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魔王と妖精  作者: 銀月
本編
10/29

妖精と誘拐事件/後篇

 アウレーリアさんが今にも泣き出しそうな顔で、また私をじっと見ていた。

 私たちはあの見張りの目を盗んで枷をはずして、ここを出ないといけない。

 どうやったらいいだろう。


 これまで魔王様に教わったことを思い返して、考える。

 私が習ったのは、全系統の初級魔法と、幻覚と幻術の下級魔法だけだ。

 そういえば、ユルナさんは、たとえ初級でも幻覚と幻術をうまく使えれば、おもしろいくらい相手を惑わすことができるんだよと言っていた。どうやったらあの見張りを惑わすことができるだろうか。


「静かにしててね?」

 私がアウレーリアさんだけに聞こえるように囁くと、彼女はこくこくと頷いた。

 どうかうまくいきますように。

 なるべく小さな声で、見張りに向かって眠りの魔法を唱える。見張りがうつらうつらと船をこぎ始めるのを見て、今度は幻覚と幻術の魔法を唱えた。

 これで、万一見張りが目を覚ましても、私とアウレーリアさんが檻の中でおとなしくしているような幻が見えるはずだ。ユルナさんが、上位の幻術をどんと置くよりも下位の幻術をちょっとずつ重ねていったほうが皆だまされやすいんだよと言っていた。だから、私たちがここを出ても見破られないように、思いつく限りの幻術を重ねておく。


 次に、枷をはずすための解錠魔法を詠唱する。これも、なるべく小さな声で。

 練習の時は3回に1回しか成功しなかったけれど、今回は何故かうまくいって、無事全部はずすことができた。

 アウレーリアさんは「すごい! エル、すごいわ! これでおうちに帰れるわね!」と喜んでいる。

「まだ帰れないです。見つからないようにここから外に出ないと」

 アウレーリアさんが目に見えてしょんぼりとしたので、私は慌てて続ける。

「だから、ここを出ましょう。私が先に行くので、アウレーリアさんは後ろから静かについてきてくださいね」

「わかったわ。わたくし、静かにしているわね」


 私は檻の鍵にも解錠魔法をかけた。今度は1回失敗してしまったけど、2回目でうまくいった。枷の鍵はとても簡単な作りの鍵だったっていうことなのかな。

 入口の横で寝こけてる見張りを見たら小剣を腰に付けていたので、何か使うことがあるかもとそっと抜いて自分の腰に差すことにした。

「エルは剣も使えるのかしら?」

「使えないですけど、何かの役に立つかもって思ったので」

 アウレーリアさんが「まあ、エルはすごいわね」と感心したように言うので、恐縮して頭を振る。全然すごくないし、間違えたらどうしよう失敗したらどうしようって、そればっかりなのに。


 部屋から出る扉にも鍵がかかっていたので、また解錠魔法を唱えた。

 外に誰もいませんようにと祈りながら薄く扉を開けて外をうかがうと、ここは廊下のどん詰まりで、見張りはいないようだった。じっと耳を澄ませてしばらく待ってから部屋を出ると、私は幻術で2人が見えないように幻を被せた。

「廊下の端っこを、音を出したりしないように歩きます。魔法で見えないようにしてるけど、声を出したり音を立てたりしたら見破られちゃうので、気を付けてね」

 アウレーリアさんはこくりと頷いた。


 しっかりとアウレーリアさんの手を握って、ゆっくりと廊下を歩き出した。アウレーリアさんの手も私の手も緊張で汗ばんで濡れていた。

 何か物音がするたびに廊下の端の物陰にしゃがみ、2人でじっと手を握り合いながら見つかりませんようにとひたすらに祈った。


 廊下はそれほど長いわけではなかったけれど、不安と緊張で果てしなく長く感じた。ようやく階段が見えて、あれを上がればきっと外に出られるんだと喜んだその時、急に騒ぎが起こった。

 何かどたんばたんと激しく暴れているような音が廊下の先から聞こえてきて、とっさにアウレーリアさんを抱きしめて物陰に入る。アウレーリアさんはがたがたと震えながら、見つかっちゃったの? と呟いた。

「わからない。見つかったのとは違うみたいなんだけど……」

 私が不安げに廊下の先を見ると、アウレーリアさんが泣き出しそうな声で、おうちに帰りたいと言った。私も帰りたい。魔王様、迎えに来てくれないかな。もう怖くて仕方ない。


「何の騒ぎだ!」

 突然大声がして、すぐ近くにあった扉が開いた。出てきたのは、魔法使いのローブを来た男の人で、つまり魔法使いで……びっくりして顔を上げた私と、目が合った。

 魔法使いは私を見て、「逃げ出したな」と一言だけ言った。

 私はとっさにアウレーリアさんを抱きかかえて立ち上がり、手を引いて階段に向かって走りだした……けれど、もう少しというところで、突然足が動かなくなった。

 なんで? と思って足元を見ると、床から生えた手にがっちりと足を掴まれていて……同じように床を見たアウレーリアさんが大きく目を見開き、「もういやあ!! お父さま助けてえ!!」とパニックを起こしたように泣き叫んで暴れ始めた。

「ア……アウレーリアさん、落ち着いて、落ち着いて」

 暴れるアウレーリアさんを抱きしめながら、心臓がばくばくしてうまく息が吸えなくなりそうだったけど、必死で落ちつけようとしていた。

 魔法使いは、嫌な顔で笑いながらゆっくりとこっちに歩いてくる。私に手を伸ばし、「お前は俺と一緒に来るんだ」と言う。


 もうだめだ、捕まって連れ去られちゃうんだ、もう帰れないんだと、アウレーリアさんを力いっぱい抱きしめてぎゅっと目をつぶったその時、バンと大きな音と一緒に、階段の上から剣を持った人が飛び降りてきた。王都の警備兵の制服を着た人だった。

