中でリストアップしながら、大通りへと足を運んでいく。腹ごしらえを先に済ませてから色々見て回ろう。
楽しい異世界ショッピングタイムと行こうじゃないか。