妖精と舞踏会の招待状
貴族街のある邸宅に、妖精族の姫君がいるらしい。
「っていう噂を流せって言うから流したけどさあ、僕散々魔王に言ってるよね、関わらないでよって。なのに何でここでこんなことしてるんだろうね。お人好しすぎるんじゃないかと思うよ、我ながら」
王都についてから1年経った。お屋敷に住んでいるのは相変わらず魔王様と私の2人だけだけれど、ユルナさんが、文句を言いつつも魔王様に呼ばれると必ず来てくれる。あと、お遣いもひとりでちゃんとできるようになった。
今日は、最近とても忙しそうにしている魔王様の代わりに、ユルナさんが私のダンスの練習相手してくれている。
「しかもさあ、いつの間にか魔王が僕の飼い主と仲良くなってるとか、僕聞いてないんだけど」
「そうなんですか?」
「そうそう。めっちゃ驚いて死ぬかと思ったよ。
起きたらウチに魔王がいてさ、古い知り合いなんですってね? とか、ルドヴィカ様に超いい笑顔で言われたときの僕の気持ちわかる? 心臓に悪いよ。寿命が1000年くらい縮んだんじゃないかな。
魔王、どんだけ暗躍してるんだよ」
「……魔族の寿命ってどのくらいあるんですか?」
「そこ? んーと、よくわかんない。少なくとも、老衰で死んだ話は聞いたことないなあ。大体みんな老衰前に事故だなんだで死んでると思うよ。無茶する奴多いしね」
「そうなんですか?」
「そそ、魔王みたいに、なんでか知らないけど魔王呼ばわりされて殺されたヤツもいるしね。無駄に自分に自信持ってるのが多いから、挑んできたヤツを相手にして、鼻歌歌いながら戦ったらうっかり殺されちゃったっていうパターンが多いの。油断大敵ってやつだね。
僕はここでおとなしくしてるからそうならないけど。
あ、魔王はあのままで結構あざといから、魔王認定されてるわりにうまいことやってると思うよ。何より、死んだフリ得意だし」
そういえば、魔王様ってなんで“魔王”なんだろう。そう思って疑問を口に出してみる。
「さあ。そこは人間じゃないとわからないなあ。
魔王のことだし、どうせ何か気に入らないとか、ものすっごくつまらない理由で人間にちょっかい出して魔王認定されたんじゃない?」
「魔王様はそんなことするんですか?」
「相当な気分屋だからね。魔王の機嫌損ねるツボって僕もよくわからないし。魔王の逆鱗とか琴線とか、聞いてると変なとこにあるからねえ。
だから、あの魔王が子供なんか連れてきてるって知ったときは驚いたよ。しかも妖精の子だって言うし? 王妃殿下に伝言頼まれて、本気でびっくりした。そのうえ、君があの魔王に相当無茶なお願いしたって聞いて、そっちのほうがもっと驚いたけど。君もなかなか怖いもの知らずだよね」
「はあ……」
「もともと僕らは数が少ないから、あんまり同族には会ったことはないんだ。最近会った知り合いっていったら魔王くらいかな。他の知ってる同族は今どこにいるかも知らないよ。
僕はここの賑やかなとこ気に入ってるから離れるつもりはないし、基本引きこもりの魔王とは生活場所が被らないんで油断してたんだよねえ」
ユルナさん、なんだかんだ文句は言っても、今も結構楽しそうだけどなあ。
「ああそうだ。忘れるとこだったけど、たぶん明日か明後日くらいに、君に招待状が行くはずだから、覚悟決めといてね」
「え? 何の招待状ですか?」
「僕の飼い主が、仮面舞踏会やるんだって。その招待状。魔王がうちに来たのって、その用事だったみたいだね。ほんと、いつの間に仲良くなってたんだろ。油断も隙もないよ」
「……え?」
「そろそろビビリも卒業しないといけないしね。ダンスもだいぶうまくなったし、顔も隠してだからなんとかなるよ。がんばってね。あと、文句があるなら魔王に言ってね」
「か……仮面舞踏会って、何をやるんですか?」
「えーと、顔隠してダンス?」
そのまんまじゃないですか……。
* * *
「……あの、クロノワさんは舞踏会とか行ったことありますか?」
「えっ!? いや……僕はそんな身分じゃないからねえ……外側の警備くらいなら人手が足りないときに駆り出されたことはあるけど……。
第一隊なら、警備担当で招待されてなくても見る機会は多いんだけどね」
お遣いに出たらクロノワさんを見かけたので、挨拶をしながら聞いてみた。
よくいく魔法用品の店はクロノワさんが警備を担当している地域だったので、顔を合わせることが多くなったのだ。そのおかげで、クロノワさんとはだいぶ普通に話せるようになったと思う。
「舞踏会がどうかしたの?」
