閑話:妖精のお祝い/前篇
「クロノワさんがご結婚するので、お祝いを贈りたいんです」
「警備隊の、お兄さんみたいだという警備兵だっけ?」
「はい。同僚の方と結婚するんだって、この前のお遣いの時に聞きました。クロノワさんにはすごくお世話になってるからお祝いを送りたいなって思ったんですけど、何がいいか悩んじゃうんです」
いろいろ考えたけれど、何を贈ればいいのかがさっぱりわからなくて、結局ディーター様を待って相談すると、ディーター様もうーんと考えこんだ。
「……そうだね。妖精郷では、そういうお祝いの時に決まった贈り物をする習慣があると聞いたことがあるのだけど、それはどうだろう」
「決まった贈り物ですか?」
「そう。そういうお祝いのために用意するものがあるそうだよ」
「そうなんですか! 聞いてみます!」
妖精郷にそんなものがあるなんて知らなかった。ユールさんも魔王様も、教えてくれればいいのに。もしかして妖精しか知らないことなのかな。
「クロノワさん!」
「エルちゃん、こんにちは」
「改めて、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう。改めて言われると、なんか照れくさいな」
次のお遣いの時に、またクロノワさんを見つけてお祝いを言うと、クロノワさんは顔をちょっと赤くして照れていた。クロノワさんの奥さんの警備兵はほかの地区の担当なので、詰所でちょっと顔を見たことがあるくらいだ。
「それで、お祝いの品物を送りたいんですけど、おうちの場所を教えてもらえますか?」
「え?」
「ここで渡しちゃうと、かさばってお仕事の邪魔になっちゃうから、おうちに届けてもらおうと思うんです」
「わざわざよかったのに。ありがとう」
クロノワさんがにこっと笑うのに釣られて、私も一緒ににこにこしてしまう。
「それと、ディーター様が、ぜひクロノワさんと奥さんを晩餐に招待したいって言うんです。いつが都合いいですか?」
「ええと……たしか8日後なら2人とも早番だから、昼で仕事が終わるかな」
「じゃあ、招待状も送りますから、ぜひ来てください」
「ああ、うん、わかった……ディーター様って、たしか騎士なんだっけ?」
「そうです。近衛騎士なんですよ」
「え?」
クロノワさんがちょっと固まった。
「ディーター様もご招待するのが楽しみだって言ってました」
「ええ?」
魔王様の屋敷に戻って、すぐに妖精郷へ行った。ここには“妖精の輪”があるから、いつでも妖精郷に行けるようになっている。もっとも、妖精王陛下と王妃殿下に許可をもらった人だけで、誰でもというわけじゃないけれど。
妖精郷では手配しておいた贈り物を受け取った。品物はお酒と布。どちらも相手の幸せを祝うため、特別に魔法を込めて誂えるものだ。さらに、もうひとつ……これは王妃殿下に、大切な友人ならその標になるものも送ってはどうかと教えられたものだった。
その妖精銀の腕輪は、王妃殿下が紹介してくれた妖精の職人さんに相談して用意したもので、クロノワさん用には奥さんの目と同じ色の石、奥さん用にはクロノワさんの目と同じ色の石も入れてもらった──これは、職人さんが「そうすると喜ばれますよ」と教えてくれたのだ。いいことを教えてもらったなと思う。クロノワさんが喜んでくれるといいけど。
布も、薄くてふわふわの生地で、よく見ると織に模様が入っている。この模様に幸運を招く魔法が織り込まれていて、妖精は、この布で特別な日のためのベールを作ったりドレスを作ったりするのだと聞いた。お酒は、特別な日にふたりだけでお祝いをするために飲むものなのだという。
ちゃんと聞くと、いろいろな風習があるんだなと思う。
お祝いの品々をお屋敷に持ち帰って、招待状と一緒に送る手配を執事さんにお願いした。エシュヴァイラーの執事さんは、見た感じとても温和なおじいちゃんの、すごく仕事ができる人だ。執事さんの手にかかるとお屋敷のいろんなことがあっという間に片付いてしまってすごいと思う。私はいつもそれをぽかんと見ているだけだ。
「エル様」
「はい、なんですか?」
「晩餐には、ユリアーナ様もご出席されたいとのことなのですが」
「ユリアーナ様もですか? ぜひご招待したいです! ユリア様の旦那様、ええと、トイシュニッツ伯爵もご一緒で!」
「では、そのように招待状をお送りしましょう」
「はい、招待状、準備しますね」
当日、クロノワさんを迎えに行った馬車が戻るのを今か今かと待っていた。アウレーリアさんと、ユリアーナ様も一緒に。
「エル、来ましたわ!」
「お出迎えしなくちゃ!」
ディーター様が「ふたりとも、少し落ち着いて」と言う声も遠くに聞こえる。
