妖精と魔王様の友人
「魔王やっぱり生きてたんだ。まあ、死んだとか嘘だろうなーと思ってたけどね、魔王って殺しても死なないタイプだし、死んだフリ上手だし。
ともかくさ、何考えてても構わないけど、僕巻き込むのはやめてよね。王妃殿下の頼みだから今回は何とかしたけど、僕、今の生活気に入ってるんだ。そこそこ飽きないし」
「王妃殿下ですか?」
「うん、妖精族の王様の奥さん。超おっかないけど超美人。王様もあの人には逆らえないんだよ」
「うむ、ユルナの助力には感謝するぞ。それとお前にはいくつか聞きたいことがあるのだ」
「あのさあ、魔王って人の話聞いてる?」
「聞いておるとも」
「ああ、聞いてるだけだよね、昔っからそうだもんね、そのやらしい笑い方も変わってないしね」
「あの……ユルナさんは、魔王様の古いお友達なんですよね?」
「えええ、そんな風に思われてるの? 心外だなあ。僕友達じゃないよ。いつも魔王に一方的に迷惑かけられるかわいそうな被害者だよ。僕はただ安穏とこの王都でヒモ生活してるだけでいいし、あんまり魔王と関わりたくないんだよ。だいたい、迷惑だけかけられてとばっちり受けたうえに、しばらく引っ込まなきゃいけないようなことになるからさ。
魔王って基本めんどうくさがりでしょ。ここんとこずっと森に引きこもってたから安心してたのに、なんでこんなところにいるんだろうね。
あの騎士ほんと余計なことしてくれたよ。侯爵なんだから正攻法で行けばいいのに、箔付けたかったのか知らないけど、いくら王女殿下と結婚したいからっていい加減にしてほしいよね。殺してもいいかな。
きみも魔王には気をつけたほうがいいよ……って言ってももう遅いか。しっかり印付けられちゃってるし」
「魔王様の印ですか? 付いてるんですか? あと、騎士様はよい方です、殺したらだめです」
「エルの100年はわたしのものであるから、当然の処置だ。それから、ユルナよ、あの騎士を殺すことは許さぬ」
「魔王何威張ってるのさ。はいはい、わかった、騎士はほっとくよ。魔王はともかくかわいい女の子がダメって言うしね。
で、もしかして魔王、内緒で印付けちゃったの? さすが鬼畜だね。
そうだねー、印付けられたらまず逃げられないよ。ストーカーも真っ青のしつこさで追いかけてくるから怖いんだ。魔王は蛇も裸足で逃げ出すくらい執念深いし、勇者相手に死んだふりが得意なだけあるし、ご愁傷さま。あの騎士もご愁傷さま。どうせ魔王のことだから、陰険な仕返しのしかたでも考えてるんでしょ。根に持つタイプだもんね。これまでもそうだったしね」
「人聞きの悪いことを言うな。やつは剣の腕は立つくせにいまひとつ考えの足りぬ残念な馬鹿者であるから、少々反省を促そうと考えているだけであるぞ」
「魔王の言う反省ってなんだよ。どうせろくな事じゃないくせに。
あーそうそう。これ、言ってた屋敷の鍵。王妃殿下が人手を出してくれたから、もう中とかいろいろ整ってると思うよ。名代とか諸々は構わないから好きにやれだってさ。
……なんか王妃殿下もノリノリだったんだけど、何をどう言ったのさ」
「おお、さすがに仕事がはやい。任せた甲斐があるというものだ」
「……いいけどさあ。
それはともかく、僕呼び出すのは、ほんともうやめてよね。さすがにそのまま出てくるわけにはいかないし、毎度眠らせなきゃならないのって面倒なんだよ。後始末も必要だしさあ。あと10年くらいはこのままで行くつもりなのに、寄生先乗り換えるはめになったりしたら魔王に責任取ってもらうからね。今の飼い主、あんまうるさくないし、結構気に入ってるんだよ」
「ええと、ユルナさんは飼われているんですか?」
「あー、ものの例えってやつ。僕の扱いというか、ポジション的にはそんな感じってこと。楽でいいんだよねー、いろいろご機嫌取っておけば適当にやっていられるし、適度にわがまま言っても怒られないしで。
あ、エルちゃんなら、あと10年くらいしていい感じになったら、僕飼われてもいいよ」
「ほう、その場合、わたしが飼い主のさらに主ということになるが」
「魔王が飼い主は断固拒否だよ」
「あまりエルに変なことを教えるでないぞ」
「あー、はいはい。で、魔王って、ほんと何考えてるのさ。何するつもり?」
「ふむ、少々掻き回してやろうかと思ってな」
