5.宿探し
今夜泊まる宿を探し、夜の街を彷徨う。これだけ聞くと不純に聞こえるかもしれないが、断じてそんなことはない。むしろ生活がかかっている。
少し綺麗な宿屋で値段を聞くと、一泊銅貨4枚もした。やはり今日は安い宿で済ませるしかなさそうだ。店に寝る所があればよかったのだが、カノンさんが娘の身がどーたらと言って許してくれなかった。「そんなことは絶対に無い」なんて言ったばっかりにまた怒らせてしまった、母心は難しい。お金を貸してもらおうかとも考えたが、会ってその日にいきなり申し訳無かったのでそのまま出て来た。
大通りに面した宿屋はどうやら上客を相手にした店ばかりのようで、どれも明るい照明と美味しそうな料理の匂いを周囲に撒き散らしている。そういえばこっちに来てから何も食べていないな…お腹が空いた。
仕方ないので少し裏路地の方にある宿屋を当たることにする。手持ちのお金を考えると、朝晩食事込み一泊銅貨一枚くらいがベストだろう。こう考えるとさっきのお店はその四倍でやっと素泊まりなのだ、いかに高いか分かる。
暗い路地が広がっているかと思ったが、安酒場で貧乏冒険者が酒盛りをしていたり、家路の途中だろうかいそいそと歩く人が居たりと、思いの外賑やかい。……ん、酒場?
「おお、そうか、酒場で飯食って情報収集がてら宿も聞くことにしよう」
我ながら妙案である。情報収集といえば街の酒場と昔から相場は決まっているのだ。
早速安酒場の扉をくぐる。が、しかしそこではたと気付いた。俺は未成年じゃないか。見た感じ俺よりも1〜2歳若い少年もビールのようなものを飲んでいるし、この世界の法律(あるのかもしらないが)には引っかからないだろう。だがそうは言っても俺は日本国民である以上、日本の法律を守るべきだと思う。うーむ。
「ご注文はどうなさいますか?」
「あ、すいません。ちょっと待って……え?」
「あっ!」
日本の法律に従うべきか否かを悩んでいたところに店員の声がした為顔を上げると、そこにはこの酒場の制服に身を包んだニーナが居た。
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「じゃあ安くて良い宿を探してるんだ!」
「そういうこと」
ニーナが「仕事が終わる時間まであとちょっとだから待ってて!」と言うので、適当に飲み物と料理を頼んで待つことにした。勿論、お酒は頼んでいない。値段は合わせて石貨10枚だった。
頼んだ品は、ガローナの名物らしい猪の香草焼きとタールティーというものだ。タールなんて言うからドロドロしているのかと思ったら、コーヒーのような飲み物だった。黒いからタールってことかな?香草焼きは肉臭さがまだ少し残ってはいたものの、空腹と相まってとても美味しかった。空腹は最高の調味料とはよく言ったもんだ。
一時間ほどすると、ニーナが店にいた時の服装で出て来た。どうやら寝たふりをして夜もバイトに明け暮れているらしい。そこで今日泊まるところが無いことを打ち明けると、快く良い宿を紹介してくれることになった。ニーナ様万歳。
ニーナと宿屋に向けて歩きながら、たわいもない話をする。
「ニーナさんはいつもどういう仕事をしてるの?」
「私は家事全般とかかなー。掃除洗濯、料理に給仕に、一回だけ貴族様のメイド役もやったんだよ!あれは大変だったなぁ」
ニーナさんの女子力が高すぎます。よく見るとニーナの手が少し荒れているな、働いている証拠だ。なんだかジンと来てしまった。
「ミツルくん、だったよね」
「うん。光流でいいよ」
「ほんと?じゃあ私もニーナって呼んでね」
ニコッと笑うニーナ。ああ、笑顔が眩しい。
「ミツルはどこからここへ来たの?」
「名前も無い遠い田舎の村さ」
「嘘。田舎の村に、そんなに良い布や良い剣があるはずないもの。それに剣の稽古だって」
「う………」
まずいな、なんだか怪しまれている。ここは素直に話すべきなのだろうか……。しかし、ギルド本部から人が来た時にニーナに迷惑がかかるのは避けたい。
「いや、本当だよ。布も剣も、通りすがりの旅人さんがくれてね。その人はそのまま村に住んだんだけどすっごく強かったから、稽古を付けてもらったんだ」
「へぇー……」
かなり無理のある話だったが、ニーナはそれ以上は聞いてこなかった。危ない危ない。
それからもお互いに色々聞き合いながら歩いていると、いつの間にか目的の宿屋の前に着いていた。
「ここ!依頼に来る冒険者さんもここの宿屋は良いって評判だって言ってたよ!」
「ここかぁ…」
はっきり言って不気味な外見だった。真っ黒な木材で出来た建物で、窓からランタンのようなものが見えている。いかにも魔法使いが巣食ってます、と言った風体だ。
「だいじょぶだいじょぶ、悪い噂は聞かないから!これでも街で二番目の情報通なんだから!」
「一番は?」
「勿論、母さんよ」
なんでも屋ってのはその性質上、様々な人と関わる分情報も入ってくるらしい。いっそ情報屋とかすれば良いのに。
「ありがとう、あとはなんとかするよ」
「分かった。じゃあ私もそろそろ帰るね。母さんに見つかる前に部屋に戻らなきゃ」
そう言うと、ニーナは家の方へ走り去って行った。
その後、宿屋の受付で手続きを済ませる。偏屈そうなお婆さんが宿主だったが、丁寧な対応だった。朝食付きで一泊石貨80枚だったので所持金が石貨36枚まで減ってしまったが、ルビーベアの皮が高く売れることを祈ろう。
鍵を貰い部屋に入ると、4畳くらいの部屋に水道があるだけの部屋だった。勿論寝具やキッチン、風呂場などは一切無い。安いだけはあるな……風呂に入りたい……
木の床にそのまま寝っ転がりながら、明日からの生活に想いを馳せる。気候が暖かいせいか、夜でもそんなに寒くない。まずはお金、お金が入ったらこの目立つ服の代わりを買わなければ。そうだ、ゴードンさんに刀も見て貰わなきゃいけないな。自分でもある程度出来るように、刀の手入れを少し見学させて貰おう。あとは、あとは………
そんな事を考えているうちに寝てしまったようで、気付いた時には朝だった。よし、今日も頑張ろう。