妖精とデビュッタント
とうとうこの日が来てしまった。
騎士様のことも気になるし、ディーター様のことも気になるし、魔王様がなにをするつもりなのかも気になるし、けれどそのどれもがいったいどうなるのか全然わからなくて、ただただ心配なだけで毎日が終わってしまった。
「姫様、胸を張ってください」
着付けの終えた侍女さんたちにそう言われて、背筋を伸ばす。鏡には、自分じゃなくなったみたいな自分が写っている。
「すごい」
「うふふ、おきれいですよ。もう、どこから見ても妖精郷の姫君です。文句は言わせませんわ」
どこか誇らしげに侍女さんが言う。ふわふわで、動くたびに薄布がひらひらと踊っているように見えるドレスを着て、髪を複雑に編んで結い上げ、妖精の職人が作ったという蔦や花の意匠をあしらった小さな銀の冠をつけられ、うっすらとお化粧もされて、どこからどう見ても確かにお姫様のようだった。
今日のために誂えた馬車で登城し、お城のひとの案内で、魔王様のエスコートでホールへと入った。
今日は魔王様も妖精風の衣装で着飾っている。こうしてると、色を別にすれば確かに妖精に見えるから不思議だ。
ホールに入ると名前を読み上げられて、途端になんだかざわざわとして、注目を浴びてるようだった。
「妖精の姫が王城の夜会に参加するのは滅多にないことだ。しかもお前はデビュッタントのために来ているとなれば、注目を集めるのも当然であろう」
魔王様が小さく言うのを聞いて、さらに緊張する。
「そういうことは、先に言っておいて欲しいです」
ただでさえ緊張しているのに、歩けなくなったらどうしよう。
「──エル!」
「ユリアーナ様」
ようやく知っている方がいて、少し安心した。ユリアーナ様もこの夜会に来ると言ってたんだっけ。
「まあ、すてきよ、エル。とても似合ってるわ。お兄様が挨拶から戻ってきてエルを見たらどうなるかしら」
ユリアーナ様はくすくすと楽しそうに笑った。
「カルシャ様も、相変わらず素敵ですわ。あとでわたくしと一曲踊ってくださいね」
「喜んで」
「エルはちゃんとお兄様と踊るのよ?」
「ええと、はい」
それから、集まってきたユリアーナ様の知り合いの方々に次々と紹介された。
もうこんなの覚えきれないと思ったところでようやく一通りの紹介が終わって、やっとひと息つくと……。
「エリアンナ姫」
「ディーター様、おひさしぶりです」
「……姫君、姫君はいつも美しいですが、今日はいちだんと見違えましたね」
ディーター様はすぐに私の手を取ると、指先に口付けた。貴族のこの習慣は、絶対慣れないなと思う。
「王への挨拶の後、ダンスは是非私とお願いします、エリアンナ姫」
「ええと、はい……」
じっと見詰められてなんだかどきどきして、少し俯いてしまった。
それから、王が現れて夜会が始まり、私を含む、今日デビュッタントを迎える令嬢たちが順番に王に挨拶をしていく。
形式に則った口上に、「妖精郷の姫君をこの国へ迎えることができ、光栄だ」と王が述べ、それでデビュッタントの挨拶は終わりだ。あんなに準備とかたいへんだったのに、あっけないなと思う。
挨拶が終わると今度はダンスで……ディーター様はどこだっけと周りを見回したところで、騎士様と目があった。騎士様は私を見て驚いたように目を見開いた。
「どうやら、ようやく気づいたようだな」
魔王様が楽しそうな声で言う。騎士様は失礼にならない程度に人を掻き分けて、急いでこちらへと向かってきていた。
「まさか、エルなのか?」
騎士様は少し怖い顔で私と魔王様を見比べた。私がこくりと頷くと、「エルは侯爵領の森の館にいると……」と呟く。
「おおかた、使用人どもがそう言うのを鵜呑みにしていたのであろう。間抜けめ」
どことなく嘲るような笑みを浮かべる魔王様へじろりと目をやり、それから訝しむように騎士様はもう一度じっと見直した。
「……まさか、その顔と色は……」
「ようやく気づいたか、王国の英雄は本当に間抜けだな」
くつくつと笑う魔王様に騎士様の顔がさっと強張り、右手が腰のあたりを探る。
「ここは王の御前であろう。何をするつもりか」
「まさか、お前……魔王なのか? いや、魔王はあの時確かに消えて……」
騎士様は、魔王様が生きてここにいることに、混乱しているようだった。
「王に報告するか? 己が魔王を倒しそこねたことを」
魔王様の楽しそうな言葉に、騎士様はぐっと詰まる。そこへ、音楽が始まった。
