妖精の相談
初めて主催するお茶会が終わった翌日、早速お遣いのときにクロノワさんを探して質問をした。
「クロノワさん、“どストライク”ってどういう意味だかわかりますか?」
「……エルちゃんて、時々妙な質問してくるね」
クロノワさんは笑いながら、教えてくれた。
「端的に言えば、“好みど真ん中”ってことだと思うよ。あんまり女の子に勧められる言葉じゃないけどね」
「そうなんですか」
つまり、私はディートリヒ様の“好みど真ん中”で、魔王様はユリアーナ様の“好みど真ん中”だったということなのか。ようやくディートリヒ様の態度に合点がいって、それから「え、でもなんで」と思う。
そんなことを急に考えこみ始めた私に、クロノワさんが首を傾げた。
「で、“どストライク”がどうしたの? 誰かにそう言われたとか?」
「ええと……そんな感じです」
「なるほど。まあ、エルちゃんならそういう男の人も出てくるだろうね」
「……クロノワさん、あの……」
このまま勢いに乗って、いろいろ聞いてしまおう。こういう相談は、たぶん魔王様やユルナさんでは真面目に答えてもらえないだろうから。
「何?」
「その、ですね。少し前にお友達になった子のお兄さんが、ええと、何かと気にかけてくれるというか、何かと手を握ってくるというか、いろいろと、お出かけの誘いとか、くれるんです」
「へえ」
「それで、どうしたらいいのか、わからなくって、困ってしまうんです」
「それが嫌だからなんとかしたいの?」
「……嫌じゃないんですけど、いいのかなって」
「嫌じゃないなら、好意として素直に受け取るといいんじゃないかな。ただ、少しでも嫌だとか重たいと感じるなら、きちんと断ることだよ。好きでもないのに期待を持たせるのは、相手の人に不誠実だからね。
よくわからないなら、その人と一緒にいて嫌かどうかで決めればいいと思うよ」
「そんなのでいいんですか?」
「うん、まあ……気持ちのことだからね。どんなに親切にされたり好意を向けられたりしても、その人のことが嫌いだったら、負担にしかならないだろう? それなのに受け取り続けてもお互い不幸なだけだしね。だけど、嬉しいと思うなら素直に受け取るといいんじゃないかな。
だから、エルちゃんがその人のことをどう感じているかで決めていいと思うよ。
……ああ、そうは言っても、断る時にいきなり無碍にすると角が立ってこじれたりするから気をつけてね。あとは、相手が好意じゃなくて下心があってそうしてくることもあるから、そこは気をつけて」
「下心、ですか?」
「そう。エルちゃんはかわいいからね。悪い男の人が良からぬことを考えて近づくこともあるから、何でもかんでも親切だと受け取る前に、ちゃんと見極めなきゃだめだよ」
「はあ……」
「……それにしても、エルちゃんも大人になったね。道に迷って泣いてた子がこんなに成長するなんて、僕もお兄さんかお父さんにでもなった気分だ」
お父さんとかお兄さんとか、いたことがないからよくわからなかったけど、そうか、クロノワさんみたいな感じなんだと思った。
「私も、お兄さんがいたらクロノワさんみたいだったのかなあって思います」
「エルちゃんみたいなかわいい子のお兄さんなんて、光栄だね」
クロノワさんは笑って私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「それじゃ、僕はまた仕事に戻らなきゃいけないから、そろそろ行くよ」
「はい、ありがとうございました。……あの、また相談に来てもいいですか?」
「構わないよ。だけど、仕事に差し障りがない程度にだからね」
「はい!」
クロノワさんと話して良かった。魔王様やユルナさんが相手じゃこうはいかない。魔王様はなんかよくわからない自分だけわかってる風な返事で終わるだろうし、ユルナさんは面白がって終わりだろう。
……やっぱり魔族は変な種族だ。長生きし過ぎて感覚が変になってるんじゃないだろうか。もしかして、妖精も長生きし過ぎると感覚が変になって魔王様たちのようになるんだろうか。
ちょっと怖いなと思う。
はあ、それにしても好意だったのか、と思う。でもなんで私に好意なんだろう。“どストライク”だから?
……つまり、私の見た目がとても好みだったから、親切にしてくれるということなのか。なら、私が呪われた子だとか、そういうことを知られたら離れていくんだろう。
だって、私はお姫様じゃないんだし。本当のお姫様は、騎士様のお嫁さんのようなお方を言うのだ。
お屋敷に帰ると侍女さんたちが「おかえりなさいませ」と出迎えてくれた。
「お遣いなんて、私どもに申しつけてくださってよいのですよ」
「でも、これは見習いの仕事だし」
「姫様に何かあったらたいへんです」
「腕輪を付けてれば、人間にしか見えないし、大丈夫」
侍女さんはほう、と溜息を吐いて、「なら、次からはきちんと護衛を付けましょう」と言った。
「そんな、大袈裟にされたら、余計目立ってたいへんになっちゃう」
「大丈夫ですよ。ちゃんとこっそり付いて行きますから」
侍女さんはにっこりと微笑んで、「そうとなったら、殿下にお願いして優秀な護衛を寄越して貰わなくてはね!」と手を叩いた。
……護衛とか絶対大袈裟だし、クロノワさんに相談したりができなくなったらどうしよう。
「あの、あの、やっぱり大袈裟になっちゃうから、護衛は……」
「大丈夫ですよ。大袈裟にはしませんから。影からしっかり姫様を守れる者をお願いしますわ。
それと、姫様に早速招待状が届いてますわ。さすがエシュヴァイラー伯爵のご令嬢、ユリアーナ様ですね」
受け取った封書は、侍女さんの言う通り、ユリアーナ様からの別荘への招待状だった。話をしたのは昨日なのに、ユリアーナ様、仕事早すぎる。ユリアーナ様は私を囲い込みにかかっているのだろうか。ちょっと怖い。
「あまりお待たせしても失礼になってしまいますから、お早めにお返事をしたためるとよいですわ」
「はあ……」
なんだか最近、周りの出来事がどんどん加速して進んでいる気がする。
どうなっちゃうんだろう。





