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魔王と妖精  作者: 銀月
本編
6/29

妖精のリベンジ

 前回のお遣いに失敗してから1週間が過ぎた。


 あれから王都の中の通り名を全部諳んじるくらい地図の中身を詰め込まれた。王都の中での方角の確認のしかた……当たり前だけど、王都の中ならどこからでも見える王城を目印にすればいいとか、そういうことも教えられた。今ならひとりでちゃんと目的の場所まで行けるんじゃないかと思う。たぶん、だけど。


「エルよ、もう一度実践だ。お前にはもっと経験が必要だな。それでは、これを受け取ってくるのだぞ」

「はい、魔王様」


 まだ怖いけど、今度は前のようなことにはならない……と思う。


* * *


 王都の中は、人が多い。


 通りの名前を確認しようときょろきょろしていると、すぐ人にぶつかりそうになる。私は必死で人を避けながらもたもたと歩いていた。


「あれ、エルちゃん? 覚えてるかな、迷子のときに会ったクロノワだよ」


 ええと、覚えてるけど……。


「相変わらず人見知りが激しいみたいだね」


 どう反応していいのかわからず困っていたら、クロノワさんが笑ってそう言った。私はとりあえずうなずいた。これでいいのかな魔王様。


「ええと、またお遣いかな? 場所はわかる? 僕は今日非番だから、よかったら案内してあげられるけど」


 ……やっぱりどうしたらいいのかよくわからなくて、とにかく頷くと、クロノワさんが、私の持っていた紙片をひょいっと取り上げた。


「ちょっと、メモを見せてね……ああ、ここか。この場所からは少し離れた裏通りにある店だね。おいで」


 クロノワさんがすっと差しのべた手をおそるおそる取ると、彼は私の手をぎゅっと握って歩き始めた。


 そのまま、私の手を引いて、周りのことを説明しながらゆっくりと歩いていく。

 地図だけじゃわからないことがたくさんあった。通りの大きさや、どんなお店があるのか、どのくらいの人がいるのか。通りの名前をどうやって確認すればいいかも教えてくれた。


 ……人間が、みんなクロノワさんみたいな人ばかりなら、怖くないのにと思う。


* * *


「ここだね」


 ゆっくりと町を歩いて、ようやく目的の店についた。

 少し薄暗い、裏側の細い通りに面していて、一人だと見つけるのに苦労しそうな店だった。魔王様、もうちょっとわかりやすいお店をお遣い先にしてくれればいいのに。

 私の不満が顔に出たのか、クロノワさんが、魔法使いが必要とするような物品を扱う店は、こういうあまり目立たない裏通りに多いのだと話してくれた。

 この店が扱う品物は品質もよくて、魔法使いの間では評判なのだとか。クロノワさんは、仕事柄、そういうことにも詳しいらしい。

 お店で魔王様に頼まれた品物を全部受け取り、しっかりと手に抱えて外に出た。


「じゃあ、さっきの場所まで戻ろうか。来た時とは少し違う道を通ってみよう」


 クロノワさんがそう言って歩き始める。

 少し歩くとにぎやかな通りに出て、ここは市場が近いから普段の買い物に便利なお店が集まっているのだと教えてくれた。


「だいぶ歩いたから、疲れただろう? ちょっと飲み物でもどうだい?」


 クロノワさんが示した先には、いろいろな果物を搾ってジュースとして売っている屋台があった。


「ちょっと待ってて」


 こくりと頷いて、クロノワさんがその屋台に向かうのをぼうっと見ていた。

 どうしてクロノワさんは親切にしてくれるのかな。私が呪われた子だっていうのは迷信で何の根拠もないことだと魔王様は言ったけど、それでもまだときどき怖くなる。こうして親切にしてくれた人が、呪われたりしたらどうしようって。


「あ」


 急に背中をどんと押されてよろけ、腕の中の荷物をするっと誰かに取られた。

 私の荷物を持った誰かは人ごみの中を走り出し、私はびっくりして何も反応できずにぼうっと立ったまま呆然としていた。


「待て!」


 すぐ横から声が上がり、クロノワさんが私の横を走り抜ける。その誰かを追いかけるクロノワさんを見て、私も慌てて後を追う。クロノワさんは、走りながらピイーッっと笛を吹いていた。


 大通りに出たところで、クロノワさんが何かを逃げる男めがけて投げつけると、男はバランスを崩して派手に転がった。すかさずクロノワさんが男に飛びかかり、しっかりと押さえつける。クロノワさん、すごい。

 周りにはいつの間にか人だかりができていた。クロノワさんは、その中のひとりに、警備兵を呼んでくるようにと頼んでいた。

 私は取られた荷物を拾い上げて、中身を確かめた。割れたりするものは無かったと思うけれど、万一何か壊れていたらどうしよう。


「何の騒ぎか」


 突然、周りの囲みが切れて、馬にまたがった誰かがやってきた。

 馬上からの声にもしかしたらと見上げると、やっぱり騎士様だった。クロノワさんが、男の人をしっかり抑えたまま、騎士様に目礼をする。

 騎士様が馬を下りて、クロノワさんのそばへやってくる。


「礼を取れず失礼します。この者がそちらの子供より荷物を奪い逃走をはかったので、取り押さえました。自分は王都警備第二隊所属のクロノワと申します」

「ご苦労。応援の者は?」

「手配済みです。すぐに参ります」

「怪我人等は」

「ありません」

「では、任せて問題ないな?」

「はっ」


 クロノワさんがはきはきと騎士様に答え、それに頷いた騎士様が私を見て……少し訝しげな顔で首を傾げた。騎士様が何かを言おうとする様子に、私は首を竦める。


「エルよ、お前は外に出るたび何か起こすな」


 ……周りを囲んだ人たちの中に、いつの間にか魔王様がいた。魔王様はいつもの調子でするりと進み出て、私のそばへやってきた。

 魔王様、騎士様がいるのに、大丈夫なのだろうか。


「まお……魔法使い様、すみません」

「よい」


 魔王様が私の頭をぽんぽんと叩いた。

 それから、クロノワさんに取り押さえられた男の人の顔を見て、にいっと笑う。魔王様の目が、一瞬光った気がした。


「わたしのかわいいエルから物を奪い取ろうとは、不届きなヤツであるな。お前は相応の報いを受けることとなろう」


 魔王様、何するつもりですか。

 そうして、魔王様の一連のようすを見ていた騎士様が、もう一度首を傾げた。


「……魔法使い殿? 貴方には以前お会いしたことがあるだろうか」

「いや、今日が初対面であるな、騎士カーライル殿よ」

「そうか。失礼した。……初めて会った気がしなかったもので」

「名高い騎士殿に顔を覚えていただけたなら光栄の極み。お気になさらず」


 魔王様はにっこりと微笑んで、騎士様にお辞儀をした。

 私は、ばれるんじゃないかと冷や冷やし過ぎて、生きた心地がしなかった。


 騎士様が立ち去ったあと、クロノワさんが魔王様に、私を危ない目に合わせてしまったと謝罪を述べた。クロノワさんのせいじゃないのに。

 魔王様は、これも私の経験なのだから構わないと言った。



 そしてその日の魔王様は、なぜか機嫌がとてもよかった。


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