1.職探し
「…………はい?」
正直混乱していた。急に知らない場所に何故?ここはどこだ?さっきまで何してたっけ?いやいや、普通に家で寝ていたはずだ。
落ち着け俺、冷静に何故こうなったか考えてみようじゃないか。
まず状況を整理しよう。俺は今、知らない路地裏にいる。という事は、知らない街なのだろう。近所に知らない道は無いはずだし、こんな中世ヨーロッパ染みた建物は無かったはずだ。おまけに表通りの方はなんだか騒がしい。商店街か何かだろうか。金属がカチャカチャ音を立てたり、大声で客を呼ぶ声がしている。とても活気のある商店街らしい。
そして不可解なのは、俺がなぜか道着を着ている事だ。そして、腰には三段合格祝いにと貰った刀が差さっている。銘は何故か無いが、名刀と言える斬れ味を持っている。
これらから考えられる可能性、それは…
「いやいやいや分かるわけないでしょうが!江戸川コ◯ンもびっくりの状況だよ!」
無かった。可能性からして思いつかなかった。なんだこれホント、助けてママン。大声を出したせいか、表通りの人が顔を覗かせるが、不思議そうな顔をして戻っていくばかりで声を掛けてくる者は居ない。
「……とりあえず外に出てみよう、どこか分かれば帰れはするだろう。」
立ち上がって土埃を払うと、俺は明るい表通りへと躍り出た。まずは交番か、あるいはバス停か駅か。その辺りに街の地図でも無いか探そう、そんな風に考えていた。
外に出た瞬間、日差しの強さに目を細める。そういえば起きてからずっと暗いとこにいたし、そのせいか…
なんて考えているうちに目が慣れ、周りの景色が視界に飛び込んできた。そこには、
「へいらっしゃい!カイル湖でとれた新鮮な魚だよ!そこの奥さん、お一つどうよ!」
「世にも珍しいトレントに成る果実!活力剤にも美容にも最適!買わなきゃ損だよぉ!」
「あの鍛冶屋ゴードン、その腕前に勝るとも劣らない、隣町の鍛冶屋の作品ですよ!ナイフ、包丁から剣に槌まで、何でもあります!お安くしますよ!」
……なんか、あれ、それこそヨーロッパとかの市場みたいな出店がたくさん並んでるんですけど。顔立ちも外国人っぽいし。いや、もしかすると俺が外国人なのか?そうなのか?ていうかトレントってあれか?RPGとかでよく居る動く木の魔物の事か?それに成ってる果実とか食って平気なの?ってかそんなのマジで居るの?
パニックのまま道の端に突っ立っていると、道行く人々から好奇の視線を向けられている事に気が付いた。そりゃあ道着に刀なんて目立つ格好してたら通報ものですわな、うんうん。
「ってなんか、ちょいちょい鎧着てたり剣とか弓とか持ってる奴が居るぞ?……祭りかなんかか?」
屈強な剣士や、俊敏そうな狩人、盗賊や騎士、様々な出で立ちの男たちが、平然と街中を闊歩している。うっすら気が付きつつも、俺はまだ現代の地球である事を信じていた。武器とか売ってるし、トレントとか言ってるけど違うんだと。きっと珍しい普通の木の名前なんだろうと。どっかの陽気な人が名付けた木の種類なんだろうと。
しかし、そんな希望は、次の瞬間耳に入って来た客引きの文句で粉砕される。
「いまから魔法を学びたい、少し難しい魔法が知りたい、家事に使える魔法を習得したい、そんなお客様にはこの『初級魔術百貨』がオススメだよ!一冊銀貨2枚!どうですか!」
あらやだ魔法ですって、そんなインチキ臭いもの誰が買うのかしらねぇ?と思って声の方を見ると割と繁盛してやがった。なんでじゃ。しかもボウッとか音立てて人差し指から炎出してる人居るし。
「これあれだよなぁ、小説とかにあるやつだよなぁ……」
そう、もしかしなくても日向光流17歳は、こうして剣と魔法の織り成す世界への来訪を果たしたのである。
============================================
「うーむ、差し当たりするべきは、食料と寝床の確保だが…」
そうなのだ、まずはそれをしなければ明日からの生活に困ってしまう。素直に順応し過ぎな気もするが、なんだかやけに落ち着いてきた。家族には心配をかけるが、連絡手段の無いいま、それを考えても仕方のない事である。まぁそんなことは良いとして、それらを確保するためには必要なものがある。
お金である。
