妖精とお茶会の準備
あれから月に何度かユリアーナ様とアウレーリアさんのお茶会に呼ばれるようになって、私もアウレーリアさんたちをお茶会に呼んだほうがいいんじゃないかとユルナさんが言い出した。アウレーリアさんもうちに来たいと言ってたし。
魔法の訓練のときに魔王様にそう言うと、アウレーリアさんたちを招いてお茶会をすることになった。
でも、お茶会の準備ってどうすればいいんだろう?
念のためユールさんに聞いてみたら「おいしいお菓子とお茶を用意すればいいんじゃないの?」と言うだけだったので、やっぱり当てにならないと思った。
また魔王様に聞いてみたら、「心配するでない」と笑うだけだったので、魔王様もやっぱり当てにならないんじゃないだろうか。
最近思ったんだけど、魔王様って、実は結構行き当たりばったりなんじゃないだろうか。なんだか思いつきでいろいろやってる気がする。この意見にはユルナさんも賛成してくれた。「魔王は暇つぶししてるだけだと思うよ」って。
暇つぶしって……。
けど、アウレーリアさんもユリアーナ様も貴族のお嬢様なのだから、万が一にも失礼があっちゃいけないのにどうしたらいいんだろう。
そういえば、この屋敷には侍女さんとかも全然いない。必要な時に妖精の王妃殿下が寄越してくれるんだけど、侍女さんたちってどこでお願いすればいいんだろう。王妃殿下にお願いするとか、ハードルが高すぎる。
そこまで考えて、途方に暮れてしまった。
お使いに出た時にクロノワさんを見かけたので、一応聞いてみた。
「クロノワさん、お屋敷の侍女さんってどうやって見つけてくるんでしょう」
「え? いや、普通は紹介されたりするんじゃないかな。上級貴族の侍女なら、どこかの貴族の令嬢が行儀見習いも兼ねてきているはずだけど。
エルちゃん、侍女になりたいの?」
「そういうわけじゃないんですけど、どうやって見つけてくるのかなあって思っただけです」
だめだ。紹介してくれる人なんて……アウレーリアさんのお家しか知らない。まさかアウレーリアさんに紹介してくださいなんて言えない。
「ユルナさん、侍女さんたちはどうすればいいんでしょうか」
途方に暮れて、たぶん当てにならないんだろうなと思いながらユルナさんに相談してみたら……。
「あれ、聞いてない? 5日くらい前になったら妖精郷から派遣されてくるみたいだよ」
気が抜けた。
魔王様、頼んであるならあるって、ちゃんと教えて欲しい。心配するでないとか言ってる場合じゃない。
前はひたすら魔王様はすごいって思ってたけど、最近なんだかだんだんそうじゃないような気がしてきた。魔王様は決定的に言葉が足りないと思う。
「エルちゃん強くなったし、魔王に言いたいことがあるならちゃんと言ったほうがいいよ。
でも魔王になんか言うときは、ちゃんと僕がいるときにしてね」
……そんなことを言い出すユルナさんをじっとりと見ていたら、頭をぐしゃぐしゃされた。
「ユルナさんも、私で暇つぶししてますよね」
「うん。だっておもしろいし」
笑顔で肯定された。納得いかない。魔族って、みんなこんななのかな。変な種族だ、魔族って。
お茶会の5日前になったら、ユールさんの言う通り、妖精の道を通って妖精の侍女さんたちが来た。いつも思うけれど、妖精の侍女さんたちのほうがよほどお姫様っぽくてきれいだ。
侍女さんたちはくすくす楽しそうに笑いながら、あっという間にお屋敷の中と外の両方をきれいにしてしまった。普段は広すぎて追いつかないから、中も外も殺風景で必要なものしかないのだけど、侍女さんたちのおかげでお花が飾られたりきれいな掛け布がかけられたり、これならアウレーリアさんたちを迎えても大丈夫なくらいになった。
「すごいですね。あっという間にきれいになっちゃった」
そう、侍女さんに言うと、「姫様に気に入っていただけて光栄ですわ」と返されてしまった。
「……私、あんまりお姫様じゃないと思うんですけど」
「まあ! 目も髪も、王妃殿下の叔母上にこんなにそっくりなきれいな色なのに! それに、王妃殿下のお小さい頃を見ているようにとても可愛らしいですよ。ちゃんと姫様はお姫様です」
なんだか思いもよらない返し方をされて、慌ててしまう。「そんなことないです」と言っても、侍女さんはくすくす笑うだけだ。
王妃殿下とは、前にほんの少しだけご挨拶をするのに顔を合わせたことしかなくて、どんな色だったかとかどんな人だったかとか全然覚えていない。ユールさんは、王妃殿下を妖精郷でいちばん強くて怖い妖精だと言ってたけど、全然そうは思えなかった。すごく優しい声の妖精だと思ったんだっけ。
侍女さんたちがてきぱきと動き回る様子をぼんやりと眺めていたら、「姫様、エリアンナ様、ドレスも選んでおきましょう」と、手を引かれて衣装部屋へと連れて行かれた。
「王妃殿下が、これからたくさん必要になるからと用意してくださったのですよ」
連れてこられた衣装部屋に、いつの間にかずらっと並べられていたドレスを眺めて、ぽかんとしてしまう。
「で、でも、なんでこんなにたくさん必要になるんですか?!」
「まあ! 王妃殿下の姪御としてこちらに来ているのに、十分な準備ができなくては妖精郷の沽券にも関わりますわ」
──なんだか知らないうちにものすごい大事に巻き込まれてる気がして、へたへたと座り込んでしまった。「まあ、姫様どうなさいました?」と侍女さんが慌てる横で、魔王様は本当の本気で私をお姫様デビューさせる気なんだと考えて……。
そこで、ようやく、ユルナさんが前に言ってた「あいつの顔が見たい」の「あいつ」ってもしかして? と思い至って、血の気が引いた。
魔王様、騎士様に何するつもりなんですか?!
正面から聞いても魔王様は絶対教えてくれないと思う。ユルナさんも、魔王様が何をしようとしてるかわかっても、絶対教えてくれないと思う。ふたりとも騎士様のことをよく思ってないし。
ああどうしよう、騎士様に迷惑かけちゃう。どうしたら騎士様に迷惑がかからないようにできるかな。
考えなくっちゃ。
魔王様にもユルナさんにもばれないように、考えなくっちゃ。





