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魔王と妖精  作者: 銀月
本編
21/29

妖精の悩み

 エシュヴァイラー伯爵家の人たちには、本当にお世話になりっぱなしで、申し訳ないくらいだ。

 そう言うと、アウレーリアさんは「あら、いつかわたくしを妖精郷に招待してくれればそれでよくってよ」とにっこり笑う。

 妖精郷のルールがよくわからないけど、本当に、アウレーリアさんやユリアーナ様、それにディーター様を妖精郷に招待できたらいいなと思う。


 何もかも凍らせようとする厳しく冷たい風が、いつの間にかとても優しく暖かくなっていて、もう春が来たのだと知らせていた。

 あとひと月もしたら王宮の最初の舞踏会が開かれる。つまり、ひと月経ったら私のデビュッタントの日が来てしまう。


 妖精郷から私のドレスが届いたと、侍女さんたちが大騒ぎしながら仮着付けと一緒に細かい調整をしてくれたけど、なんだかすごく気が重い。ドレスはすごくきれいで、薄い透けるような白い布を幾重も重ねてふわふわにしたものだったけど、やっぱり気が重い。

 お姫様デビューも気が重いけど、ディーター様と魔王様の勝負のことを考えるともっと気が重くなる。

 どうしたらいいかクロノワさんと話をしたいなと思ったけど、クロノワさんもこんなことを話されても困るんじゃないかと思えて、結局相談には行けなかった。

 冬の間、ほとんど顔を合わせなかったけど、クロノワさんは元気かな。


 そして、ディーター様とは会うことができなかったけど、冬の間に何通かのお手紙をいただいた。内容は当たり障りのないもので、剣の訓練をがんばってますとか、病気に気をつけてくださいとか、そういうものばかりだった。

 ……一回だけ、春になったら、宿題の答えをお教えします、と書いてあったけど。

 その、宿題の答えもさっぱりで、もう、私はどうしたらいいんだろう。塔にいたころは、こんな風にわからないことだらけで悩むことなんてなかったのに。


「ずいぶんと塞いでいるようだが」

「……魔王様」

 ぼうっと座って外を眺めていたら、いつの間にか魔王様がそばに来ていた。

「わからないことだらけで、どうしていいのかわからないだけです」

「ほう。ようやく悩みを持つような歳になったか」

「……どういう意味ですか」

「言葉通りだ。お前は幼すぎて悩むことなどなかったからな」

「なんだか、私がすごく小さい子みたいです……」

「実際、そうであったろう?」


 魔王様が笑いを堪えているような顔で、面白そうに私を見る。ひどい。なんで私がこんなに困ってると思っているんだろう。


「……魔王様のせいで、どうしたらいいかわからないんです」

「わたしのせいか。なるほど」

 魔王様はくつくつ笑いながら、「では、わたしのせいで何が困るのかを申してみろ」と言った。何をって、何をって……。

「……お姫様デビューは、気が重いです」

「それはわたしのせいというよりも、王妃殿下の希望にもよるのだが」

「なんで、王妃殿下が私をお姫様デビューさせたいんですか?」

「さあ、それは王妃殿下に聞くのだな」

「……あと、ディーター様と、ほんとに勝負するんですか?」

「あれが望んで挑戦してきたのだ。断る理由がない」

「……本気で、戦うんですか」

「お前は、どうもあれを信用していないようだな」

「……え?」

「どうやら、お前は戦う前からあれが負けて死ぬと決めて考えているようだ。王の騎士は、哀れであるな」

「あ」

 また魔王様がくつくつと笑う。

「そうか、あれが己の姫君と定めた娘には、最初からあれが負けると思われておるのか。万に一つも勝ち目はないと……かわいそうなことだ」

「でも……でも……魔王様……」

「何か違っているか? ん?」

 ──違わない。私は、ずっと、ディーター様が負けたら死んでしまうということばかりを心配してた。魔王様の言う通りだ。私はディーター様が勝つなんて、一度も考えなかった。

 目の前がぼやけ、ぽろぽろと膝に雫が零れ落ちる。

「だって、魔王様には、騎士様だって勝てなかったのに、ディーター様は、騎士様ほど強くないのに、どうやったら勝てるかなんて、全然……」

「……ユルナの誘いには乗らぬのか?」

「え?」

 思わず顔を上げると、魔王様は笑みを浮かべたまま、私をじっと見ていた。

「ユルナはさすが一流の幻術使いと言うべきか、ひとの隙を見抜くのがとてもうまい」

「乗りません。もし乗ったら、ディーター様は喜ばないし、たぶんすごく怒ると思います」

 ……怒って、きっと私を絶対に許さないんだろうと思う。

「お前はやはり強い子だな」

 魔王様は私の頭をぽんぽんと叩いた。


 その日から、私はディーター様が負けたらどうしようじゃなくて、どうしたらディーター様は勝つだろうかと考えるようにした。

 考えてもさっぱりわからなかったけど、不思議なことに、そう考えているうちに私にはわからなくてもディーター様はどうにか勝ってしまうんじゃないかと思えてもきた。


 ユルナさんは最後の仕上げとばかりに毎日お作法やダンスの練習のために来ていたけど、あれ以来、ディーター様の勝負のことは何も言わなかった。ただ、笑みを浮かべて私を見ているだけだ。

 その笑みは、いつでも手を貸して欲しいと縋っていいんだよ、と言ってるようで、少し怖かった。


 ──魔王様もユルナさんも、本当はどのくらい長く生きているんだろう。魔王様はユルナさんよりも長く生きていて、ユルナさんは……この王都と同じくらいだろうか?

 ユルナさんが知っている限り、魔王様は5回討伐されていると言ってたけど、最初の討伐はどのくらい昔にあったことなんだろう。

 私の200年ていう寿命は、魔王様やユルナさん……魔族にとってほんのちょっとでしかないんだろうか。以前、魔族には寿命らしい寿命はないと言ってたけれど、本当に、延々と生き続けられるのだろうか。

 そんなに長く生きてて、飽きたりしないんだろうか。


 毎日そんなことを考えて過ごしているうちに、とうとうデビュッタントの日が来てしまった。


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