妖精とご招待
お茶会の当日。
朝から侍女さんたちにあれこれ世話を焼かれて、ようやくアウレーリアさんたちを迎える準備を整えた。
ちなみに、ユルナさんは、今日もユーリさんとして私についている。そして魔王様は……。
「魔王様、なんでそんな恰好なんですか?」
魔族だとばれちゃいけないと言ってたはずなのに、魔王様はいつもの人間の格好でも魔法使いの格好でもなく、色とか耳とか素のままにしていた。角は騎士団に預けてあるから頭に無いけれど、髪をひとつにまとめて貴族っぽい服を着ている。
焦る私を尻目に、魔王様は「わたしの役回りにふさわしい姿となっているのだ」とにんまり笑う。
──役回りってなんのことですか?
「でも、でも、色とかいいんですか? 黒くて赤いのはまずくないんですか?」
「これだけ妖精がいると、人間は勝手にわたしを妖精だと思うのだよ」
「そ……そういうものなんですか?」
ふつう、妖精の色は薄くて淡いものだと知られてるんじゃなかったっけ?
「人間は他の種族に疎い。それに、魔力を区別するのは上位の魔法使いでも難しいのだ。普通の人間になどできぬから心配するな」
なぜか魔王様はばれるはずがないと自信満々で、その自信がどこから湧き上がってくるのかすごく不思議だし、私のお腹が痛くなりそうだと思った。
馬車が到着すると、王妃殿下から派遣された妖精の使用人さんたちがすすすっと現れて、馬車の案内をしたりの雑用をやってくれた。私は深呼吸をして、アウレーリアさんたちを迎えるために外へ出た。魔王様が私のすぐ後に続いてくる。
「ようこそ、アルフヘイムの館へいらっしゃいました」
少し噛みそうになりながら馬車を降りたユリアーナ様やアウレーリアさん、そして……そして、どうしてここにいるのかわからないけれど、ディートリヒ様にお辞儀をすると、最初に前に出ようとしたディートリヒ様の後ろ頭をユリアーナ様が持っていた扇でぺしっと叩き、彼が止まった隙に自分が前に出て「お招きいただきありがとうございます」と口上を述べた。ディートリヒ様がなんだか納得がいかない顔でユリアーナ様を見ている。
……ユリアーナ様は、お兄様であるディートリヒ様にあんな扱いをして大丈夫なのだろうか。
そして、魔王様がすっと進み出て優雅に一礼した。
「わたしは妖精郷の王妃殿下の名代としてエリアンナ姫の世話役を務めさせていただいております、カルシャと申します。
本日はエシュヴァイラー伯爵のご令嬢方をお迎えできる光栄に預かり、たいへん喜ばしく存じております。どうか楽しいひと時を過ごされますよう」
「丁寧なごあいさつ、ありがとうございます。カルシャ様」
……魔王様が挨拶をしている間気が気じゃなかった。魔族ってばれたらどうしようとか、なんで魔王様が世話役とか、いろいろなことが頭の中をぐるぐる回りすぎててどうしようかと思った。おかげで心臓がばくばく言っている。
けど、魔王様の言っていた通り、皆、魔王様を妖精だと思っているようだった。ちょっと見かけない色の妖精、くらいに思っているんだろうか。
どうにかぎくしゃくと動きながら、アウレーリアさんたちをサロンへと案内する。すでに侍女さんたちが人数分の椅子やら茶器やらの準備をすっかり整えておいてくれている。侍女さんたちの対応の速さはすごいと思う。
私は、アウレーリアさんとユリアーナ様に椅子をすすめて、それからディートリヒ様にも椅子を……と思ったら、ディートリヒ様はいつの間にか私のすぐ傍に立っていて、また手を取った。しかも跪いて口付けされた。貴族みたいに。なんで?
「こちらのお屋敷には数多くの美しい妖精方が居られますがその中でもやはりあなたの美しさはひときわ際立ち……」
また、ユリアーナ様の扇がディートリヒ様のぺしっと後ろ頭を叩く。
「お兄様、おすわり、ですわよ」
え? と思う間もなく、ディートリヒ様はぴたりと口を噤んで名残惜しそうに手を離し、椅子に座った。この人よくわからなくて怖い。ほんとに怖い。あとやっぱりエシュヴァイラー伯爵のお家では、ユリアーナ様が最強なんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら固まってたら、アウレーリアさんがくすくすと笑った。
「エル、エルはディーターお兄様のどストライクなの。だから優しくしてあげてね?」
「その、“どストライク”ってなんですか?」
「淑女には不要な言葉ですわ。リアももうおやめなさい」
「はあい、お姉様」
……“どストライク”の意味は、今度クロノワさんに会ったときに教えてもらおう。
「ところでエル」
ユリアーナ様が少し改まった様子で私に向いたので、つい背筋をぴんと伸ばして座り直してしまう。
「カルシャというあなたのお世話役の妖精って、どういうお方なの?」
「え?」
「わたくし、黒髪の妖精なんて初めて見ましたわ。何といえばよいのかしら……とても神秘的で、その……」
ええ?
