妖精と誘拐事件/前篇
王都についてから2年、本格的に魔法の練習を始めて1年経った。
魔王様にいろいろやってみるようにと言われて一通り試してみた結果、私は普通の妖精のように幻術と、あとは転移の魔法に向いているようだった。
ただ、転移の魔法は王都の中では目立つらしいので、なかなか練習できない。何故かと聞いたら、王都に勝手に魔法で出入りされるのは危ないので、魔術師団がしっかりと管理しているのだそうだ。
でも、庭にある、妖精が作った“妖精の輪”は大丈夫なのかと聞いたら、あれは転移の魔法と少し違うから引っかからないのだと魔王様が言った。「道を作るのと転移は違う」らしい……よくわからない。
魔王様の魔法指導はやはりスパルタで、魔法の訓練を1日やると、私の魔力はほとんど底を付いてふらふらになってしまうくらいだった。
ユルナさんが「少しハイペースすぎない?」と言ったけど、魔王様は「これでも抑えておるぞ」と笑顔で答えるので、私はちょっと涙目になってしまった。ユルナさんは黙って私の頭をなでてくれた。
ちなみに、もちろん、魔法以外の勉強も並行してやっている。
それにしても、魔王様は魔法のこともよく知っている。できないことはないんじゃないだろうか。魔王様は騎士様に何かしようとしてるみたいだけれど、騎士様は大丈夫かなと心配になる。
* * *
「第8小隊は先程の説明の通り、王都内を捜索となる」
「はっ」
「ルツ、お前は1班と2班を連れて現場付近から西側を捜索だ。市場通りのほうへ向かっていたという話もある」
「はっ!」
──貴族のご令嬢が王都の中で襲われた。
どうやら、町中に出たいとゴネまくり、父親が折れて送り出したところを狙われたらしい。
父親の貴族にはそこそこ政敵もいるようだ。
それ明らかに待ち伏せされてたんじゃないのかと思う。すげえ迷惑だ。
令嬢に付いてた護衛と侍女は魔法でどうにかされたあげく路地に引き込まれ殺されて転がってたらしい。しばらく発見されなかったのは、魔法で幻覚が被せられてたせいだともいう。つまりこの件には魔法使いが関わっているということだ。魔法使いが相手なのは同情するが、護衛はもっと気合い入れて仕事しろよ。
ご令嬢は今のところ姿がないので、逃げたのか浚われたのかはわからないが生きていると思われている。たぶん、浚われたんだろう。浚われたあとどうなるかはあまり考えないほうがいい。
そういうわけで、本日任務についてた警備隊第一隊の第8から第10までの小隊が招集され、先程捜索が開始された。
なんと近衛騎士団からも人員が派遣されるらしい。
さすが歴史あるお貴族様。次の王太子妃候補かもしれないご令嬢なだけに、半端ない騒ぎになっている。
っていうか、なんでそんな姫君が町中にのこのこ出てきて浚われるんだよ。
おとなしく引きこもってろよ。
などと取りとめもなく考えながら、俺は部下と現場へと向かった。
現場100回と、かつて事件捜査系の任務を専門にしていた凄腕警備兵が言ってたらしいが、俺たちもまずは現場だろうと護衛が見つかった路地へと向かった。
手分けして何か見落としがないかと周辺を探りながら、俺は“眼”で、意外に魔力の残滓が留まっていることを確認した。
……この残った魔力をがっつり追っていければ苦労はないんだが、さすがの俺の“眼”であっても、こんな街中を最後までつつがなく追って行けるほどに強く魔力が残り続けることは、とても稀だ。
つまり、これを追ってご令嬢がいるところまで行きつくのは非常に厳しい。非常に、きび……しい。
……厳しいん、だが。
なんでこんなもんが落ちてるんだよ。なんで見つけちゃうんだ俺。うっかり魔力の流れを見ちまったのが悪いのか。
物陰に、まるでわざと目に付かないようにしたのか、あの騎士団ホールの角と同じ渦を描く魔力を帯びた指輪と腕輪が捨てられてるとか冗談じゃねえよ。しかもなんでよりによってこの現場なんだ?
