閑話:妖精の警備兵
王都警備第一隊は主に貴族街の警備を担当するため、身元がしっかりしていて腕の立つものが所属している部隊だ。その役割上、貴族の主催するパーティ等の警備に当たることも多い。もちろん、王族や上級貴族が主催であれば、銀槍騎士団や近衛騎士隊等もっと上位の騎士たちが任務にあたるが、一般の、よほどの有力貴族でもなければ、警備は第一隊の担当となる。
妖精である爺さんの血を引く俺──王都警備第一隊所属である第8小隊小隊長補佐ルツ・フェルダタールは、たいした魔法の才能はなかったものの、剣の腕には恵まれたことと父方に信用と実績のある親戚がいたことにより、首尾よく兵士としてこの部隊の所属となった。辛うじて貴族の末席に引っかかってる程度のほぼ平民同然の身分だというのに、上司にも恵まれたおかげでトントン拍子に出世もできた。剣の腕万歳である。あと上司と親戚にも感謝だ。
そして俺には、配属も決まりいよいよ王都へ出ようという日の3日前、爺さん譲りの魔力の流れを見る目に恵まれたお前に折り入って話があると、その爺さんに呼び出され、じっくりと言い含められたことがあった。
「王都には絶対触ってはいけないモノが住んでいる。見たらわかるが、絶対目を合わせたらいけないよ。万が一絡まれたら天災だと思って全力で逃げるんだ、いいね」
実際に王都へ来るまではなんだそれと思っていたが、何度か警備任務に当たり、実物を見て納得した。なんだアレ。なんであんなのが平然と王都で人間のフリして暮らしてるんだ、マジか。あの女伯爵、よく平気でアレ連れていられるな。
アレを取り巻く魔力のでかさと流れを見ろ。なんで気づかないんだ。どうみても人間とは思えないだろう。よほど巧妙に隠していると言うことなのか。魔法使い何やってる。
冷や汗をだらだら流しながらも平常を装い、警備を続けるのは非常に疲れた。しかし、わかってしまったことがアレにバレたら自分の何がどうなるかもわからなかったので、必死に平然を装ったのだ。
幸い、向こうは自分にまったく気づいておらず、それ以上のことは何もなかったのだが。
任務を重ねて何度か遭遇するうちに、たしかにアレは放っておけばこちらに害を為さない、手を出さなければ大丈夫だということは理解した。しかし、理解したところであまり関わりあいになりたいとは思わない。むしろ絶対関わりたくないし、ぶっちゃけ怖い。爺さんが「天災」と称していた理由がよくわかる。
実は魔法使いの魔力の流れを見る目の性能についてはピンキリで、自分の目は相当なキリのほうに位置するのだということを知ったのはだいぶ後だった。そして、アレはとても巧妙にあの魔力を隠しているため、上の上レベルの目を持つ魔法使いでもなきゃ気づかないのだと知ったのも後だった。
爺さん、頼む、最初からちゃんと全部教えておいてくれ。
──そして今日、本日、とある女伯爵が主催するという仮面舞踏会……そう、アレをつれてる女伯爵殿主催の舞踏会に、いつものように警備として駆り出されているわけだが。
「マジか……」
いい加減アレには慣れたのだが、それとはまた違う新たな魔力の渦巻きが見えて、ぶわっと冷や汗が出た。なんでもう1人いるんだ……。アレだけじゃなかったのか。もしかしてアレよりでかくないかコレ。マジか。王都いったいどうなるんだ。
ぐるぐると考えながら、5年間王都勤務の兵士として鍛えぬいた平常心をフル動員し、俺はどうにか平常を保っていた。
しかしこんなんが続くんじゃ心臓が持たない。いっそ異動願いを出すべきじゃないだろうか。しかし理由をどうする。「人外が2匹もいるとか聞いてませんコワイ」なんて理由は書けん。
……平常心平常心と脳内で自分に言い聞かせるなか、突然現れたコレが、こちらを見て笑った気がした。いや気のせいじゃない、明らかに俺を見て笑ったぞ?