「エルを貸してやろう。踊ってくるがいい」
魔王様が完全に面白がっているのを睨みつける騎士様の手を掴んで、「騎士様、あの、ダンスを、お願いします」と必死で引っ張り出した。
「お前はまさかずっと魔王のところにいたというのか。妖精郷の姫君だというのはどういうことなんだ」
踊りながら、騎士様は厳しい声で私を問いただした。
「あの、あの、魔王様は妖精郷の王妃殿下と仲良しで、魔王様から、魔法とかお作法とか、いろんなことを教えて貰いました。それで、王妃殿下は、本当に、私の伯母に当たるのだそうです」
「……お前はずっと、森の館にいるのだと聞いていた」
「あの、ごめんなさい、ずっと、王都にいました」
「なぜ魔王などと共にいる。やつは何を考えている」
「あの、その……ええと、約束、したので……魔王様の考えてることはわからないんですけど……」
「約束? 魔王などと何を約束したというのだ。そのようなもの、今すぐ無効として帰ってこい」
「だめです。約束を勝手に反故にするのは、よくないです」
「魔王の約束など、はなから無効で構わん」
「そういうわけには、いかないです」
一曲が終わるまで、「帰って来い」「だめです」のやり取りをひたすら繰り返してようやく戻ると、ディーター様が待っていた。
ディーター様は少し驚いた顔で、「副団長殿」と呟いた。
ディーター様と騎士様と、テラスに出て小声で話を続けた。さすがに中であのまま話していたら、聞き咎められてしまう。
「騎士ディートリヒは、エルを知っていたのか」
「はい」
「では、あの者のこともか」
「……はい」
騎士様は、はあと大きく息を吐いて、「いきなり私に剣の手合わせをと言い出したのは、こういうことだったか」とこめかみに手を当てた。
「では、なぜだ?」
「エリアンナ姫の100年を取り戻すのは、私の役目です。いかに副団長といえど、お譲りすることはできませんので」
「……100年? エル、どういうことだ」
「……ええと……」
騎士様に咎めるように睨まれて、視線がぐるぐると回る。どうしよう。なんて答えれば……。
「エルの100年は、今現在、わたしのものであるからな」
「……どういうことだ」
不意にまた現れた魔王様へと振り向いて、騎士様は不機嫌に尋ねた。
「その昔、ある妖精に渡したはずの指輪を持つ娘が現れてな、わたしに死んでくれと願ったのだよ」
騎士様の目が、また訝しむように眇められる。
「さすがに本当に死ぬわけにもいかぬので“振り”で勘弁してもらったが、願いの内容が内容であったので寿命の半分を貰うことにした」
楽しそうに笑う魔王様に、ふと、何かに思い至ったのか、瞠目した騎士様の顔が色を失う。
「とはいえ、その娘が来なければわたしが死ぬ可能性もあったのでな……それを加味して半分の100年というところだ」
「……なんだと……」
楽しくて堪らないというように、魔王様はまた笑い声を上げた。
「そうそう、娘の話によれば、己を塔から出した騎士はそこで満足し、そのまま娘を捨て置いたというが。それまで使用人どもが娘をどのように扱ってきたかも忘れて丸投げとは、どんな無責任かと。間抜けな話だとは思わぬか? ん?」
騎士様は色を失ったまま、ぎりっと唇を噛み締める。
「さらに言うなら、わたしが会ったその娘は、己の願いがどんなものなのか、100年を差し出すことがどういうことなのか、まるで理解しておらんかったぞ。もう13にもなろうというのにだ」
「ならば……改めて、お前を……」
「断る。先約があるのでな、わたしはとても忙しい。お前に構っている暇などないし、娘が騎士を絶対に殺すなと泣くので面倒なのだ」
「なんだと?」
「それとだ、そこの王の騎士がわたしに挑戦し、エルの100年を返してもらうと言っておる。
……お前のできなかったことを、そこの若い騎士が成し遂げてしまうかもしれぬぞ。楽しみだな」
「……騎士ディートリヒ……」
「申し訳ありません、副団長殿。先ほども申しました通り、この役目をお譲りすることはできません」
「と、いうことだ、王国の英雄。お前はせいぜいそこで成り行きを眺めておれ」
もうそこからは上の空で、いつの間にかディーター様の挑戦は明日に決まっていて、せっかくディーター様とダンスの約束をしたのもどこかに行ってしまって……。
ディーター様は「明日、私が勝つことができたら、その時こそ踊ってくださいね」と言った。