 助かったのかと思ったとたん腰が抜けて、私はアウレーリアさんと一緒にぺたんと座りこんでしまう。足元に生えていた手はいつの間にか消えていた。あれも幻術だったんだ。


 魔法使いが慌てて魔法を詠唱すると、気味の悪い恐ろしい姿をした獣が現れた。腕に抱えてたアウレーリアさんがひゅっと息を呑む。私は慌てて彼女の頭を抱き込んで、これから流れるかもしれない血が彼女の視界に入らないようにした。


 ──けれど、その人は獣をまったく意に介さず、魔法使いへと切りかかった。魔法使いが口をぽかんと開けた間抜けな顔で「なぜだ」と呟く。

 警備の人が「残念だけど、俺、幻覚は効かないんだ」と笑って剣を振ると、魔法使いは先が無くなった腕を抱え、痛みに喚きながら床を転げまわっていた。

 警備の人は魔法使いを手早く拘束してから、私たちのところへ来た。私を見て一瞬顔が引きつった気がするけどなんでだろう。

「……私は王都警備隊第1隊第8小隊小隊長補佐ルツ・フェルダタールです。エシュヴァイラー伯爵のご令嬢、アウレーリア・エシュヴァイラー様ですか? それと、君は?」

「ええと、私は、見習い魔法使いのエルです。この子は、たぶん、そのアウレーリアさんです。一緒に捕まってここまで出てきたんですけど、魔法使いに見つかっちゃったところでした」

 ルツさんは頷いて私の肩を叩き、「よくがんばったね」と言った。自分の手も足もがくがくしてるのに初めて気がついて、ちょっと涙が出そうになった。それから、そのままアウレーリアさんと一緒に外へ出ようと、私の肩を抱えるように優しく立たせてくれた。

 少し遅れてほかの警備の人たちが入れ違いに入ってくると、奥で拘束した魔法使いたちの捕縛を命令していた。



 外に出るともう日が暮れていて、あたりはすっかり暗くなっていた。「しばらくしたら近衛騎士が来ると思います。それまでご辛抱ください」と、ルツさんがアウレーリアさんをマントで包むと、アウレーリアさんはこくんと頷いた。ようやく怖いことが終わって、ほっとしたようだった。


 私はまだ頭がふわふわしたような感じが抜けなくて、どことなくぼんやりしていた。

「君の家はどこ? 送っていくけれど」

「ええと……」そういえば、ここはどこだろう。「ここ、どこですか? 場所がわかれば、ひとりで帰れると思うんですけど……」

「いや、さすがに日が暮れた後に女の子をひとりで帰したりしたら、小隊長に怒られるんだ。あと、君に何かあったらたぶんアレも怖い」困ったように目を逸らせて、ルツさんが言う。アレってなんだろう。

 ああそうだ、とルツさんが部下さんを呼んだ。

「お前に預けてたやつ、返せ」

「は? あ、これのことですか」

 部下さんが、腰に下げていた袋から、何かを取りだす。差し出されたそれをよく見ると、魔王様にもらった指輪と腕輪だった。

「これ、君のでしょう。返しておくよ」

「捨てられちゃったから、もう無いと思ってました。ありがとうございます」

「うん……たぶん、君以外の人が持つとその人が不幸になると思うから、なくさないようにね」

 返された指輪と腕輪を付けると、ルツさんが微妙な顔でそう言った。


 馬のいななく声と、ざわざわというざわめきが起こって、近衛騎士団の騎士たちが来たようだった。アウレーリアさんの「お兄様!」という声が聞こえて、迎えが来たんだなと思って、ようやく私も安心した。

「ああごめん、ちょっと報告してこなきゃいけないから、ここで待ってて。勝手にひとりで帰らないでね」と言い残して、ルツさんは騎士の来たほうへ向かった。


「エルよ、よくがんばったな」

 ぼんやりとルツさんの背中を眺めていたら、突然声が掛った。

 振り向いたら、魔王様がいた。

「ま、まお……魔法使い様……」

「せっかく泣かずにがんばっておったのに、最後の最後に泣くか」

「だって、まお……魔法使い様」

 魔王様の姿を見て、完全に緊張が解けてしまった私は、目からぼたぼたと涙があふれてしまった。魔王様が呆れたような声で、お前はいつになったら泣き虫を卒業するのだと言うのが聞こえた。


「報告終わったから、送って……げ」

 ルツさんが戻ってきたようだった。送っていくと言おうとして、最後に変な声がしたのはどうしてだろう。

「おお、精霊の子か。エルが世話になったな」

「あ、いや、その……とんでもないです。俺のことは忘れてくれて結構ですし」

 ルツさんは何故かおろおろして引き攣ったような声で魔王様と話している。私も、ちゃんとお礼を言わなきゃと思って、ルツさんにぺこりとお辞儀をした。

「あの、ルツさん、ありがとうございました」

 ああ、いや、うん、どういたしましてとルツさんは何故かつっかえながらひらひらと手を振った。それから、魔王様が連れられて行く人攫いたちのほうを眺めているのを見て、小さい声で「あの、取り調べに影響がない程度で勘弁してください。他に黒幕いるし、そいつなんとかしないといけないんで」と呟いた。

 魔王様は「任せておれ」とルツさんににやりと笑った。



 数日後、なんとかいう伯爵家が領地没収されてほとんどお取り潰しらしいよと、ユルナさんが言っていた。



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