「たいへん麗しい殿方ですのね」
わたくしうっかりときめいてしまったわ、とユリアーナ様は呟き、そこから魔王様のプロフィールについて怒涛の質問攻めが始まった。怖い。やっぱりお茶会って怖い。侍女さんたちは微笑ましそうに笑っているだけで全然助けてくれないし、ユーリさんはいつも通り面白がっているだけだ。
もちろん、私が魔王様のことで知ってることなんてほとんどないので、答えられるのは「よくわかりません」ばっかりだったけれど。
その横で、アウレーリアさんが「カルシャ様はお姉様のどストライクでしたのね」とにこにこしながら呟いていた。
絶対、今度クロノワさんに会ったら、絶対、“どストライク”の意味を聞こう。
しばらくして魔王様がお茶会の席に現れると、ユリアーナ様が淑女の微笑みを浮かべて改めて挨拶し、今度は魔王様自身に怒涛の質問攻めを始めていた。ユリアーナ様すごい……それを、笑みを崩さずのらりくらりと躱す魔王様もすごい。やっぱりお茶会は戦場なんだ。お茶会は戦えないと乗り切れない戦場なんだ。
私はようやく質問攻めから逃れられて、何度目かのお茶会にして初めてようやく、アウレーリアさんとゆっくりお話することができた。あと、ディートリヒ様とも。
「あの、ディートリヒ様も急に来られるとは思ってなくて、びっくりしました」
「妹たちがあなたのご招待を受けたと聞き、いてもたってもいられず、妹たちの護衛役としてこちらへお供することにしたのです。どうしてもあなたの顔が見たかった……」
「え? ……あの、次から、ディートリヒ様もご招待したほうがよいでしょうか」
そう言ったとたん、ディートリヒ様の目がきらりと光った気がして、気づいたらまた手を握られていた。
「ああ姫君あなた自らしたためた招待状を送ってくださるなんて私には身に余るこうえ……」
怒涛の長セリフが始まったとたん、アウレーリアさんがディートリヒ様の口に「えいっ」とクッキーを突っ込んだ。
「え?」
「こうしないと、お兄様はいつまでもしゃべり続けてしまうのよ。おしまいには、酸欠で倒れてしまうくらいまでしゃべり続けるの。エルがどストライクだから」
「ええ?」
思わずディートリヒ様を見ると、なぜか横を向いて、さっき口に入れられたクッキーを食べていた。
「普段はとても頼りになるお兄様なのに、どうしてこうなっちゃうのかしら。もうちょっと落ち着いていただきたいわ」
「リア、私はだな──」
「……お兄様、いきなり押しまくってもだめですのよ。エルはとてもかわいらしい姫君なのですもの、ちゃんと順番というものをお考え遊ばせ」
「ええと、その、アウレーリアさん、何の話を……」
「エリアンナ姫?」
「あ、は、はい。なんでしょうか、ディートリヒ様」
「ヴァインベルト湖の畔にエシュヴァイラーの別荘があるのですが、あなたをご招待してもよろしいでしょうか」
「……え?」
「まあ素敵! あそこはとても景色のいいところなの。ぜひいらして!」
「え?」
「あの美しい湖の畔を、ぜひあなたにお見せしたい。妖精郷の美しさにはかなわないかもしれないですが、人間の国にも美しい場所があるのですよ」
思わず魔王様のほうを見ると、魔王様はまだユリアーナ様の質問攻めと戦っていた。これじゃ聞いていなかったかもしれない。
「ええと、その……つ、都合が合いましたら、ぜひ」
貴族の別荘にご招待なんて、私、どうなっちゃうんだろう。ユーリさんをちらっと見てみたけど、やっぱりだめだ。おもしろがっているから何も期待できない。
「……あの、別荘では、どんなことをするんでしょう」
おずおずと尋ねると、ディートリヒ様がにっこりと微笑んでまた私の手を握った。
「湖にはボートを浮かべることもできますし、遠乗りも素晴らしいですよ。馬には乗れますか? いえ、私がお乗せします。ご心配なさらないでくださいね」
「ピクニックも楽しくてよ! ああ今からとっても楽しみ。そうね、わたくし、精一杯おもてなしするわ。いつがいいかしら」
「ええ?」
何故か行くことが決定済になっている気がした。
もう一度ユーリさんを見たら、「姫様、楽しみですね」と微笑まれた。
……決定なんだ。これが貴族のお付き合いというやつなんだ。
私に姫君デビューとか、やっぱり無理だと思う。
お腹が痛くなりそう。





