閑話:妖精のお祝い/後篇
晩餐の食卓は、いつもならすごく大きいテーブルだけど、今日に限っては全員でお話もできるようにと円卓にしてもらった。最初はとても固くなってたクロノワさんとエーファさんもだんだん緊張がほぐれたのか、ユリアーナ様やアウレーリアさんのおしゃべりに笑顔が浮かぶようになっていた。
アウレーリアさんが、私とクロノワさんがどうやって知り合ったのかと聞いて、クロノワさんが私の迷子話をしたのが、ちょっと恥ずかしかった。
「わたくし、“どストライク”の意味をエルに教えたのがクロノワ様と聞いて、なんてグッジョブなお方だろうと思いましたのよ」
「アウレーリアさん、グッジョブってどんな意味ですか?」
「よい働きを行った者に対して親指を立てて讃える時に、グッジョブと言うのだそうよ」
「そうなんですか」
「けれど、淑女の使う言葉ではなくてよ。リアもエルもほどほどになさい。はしたないわ」
「はい、お姉様」
こほん、とひとつ咳払いをして、アウレーリアさんが続ける。
「それで、クロノワ様が、さらに騎士と姫君のお話もされたと聞いて、とても感謝いたしましたの。お兄様のアプローチが成功したのも、クロノワ様のお陰ですわ」
「ええと、そんな……」
「いいえ。クロノワ様がいらっしゃらなかったら、きっと、エルは変な誤解をこじらせたまま、斜め上に飛んで行ってしまったに決まってますもの」
「ええと、アウレーリアさん、私、そんなにですか?」
ぐっと拳を握りしめて力説するアウレーリアさんにおずおずと口を挟むと、「まあ! 自覚がなかったの!?」と呆れられてしまった。
「わたくしもお姉様も、どうしたらさりげなくお兄様のフォローができるかしらと頭を悩ませていたのよ」
「ええと、それ、本当ですか?」
「いや、たぶんおもしろがっていただけだと思う」
私の疑問に、ディーター様が小声で返す。トイシュニッツ伯爵はにこにこしながらユリアーナ様を見つめている。
「ええ、エシュヴァイラー伯爵のご令嬢方にそんな風に仰っていただけると、光栄です。エリアンナ姫のご相談に乗ってよかったと思います」
「……クロノワさん、エルです」
「え?」
「いつもと一緒で、エルって呼んでください。なんか変な感じです」
「まあ、エル、クロノワ様は紳士ですから、お作法に則った呼び方をしてるのよ。子供のように拗ねて困らせてはいけないわ」
「でも……」
「あ、あの、では姫さえよろしければ、エルとお呼びします」
「エーファさんも、エルって呼んでくださいね」
「は、はい……」
にこっと笑ってエーファさんを見ると、なぜかエーファさんが口元を押さえて横を向いていた。ディーター様に「どうしたんでしょう」と聞いても、ディーター様は笑ってるだけだった。
……そこで、ユリアーナ様が、なぜか拳を握りしめ、ふるふると震えながらクロノワさんに向いた。
「クロノワ様。今度、わたくしのお茶会に奥様をご招待してもよろしくて?」
「え、は、はい」
「奥様には、是非にわたくしのお茶会にいらしてほしいの。そして、その……」
ユリアーナ様はそこで顔を赤らめる。
「エーファ様、今度は、是非に騎士服を着ていただきたいわ」
「は?」
エーファさんが目を丸くして固まった。
「エルに、警備兵としてお勤め中のエーファ様がとても素敵だと聞いてから、わたくし、ときめきがとまりませんの。きっと、騎士姿のエーファ様はとても麗しく凛々しくいらっしゃるに違いないわ。ああ、ぜひこれはアルビオナ様もお誘いしなくちゃ。そうだわ、カーライル様とカルシャ様も。
……ね、エル?」
残念が発動したユリアーナ様を前にぽかんとしていたら、いきなり振られて慌ててしまった。トイシュニッツ伯爵を見ると、そんなユリアーナ様が可愛くて仕方ないという顔でにこにこと見つめたままだ。“トイシュニッツ伯爵は訓練された紳士だから大丈夫ですわ。むしろお姉様にお似合いでしてよ”とアウレーリアさんが言ってたけど、何を訓練したらあんなすごい人になるんだろうか。
ディーター様はといえば、何事もなかったかのように、クロノワさんに日頃のお勤めの話なんかを聞いている。ディーター様はきっと“スルースキル”がすごく上がってるんだ。どうしたら“スルースキル”が上がるんだろう。アウレーリアさんもいつものように、侍女さんにお茶のおかわりを頼んでいる。
それにしても、いつの間にアルビオナ様までユリアーナ様のお茶会メンバーになったんだろう。まさか、アルビオナ様も魔王様と騎士様が並ぶと嬉しいんだろうか。
……騎士様、ごめんなさい、私じゃユリアーナ様は止められません……て、もしかして。
「……あの、ユリアーナ様、ひとつだけ気になったんですけど」
「あら、何かしら、エル?」
「ま……カルシャ様は、その、ユリアーナ様のお茶会にはよく行ってるんですか?」
「うふふ、いらっしゃっていてよ」
「もしかして、アルビオナ様とカーライル様をお呼びした時は、必ずカルシャ様もお呼びしてるんですか?」
