妖精とご令嬢のお茶会
誘拐事件に巻き込まれてからしばらくして、アウレーリアさんから招待状が来た。招待状は、アウレーリアさんのお家のお茶会に招待しますという内容だった。
「ゆ、ユルナさん、お茶会って何をするんですか?」
貴族のお茶会だ。たぶんなんだかよくわからない作法とかあるんじゃないだろうか。魔王様に聞こうと思ったけど、魔王様は最近ますます忙しそうだったので、ちょうどお作法のレッスンに来たユルナさんに尋ねてみた。
「お茶会? えーと、おしゃべりしながらお茶を飲む」
……たぶん、絶対それだけじゃないと思う。
不審げな目でユルナさんを見つめていると、ユルナさんは「エルちゃん最近強くなったよね」とおもしろそうに笑った。
「強くないと思います」
「ま、いいや。ちょっと招待状見せて。
……へえ、招待主はユリアーナ・エシュヴァイラーか。エシュヴァイラー伯爵の長女だね。たしか御歳17歳だったかな……そっか、アウレーリアだとまだ社交界にデビューしてないから、長女の名前でお茶会開くことにしたってところかな」
「それで、ユルナさん、お茶会って何をするんですか」
「……いやそんな泣きそうな顔しなくても」
ユルナさんはあははと笑っている。
「ええとさ、前に僕が妖精の姫君がいるって噂を撒いた話をしたでしょ」
こくこくと頷いて、それから、まさかもしかしてと思う私に、ユルナさんが楽しそうな笑顔になった。
「たぶんね、アウレーリアを助けた君が、妖精の姫君だと思われてるんじゃないかな。たしか、姿変えの腕輪取られて素の姿だったって言ってたよね」
さあっと血の気が引く私に、ユルナさんがまた笑う。
「うん、だから、お茶会ではその辺根掘り葉掘り聞かれると思うよ。頑張ってね」
「魔王様、お茶会なんですけど、ユルナさんが、私が妖精の姫君だと思われてるって言うんです」
夜、戻ってきた魔王様と夕食を食べながら、お茶会の話をする。気のせいだろうと言って欲しかったのに、魔王様は頷いた。
「で、あろうな」
魔王様は平然と夕食を食べている。
「何も問題はなかろう」
問題あると思うんです、魔王様。
「でも、私はお姫様じゃないです」
「お前が妖精の王妃殿下の血筋であることは間違いないし、側妾腹とはいえアーヴィング侯爵の血筋でもある。これ以上ないくらい貴族の姫君ではないか」
「え……」
結局、魔王様にあれこれ言い含められて、私はいろいろ着飾ってユリアーナ様のお茶会へ行くことになった。
* * *
「ユルナさん……ええと、ユーリさんは、女の人の振りもできるんですね」
お茶会に行くのに侍女のひとりもいないのは不自然だろうということで、ユルナさんがついてきて、フォローしてくれることになった。
……侍女として。
「そのまんまだとさ、僕がルドヴィカ様のとこのユルナだってバレちゃうからちょっとまずいんだよね」
そう言って、ユルナさんは「ユーリさん」という名前の女の人の振りをすることになった。色を変えるだけなら楽だけど、性別とか身長まで変えようとすると、姿変えではとても大変だということで、幻術と幻覚を駆使しての姿らしい。
もちろん、姿を変えるだけではなく、所作も完璧だ……私じゃなくて、ユルナさんが姫君の振りをしたほうが、良かったんじゃないだろうか。
「ユルナさんが姫君をやればいいのに」
「それじゃ意味ないじゃん。魔王はどうやら君を姫君デビューさせたいみたいだしね」
「え……?」
なんで私が姫君デビューしなきゃならないんだろう。
「気づいてなかったとか言わないよね? なんであんなに行儀作法とかダンスとか練習してたと思ってるのさ」
「……まさかと思ってたけど、ほんとにそんなこと考えてるんですか?」
「いやあ、君がデビューする日が楽しみだよ。僕もルドヴィカ様にお願いして、その場に居合わせたいなあ。あいつがどんな顔するかと思うと、すっごく楽しみだよ」
「あいつ? 誰ですか?」
ユルナ……ユーリさんはにやにや笑ってるだけで、それ以上は教えてくれない。私の知ってる魔族の人はふたりだけだけど、皆こんなふうに“いい性格”なんだろうか。
「あ、そうだ、君の正式な名乗りについては聞いた?」
「ええと、エリアンナです」
「そそ、さらに、後ろに母と祖母の名前くっつけるのが、妖精としての正式な名乗りになるから、覚えておいてね。ま、滅多に使わないと思うけど。
で、人間社会では、貴族なら家名が付かないといろいろ鬱陶しいことになるので、“エリアンナ・アルフヘイム”が通称になるからね」
妖精郷のエリアンナ……そのまんまだ。
「ちなみに、妖精王陛下と王妃殿下がこっちに来る時も、家名はアルフヘイムだから」
「え?」
「つまりそういうこと」
「……え?」
「ちゃんと魔王から話を通してあるから大丈夫だよ」
魔王様、私はただのエルのほうがいいです。
* * *
