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魔王と妖精  作者: 銀月
その後

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25/29

閑話:妖精とある日のご令嬢のお茶会

「“萌え”ですわ」

 ユリアーナ様がカッと目を見開き、真剣な声音で断言する。

「リアの好きな少々はしたない言葉を借りるなら、わたくしの胸に湧き上がるこの気持ちこそ、“萌え”と呼ぶべきものなのだと思うのです」


 うふふと遠いところを見て微笑むユリアーナ様が少し怖い。そう感じていた次の瞬間、急に顔を赤らめながら震える声で、ユリアーナ様はさらに続けた。

 ……ユリアーナ様、たしか先日ご婚約なさったと聞いたけれど、お相手の方はユリアーナ様のこんなところをご存知なのだろうか。


「あの王城の夜会で、優しく物憂げな表情のカルシャ様と厳しい表情のカーライル様が並んでお立ちになっているのを見て、その、まるで昼と夜一対のような、そして一枚の絵画のような様子に、わたくしの胸の高鳴りは止まりませんでしたのよ。

 ああ、おふたりの交わす視線が! おふたりが連れ沿い、夜を背景にテラスで佇む様子が!

 ……思い返すたびに、わたくしの胸をときめかせるのです」


 拳を握って力説するユリアーナ様がとても危険で残念なものになったようで、冷や汗が出てきた。これはよくない兆候な気がする。アウレーリアさんがここにいたら、絶対変な影響を受けてしまうんじゃないだろうか。ディーター様に相談したほうがいいだろうか。いや、ディーター様じゃユリアーナ様を止められない。


「あの、萌えってよくわからないですけど、カルシャ様と騎士様はあまり仲良くないので、セットにされると、たぶん、おふたりともすごく嫌がると思うんです」

「エル、甘いですわ。嫌だ嫌だと思いつつも、気づいたら互いのことが気になってならない。それこそが王道というものなのです!」

「……ええと、確かにおふたりともお互いが気になるだろうなとは思います」

 だって、魔王様を討伐に来たのは騎士様だし、騎士様は魔王様がまだ生きてるって知ってるし、たぶんすごく気にしてるはずだ。

「まあ、エルもようやくわかってきたわね」

 うふふと嬉しそうに微笑むユリアーナ様に、何かまずいことを言ってしまったんだと知る。

「……たぶん、それは誤解だと思うんです」

「隠さなくてもよろしいのよ。ええ、理解してくださる方はまだ少ないと思うの。けれど、わかってくださる方もおりますのよ」

 たとえば……と様々なご令嬢方の名前を挙げて私に「だからエルも正直になりなさい」と言うユリアーナ様がとても怖い。いったい何を正直になればいいのだろう。

「今度、エルにも紹介しますわ。先日の夜会でお会いした方もいらっしゃいますのよ」

「はあ……」


 そしてもちろん、私にそんなユリアーナ様のお誘いを断るなど到底無理な話で、なぜかユリアーナ様のお友達のお茶会に一緒に行くことに決まってしまっていた……カルシャ様……つまり魔王様も一緒に。

 魔王様に伝えるのが、怖い。


「あの……魔王様……」

「何だ?」

「あの、今度、私と一緒にお茶会に来ていただけないでしょうか」

 本を広げて寛ぐ魔王様に恐る恐るお願いすると、眉を上げてどうしてだと視線で問いかけられた。また冷や汗が出てしまう。

「ユリアーナ様が今度ご招待してくれるお茶会に、絶対、魔王様を連れてきてほしいと仰るんです。

 あの……ユリアーナ様の、“萌え”のためにも、魔王様に来てほしいって」

 魔王様の顔が怪訝そうに顰められる。

「その“萌え”とは何か」

「……よくわからないんですけど、ときめいたりするみたいです」

「余計わからぬ」

「はあ……あの、私も、これ以上はよくわからなくって……」

 魔王様はそこで興味を失ったようで、「別に構わぬ」と本に視線を戻していた。少し安心した。


 ところが、それから少し後に届いた招待状は私の聞いていたものとは違い、斜め上を行くものだった。招待主はユリアーナ様ではなくて、エシュヴァイラー伯爵夫人……つまり、ユリアーナ様のお母様の名前で、私と魔王様にぜひご出席くださいと書いてある。

 ユルナさんが一番喜んでいて、「もう絶対何かあると思うから、僕、必ずついて行くからね!」とすごく張り切っていた。


 そしてお茶会の当日、“どうしてこうなった”という言葉は今日のためにあったのだと実感していた。


「まあエル、本当に久しぶり。こんなに可愛らしくて素敵なレディになっているなんて、カルに聞いて本当に驚きましたの。

 でも、あなたのお母様のご親族が妖精郷の王妃殿下だったというのが、一番驚きだったわ」

 アルビオナ様……つまり、騎士様の奥様で本当のお姫様は、私に会うなりぎゅっと抱きしめて、目に涙さえ浮かべて「ずっと会ってくれないから、とても寂しかったのよ」と仰った。

 そして、お姫様の後ろにはもちろん騎士様もいた。騎士様も、たぶん“どうしてこうなった”という気持ちでいるんじゃないかと思う。魔王様を見て、ちょっとどころじゃなく引き攣ってたから。

 ……ちなみに、魔王様はそんな騎士様をふふんと鼻で笑っていた。煽るのはやめてほしい。


 お姫様が「あなたがお世話役なのですね。エルはわたくしの大切な義妹でもありますから、くれぐれもよろしくお願いしますわ」と言いつつ魔王様の手を握ると、騎士様は一瞬だけとても忌々しそうな表情を浮かべた。魔王様はお姫様の手を取り貴族の礼儀に則ってか「お任せください」と口付ける。これは絶対わざとだと思う。