うええ、もしかして俺の目が見えてるってバレたのか? コレに目を付けられるとか今すぐ帰りたい。実家に帰りたい。田舎暮らししたい。この任務が終わったら辞表を出そうか真剣に悩む。
これで俺の人生設計ばっちりだ、生活安定万歳と思ってたのにどうしてこうなった。
そして、恐ろしいことに各警備状況の確認中、わざわざ件の相手が俺のところへやってきたのだ。いや、正確には俺がどう出るか……つまり、詮索や報告をするつもりがあるのかを確認しにきたのだろう。
「……やはり、見えておるな?」
「は。何を、でしょうか?」
あくまでも勤務中の笑顔と態度を崩さないよう、必死に全力を払いながら、そのにやにや面でホラーな聞き方はやめてくれと考える。
「生粋の妖精でもない合いの子にその目が出るのは、さすがのわたしも初めてみたぞ」
「は、はぁ……」
自慢じゃないが、俺の外見から俺が妖精の血筋だということに気がつくやつは、ほぼいない。妖精の一番の特長の色の薄さはないし、尖った耳もないからだ。敢えて言えば、夜、月明かりの加減で微妙に色を変えるこの目くらいだろうか。しかし、今日はその月もほとんど出ていない。どうしてわかったのか。いや、これだけ強い魔力をもってるコレにはわかってしまうってことか。
「それで、どこまで見えるのだ?」
俺の目に見えているコレの姿は、真っ黒い髪に赤く底光りのする目の長身の人型という種族だ。人型に見えるが間違いなく人外だ。たぶん、これは魔族というものなんだろう。1年余り前に討伐された魔王が率いていると言われる、長命で魔力に長けた、気まぐれで恐ろしい種族。その魔族が、この王都で何をしているのだろうか。しかも2匹目だよ。
本来の職務的には、俺はこいつのことを上に報告したほうがよいのかもしれないが……。
「いえ、怪しいものは何も見ておりませんが」
「……ふむ」
にやーっと恐ろしい笑みを浮かべながら、コレは何かを納得したようにうなずいた。あれか、つまり俺に釘を刺しにきたということか。いらんこと言うなと。
うん、触らぬ神に祟りなしというしな。
「何か気になることがございましたでしょうか、閣下?」
俺はあくまでもにこやかさを維持して言った。コレがどういう身分を名乗ってここへ来ているかまでは知らんが、俺は関知しない。爺さんの忠告通り、俺は知らない。
「なんでもないが、お前はおもしろい」
なんでもないなら、ほっといてください。
──しかし、本当の試練はこの後だった。
恐ろしい人外2匹目の存在を知り、えらく疲れた夜が終わった3日後の夕刻、俺は騎士団の本部へ来ていた。
「王都警備第一隊所属第8小隊小隊長補佐ルツ・フェルダタールです。先日の警備についての報告書を提出に参りました」
本部入り口ホールにある窓口で、担当の事務官に小隊長から預かった報告書を渡す。
事務官が書類を確認するのを待ちながら、もうああいう人外がいる場所の警備はやりたくないものだなどと考えつつ、ふと、ホール正面の壁上部にかけられたトロフィーに目が行った。
あれはたしか、前銀槍騎士団団長にして現近衛騎士団団長補佐となった騎士カーライルが魔王討伐の際持ち帰ったという……。
「あれ……」
「はい?」
報告書を渡した事務官が、怪訝な顔をする。
「あの角……」
「ああ、“魔王の角”ですか。どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
どこぞの人外2匹目と、この魔王の角にまとわりついてる魔力の気配と流れ、大きさこそ違うけれど、まるで一緒な気がするんだが……人外にも程があるだろう。
まさか、王都終了なのか? 俺はやっぱり辞表か異動願いを出したほうがいいのかな。
ていうか、アレはあんなとこに飾っといていいものなのか?