「エル! よく来てくれたわ! わたくしとても楽しみにしていたのよ!」
エシュヴァイラー伯爵のお屋敷に到着するとアウレーリアさんが飛び出してきて、私に抱き付いた。
「ア、アウレーリアさん?」
「リア、お行儀が悪くてよ。淑女の振る舞いではないわ」
上から声がかかり、アウレーリアさんがぱっと離れた。見上げると、アウレーリアさんによく似たお嬢さんがにっこりと微笑んで、淑女の礼をする。
「初めまして、ユリアーナ・エシュヴァイラーです」
「あ、え、エリアンナです。本日はお招き頂き、ありがとうございます」
「まずはサロンへ行きましょう」
ユリアーナ様はゆったりと微笑むと、屋敷の中へと入っていった。私も、アウレーリアさんに手を引かれて、後に続いた。
サロンでは、用意されたお茶とお菓子をいただきながら、いろいろな話をした……というより、ほとんどユリアーナ様に聞かれたことに答えていただけだった。
「リアからとっても勇敢な妖精の魔法使いの話を聞いてね、今日会えるのを本当に楽しみにしていたのよ」
「ぜ、全然勇敢じゃないです……」
「まあ、謙遜が過ぎるわ。リアを助けて、見張りを魔法で眠らせて、あの地下室を脱出して、でしょう? リアを庇う姿がとても頼もしかったと聞いたのよ。
それがこんなに可愛らしい方だなんて!」
「え、えと……」
なんか居心地が悪い。
「私こそ、アウレーリアさんがいたから、頑張らなきゃって思ったんです。ひとりだったら……たぶん泣いてました」
ぽそぽそと言うと、ユリアーナ様がころころと笑った。
「それでも、普通にできることじゃないと思うわ。あなたはわたくしのかわいい妹の恩人であることに変わりはないのよ?」
だんだん、褒め殺されてしまうんじゃないかと思い始めて、思わずユル……ユーリさんを見ると、ユーリさんはにこにこ笑いながら私を見返した。ユーリさんはたぶん面白がってる。
と、扉をノックする音がして、男の人が入ってきた。ユリアーナ様とアウレーリアさんがお兄様! と声を上げる。
「リアの恩人が来ていると聞いて、ぜひ挨拶をと。私はディートリヒ・エシュヴァイラーです」
にこやかに私の前に来て、手を取り……なぜだかディートリヒ様は私をじっと見ていた。何だろう。
まだ見ている。
まだじっと見ている。
……ひたすらじっと見ている。
自分の顔に、何かついていたかなと考えて不安になって、首を傾げると、なぜかディートリヒ様は横を向いてしまった。
「あ、あの……?」
私はこの取られた手をどうすればいいんだろう。
困ってユル……ユーリさんを見ると、今にも吹き出しそうな顔になってた。
泣きそうになってユリアーナ様を見ると、たまに魔王様が浮かべるのとそっくりな笑みを浮かべてディートリヒ様を見ていた。
「ディーターお兄様、エリアンナ様がお困りでしてよ?」
いったいこれから何が起こるというのだろう。何か粗相をしてしまったのかな。
ユル……ユーリさんが、私の後ろで「わかりやすすぎておもしろい」と呟いていた。
「こ、これは失礼しました姫君……ついあなたの美しさに心を奪われてしまいました。その美しく輝くような金の髪に春に萌え出づる若木を思わせるような緑の瞳と薔薇を散らしたような唇ほんのりと色づいた頬いずれも素晴らしく美しいまさに神の奇跡と言うべき……」
「お兄様、そこまでですわ」
急にすごい勢いでしゃべり始めたディートリヒ様にぽかんとしていたら、いつの間にか側に来ていたユリアーナ様が、ディートリヒ様の後ろ頭を扇でぺしっと叩いた。
え? いきなり? と慌てると、アウレーリアさんが「エルはお兄様の“どストライク”でしたのね」としみじみ呟き、ユリアーナ様は「そのような言葉をどこで覚えたの。はしたなくってよ」と注意していた。
その間に、ディートリヒ様はユリアーナ様の侍女さんに「さ、こちらへ」となんだかずるずる引きずられるようにして退出させられる。皆とても慣れているように見えるのは何故だろう。
ユーリさんは、もうお腹が痛くてたまらないというのを堪える顔になっていた。
これが瞬く間に展開されて、私の頭が付いていかない。
「お兄様のことはあまり気にしないでくださいね?」
ユリアーナ様はどうしていいかわからずにおろおろしていた私に向かって優雅に微笑むと、また怒涛の質問攻めを始めた。時々、アウレーリアさんが「わたくしもエルとお話したいわ」と言うのだけれど、ユリアーナ様の勢いは止まらなかった。
夕方、日が沈むころまでそれは続き、ディートリヒ様のさっきの話っぷりといい、確かにユリアーナ様はご兄妹なんだなと実感する。
いつか、クロノワさんが舞踏会は戦場らしいと言ってたけど、お茶会のほうが戦場なんじゃないだろうか。
貴族のお茶会、怖い。
あと、ユルナさんは全然フォローなんてしてくれなかった。たぶん面白そうだからついてきただけなんだと、ちょっと恨んでる。





