閑話:妖精と“王都の魔”討伐
「“王都の魔”の討伐が、決まったんだよ」
帰宅したディーター様を出迎えたら、開口一番そう言われた。
「“王都の魔”ですか?」
王都の魔ってなんだっけ、と考えながら繰り返すと、ディーター様は外套や剣を外して執事に渡しながら頷いた。
「“王都の魔”でわからないかい?」
「……ええと?」
「ちなみに、騎士カーライル殿……義兄上が出るそうだ」
「えええ?」
気もそぞろな夕食を終えてから私室へ移り、使用人を下がらせて改めてもう一度話を聞く。
「ええと、本当に、“王都の魔”はユルナさんで、騎士様がユルナさんを討伐するんですか?」
「ああ……義兄上はユルナさんのことを知らないしね。騎士団本部の決定で王命であれば、この任務を断る理由がないだろう」
「……ユルナさん、大丈夫でしょうか」
「どうだろう。私は彼がどの程度の使い手なのか知らないから、なんとも言えないな」
「明日、魔王様に聞いてみます」
「そうだね、彼に聞くのが早そうだ」
「魔王様、ユルナさんが討伐されるって聞いたんですけど」
「の、ようだな」
慌てる私に反して、魔王様は落ち着き払ったようすで、今日も本を広げている。
「ええと、大丈夫なんですか?」
「ユルナよりも、王国の英雄の心配をしたほうがよいぞ」
「えっ?」
「殺すなとは言ったが、あれは本来正面からよりも裏から手を回してじっくりと追い込む方を得意としている。
頭の壊れた王国の英雄など、お前は見たくないだろう?」
「──あっ」
確かに、前にユルナさんは“幻術と幻覚の楽しい使い方”について少し話してたことがあった。どうしよう。討伐前にそんなことになっちゃったらどうしよう。
「お前が止めてくれと言えば、ユルナも聞くだろう。念のため釘を刺しておけばいい」
「ねえ、魔王、ちょっと話があるんだけど……あれ、エルちゃん来てたの?」
「ユルナさん!」
「もしかして僕の討伐の話聞いた? 騎士団も無茶言うよね」
「あの……騎士様に、幻術と幻覚で何かするんですか?」
「あー……やっぱり、だめ?」
「だめです」
「生きてればいいじゃんって思ったんだけど、だめかな?」
「生きてるだけじゃ意味がないです」
「だめかあ。じゃあ、当日嫌がらせするしかないかな、残念」
ちぇっと軽く舌打ちしながら、ユルナさんはつまらなそうに言う。
……何かする前に話ができてよかった。
「ああ、そうそう、討伐小隊も来るみたいなんだよね。あそこの小隊長って魔王のお気に入りじゃん。あと、師団の魔法使い。妖精のほうは置いといて、君が言ってた王都の魔法使いが来るって話なんだけど」
「ほう」
「ほう、じゃなくってさ……その魔法使いが駆り出されるのって、たぶん魔王のせいだよね。指輪なんか渡すから貧乏くじ引かされちゃって、かわいそうにね」
「その、小隊長とか魔法使いとか、どんな人なんですか? 話が見えません」
「ええとね、小隊長のほうは、魔王が気に入ってる黒森の娘夫婦の長男。ちなみに4分の1だよ。魔法使いのほうは、その長男と懇意にしてるんだって。魔王が気に入って指輪渡したんだってさ」
「ええと、4分の1って、何の……」
「魔族」
「え?」
「だから、魔族」
「ええと、騎士団の騎士なんですよね。いいんですか?」
「いいんじゃない?」
「……そういうものなんですか?」
「まあ、実際真面目に騎士やってるしね。ちなみに、討伐小隊ってなんの討伐だと思う? 魔族討伐だよ」
「えええ?」
「騎士団もセンスあるよね。僕、こういうセンス嫌いじゃないよ。それにさあ、騎士団って、こんなに情報だだ漏れにしてくれるとか、すごい親切だと思うんだよね。おかげで準備いくらでもできちゃうよ」
「あの、いいことなんですか?」
「僕は準備しっかりやりたいタイプだからさ、魔王みたいに不意打ちを適当にやり過ごすのって苦手なんだよね」
何しようかなと鼻歌まじりになっているユールさんに、「日々に支障の出るようなことはしないでください」とくれぐれもお願いした。すごく不安だ。
「──それで、適当なところで切り上げて逃げてくるって言うんですけど、ユルナさんの適当加減がよくわからなくて、不安なんです」
「私から義兄上にあれこれ報告するのはさすがに憚られるからね……。エルと魔王がいるから、酷いことにはしないと思いたいけど」
「とりあえず、幻術とか幻覚で、ユルナさんの言う楽しいことはやらないでくださいってお願いしました」
「ああ、うん……たぶん、義兄上に“王都の魔”は相性が悪いと思うんだ。魔王のように正面から斬り合うのは義兄上の得意なところだけど、彼が相手じゃそうならないだろうからね」
