4.宿探し
「これ要するに石拾いだよなぁ…」
カノンさんに「今日の宿代を稼げるような仕事は無いか」と聞いたところ、近くの山での鉱石採取の依頼を任された。白くて日にかざすとキラキラと光る石で、カノンさん曰く「行けば分かる」とのことだった。集める石はシザ石と言って、安価な装飾品などに使われるらしい。
流石に道着では行けないので、ニーナに店に置いてある作業着を借りて着替える。刀は護身用に腰に差していく事にした。
採取に赴いた「クローブ山」は、山肌を鬱蒼と広葉樹が覆い尽くした山だった。そのせいで足元には大量の枯葉が落ちており、歩きづらい上に石を探しにくい。
「おおー、これか。思いの外普通に落ちてるんだな」
山を登り始めると、すぐに目的の石が見つかった。採取は予想より早く終わるかに思われた。が、その後少しずつしか見つけることが出来ず、日が傾き始めた。
カノンさんに言われた通り、大小構わず30〜40個程度を目安に借りたリュックに詰めていく。道が分からなくならないように、木に刀で少し傷を付けながら進んでいったが中々心許ない道標だ。日の当たっている内は、目印も石も白くて分かりやすいのだが、徐々に暗くなるにつれどんどん見つけ辛くなってきた。
「37個目っと。まぁこんなもんだろ、意外に時間かかっちゃったし戻るとするか」
この山までは、こっちの時間単位はよく分からないが日本で言えば歩いて20分程だった。採取が終わった今でさえあまり疲れていないのはステータスによる補正なのだろう。その割に時間が掛かったのは俺の物探しがド下手という証拠になってしまうが…
そう言えば、この街の名前やらお金の単位やら、知らないことが沢山あるな。宿を探すときについでに情報収集をしないといけないかもしれない。
そんな事を考えていると、ふと、不気味な静寂がこの山を包んでいることに気が付いた。辺りは完全に闇と化し、わずかな月明かりを頼りに目印を辿る。
(嫌な予感がするな……)
カサカサと自分が枯葉を踏む音ばかりが聞こえる。石を採取していた時によく見た猪や鹿に似た生き物達も、巣穴に帰ったのか姿を消している。
すると遠くから、何かが駆けてくるような音が聞こえてきた。ダダンッ、ダダンッという音が聞こえる。音の大きさや音程からして、かなり大きな生き物のようだ。
「やっべ、急げ急げ急げ!」
急いで目印を辿りながら山を駆け下りていく。後ろから追いかけてくるのが何であれ、この暗闇で足場も視界も悪い山の中となれば危険は平地の何倍にもなるはずだ。早く森を出なければ。後ろを振り返るが、獰猛な足音ばかりで姿は見えない。
焦るほどに目印を見失いそうになる。何度も足をもつれさせ転びそうになりながらもなんとか街道に出ると、すぐさま石の入ったリュックを遠くに投げ刀の柄に手を置き振り返る。
(街まで付いて来させたら大変なことになる…ならここでやるしかない!)
すぅっ、と音がしそうな速度で自分が集中していくのが分かる。これが特殊技能:集中の効果だろうか。いや、余計なことは考えるな。考えるべきは、敵の出方と自分の出方、この2つだけだ。
すると、バキィ!と木を薙ぎ倒し、足音の主はその姿を月光に晒け出した。巨大な体躯に豪腕豪脚、凶暴さを主張する牙。その姿は、日本でもよく目にした生き物だった。熊である。体毛も赤みがかっているし正確には熊のような外見をした魔物なのかもしれないが、そんなことはどうでも良い。まずは明らかに敵意を向けてくるコイツを倒してからだ。
「うおっ!」
物凄い速度で襲いかかってくる熊を、慌てて横っ飛びにかわす。飛び込み前転の要領で体制を立て直し、振り向きざまにもう一度構え直す。砂埃を巻き上げながらブレーキをかける熊を見つつ、勝つための算段を付ける。敵が動物なのかまものなのか知らないが、殺意を持っている相手に手加減をしている余裕はない。
一撃で決めさせてもらう。
俺が修行を重ねてきた抜刀術はとても実践的なもので、あらゆる動きの中から最適な技を繰り出すことで最も威力を発揮する。勿論、回避をしながらでも、である。
こちらに向き直り再び突進をしてくる熊をギリギリまで引き寄せ、完全に動きを見切った上で横に飛ぶ。今度はサイドステップのように最小限の動きで右にかわし、熊の頭が真横を通り過ぎたところで右足で地面を踏みしめ、鯉口をきる。何度も繰り返してきたこの動きに、淡い懐かしさを覚える。
(三乃型………)
タイミングを計りつつ、熊の巨大な腹に向けて一気に右手で刀を抜く。そして刀の切っ先が鞘から抜け終えた瞬間に左手も柄に添え、斬撃の速度を加速させる。そして左足の踏み込みとともに敵に炸裂する渾身の斬り上げ。
(……烈!!)