先ほどの呼び込みの感じからして、ここでの通貨は金貨や銀貨で行われているのだろう。恐らく銅貨やそれより価値の低い通貨もあるに違いない。腰に差さっている刀を売ればある程度金にはなるだろうが、その先が無い。かと言って、戦闘は実戦経験ゼロ、魔法に至っては全く出来ない俺に出来る事はあるのだろうか。
職を斡旋してくれそうな所を探しながらフラフラと街を彷徨っていると、カキン、カキン、と言う音が聞こえてきた。興味を持ったので近づいて行くと、どうやら原因は鍛冶屋が剣を打っている音だったらしい。
赤熱した金属に、使い込まれて黒くなったハンマーを振り下ろす。すると少しずつ金属の棒は剣の形になっていく。いかつい爺さんが打っている様は迫力満点である。そして金属の赤みが引くと、再び炉に入れ熱する。作業が終わったのか、興味を引いた原因の音も止みクルリとこちらに振り返った。鋭い眼光に角ばった顔、白い髪と眉の如何にも頑固そうな人だ。
「………何か用か坊主」
「あー、いえ。何をしているのかなぁと。刀を打っていたんですか?」
「カタナ?………いや、あれは剣だ。」
やはり西洋チックな様子の通り、剣の方が主流らしい。すると爺さんは俺の腰に差さっている刀に目をやった。
「…ふむ、変わった形のサーベルだな。しかし不思議な格好だが、坊主は剣士なのか?」
ああ、もしかして刀を知らないのだろうか。確かに同じ片刃であるサーベルやカトラスは、刀身が反っているという点で似通ってはいるが。
「いえ、これは刀と言う種類のものです。服装は、まぁ、祖国の民族衣装と言いますか」
そう言いながら刀を抜く。残念ながら刀を抜いた後はからきしなので、型を見せたりは出来ないがね。すると鍛冶屋の爺さんは目を見開き「…こりゃあ……」と呟いたあと、何か考え込み始めた。なんだなんだ、これの作り方でも考えているのか?まぁ一応自分がいつも使ってる物だからと調べた事もあるし、作り方自体は知ってるから教えられるけど。
「坊主、これをどこで手に入れた?」
「えーっと、遠い祖国で貰いました。腕前を認められて、その記念にと」
「ふむ……こんな業物を作れるヤツはそうは居ないはずだが、あいにく俺は知らねぇな……。坊主、この『カタナ』とやらは誰の作ったもんだ?」
「人に貰ったものなのでそこまでは…」
「そうか…少し気になったんだがな」
そこで再び考え込む爺さん。考え込んでる姿も威圧感が凄まじい。正直、ボクとてもコワイです。
「…お前、少しそいつを振ってみろ。剣士なんだろう?」
「まぁ剣士というか武士ですけどね。多分」
「…なんでもいい、裏に丁度いい庭があるから貸してやる。やってみろ」
…ああ、ヤの付く怖いお兄さんに絡まれるとこんな気分なのかなぁ………。
けれどこっちでも俺の技が通用するのか聞きたいし、この爺さんならある程度見極めてくれそうだ。けど俺に出来るのはなぁ……
「先に言っておきますけど、俺が出来るのは刀を抜くところまでなんで」
「…ふむ」
あ、ちょっと不思議そうな顔してる。刀が無いなら居合道みたいなものも無いらしいなこの世界には。鍛冶場を通り抜けると、二つ扉があった。右の扉をあけるとかなり広めの庭があり、傷だらけの丸太が立っていた。どうやら試し切りなどをする為のものらしい。周りには木の柵が建てられ、外の様子は見えないようになっている。
爺さんは入ってすぐの所に立っている。さっさとやれ、ってことか。
「ふぅー………」
まずは息を整え、身体の隅々に感覚を行き渡らせる。腰を落とし、刀の柄に手をやり、鯉口を切る。
何故かいつもより全身の感覚が冴えていく気がする。いい調子だ。
(一番得意な型で良いか……)
身体の力を限りなく抜き、自然に構える。そこから踏み込みながら繰り出される、単純な右薙。しかしその速度は並では無い。単純ゆえに極めれば一撃必殺となるその斬撃は、俺の最も得意とする最速の一撃だ。
(一之型、閃)
ヒュッ、と音を立てて刀は空を切り、何も切らずに止まる。はずだった。
常人ならば目にも止まらぬ速度ではあるが、稽古で既に何千回も見てきたものであり、勿論刀は見えている。そして刀の振られる途中で俺は、何か銀色の靄のようなものが刀身から滲み出たあと切っ先に集まり、空中に線を描くように放たれるのを見た。
そして、次の瞬間。
前方の柵が、放たれた銀線によって真っ二つに切り落とされた。