「まあ、当たり前じゃないの」
おふたりが揃わなくては意味がなくってよと微笑むユリアーナ様を放って思わずディーター様を振り向けば、「翌日の機嫌は良くないね」と、ぽつり呟いた。
……魔王様、今度はお茶会で騎士様を暇潰しにしてるんですか……。
「私、やっぱり騎士様に、ユリアーナ様と魔王様がごめんなさいって謝ったほうがいいんじゃないかなと思います」
小声でディーター様にそう囁くと、ディーター様は首を振った。
「いや、やっぱりそれはやめたほうがいい。追い討ちにしかならないから」
「そうですか?」
力強く頷くディーター様に、それ以上何も言えなくなってしまう。
──どうか、騎士様のお腹が痛くなりませんように。
晩餐会は残すところデザートだけになった。ユリアーナ様は何故かエーファさんととても打ち解けていて、今度のお茶会にどんな方を呼ぼうかなどの話をしている。アウレーリアさんも、エーファさんと楽しそうに話をしている。
クロノワさんはディーター様と町のことやお仕事のことについての話をしていて、トイシュニッツ伯爵は時折話しかけられると応じるけど、基本はユリアーナ様を見ている……伯爵はほんとにユリアーナ様のことが大好きなんだ。
夜もだいぶ更けて、そろそろ晩餐会はお開きとなった。とても楽しくて、あっという間に時間が過ぎてしまった。
「クロノワさん、またエーファさんと遊びに来てください。お遣いのときもまたお話ししてくださいね」
「私からも、よろしくお願いします」
手を差し出されながらディーター様からも言われて、クロノワさんはまた少し緊張したように、「こちらこそ、たいへん恐縮です」とその手を握り返した。
翌日、魔法の修行で魔王様のお屋敷に行くと、ユールさんも来ていた。
「ユールさん久しぶりですね。新しいおうちはどうですか?」
「……こないだ、王都の魔法使いがキレてさ……」
「え?」
ユールさんが、今にも死にそうな声で言う。まさか、もう喧嘩しちゃって、追い出されたんだろうか。
「僕に働けって言うんだよ。酷くない?」
「ユールさんに、ですか? 魔法使いさんてすごいですね。そんなに強いひとなんですか?」
「うん……僕を床に座らせてさ、小一時間どころじゃなく説教するんだよ。しかも超理詰め。僕が家事をやらないと、家事疲れで身体を壊して、師団を辞めることになった挙句一家で路頭に迷うんだって、懇々と説教するんだよ。しかもその内容が超具体的でエグいんだ。
お陰で、僕、家事全部やることになったんだよ……」
「すごいですね。でも、ユールさん家事できるんですか?」
「魔法でやるんだけどね」
「なんだ。じゃ、いいじゃないですか、別に。ユールさん、魔力たくさんあるじゃないですか」
「あの子と同じこと言うんだね」
大変そうだと思って損した。魔法でできるならいいじゃないかと思う。
──それより!
「魔王様、ユリアーナ様のお茶会に行ってるって本当ですか?」
「行っておるとも」
「……まさか、騎士様で遊ぶためですか?」
「あれは反応がおもしろい」
「……」
やっぱりだ。魔王様は、相当暇になっちゃったんだ。
「何、魔王、僕が怒られて家事やってる間、そんなことして遊んでたの?」
ユールさんが即座に反応した。この魔族は楽しそうだと思うとすぐに首を突っ込もうとするから危ない。
「……ユールさんは騎士様の前に出たら絶対だめです」
「ええ、なんで?」
「騎士様がお腹痛くなったらどうするんですか」
「……いいじゃんそれくらい」
「だめです」
ユールさんが、エルちゃんてほんと強くなったよね。さすが魔王に勝っただけあるよねというのを聞き流しながら、私にできる範囲でなんとかしないとと決心を新たにする。でないと、騎士様のお腹が大変なことになってしまう。
「魔王様も、あんまり騎士様で暇潰ししないでください。そんなに暇なら、エシュヴァイラーのお屋敷に遊びに来てください。アウレーリアさんも喜びますし」
「……あの娘は少々やかましい」
「アウレーリアさんはいい子ですよ。おしゃべりも楽しいですよ」
「そうか」
「とにかく、騎士様で暇潰しはやめてください」
「それ程までに言うのであれば、わかった。お前が招待されている時のみ、応じることにしよう。全てを断るわけにはいかぬからな」
「……わかりました、それでいいです」
後日、ユリアーナ様がエシュヴァイラーのお屋敷に来て、「エルったら、そんなにあなたもお茶会に参加したかったなんて。次からはちゃんとエルも招待するから安心するのよ。もう、相変わらず内気なのだから」と嬉しそうに言った。
魔王様、ユリアーナ様にいったい何て言ったんですか。
魔王殺しの英雄カーライルは、たぶんお腹よりも頭髪が危機なんじゃないかと思う。
もうひとつ、妖精郷のお祝いのお酒は、微妙に媚薬入りこ惚れ薬系。だから「特別な日のお祝いにふたりで飲むもの」なのですね。