ユリアーナ様もしずしずと、けれどすごいスピードで私とアウレーリアさんの後をついてくる。正面玄関の扉を開けると、ちょうど馬車からクロノワさん夫妻が降りてくるところだった。クロノワさんがこちらに気づいてお辞儀をしようとして……固まった。
「え……エルちゃん? 妖精だったの?」
ぽかんとするクロノワさんの言葉に、アウレーリアさんが私を肘でつつく。
「まあ、エル、そういえば、今、腕輪をしていないのではなくて?」
「あ、そうでした。ええと、いつも町に出るときは、魔法使い様に妖精の恰好だと目立って危ないからって、姿変えの腕輪をつけるように言われてるんです。だから、本当は、半分だけ妖精で、こっちが素の格好なんです」
「そ、そうだったんだ……あ。
ええと、クロノワと、こちらが妻のエーファです。本日は、このような場にお招きいただき、まことにありがとうございます」
警備兵の礼装を纏ったクロノワさんが一礼すると、横で目を丸くしていた奥さん……エーファさんも、あわてて一礼した。
「クロノワ様、本日お会いできることをとても楽しみにしておりました。わたくし、ユリアーナ・トイシュニッツと申します。よろしくお願いしますわ。
それで、クロノワ様」
ユリアーナ様がずいっと前に進みでる。
「はい」
「奥様を少しお借りしますわね?」
うふふ、と笑って、ユリアーナ様は、「リア。さあ、行くわよ」と言った。
「エーファ様、それではわたくしと一緒にこちらへどうぞ」
ユリアーナ様はたじたじとしている奥さんの手をがしっと掴むと、ぐいぐいと引っ張って屋敷の中へと入っていった。ディーター様とトイシュニッツ伯爵は肩をすくめて、クロノワさんに、「では、我々男性陣は、こちらで準備を待つとしましょうか」と、クロノワさんをサロンに案内した。
「ユリアお姉さま、わたくし、エーファ様にはこちらの色が似あうと思うの」
「リア、待つのよ。それでは意外性がないわ。ここはぜひ、クロノワ様もびっくりするような素敵なレディに仕上げなければ。わたくしたちの腕の見せ所ですのよ」
「エーファさんは、詰所で会ったときはすごくかっこいい方だなって思ったんです」
「なら、今日はいつもは凛々しいエーファ様の麗しく慎ましやかな一面を見せるようなものがよいわね。今お召しのドレスもシンプルでエーファ様のすらりとしたお身体を引き立ててとてもお似合いですけれど、今日は逆の発想で行きましょう」
「なら、お姉さま、こちらをお試しになってみるのは?」
「まあ、リア、さすがね。これならきっとクロノワ様もびっくりですわよ!」
「ええと、あの……」
「エーファさん、あの、ユリアーナ様とアウレーリアさんが走り出したら誰も止められないんです。がんばってください!」
エシュヴァイラーの、ユリアーナ様とアウレーリアさんに常日頃鍛え抜かれている侍女さんたちの手によってものすごい速さで磨き上げられたエーファさんは、詰所で見たかっこいい女警備兵からユリアーナ様も納得の麗しい淑女になって、すごくきれいだった。
「これならクロノワ様も惚れ直すこと間違いなしですわ」
「うふふ、エルに情報収集を言っておいた甲斐があるというものよ」
「エーファさん、すごくきれいです」
「あの、こんなすごいドレス、着たことがなくて、どうしたらいいか……」
「大丈夫です。私もめったに着たことないけど、なんとかなってます」
「エル、それはフォローになっていなくてよ」
「いつも、突拍子もないことばかり聞いてくる子だなとは思っていたんです。まさか、妖精の姫君だったとは……」
エーファさんを連れてサロンに戻ると、クロノワさんがそんなことを言っているのが聞こえた。そんなに突拍子もないこと質問してたかなあ。
「クロノワ様、お待たせしましたわ。さあ、奥様をお返しいたしますわね」
かかとが高い靴のおかげか、ゆっくりと歩いて部屋に入るエーファさんは、どこからどう見ても立派な淑女だ。その裏でアウレーリアさんが「お姉様、ドヤ顔はほどほどになさいませ」と言ってるけど聞こえなかったことにする。
クロノワさんがぽかんとしながら、ディーター様に促されてエーファさんの手を取った。
「……びっくりした。すごくきれいになって」
クロノワさんの言葉に、ユリアーナ様が会心の笑みを浮かべる。エーファさんは少し照れたみたいに「こんなドレス、初めて着るから、どうしたらよいかわからなくて」と言った。
タイミングを計っていたかのように執事さんが現れて、「晩餐の準備が整いました。ご案内いたします」とお辞儀をした。
さすが執事さんだ。どうやったらこのタイミングに合わせられるんだろう。熟練の技ってこういうものかなと思う。