「私もそう思います……」
ディーター様とふたりで、ふう、と溜息を吐いた。
「小隊長さんと、魔法使いさんたちがうまくやってくれるといいんですけど」
「小隊長の騎士フォルも今回出る魔法使いも、実際に魔族を討伐した経験があるらしいから、なんとか収集つけてくれることを祈ろう」
「はい……」
そして当日。
なんだか家でじっとしていられず、ディーター様も騎士団だしと、魔王様の屋敷でユルナさんが来るのを待っていた。
「……痛い」
いきなり部屋の中に現れたユルナさんはそう呟くとぺたりと床に座り込んだ。その背中が真っ赤に染まってて、ユルナさんはそのままぱったり床に倒れこんで……。
「!?」
「僕もう死にそう」
「し、しっかりしてください! あの、あの、今手当します!」
「落ち着け、エルよ」
「魔王様、包帯どこですか!? 血ってどうやって止めればいいんですか!?」
「だから落ち着け。傷などとうに塞がっておるわ」
「……え?」
「よく見るのだ」
ぐったり横たわるユルナさんを見ると、斬られた衣服から覗く背中は、つるりと綺麗だった。
「……」
ぺしっとその背中を思い切り叩いたら、「いたっ!」とユルナさんが悲鳴をあげた。もう、なんなんだこの魔族は。
「おおかた、遊びすぎて反撃を食らったというところだろう」
魔王様がにやにやと笑いながらそう言う横で、ひたすらばしばしとユルナさんの背中を叩いた。信じられない。
「し、死んだらどうするんですか。なんでそんなに余計なことばっかりするんですか。自信過剰で死ぬ魔族は多いって言ってたの自分じゃないですか」
「いや、エルちゃんちょっと止めて。傷は塞いだけどさ、まだなんか痛いんだってば。お願い止めて。痛い」
「ユルナさんは馬鹿ですか。もうこういうのはだめです!」
「ああ、うん、ごめん。だから止めてお願い痛い」
もぞもぞと這って私の手から逃れて、ユルナさんは「それはともかくさ」と言いながら身体を起こす。
「魔王、黒森の長子が転移魔法使うって、なんで教えてくれなかったのさ」
「ほう。それは初耳だ」
「初耳だじゃないよ。おかげで僕斬られたじゃないか。こんなにばっさり」
「では、お前は英雄に斬られたのではなかったか」
「カーライルはちょっと動きが早いけど、やり方はわかりやすいからどうとでもなるんだよ。でも転移で背中に立ってばっさりとか、本気で死ぬと思ったんだけど」
「ほう?」
「ちょっと魔法使い盾にして脅かしただけなのにさ、本気出すとか酷くない?」
「酷くないと思います」
「ええ? おかげでカーライルに呪いかけ損なったんだよ? 僕斬られ損じゃない?」
「呪い!? 呪いなんてかけようとしたんですか!?」
「え、ちょっと机の角に足ぶつける回数が増えたりするくらいのかわいい呪いだよ? そのくらいで勘弁するんだよ? すごく紳士的じゃない?」
「呪いとかとんでもないです! 私、支障がでるようなことはしないでくださいってお願いしましたよね?」
「支障なんかでないよ」
「とにかく呪いとか禁止です! 絶対だめです!!」
「ええー……。僕今なんかすごく損してる気分なんだけど」
「これに懲りたらもう無茶とか悪ふざけとかやらないでください! 絶対です!!」
涙目になりながら、帰宅したディーター様に報告すると、「だから義兄上は不機嫌だったんだね」と苦笑した。
「逃げられてしまったという話は聞いたんだけど、まさか、義兄上は掠らせもできず、騎士フォルが一太刀報いたとはね」
「騎士様、そんなに機嫌が悪かったんですか?」
「うん……というよりも、凹んでおられたというほうが正しいかもしれない。知られてないといっても、なんだかんだで魔王を討ち漏らしてることが、かなりプレッシャーになっておられたようだし」
「騎士様も、すぐ討伐だなんだって、止めてくれればいいのに」
「なかなかそうもいかないんだろう。“魔王殺しの英雄”として広まってしまっているからね」
「なんだか斬るとか斬られるとか、殺伐としてるのはおしまいにしてほしいです……お腹が痛くなります」
「それにしても、ユルナさんはこれからどうするつもりなんだろうね」
「今夜はとりあえず魔王様のところに泊まるみたいですけど、魔王様と同居は死んでも嫌だっていってたので、新しいところを探すみたいです」
「新しい?」
「はい、なんか、心当たりはあるからって言ってました」
2日後、満面の笑顔のユルナさんが来て、「僕、王都の魔法使いのとこに住むから。それから、これから僕のことはユールでよろしくね」と報告をくれた。
さすがの魔王様も絶句していたようだった。