「掻き回すって、何を?」
「あの騎士が放置した娘に、どれほどの価値があったかを思い知らせてやろうかと。3年後はおもしろいくらいに荒れるであろうな」
「あー、なんかまたやらしいこと考えてるのはわかった。魔王ってめんどうくさがりのくせに、ほんとそういうの好きだよね」
「魔王様、3年後って何が荒れるんですか?」
「あー……エルちゃん、そうかあ……うん、がんばってね。たぶん一番大変なのエルちゃんだから」
「ふふ、エルよ、そう不安げな顔をするでない。まかせておけ」
「魔王に任せとくのが一番怖いんだよ。うん、僕わかるよ。うん、同情はするけど、僕にとばっちりはやめてね。ほんとうにやめてね?」
「ええと、ユルナさん、とばっちりって、どんなことでしょう」
「うーん……あのさ、エルちゃん。今までこの王国で、魔王討伐が何回あったか知ってる?」
「……ごめんなさい、よくわからないです」
「僕が把握してるだけで、5回かなあ。そのたびに、この魔王って死んだフリしてるんだよ。なんで返り討ちにしないのかって聞いたら、めんどうだからって言うんだよ?」
「魔王様、めんどうなんですか?」
「……しつこいのだよ。打ち負かすと、飽きもせず何度でも来るので、そのたびに相手をせねばならぬ。だが、負けておけば、その後最低でも100年は相手にせんで済むのだ」
「でもさー、そうやって自分で死んだふりしときながら、気に食わないって仕返しするんだよ、この魔王は。いい性格してると思わない?
それで、その仕返しをするために情報がほしいとかいって、必ず僕のとこ来るの。で、僕を巻き込んで、僕の安穏とした生活を台無しにするの。
……ああ、今回もきっとそうなるんだろうな。魔王が来ちゃったしな」
「魔王様、どんな仕返しをしたんですか?」
「たいしたことはしておらぬぞ」
「ええとねー。たしか最初のときは、その後の国境での小競り合いに乗じて、自分倒して勇者になった騎士のこと半殺しにして、2番目だった騎士に手を貸して超活躍させて、勇者のプライド粉々にしてたよね。おかげで勇者の人生下り坂になってたよ。まぁ、あれは魔王にしてはやさしいほうだったと思うけど。
あとはねえ、勇者になった騎士の思い人、いい感じだったのに横から手を出してかっさらったりとか? 魔王が人間のふりするとイケメンだしね。かわいそうに、勇者燃え尽きて灰になってたよ」
「魔王様……」
「わたしが負けてやったからと、実力に分不相応な自信をもたれても困るではないか」
「結局、魔王が負けず嫌いなだけじゃん。だったら負けたふりなんてしなければいいのに、わざと負けておいて、負けたらやっぱり悔しいって何だよそれ」
「……毎日毎日来られてみよ。非常にうっとうしいのだぞ? 諦めるということを知らぬのだ、ああいう輩は。
それでいて、向こうはわたしを殺しに来ているくせに、返り討ちにあえば非道呼ばわりするのだ。理不尽だと思わぬか? 何なら、ユルナよ、変わってやってもよいぞ?」
「やだよ、荒事とかそういうの僕向いてないし。魔王みたいにどっかんどっかん落ち着かないのは好きじゃないんだ」
「わたしだって、落ち着かないのは好かぬ」
「えーうそだあ。じゃあなんでわざわざ森から出てくるのさ。ひきこもってればいいじゃん。魔王が本気出して引きこもりしてれば、討伐後も生きてるなんて絶対ばれっこないでしょ」
「せっかく合いの子の100年を手に入れたというのに、森の中にいてはつまらぬではないか」
「あーはいはい、エルちゃんほんとご愁傷さま。でも、逃げたくなったら僕じゃなくて王妃殿下に言ってね。僕、魔王相手にするの嫌だし、魔王の恨みなんか買ったら1000年くらい平気で嫌がらせされそうだからさ。
じゃあ、そろそろ僕帰るから、もう呼ばないでよね」
「ご苦労だった。準備は完璧ではないからな、いずれまたよろしく頼むぞ」
「だから僕のことはもう呼ばないでって言ってるよね? ほんと人の話聞かないね!」
「あの、ユルナさん、魔王様が、なんかすみません」
「エルちゃんのせいじゃないよ。全部魔王のせいだよ。エルちゃんこそほんとがんばってね。でも僕には関わらないでね。それじゃ」
「……魔王様、騎士様に、何をするつもりなんですか?」
「何もせぬよ?」
魔王様、笑顔がこわいです。