まさか拉致ったのはあの人外とかじゃねえよな。いやそれならわざわざこんなもん捨てていかないか。
……うん、あの人外とかかわるのは絶対によくない。たぶん俺の将来にものすごい暗雲が立ち込める。だが、これに気づいててスルーしたら、より最悪なほうに将来が流れるんじゃないかという気はもっとする。
何かありましたか、という部下の声に、はあ、と特大の溜息をひとつ漏らした。
毒食らわば皿までって言うんだっけ、こういう状況。
「おい、お前、これ預かっとけ」
俺は声を掛けてきた部下に、拾った腕輪と指輪を渡した。なんですかこれと聞かれたが、説明するのめんどくせえ。
「2班、第8の小隊長殿に報告してきてくれ。手がかりを見つけたから俺は今すぐできる限りそいつを追う。1班は俺について来い」
王都は人が多いから、急がないとすぐにこの魔力跡は消えてしまう。後続を悠長に待ってたら追えなくなってしまうので、さっさと歩き出した。
……うん、今回の捜索には近衛騎士団が出張ってるんだ。近衛騎士といえば魔王討伐の騎士カーライルだ。人外が出て来てもきっと大丈夫だ。たぶん大丈夫だ。
* * *
ここはどこだろう。
気がつくと、なぜか窓もなく暗い物置みたいな部屋の檻の中に、手足に鎖のついた枷を付けて転がされていた。すぐそばで誰かが泣いている声がする。そちらを見ると、私と同じように枷を付けられて、3つか4つくらい年下の女の子が泣きじゃくっていた。
少し簡素だけど、とても仕立てがいいドレスを着てるから、貴族の子供なのかな。
まだ頭がぼうっとして考えがまとまらない。
ええと、何があったんだっけ、と思い出そうとしながら、私はなんとか起き上がった。
確か、魔王様のお遣いで外に出て、ちょっと近道をしようと思って路地に入ったんだ。いくつか曲り角を曲がった先の細くなった道で誰かが倒れてて、なんだろうと思ったらいかつい男の人たちが女の子を抱えてて、逃げようと思ったら私も一緒につかまっちゃって……。
そうか、人さらいに合っちゃったんだ。ユルナさんが最近多いから気を付けてねって言ってたのに……魔王様に怒られちゃうかなあ。近道は禁止になっちゃいそうだなあ。
ぼんやりしたままこの後どうしようかと考えてたら、横の女の子がますます泣いて、「おうちにかえりたい」って言い始めた。
……そうだ、どうやってここを出て帰ったらいいんだろう。
さあっと顔から血の気が引いて、そこで、私は初めて、魔王様にもらった指輪も腕輪も無くなってることに気が付いた。
どうしよう。
「あの、あの、ここ、どこだかわかりますか?」
女の子はしくしく泣きながら頭を振るだけだった。
ほんとにどうしよう。
私も泣きそうだけど、女の子があんまり泣いてるから、私は泣いちゃいけない気がした。
うんうん唸って考えて、最近の魔王様のスパルタを考えると、このまま待ってるだけだと怒られそうな気がするし、がんばって自分で脱出しないといけないようにも思えてきた。
出るなら、まずはこの枷を外さないと。
「……あのね、聞いて。私ここを出ようと思うの。一緒に行こう?」
「……出られるの? でも檻の中なのよ? 鎖もつけられちゃってるわ」
ひっくひっくとしゃくりあげながら、女の子が顔を上げた。
「まだ見習いの魔法使いだから、うまくいくかわからないんだけど、魔法でがんばってみる」
「魔法が使えるの? ……あなた妖精なの?」
「ええと、半分だけ。魔法、習ってるところだから、あんまり上手じゃないんだけど……」
「ほんとに? 出られるの? わたくしはアウレーリアよ。ここを出られたら、お父様に頼んで、あなたにうんとお礼をするわ。だからここから出して!」
「私は、エルです。ええと、がんばるね」
女の子が泣き止んで、とても期待に満ちた目で私を見ている。うまく行くといいんだけど、正直あんまり自信ない。
……開錠の魔法はいつも3回に1回しか成功しないんだけど、大丈夫かな。枷つけたままだと、もっと失敗しそう。
──魔法を詠唱しようとしたところでいきなりがちゃりと扉が開いて、人相の悪い男の人が入ってきた。偉そうな人と、下っ端ぽい人が2人。
「なんだ、目が覚めてたのか。……この合いの子は予定外だな、どうすんだ」
「それはあの魔法使いのご所望で。……おい、手を出すんじゃねえぞ」
「ふん」
3人から嫌な顔でじっとりねっとり見られて、すごく気持ち悪くなる。あの塔に入ってた時とは、また違った、こういう気持ち悪い見られ方があるんだなと実感した。
アウレーリアさんも怯えて震えながら私にしがみついている。
「じゃあお前はこのままここで見張っとけ」
「へえ」
偉そうな人が出て行って下っ端ぽい人が1人残ってしまった。どうしよう。この人が残ってたら、開錠とかゆっくりやってられない。しかも、「あの魔法使い」って言った。ここにいるのかな。
どうしよう魔王様。私大丈夫かな。