ドパンッ、と超音速での斬撃であった事を示す衝撃波の音と共に、剣氣を纏った刀が熊の胴体をあっさりと真っ二つにする。放たれた剣氣は、平地の草を少し刈り取ったあと消えていった。幸いにも熊自身の勢いと斬撃の速度により返り血はかからず、背後でブシュッと嫌な音を立て地面を転がっていった。いつの間にか呼吸が止まっていたので、刀を振り上げ切った姿勢のまま、肺に溜まっていた空気を深く吐き出す。
ゆっくりと無言のまま熊の死骸に近づいていき、刀を傍らに刺して手を合わせ黙祷をした。許可なく縄張りに立ち入り、自分の身の為に殺してしまったのだ。悪いのはこっちと言えなくもない。
布が無いので刀の血を木の葉と木の枝で拭い取り、鞘に戻す。肋骨や背骨をぶった斬ったはずだし、刀も傷んでいるかもしれない。明日ゴードンのおっさんに見せるか。
そのままにするのも躊躇われたので、適当な山の麓のところに枯葉を被せて熊の上下半身を置いておく。小動物に食い散らかされないように木の上に置いておく事も考えたが、結局鳥がついばみそうなので諦めた。帰ってすぐにカノンさんに処理法を聞いて戻ってくることにしよう。
高い筋力値 と敏捷値のおかげか、刀から衝撃波まで出せるとはな。なんだか最後の戦闘で疲れたが、はやいとこ街に戻ろう…
リュックを背負い直し街に向けて歩き始めたところでふと振り返ると、幼げな瞳のリスがこっちを見ていた。
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「あんた、ルビーベアを倒したってのかい!?」
店に戻り依頼の品を渡しながら熊を倒したことを報告をすると、カノンさんが驚きの叫び声を上げた。声が大きすぎて道から「ギャッ!?」という悲鳴すら聞こえた。どんまい。
ちなみにニーナはもう寝てしまっていた。仕事で疲れていたのだろう、今の大声で飛び起きていないか心配だ。
そういえば、街に入るときに門番に街の名前を聞いた。ここは「ガローナ市」と言う中規模の街だそうだ。
「ルビーベアというんですね。山ではよく出るんですか?」
「よく出るも何も、あの山では頂点にいる魔物さね。毎年採取に行った駆け出し連中が何人かあいつに殺されててね、ベテランの冒険者でもあいつばっかりは避けるようなやつさ」
そんなに強いやつだったのか。
「人間を襲うんですか?」
「いや、人間以外の動物たちも標的にされる。その上死骸は生前に穢れた魔力が巡っていたせいか食べられないから、全くの害獣なんだよ。毎年数頭ずつ減らして生態系を維持するのがやっとってところさね」
なんだか悪いやつだったらしい。少しあった罪悪感が和らいでいく。まったく受け取り方で罪の意識が変わるんだ、人間は勝手だね。
「すいません、熊の体をどうすれば良いのか分からなくて、とりあえず山の麓に置いて枯葉を掛けてきたのですが…」
「放っておいてもいいが、アレの毛皮は高く売れる。知り合いの解体師と毛皮屋を手配しておくから、また明日代金を取りに来な。後のことはやっておくよ」
「ありがとうございます」
「ま、ただし売値の3割と途中でかかった経費はこっちが貰うよ。良いね?」
「はい、大丈夫です」
ルビーベアのことはカノンさんに任せるとしよう。俺がやるより格段に上手くやってくれるだろうし、放っておくのも何だか可哀想だ。
「ほい、じゃあこれ、石拾いの方の報酬ね。この依頼は先に報酬を預かっておいたから日銭を稼げたが、完了報告をしてから報酬が送られてくるのもあるから注意するんだよ」
「ありがとうございます。そういえばカノンさんも仕事に出ることはあるんですか?」
「あたしかい?あたしは行かないよ、ずっと店で事務仕事さ。娘のニーナは働きに出るから、同じ仕事を共同でやる事もあるかもね」
おお、ニーナちゃんと一緒に仕事か。楽しそうだ。
「…お前、ニーナを狙ってるんじゃないだろうね」
おっと、顔に出ていたか。いかんいかん。
「そんな訳ないじゃないですか」
「なに!ニーナじゃ不満かい、ええ!?」
「カ、カノンさん、落ち着いて、ね?」
カノンさん怖いよ。そんな形相で睨まれても困るよ。恐怖で冷や汗が身体中から出ているのを感じる。ルビーベアより怖い。手を盾にして無理やり笑いながら、不用意な発言を後悔した。次からはニーナちゃんの話題になったら気をつけよう。うん。
カノンさんがやっと椅子座ってくれたところで、報酬の皮袋をあける。銅貨と思しきものが1枚と、同じ模様の石でできた麻雀牌のようなモノが沢山入っていた。
「カノンさん、僕田舎者なんでお金が分からないんですが」
「あぁ!?……ああ、そうかい?」
まだ少し不機嫌そうなカノンさんが貨幣の価値や相場を色々と説明してくれる。
それによると石の麻雀牌は石貨と言って、銅貨の一つ下の価値を持った貨幣だそうだ。相対価値としては、石貨百枚で銅貨一枚、銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚だそうだ。
「田舎モンの癖に算術は出来るんだねぇ」
「え?…あぁ、ええ、アハハ…」
変な顔しながらも、不思議がっているだけで疑ってはいないようだ。危ない、身元を聞かれるようなことはなるべく避けなければ。
相場を聞く限り、石貨一枚でザックリ日本円にして50円程度と考えれば良いだろう。となると、銅貨が五千円、銀貨が五万円、金貨は五十万円にもなる。単純な話金貨一枚で石貨一万枚であり、庶民にとってはそうそうお目にかかることは無い代物だろう。
と言うことは銅貨1枚と、数えたところ石貨が26枚あるから、報酬は日本円で6300円か。これだけあれば一泊は出来そうだし、明日の宿代も熊の毛皮で調達出来そうだ。また明日仕事を貰えば何とかなりそうだな。
教えてくれた事にお礼を言って、道着に着替えてから店を出る。さて、お次はどこに泊まるかだ。