「いえ……どういうものなのかなと思って……」
「ああ、女の子はあこがれるみたいだねえ。きれいなドレスを着て、優雅にダンスを踊って、かっこいい貴族の若い殿方とお近づきにーって」
あはは、とクロノワさんが笑いながら言う。
「人、いっぱいいそうですね……」
「エルちゃんはまだ人見知り激しいのかな? まあ、そこは主催する貴族によるだろうけど、いっぱいいるだろうね。
それに人が多くても取って食われたりは……ありえなくはないかもねえ。ある意味、戦場だって聞くし……ああごめん、仕事だから。気をつけて帰ってね」
遠くで警備兵を呼ぶためのピィーという笛の音が聞こえて、クロノワさんは走り出した。
それにしても戦場って、何を戦う場所なんだろう。
* * *
「エルよ、もっと胸を張るのだ」
「まお……魔法使い様、無理です」
ほんとうに招待状が来て、当日までの2か月間猛特訓を受けたあげく、死ぬほど飾られて魔王様と仮面舞踏会に出席していた。人が多すぎて、もう何がなんだかわからない。怖い。
魔王様にあちこち引っ張られて、ダンスも踊って、いろんな人に声をかけられたけど、もう目が回って何がなんだか全然わからなかった。
「もう、帰りたいです……」
「エルよ、泣き言を言うでない」
「足も痛いです」
魔王様が何をしたいのかがよくわからない。こんなたくさんの、しかも貴族とかが集まる場所に連れてこられても、何をしていいかわからない。
「あ、エルちゃん見っけ。すごいねえ、かわいいねえ。さっきのダンスも見たよ。特訓した甲斐があったねえ」
「ユルナさん」
「せっかく練習したんだから、もっと踊っておいでよ。さっき誘われてたでしょ?」
「え……」
知らない人と踊るなんて無理だ。今だって話しかけられたらなんて答えたらいいのかわからないのに、ダンスなんて無理だ。
「おお、ユルナか」
「あー、うん、君はどうでもいいや。君だけ先に帰ってもいいんだよ?」
「入口に精霊の目がいたぞ。知っておったか?」
「ほんとに人の話聞かないやつだね。で、マジでそんなのいたの? どこに?」
「警備の中に妖精の血を引くものがいて、あれがそうであったな。間違いなくわたしに気づいておったぞ」
「ええー、やだなあ。どうしよう」
「王都はおもしろい。あとでわたしが挨拶しておくとしよう」
「ならいいや、任せとくね。でも問題は起こさないでね。じゃあエルちゃん、僕と踊ろうか。せっかく練習したんだしね」
ユルナさんに手を引かれて、部屋の中央に連れていかれた。なんだか見られてる気がしてやっぱり怖い。
「大丈夫だよ」
ほんとに内気だなあとユルナさんが笑った。
「あの、そういえば、精霊の目って何ですか?」
音楽が始まって、必死でステップを踏みながら、質問をしてみた。こうしてると、なんだかいつもの練習のときのようだ。
「ああ……妖精ってね、たまーに、素のままで魔力の流れが見えちゃう子が生まれるみたいなんだよ。それこそ、大きさとか流れとか、そういうものがきっちりと。どんなに取り繕っても全部見えちゃうの。そういうのが見える目を、精霊の目って呼んでるんだ」
「全部、ですか?」
「そ、全部。……だからねえ、困ったことに、僕とか魔王とか、いろいろごまかしてここにいるでしょ? そういうのも全部わかっちゃうんだよねえ」
「えっ? だって、ユルナさんも魔王様も、ちゃんと隠してるんですよね?」
「うん。相当熟練の魔法使いでもなきゃわからない程度には隠してるんだけど、わかっちゃうんだよねえ。だから困るんだ。
まあ、ここの警備してるんなら、これまで僕のこと見えても騒がなかったってことだし、事なかれ主義なんだとありがたいけどさ。それでもほっといたらちょっとめんどくさそうだよねえ。
……今のうち殺しといたほうがいいかな」
「えっ。こ、殺すとかよくないです」
「まー、僕も、それは非常手段ってことにしてるし。……魔王の挨拶の結果次第だね」
ユルナさんはにこやかに優雅に踊りながら、すごく物騒なことを言っていて、ああやっぱり魔王様と同類なんだなあと思った。
そのあとも、魔王様はなかなか戻ってこなかった。
私はといえば、壁の花になることもなく、なぜかユルナさんが次々紹介する人たちと順番にダンスをしなくてはならなくなっていて、足が限界になるまでひたすら踊り続けていた。
疲れとか焦りとかいろいろで、もう何をしゃべったかとか全然覚えてない。コルセットもきついし、結局、ごちそうも全然食べられなかった。
物騒なところだけじゃなくて、こういうところもユルナさんと魔王様は同類だと思う。