13.討伐依頼
刀を腰に差しながら、俺は隙を見せないようクイーンボールアントを凝視する。念のために入り口の脇に刀を置いておいたのは正解だったようだ。
体長は約15m、普通のボールアントが目まで全身が黒いのに対し、爛々と光る二つの赤い目がこちらを見ていた。
「息子たちをやられて出張ってきたんだろう。クイーンが出てくるってことは向こうもピンチって事だ、こいつを倒せれば終わりは近いぞ!」
余りに一気に討伐したせいで慌てて食い止めに来たようだ。それだけボールアントの数を減らせたということだろう。よし、前向きに考えていこう。例え目の前の敵の威圧感に足が震えそうでも、だ。
「分かりました、とりあえずやってみます!」
「クイーンを討伐する時は、普通は一個小隊で罠にかけるのが常套だ!無茶はすんなよ!」
俺はガイルさんを後ろに下がらせ、クイーンに思い切って全力のダッシュをし、一瞬にして懐に入る。周りにワラワラといた取り巻きのボールアントはその衝撃波で吹き飛んだり、足が吹き飛んだりしていたが、クイーンはビクともしない。どうやら外殻の堅さも体重も、クイーンは段違いのようだ。
「けど、それは想定内だ!」
俺はそのダッシュの最後の一歩を踏み込みつつ、クイーンの胴体へ「烈」を繰り出す。しかし外殻をへこませただけで、クイーンにはさしたるダメージは無いようだ。
「マジかよ!」
「ミツル、危ねぇ!!」
「うおっ!」
容赦なくクイーンがその巨大なカマのような脚を振り下ろしてくる。それを横に転がって回避し、一旦距離を取る。
追撃をかわしながら刀を納め、次の一手を考える。
「ガイルさん!クイーンを討伐する時はいつもどうやって!?」
「パイルバンカーって呼ばれる杭を打ち出す武器を、落とし穴に嵌めたクイーンの真上からぶち込むんだ!重量のある先の尖った杭でやっと外殻を打ち破れる!」
(鋭さより重量か……)
確かにあの堅い外殻を破るには、斬るよりも潰す方が有効だろう。その為には相当な重量が必要となるが、今一番重いのは、クイーンを除いたら俺自身の体だ。その程度では破れないだろう。
チラリと後ろを見ると、ガイルさんが村人を避難させ始めていた。逃げ遅れている人も多く、まだ時間がかかりそうだ。
色々と考えを進めながらも、クイーンの攻撃は難なくかわす。かなりの速度で攻めてくるが、音速以上で動ける俺に当たるはずもない。
それに苛立ったのか、徐々に攻撃の密度が増してきている。早目になんとかしないと、周りに被害が出そうだ。
しかし俺の刀では大したダメージは与えられそうに無い。鋭さに特化した日本刀では相性が悪いのだ。
「ミツル!こいつを使え!」
「ガイルさん!?」
なんと、ガイルさんはそれに気が付いてか背中の大剣を鞘ごと投げてよこしてきた。確かにこの剣ならば重量は十分なのだが……
(この剣では抜刀術が使えないぞ……?)
直剣の両刃であるガイルさんの大剣は、鞘から抜きながら切るには不敵なのだ。特にその長さがネックとなる。鞘に沿って抜こうとすれば威力が落ち、また逆に無理な方向へ抜こうとすればこれもまた速度が落ちて威力が半減する。
どうにか、刀の速度で大剣を振れないだろうか……、いやまてよ、別に何も大剣は振らなくても重量だけ活かせば…
「それだ!」
今思いついた作戦をすぐさま行動に移す。正直元いた地球では確実に不可能な話だが、ここへ来て得た能力に賭けてみるとしよう。どうせ他に手はないんだ、一か八かだ。
ガイルさんの大剣を片手に、クイーンの真上に思い切りジャンプする。どうやらクイーンからすると俺が急に消えたように見えたらしく、こちらには気付かれていない。
ガイルさんの大剣を空中で抜き、落下しながら刃先を真下に向けて投げる。そして、刀を鞘ごと腰から抜き、刃を上にした状態で肩に担ぐ。
(今回はガイルさんの剣を壊さないように、峰打だな)
そう考えながら、ガイルさんの大剣がクイーンに当たる直前で刀を抜く。
「七乃型、鎚!!」
左手で左肩の鞘を抑え、右手で刀を振り下ろす。大剣に当たる前に手首を捻り、刀の峰を大剣の柄頭に全力で叩きつける。
一瞬大剣の重量のまま刀の速度で打ち出されるこのコンビネーションは、擬似パイルバンカーと呼べるものだった。
打ち込まれた大剣は、なんとか堅い甲殻を破り、クイーンの身体へと突き刺さった。ひとりしきりそのダメージにより暴れていたクイーンボールアントも、しばらくすると動きを止め、完全に沈黙した。
「………やった、か?」