 魔王様は、そのうえ口の端で笑うだけではなく、ちらりと騎士様に視線をやって挑発するのは本当にやめてほしい。

 そんなふたりのようすにもう冷や冷やし通しで、私の心臓がもたないんじゃないんだろうか。お腹も痛くなりそうだ。とてもお茶どころじゃない。お茶会で血を見ることになったらどうしよう。思わず、ふたりの腰に目をやって、剣が下がってないことを確認してしまった。


 ユリアーナ様はキラキラした顔で騎士様と魔王様に注目している。そんなユリアーナ様を見て、騎士様も呼びたかったから、お母様にお茶会を主催してもらったんだと気づいた。さすがユリアーナ様だ。その行動力は尊敬に値する。

 他に誰を招待したかなんて、もし聞いても絶対に明かさなかっただろうな。これはきっとサプライズというやつなんだ。


「わたくしね、エルは妖精の血筋だから森の中のほうが落ち着くので、森の館に滞在していると聞いておりましたの。それが、実は伯母上にあたる王妃殿下のもとに引き取られていたなんて、ほんとうに驚いたのよ」

 私の髪を撫でながら話すお姫様に、なんだか申し訳なくなってしまった。そういえば、何も言わずにお屋敷を飛び出して、それっきりだったんだ。

「ええと、いろいろあって……」

「王妃殿下は、長らく途絶えていたクィザリン様の血筋が残っていたことをたいそうお喜びで、ぜひに手元に引き取りたいと仰ったのですよ」

 魔王様の、出任せなのか本当なのかよくわからない話に、お姫様は「まあ、そうでしたの」と驚いてから、にっこりと微笑んだ。

「エルはとても恥ずかしがり屋さんで、侯爵家のお屋敷では、全然口を利いてもらえなかったの。それが、今はいろいろなお話をしてくれるようになって、とても嬉しいわ」

 お姫様の話す私の話が、お姫様からすごく誤解されてたんだと思える内容で、なんだかとても恥ずかしくなる。

「あの、だって、おひめ……アルビオナ様がすごく綺麗でお優しいから、ずっと緊張してたんです」

「それはこちらもですわ。小さなエルはとても可憐で、わたくし、大きくなったら、この子は絶対、とても美しい子になると確信していましたもの。どんな殿方も放って置かないレディになるとね。今のエルを見て、確信は正しかったと思っているところですわ。妖精郷でお美しいと名高い王妃殿下の姪なのであれば、当然ですわね」


 ますます褒め殺される気がして落ち着かない。魔王様と騎士様のようすも気になって、お茶の味もお菓子の味もさっぱりわからない。

 たぶん、この場のいろいろなことを満喫してるのは、ユリアーナ様とユーリさんだけだ。


「エル、今度はわたくしのお茶会にもいらしてね。カルシャ様もぜひに」


 どうにか頷いたけど、お姫様まで、もう勘弁してほしい。騎士様は一瞬何かを言いそうになっていたけど、すぐに思い止まったようだった。たぶん、だめだと言おうとしたんじゃないだろうか。あとで騎士様に、魔王様が失礼な態度でごめんなさいと謝ったほうがいいかなと考える。ディーター様にお願いして、騎士様に取り次いでもらおう。

 思わずユーリさんに視線をやると、ユーリさんは満面の笑顔でこの状況を楽しんでいた。「姫様、ようございましたね」とか言って。何がよかったというんだろう。


 ユリアーナ様はそんな騎士様と魔王様の間に流れる空気に当てられたのか、うっとりと溜息まで吐いていた。私は今にもお腹が痛くなりそうでたまらないのに、どうしてあんなにうっとりできるんだろうか。

 ユリアーナ様がわからなすぎる。


「……っていう感じで、もう気が気じゃなかったんです」

「それは、お疲れでしたね」

 魔王様の屋敷を訪れたディーター様に、伯爵夫人のお茶会のようすを話すと、ディーター様は苦笑していた。

 お茶会の後、騎士様の機嫌がかなり悪かったらしい。

「やっぱり……騎士様に魔王様がすみませんでしたと謝ったほうがいいかなと思うんです」

「いや……それは、おそらく火に油の結果となってしまうのではないでしょうか」

「どうしてでしょう」

「やはり、副団長殿からすると、魔王のせいで可愛い妹が頭を下げるのはおもしろくないでしょうからね」

「そうなんですか? でも、魔王様は絶対謝らないと思うんです」

 ディーター様は「それはしかたがありませんね」と笑った。

「そのうち、お茶会で魔王様と騎士様が本格的に喧嘩してしまうんじゃないかと考えると、お腹が痛くなりそうです」

「おそらく、それは大丈夫だと思いますよ」

「どうしてですか?」

「私の見たところ、魔王も副団長殿も、ああ見えて決して外聞に関わるようなうかつな行為はなさらないでしょうし、何よりエルがいますから」

「私ですか?」

「だって、おふたりが喧嘩をなさったら、エルが泣くではないですか」

「……私、前よりは泣かなくなったと思うんです」

「そうですね。けれど、おふたりが喧嘩をなされば、悲しいでしょう?」

 こくりと頷くと、ディーター様は「ですから」と微笑んだ。「エルがいる限り、おふたりが喧嘩をして血を流すようなことにはならないのですよ」

 ディーター様の確信に満ちた笑顔と言葉に、そういうものなのだろうかと首を傾げながら、私はお菓子をひとつまみ口に入れた。


伯爵家の侍女がたぶん一番ヤバい。

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