避難を進めていたガイルさんも、こちらの様子を伺っているのが見える。両目が光を失っているのを確認すると、ガイルさんに手を振った。
「やりましたよ!」
「おいおい、マジかよ!ほんとにやりやがった!」
村人たちも大歓声を上げながらこちらへと向かってくる。
「ありがとうございます!ミツルさん、あなたは本当に強いんですね!」
「身のこなしといい、その強さといい、まるで伝説の勇者様みたいだ!」
「確かに!ミツルさん、あなたは我々の勇者だ!」
なんだか不穏な流れではあるが、まぁ今回は大袈裟に褒められるのもいいかな。
なんて考えていると、大剣をクイーンから引っこ抜いているガイルさんの一言で一気にドン底へ叩き落される。
「とりあえず、クイーンを倒したせいでボールアント共がお前に今から復讐かけてくるだろうから、一気に片付けるぞ」
「え!?なんですかそれ!?」
「クイーンの体液は普通のやつと違って、無臭だがボールアント共をかなり広範囲から呼び寄せるんだ。親の仇のお前は、集中砲火だろうな」
「しょ、消臭剤は!」
「効かん」
なんて事だ、めちゃくちゃ疲れたのに………
この後、ほぼ夜が明けるまでボールアントの襲撃は続き、ガイルさんの立てたフラグはきっちり回収されたのであった。
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「ありがとうございます!なんとお礼を言ったら良いか!」
「いえ、こちらも幾つか収穫がありましたから」
翌朝、洞窟に戻り村長に討伐成功の報告をする。一晩中戦っていたせいで体力も精神も限界が近い。お布団とお風呂が恋しい。
「収穫とは?」
「クイーンボールアントが出現してな。その甲殻や核、体液とかをギルド経由で研究所やらに売却すればいい金になるはずだ」
「なんと!クイーンをお二人でですか!」
「ほとんどミツルのお陰だ。こいつが居なかったらどうなっていたことか」
「僕だってガイルさんの大剣が無ければダメでした」
「謙遜すんなって、お前は大したやつだ」
「左様ですじゃ。誇るべき偉業ですぞ、ミツル殿」
そんなに凄いことをしたのだろうか、俺に出来るなら他にも出来る人が居るだろう。と、考えるのは日本人だからだろうか。
ところで、「核」とは正式には「魔核」と言うもので、強力な魔物の体内から見つかる。詳しくは未だ解明されていないが、魔核を使うことにより、魔力の貯蓄や増幅が可能となるらしい。
雑魚からは取れないので、少量でも高値で取引きされるらしい。
今回はクイーンのみから、ピンポン球程の魔核が取れた。これが龍ともなると、フィットネスボール程の魔核が取れるらしい。
「そこでだ、村長。ミツルとも相談したんだが、今回は俺たちは報酬を受け取らない事にした」
「なんと!それはこちらとしても……」
「気持ちは分かるがな。しかし、村は壊滅状態、食料も無い、そんな状態で俺たちに回す金は無いはずだ」
「確かに苦しいのは認めますじゃ。しかし…」
「いいんだ。クイーンの素材さえ貰えればこちらとしては十分過ぎるほどの金になる。それをもって報酬としてくれればいい」
「………ミツル殿もそれで良いので?」
「勿論です。早くルミちゃんや村の人たちに、美味しいご飯を食べさせてあげて下さい」
「……ではせめて、こちらを」
そう言うと村長は、古ぼけた箱の中から革の袋を取り出してきた。
「これは我が家に代々伝わる、魔法袋ですじゃ。魔力が無くても扱え、その容量は無限と言われております。巨大な物でも、入れようとすれば吸い込まれるようにはいっていきますじゃ。緊急時用の食料貯蔵庫でしか無かった袋ですが、お二人のような方々が持っていた方が宜しいでしょう」
「いいんですか、そんな貴重そうなもの」
「これでもこの御恩は返しきれておらぬつもりですじゃ。いつでも頼りにして下され、全力の協力を約束しますじゃ。
「困った時にはお願いします」
俺たち二人は、村長としっかりと握手を交わし、魔法袋を頂く。ガイルさんの希望により、魔法袋は俺が持つことになった。
この後、討伐成功の報に洞窟中が地響きのような歓声に包まれ、笑顔だったり思い切り泣いたりしている村人を背に、俺たち二人は洞窟を出た。
まずはクイーンの死体を魔法袋に回収して、その後カノンさんに相談して素材を売却してもらおう。
出口まで見送りに来てくれたルミちゃんに、「また来るね」と言うと、ルミちゃんは嬉しそうな顔をして頷いていた。